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第四幕 ①

「――では、ローラン様を頼んだぞ。四日後には戻れるだろう」


 館の玄関。

 スーツにコートを羽織って、モルテガはメイドに言った。


「お二人も、用意はよろしいですか?」


 アリサはモルテガに聞かれ、それまで一度も目を合わせなかったフレイを見る。

 隣に立つフレイは、この館へ来るときと同じスーツ姿。一六五センチのスラリとした身体にぴったりと馴染んでいる。


「アリサ様、よろしいですね?」


 バツが悪そうな表情で、フレイがちらりとアリサを見た。

 アリサは、フレイが荷物の中に用意していた、今風(・・)の服を着ている。


 世界でも指折りの大国――アステラス王国を始め、服装の昨今の流行は男女ともにスーツスタイル。

かつての女性は腰辺りからふわりと広がるドレスが主流であったが、男尊女卑の撤廃を訴える革命が起きたあと、アステラス王妃が男女平等の象徴として、女性用の特注スーツで大衆の前に現れたのが流行の始まりと言われている。


 近頃は若年層向けのスーツスタイルに限り、カジュアルなアレンジが加えられ、白いワイシャツに、季節に合わせた色のタイ、黒いジャケット、ミニプリーツスカート、黒のハイソックスに内羽根(うちばね)の革靴が主流となっており、アリサの装いがそれだ。

 テーパードパンツを履いているフレイと並ぶと、そのシルエットはまるで違う。

 都会で魔王一族としての身分を隠すなら、今どきの若者に見られた方が安全だろうという判断である。


「――ええ」


 薄い水色のタイに手を触れ、アリサは頷いた。

 ローランと共に川から戻った後、皆で朝食を済ませ、旅の用意をする間、アリサはフレイとほとんど事務的なやり取りしかできていない。


(フレイ、やっぱりまだ、怒ってるかな?)


「ローラン様、行って参ります」

「はい。お気をつけて……」


 ローランは複雑な心境であろう、浮かない顔だ。


「では、参りましょう」


 メイドが扉を開け、モルテガが先頭に立って外へ出る。

 ここでアリサはどういうわけか、言いようのない胸騒ぎを覚えた。

 これまでにも何度か感じた、何か悪いことが起きそうな、あの胸騒ぎだ。


「……」


 アリサは自分の感覚が、スローになったかのような錯覚に見舞われた。

 モルテガの背中が、ゆっくりと離れていく。降り注ぐ陽光の中へ。

 そのとき、それは起こった。

 アリサの眼前で何かが弾けた。それは例えるなら、西瓜(すいか)が破裂するかのような光景だった。

 頭を失ったモルテガが倒れてきて、アリサは反射的に、彼の身体を受け止めた。


「――っ⁉」


 即死だった。

 あまりにも突然の出来事に、アリサの思考が追い付かない。

 次の瞬間、館の扉に無数の穴が穿たれ始め、遠くの方から、爆発音が連続して聞こえてきた。


「伏せて!」


 アリサはメイドを抱き寄せ、後方へと身を投げ出す。


(銃撃だ!)


 アステラス王国陸軍に在籍していたアリサは、すぐにわかった。


「ローラン様! フレイ! 頭を下げて!」


 メイドの頭を押さえつけながら、アリサは叫んだ。

 銃声が止んで、アリサは襲撃者たちが再装填(リロード)に入ったと悟る。


「旦那さまッ⁉」


 メイドは両手で口元を覆う。


「落ち着いて。怪我はない?」


 アリサはメイドの顔を覗き込むが、彼女は恐怖に目を見開いたまま、返事ができない。


「アリサ様! ご無事ですか⁉」


 フレイが姿勢を低くしつつも近寄ってきた。


「フレイ、階段まで下がって」


 アリサはメイドを伴い、フレイとローランを館の奥――二階へと続く階段前まで下がらせる。


「今のは、銃か何かでしょうか?」


 都会育ちのローランも、時代が剣から銃へとシフトしたことは知っていた。


「はい。銃声がする前に、モルテガ卿は撃たれていました。……遠くに狙撃手がいます」


 アリサはドアを睨む。

 穴はざっと数えても三十以上。これらの銃声は近い位置から聞こえた。距離的には恐らく、館前の広場を隔てた街道沿いだろう。


(狙撃手と、歩兵が複数。歩兵の銃は連射速度からして、回転式(リボルバー)――)


「ということは、敵は人間――?」


 フレイは驚愕の色を浮かべる。襲撃者の正体を、グリバスの仇討ちに来たスーパーオークかと考えていたに違いない。仮にスーパーオークであれば、こうした戦闘の場合、棍棒やハンマーなどの重量級武装で、肉弾戦を挑んでくるはずである。


「フレイ、聞いて」


 アリサは今朝のフレイとの口論が頭を過るが、構わず目を合わせる。


「あなたは二人を連れて屋上へ行って、狙撃手を無力化して。ただし殺さないこと!」

「いけません! 私の使命はあなたを――」

「だから言ってるの! 敵を無力化して、わたし達を守って!」

「しかし……」

「王位継承第三位、アリサ・ヴァルザークの命令です。やれるわね?」


 アリサの鋭い眼差しに、フレイはごくりと喉を鳴らす。


「ダークエルフの弓の射程は、銃にも引けを取りません」


 フレイは首肯した。


「ホリィ? しっかりして」


 アリサが肩を揺さぶって、メイドの名を呼んだ。


「魔法札はあるわね?」


 アリサの問いに、ホリィは頷く。


「フレイたちと屋上に行って、魔法札で助けを呼んで。ここは辺境伯の領地。魔界との国境に沿って、数キロ置きに陸軍の拠点が設けられているでしょう? そこから助けを呼ぶの。いい?」

「は、はい!」


 ホリィが言って、アリサはフレイと目を合わせる。


「フレイ、行ってちょうだい」

「――アリサ様」


 ドアを警戒するアリサの背に、フレイの声。


「今朝は、言い過ぎました」

「わたしも、ごめんね?」


 アリサは振り向いて、眉を困らせて笑った。


「一人で、大丈夫ですか?」

「わたしは死なないわ」


 アリサが頷くと、フレイはホリィの震える手を引いて、階段を上がる。


「ぼくは残ります! あなたの力になりたい!」


 ローランが首を横に振る。


「ローラン様。相手の目的はわかりませんが、命の取り合いです。言うことを聞いて下さい」

「でも――」


 アリサはローランに向き直り、彼の口を片手で塞いだ。

 そしてもう一方の手でローランの背中を抱き寄せる。


「行って、ローラン。ヴァイオリンを教える約束でしょう?」


 階段の途中で振り返ったフレイと、目が合う。


(キスはお預けね)


「――さぁ!」


 アリサに押され、ローランはふらつきながらも、フレイに続いて階段を上がっていく。

 それを見届けたアリサはジャケットを脱ぎ、玄関ホールの壁に下げられたランタンを包んで抱きかかえた。


 敵の足音はまだ聞こえない。

 アリサはジャケットに包んだランタンを抱き潰し、ガラス片をタイル張りの玄関ホールにまき散らした。

 ジャケットを放り、廊下の最奥――角部屋に向かう。そこはモルテガ卿の書斎だ。


(っ! 開かない――?)


 書斎のドアには鍵が掛かっていた。鍵は恐らく、モルテガ卿の服のどこかだ。

 今から玄関に戻ってまさぐる猶予は無い。


(モルテガ卿、ごめんなさい!)


 アリサは呼吸を整え身構えると、ショートカットの銀髪を靡かせ、鋭い回し蹴りを放つ。

 人外の威力で繰り出された蹴りは、重厚な木製のドアを容易く破った。

 廊下と同様、赤いカーペットが敷き詰められた書斎を見渡す。


 モルテガ卿は外した鎧を、書斎の壁際に保管していた。

 この館は魔界と人間界の国境に位置し、領主は辺境伯の称号に恥じぬよう、武装して国境を守る使命を担っているのだ。


(つまり、有事の際(・・・・)に使う彼の武器も、この部屋にある)


 アリサはそう読んで、大きなクローゼットを開け、掛けられた服を左右に押し退けた。

 アリサの視線の先に、猟銃と回転式拳銃(リボルバー)の装備一式が揃っていた。

 それだけではなく、アリサが陸軍にいた頃に試験運用されていた、別名自動小銃(マシンガン)も立て掛けられていた。


「これは!」


 アリサは自動小銃の銃口部に取り付けられた円柱状のパーツに注目。


消音器(サプレッサー)⁉ 完成していたのね!)


 消音器(サプレッサー)は名の通り、発砲の際に生じる音を小さくする効果があるパーツだ。


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