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最終幕 ②

 長テーブルの中央に置かれた魔法札。そこから年若い青年の声がした。


「勇者殿。此度のように身内を殺される事件は、儂一人に限った話ではなく、事によっては、今後どの立場の方にも起こり得る話なのだ。報復する、しない、などという単純な話ではない。多くの思惑と、波紋が生じる。こうした問題と向き合っていくには、互いの意識を高め合う必要がある。為すべきは裁きであって、戦争ではない」


(勇者の声――想像していたより若い。わたしと同じくらいに思える)


 初めて聞く勇者の声に、アリサは思わずテーブルに目を遣る。重鎮たちの肩の間から、長方形をした魔法札が青白い光を放っているのがわかる。魔法が発動している証拠だ。


『戦争に対しては否定的なご様子ですが、城の外にはドラゴンの元首領・ベルリオーズを待たせているようですね? その気になれば戦略級の戦いができると言われている生き物だ。アリサ王女に関しても、彼女がカスバート王子を殺害する場面を、モルテガ辺境伯のメイドが目撃している。疑われて当然の状況下で、当人が堂々とこの会談に顔を見せているのも、まるで我々に挑戦しているかのような威圧感がある。よくない空気だ』


 勇者の指摘に、魔王は落ち着いて返答する。


「ここへ自らお越し頂ける皆様には事前にお伝えしたのだが、ドラゴンを連れているのは、儂の移動を助けさせるためであり、威嚇や、有事の際の武力などという目的では決してないと、改めて説明させて頂く」

『なるほど、他の皆様はそれを受け入れたわけだ。ではこちらからも、お願いをして構いませんか?』


 魔王は是非を問うかのように、アステラスに顔を向けた。


「勇者殿。申されよ」

『ありがとうございます、アステラス陛下』


 アステラスが承諾し、勇者はこう言った。


魔王(ダーク・ロード)が現在保有するアステラス王国の国債――その半分を売却し、諸外国の方々に分配するよう計らって頂きたい。今のあなたは同国の筆頭債権者。大国アステラスに対する発言権は、事実上アステラス国王に次ぐ強さです。これは見方を変えれば、あなたの意見一つで世界情勢にまで影響が及びます。世界にとっては、パワーバランスがよろしくない』


 テーブルがどよめいた。恐らく、初めて耳にする者もいたからだろう。


(情報が、勇者側に漏れている?)


 アリサは僅かに目を細めた。


「儂は確かに、アステラス王国の国債を多く持っているが、筆頭などという大層なものではない。アステラス王国がこれまでに発行した国債の半分以上は、教会や銀行が組織で保有している。割合で言えば、儂の分は全体の三割といったところ」

『ただの個人が、三十%も保有していることが異常なんですよ。それも、元戦犯がです! 普通なら、そんな人物に債権を渡すはずがない。どう考えても、あなたの息の掛かった者たちが人間界にいる証拠! ……平和を謳い、波風を立てたくないと仰るなら、そうした権力の象徴じみた持ち物を整理して頂きたい。そう言っているんです』


 勇者の言い分は的を射ていると、アリサは思う。

 だが、魔王が世界有数の大国たるアステラスの債券を多く持つ理由は、それこそ平和のためだと、アリサは理解していた。


 アステラス王国がどこかの国と戦争を始める際にも、債権者の投票が分かれ道となる。

 魔王は、戦後の水面下での努力によって、武力ではなく、権力で以って、戦争を起こさない手段を得ていたのだ。

 それは、魔王自身が、二度と同じ過ちを犯すまいと、固く誓っているからに他ならない。


「勇者殿。魔王が我が国の国債を多くお持ちなのは、当然把握している。それを私が認めていることにも理由がある。現状、この世界で戦争を行っている国や地域は、人間界にも、魔界にも存在しない。この事実を以って、持つべき者が、持つべき物を持っているからこそ、この情勢が成立すると言えよう」


 と、アステラス国王が加えた。彼は国債が魔界へ流れるのを黙認していたのだ。


「それもすべて、かつて大きな過ちを犯した儂の謝罪を受け入れてくれた、アステラス国王を始め諸外国の方々のおかげ。ただ、儂の身もいつまで続くかはわからぬ故、勇者殿の言う通り、身辺整理は考えるつもりだ。世界情勢のバランスに影響するような行為は決断しかねるが、今の儂ができ得るものを、皆に分配する努力は惜しまないと約束する。これで如何か?」

『答えが濁っている。あなたの代では今の情勢が保てていても、あなたが王座を降りて、後継ぎが座ったとき、果たしてそこにいる方々全員が、同じ顔をしているとお考えですか?』


 勇者のため息交じりの声が響き、再び複数の視線が飛び交った。


『ご子息のグレン殿は亡くなられ、継ぐとすれば長女のグレイス第一王女か、あるいは、今話題沸騰中の、次女のアリサ第二王女。聞くところによると、アリサ王女の見た目は人間と変わらないとか。あなたがシコリを残してしまっては、少女一人には荷が重すぎるのでは?』

「……我が娘たちを案じてくださることには、恐悦かつ、身の引き締まる思いでいるが、勇者殿。あなたはシコリと言ったが、儂が何の手も打たずに退場するような半端者ではないということは、かつて刃を交えたあなたならわかるはず。違うか?」


 魔法札から、再び溜め息。


『いちいち回りくどい言い分は聞き飽きた。単刀直入に言わせてもらう。魔王(ダーク・ロード)一族はあなたで最後だ。家族を生き残らせる方法を真剣に考えた方がいい。後継ぎの首を狙う者はごまんといるからな。オンナ一人が、それら数多の刃から身を守り、魔界を統治できるものか!』

「勇者殿!」

「勇者殿、落ちつかれよ」


 国を代表する何名かが汗を浮かべ、声を荒げた。

 魔王は片手を上げ、彼らを制した。


「儂は自分の娘を、ヤワには育てておらぬ。必ずや、儂よりも優れた国政を成し遂げてくれるものと信じておる」

『……些か、言葉が乱雑になったことは謝りますが、忠告はしましたよ?』

「忠告ということであれば、謹んでお受けする。だが儂も、これだけは言わせてもらいたい」


 アステラス国王の視線が、魔王へと向けられる。


「我が次女アリサは疑われているが、逃げも隠れもしないという本人の意向のもと、今この場に同行させている。身の潔白を、揺るぎなく自覚しているからこそだ。彼女の勇気に免じて、どうかこの場で、疑いの目を閉じて頂きたい。……儂はこう見えて迷信深くてな、万が一、我が娘が雷に打たれたり、人知れず首を切ったり、何らかの事故で命を落としたりすれば、ここにいる誰かの意思が作用したと考える。そのときは必ず、その者に然るべき報いを受けさせる」


 魔王は、魔王城(キャッスル)での振る舞いよりも幾分気配を抑えてはいたが、しかし、その場にいる人間たちを沈黙させるには充分すぎるほどの重圧感を放っていた。


「皆様の疑いが晴れるのであれば、このヴォルディス、黒幕の調査と社会貢献には如何なる努力も惜しまぬと、我が子らの魂に懸けて誓おう」

「……満場一致のようですな、魔王(ダーク・ロード)

「皆様の魂に感謝を」


 アステラス国王が拍手し、皆がそれに倣うと、魔王は深々と頭を下げ、席に着いた。


   ♡


 その後、各々の行動方針を決める会談は二時間ほどで幕を閉じ、アリサは魔王に付いて、足早に魔王城(キャッスル)へと戻った。


「――幸せになることを考えろと言ったものの、お前にはその暇も与えず、苦労を掛けてばかりだな。不甲斐ない」


 王の間。玉座にぐったりと腰かけて、魔王がアリサに言った。

 ドアの横にフレイが控える以外、人影はない。


「お父様。わたしは平気です。何なりと命じてください。ちゃんとやり遂げてみせますから」


 アリサは毒味した血のワインをグラスに注ぎ、魔王に手渡す。


「謝らせてくれ、アリサよ。儂はお前に、さらなる負担を掛けねばならぬからだ」

「喜んで。どんな内容でしょうか?」


 魔王の足元にかしずくアリサ。

 魔王はアリサの目を見つめ、眉宇を引き締めた。


「……魔王の座を、お前に託したい」


 魔王の発言に、アリサは耳を疑った。

 グレンがいなくなった今、王位継承権は第二位のグレイスにあると、この城の誰もが思っていることだろう。


「――わたしが、ですか?」

「然様。グレイスは、残念ながら、その器ではない。あれは己の美の追求に目を向け過ぎておる。国政となると、そうは言っておれぬ」


 魔王は言って、グラスを口へ運んだ。


「モルテガ邸でのお前の話を聞いてから、儂も思案に眠れぬ日々が続いた。そうして迎えた今日の会談で、はっきりしたのだ。後継ぎは、お前しかおらぬとな」


(こ、このわたしが――っ⁉)


 アリサの脳裏に、カスバートの予言が蘇る。


『お前は、指導者となって、俺の前に現れる――』


(これが、わたしの定めということなの?)


 アリサの前からカスバートが消え、ローランが現れた。

 アリサは口を引き結ぶ。


(ローラン。こんなわたしを、見ていてくれるのね?)


 アリサは、魔王の前に(ひざまず)き、頭を垂れた。


「このアリサ、魂に懸けてその務め、お受け致します」

「顔を上げてくれ」


 アリサは父親の目を見た。その深紅の輝きは、揺らいでいるように見えた。


「近くへ」


 手招かれ、アリサは立ち上がり、魔王の口元に耳を寄せた。


「儂はもう長くない。もはや力のほとんどを使い果たし、転移魔法さえも使えなくなってしまった。今から言うことは、遺言と思ってよく聞け」


 アリサは頷いた。


「――黒幕は、人間界に潜んでおる。だが、今日の会談で顔を合わせた者たちの中にはおらぬ。皆の目を見て、それがわかった」


 その囁きを聞いて、アリサは自分の推測が全く同じであることに瞳を揺らがせた。

 会談では数多の視線が交錯していたが、アリサとしても、怪しいと感じる人物は見つけられなかったのだ。


「それだけではない。ここからが重要だ」


 と、魔王は続ける。


「黒幕に通じている者が、内部(・・)にいる。そやつが問題だ。これに対処するには、こちらも危険を(おか)し、心して臨まねばならぬ」

「――はい、お父様」

「儂が存命の内は、その内通者も簡単には動けぬであろうが、アリサ。儂の亡きあと、お前が玉座についたときが、最も危険であると心得ておけ。今から儂の考えを聞いて、警戒を怠るな」


 アリサはちらりと、フレイに目を遣った。

 フレイはドア横から動いていない。


「儂が死ねば、その内通者はお前の傍へやって来る。今まで通り味方のフリをして、壮大な葬儀を、自分の指定した場所で行う話を持ちかけてくるだろう。身の安全を掲げてな。そうして、お前がそやつの設けた会場を訪れたときに、命を狙ってくる。お前は気付かぬフリで、内通者の裏をかくのだ」

「葬儀などと、縁起でもないことを言わないで下さい」

「アリサ。魔王たるもの、必要とあれば如何なる私情も交えず、事に臨まねばならぬ。傾聴もその内だ」


(お父様の言う通り、魔王の仕事では、私情は邪魔になる)


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