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最終幕 ④

 フレイは、何か触れてはいけないものに触れてしまったかのような、あるいは、見てはいけないものを見てしまったかのような、言いようのない恐怖を覚えた。


「すみません……」

「わかってくれるなら、いいの」


 と、アリサは元の朗らかな笑顔に戻った。

 フレイは櫛を拾い上げる際、自分の手が震えていることに気付いた。


   ♡


 アリサがフレイからその異変を知らされたのは、早朝のことだった。


「アリサ様ッ! お父様が!」

「っ⁉」


 アリサはフレイと共に、ヴォルディス・ヴァルザークの寝室に飛び込んだ。

 父親はベッドの上で、仰向けに横たわっていた。

 その目は苦悶に見開かれ、胸にカスバートが持っていたはずの剣を突き立てられて。

 寝込みを襲われての、永遠の眠り。あまりにも唐突な最期。


「――――っ」


 アリサは呼吸を荒げ、その場に崩れ落ちる。

 床を見つめ、それから片手で頭を押さえ、もう一度父親の亡骸を見た。


「……フレイ」

「は、はい……?」


 アリサはフレイに顔を見せず、命じた。


「わたしが良いと言うまで、城から誰も出さないで」


   ♡


 城門広場へ集った一同に、アリサが父親の訃報を告げたとき、グレイスとサラマンダーは、互いに視線を合わせ、冷静だった。


「そうか。まさかこんなに早く逝っちまうとは。……やったのはどいつだ?」


 サラマンダーがつぶやいた。

 アリサは姉をじっと見つめた。


「いつかはそのときが来ると覚悟していたけれど、まさか、こんな形だなんて……」


 腕を組んで、グレイスはアリサを見上げた。


「いいこと? アリサ。お父様の仇は、なんとしてでも取るのよ?」

「……ええ。もちろんよ、グレイス姉様。何があっても絶対、逃がさないわ」

「私は葬儀の手配をするから、サラマンダーを貸してちょうだい?」

「ええ。良いわね? サラマンダー。グレイス姉様を手伝って」


 サラマンダーは首を縦に振った。


「――ところで、葬儀の場所だが、この城でやるのはどうだ? お前さんが命じたから、城壁より外へは出られねぇ。つまり、みんな一緒にいるここが、一番安全ってことよ」 


 サラマンダーの発言で、アリサの脳裏を、亡き父親の遺言が過る。

 アリサは腰の後ろで、思わず右の拳を強く握りそうになった。咄嗟に左手を右手の中に挟み込み、耐える。石段下の面々からは見えない。


「葬儀の手配、お願いね? グレイス姉様」

「いいわ。こんなときだもの。私も少しくらい、姉らしいことしないとね」


 アリサは右手で、左手の骨を握り砕いていた。


   ♡


 先代魔王=ヴォルディス・ヴァルザークの訃報は、その日の内に世界中へ伝えられた。

 アリサの命令で、城の者は一歩も外に出ず、内部で来客を迎える準備に追われた。

 葬儀が執り行われるまでの数日間を、アリサはフレイ以外の入室を禁じた寝室で、ヴァイオリンの練習に費やした。


 葬儀にはアステラス国王を始め、緊急会談に馳せ参じた面々、さらには魔界の各地から、即位式に参列した領首たちが来訪し、魔王城(キャッスル)は人間と魔族で溢れた。

 どの統治者も、手勢を引き連れての来訪を禁じられたこともあり、皆鎧を身に着け、腰には何らかの武器を携帯していた。

 葬儀の進行役には、人間界の宗教連名で最高権威に立つ主教がアリサに指名され、城門広場に設けられた壇上に立った。


「この度は、我が父、ヴォルディス・ヴァルザークの葬儀にご参列頂き、心より御礼申し上げます。単刀直入のお話ですが、皆様は武器を携行しておいでですね? ここへ来て頂く最低条件が、武器の持ち込みを認めることでした。手勢は連れてこないというわたしの要望を呑んで下さったのです。であれば、ご当人の武装は認めて当然。そしてこのわたしは、武器を持っておりません。これで、互いの信用も得られようというものです」


 アリサは主教の隣に立ち、広場から、はたまた城壁の上から、自分を見つめる数多の目線に向き合い、思いを告げる。


「わたしは父の志を受け継ぎ、この魔界を、人間界を、よりよい世界に変革するべく、努力を惜しまない覚悟でおります。どうか皆々さま、信頼し合うことの意味を、手を取り合うことの意味をご理解いただければ幸いでございます。今日は、新たな団結の意志で以って、我が父を、共に送り出して下さいますよう、魔界を代表してお願い申し上げます」


 次に、アリサに目で促された主教が、弔いの祈りを捧げ始める。

 この(かん)、アリサを始め、集った者たちの視線は、城門の石段の上に設けられた、先代魔王の棺へと向けられる。

 しかし彼女らの中に、グレイス、ベルリオーズ、サラマンダー、フレイの姿は無い。


   ♡


「グレイス姉様、サラマンダー。葬儀が終わるまでの間、二人に頼みたいことがあるの」


 葬儀当日の朝、王の間にて、アリサは魔法札を持った姉を呼んだ。


「手勢は連れてこないという約束だけど、もしかすると、山の裏とかに部隊を展開する者が出るかもしれない。だから二人には城の外へ出て、周辺を見回って欲しいの。グレイス姉様は【邪眼】で見た者の動きを止められるし、サラマンダーは飛べるでしょう? だから一緒になれば、良いコンビネーションが取れると思うの」

『そういうことなら、お安い御用だぜ? そうだろ? グレイス』


 魔法札から、サラマンダーの声がした。


「ええ。葬儀で祈れないのはお父様に悪いけど、アリサの頼みなら、断れないわ」

「二人とも、ありがとう。頼んだわよ?」


   ♡


御昇天(ごしょうてん)の報に接し、心から哀悼の意を捧げます」


 と、主教の祈りが進む中、アリサから極秘の命を受けたフレイ、ベルリオーズの両名は、城を見下ろす山の頂にいた。

 二人がその目に捉えるのは、城の裏手から空へ飛び上がったサラマンダーと、その上に跨るグレイスである。


故人(こじん)は今まさに、この地上での長きにわたるお働きを終えられました」


 サラマンダーは城周辺を旋回するでもなく、一度雲まで上昇すると、城の城門広場目掛け、急降下を始める。

 背中のグレイスは蛇の如き髪をすべて逆立て、その周囲に魔法陣を展開している。

 フレイはグレイスの魔法陣が意味することを知っていた。

 グレイスの蛇の如き髪――それらに一時的に【目】が生じ、その目で見つめられた者の動きが石のように固まってしまうというもの。


「そして今、すべての重荷を下ろし、心健やかなる旅立ちのときを迎えられます」


 フレイは予め用意していた矢を番え、急降下を始めたサラマンダーへ放つ。

 矢は光の如き速さで突き進み、サラマンダーの目を捉えた。

 予想外の方向からの攻撃に、サラマンダーは声にならぬ悲鳴を上げ、急降下の軌道が逸れる。

 フレイの矢と同時に飛び立ったベルリオーズが、軌道を逸らしたサラマンダーの側面に超音速で迫る。


「たとえ故人が大罪人と批難を受ける日々があったとしても、すべて過去のもの」


 敵の接近に気付いたグレイスが、髪の先に出現した目を向けるも、そこにあったのは、大きく開かれたベルリオーズの口腔。石化は互いが目を合わせなければ発動しない。


(――っ⁉)


 驚愕に目を見開くグレイスは、ベルリオーズの口内へと消える。


「神は故人を許し、その御許にお導き賜らんことをお祈り申し上げます」


 サラマンダーはベルリオーズ、さらには山の頂のフレイに気付き、自分に矢を射かけたフレイ目掛け突き進む。

 だがそこへ、フレイの第二射が飛来。サラマンダーのもう一方の目を捉え、視界を失ったサラマンダーはそのまま山肌に頭から激突。頭蓋が砕け、脳漿(のうしょう)が弾けて散った。


「――エィメン」


   ♡


「「「エィメン」」」


 一同が声を揃えて唱え、祈りは結ばれた。

 アリサの元へ、スーツ姿のケインがやって来て、何やら耳打ちする。

 アリサは耳打ちを返して、再び聴衆へと向き直った。


   ♡


魔王(ダーク・ロード)、我が君。この度はお悔やみ申し上げます。こんなときにこのお話を持ち掛けるのは不謹慎であると、重々承知しているのですが――」

魔王(ダーク・ロード)、我が君。この度は残念でなりません。私はあなたの御父上から多大なる援助を頂いておりまして、先代へのせめてもの御礼と、我が君へのお近づきの印に――」


 王の間における、魔王としての務め。これまでは父親が請け負っていたそのすべてを、アリサは身を以って知った。


「お尻が、痺れたわ」


 と、相談者がひと段落したところで、アリサは玉座から立ち上がり、伸びをした。

 そこでドアが開けられ、フレイが戻ってきた。


「アリサ様」

「――済んだのね?」

「はい」


 短い会話。他の侍従や護衛は察知しない。


「ご苦労様。今日はもう休んでいいわ。ベルリオーズにもそう伝えて?」

「承知しました……」


 フレイが出て行くと、アリサは片手で頭を押さえ、どさりと、玉座に腰を落とした。

 理由はわからないが、胸の奥底の胸騒ぎが、まだ消えないのだ。


「アリサ様?」


 壁際に控えていたケインが言った。


「平気よ。それより、悪いけど、みんな少しの間外してくれる? 広場まで降りて行って、飲み物でも飲んでくるといいわ」


 誰もいなくなった王の間で、アリサは一人、天井を見上げる。


(もう何も心配はいらないのよ? アリサ。不安は忘れて、事実を見るの)

「そうよ。すっきり、したのだから……」


 サラマンダーはさておき、グレイスが戻らないことに、何の感情も湧かない自分に驚いた。

 それよりも、今後、地下室の扱いをどうするかの方が重要に思えた。


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