第46話 アイドル
数日後――
「なんか今日はやけに人が多いわね……」
レイクタウンの転移門まで来ると、昨日までと打って変わり、 まるでライブ会場のような熱気に包まれていた。
「そうだな……しかも野郎連中ばかりでむさいな」
視界の先では、男たちが競うように前へ進み、大声で叫んでいる。
「カオリン! こっち見てくれ!」
「水着姿が見たい!」
「ジャンプ! ジャンプをして!」
その様子を見て、キョウヤがぼそりと呟く。
「もしかして……夢咲香織じゃないか?」
夢咲香織?
そういえば前にキョウヤが、 『今をときめくグラビアアイドルがこのゲームをやってる』 って言ってたな。
ってことは…… こいつら、みんな追っかけか。
正直、世間的には「アイドルを追いかけるオタク」と思われるんだろうが……俺だって、アリサのためにインしてるんだ。結局、同じ穴の狢ってやつか。
そんな熱狂を背に、俺たちは湖へ向かう。
向かう先は、オイルリグ周辺。
今日も、サハギン共を狩るために。
――不思議なもので、数日前まで逃げ回りながら戦っていた相手も、数字が少し増えただけで、今では真正面からぶつかり合えている。
そのため、水中にいるサハギンも今日ですべて倒し切り、残すはオイルリグ内の魔物だけとなった。
しかし—— 問題は、どうやって上陸するか、だ。
幾重にも組まれた足場を見上げれば、分厚い鋼鉄の壁が立ちはだかる。
まるで砦のように、どこにも侵入の隙を与えない。
普通なら階段や梯子があってもいいはずなのに、そんなものは一切ない。
代わりに、ネズミ返しが張り巡らされ、あからさまに不正侵入を防ぐ構造になっていた。
オイルリグを支える四隅の巨大な柱を調べても——やはり、上る手がかりは見当たらない。
「これ……どうやって上陸するのよ……」
アリサが、オイルリグを恨めしそうに見上げる。
俺たちはしばし無言で、巨大な鉄の要塞を見上げ続けた——
「もしかして……エアクロウに運ばれるのが正解だったんじゃないか?」
沈黙を破ったのはキョウヤだった。
「いやいや、そんなわけないだろ」
反射的に否定したものの、もし本当にそうだったら? という不安がじわりと広がる。
エアクロウは確かに飛行能力を持っているが……まさか、そんな限定的な手段が正解とは思えない。すべて倒し切ってしまった今、もしそうであれば誰もこのクエストをクリアできない。
と、そこにユッカが恐る恐る意見を出す。
「あのぉ……初歩的な意見で申し訳ないのですが、こういうときって、近くの街のNPCが情報を落としたりするものではないでしょうか?」
「……た、確かに」
言われてみれば、その可能性は十分ある。
そもそもゲームなんだから、何かしらの導線が用意されているはず。
「俺もそれを言おうと思ってたんだよな」
さりげなく取り繕うが、アリサの冷たい視線が突き刺さる。
レイクタウンに戻ると、アイドルにお熱な野郎どもは姿を消していた。そのため情報収集がはかどり、すぐに上陸方法が分かった。
「まさか、こんなところで【造船師】が必要になるとは……」
キョウヤがため息交じりに吐き捨てる。
そう、どうやらオイルリグへは船で上陸するらしい。俺たちが乗っていたボートではなく、大型の船で、だ。
「なんだ? 【造船師】をキャリーしていないのか?」
シルバが当然のように訊ねるが、キョウヤは苦々しく首を振る。
「残念ながらな……【造船師】は【船大工】の二次職。レベル11から転職できるが、オイルリグに上陸するための船は適正D――つまり、レベル21が必要だ」
さらに、聞けば 制作に二十五日かかるという。
今日が一八五日目。俺たちに残された時間は、あと三十五日。
すぐに【船大工】を見つけられれば、キャリーしてレベル上げする手もある。だが、現実は甘くない。
これまでの冒険で、一度でも【船大工】を選んでいる奴を見かけたことがあるか?
――ない。
俺たちの誰かが【船大工】に転職する? それも論外。
キョウヤがキャリーした者たちも、目指すべき職がある。ジョブチェンジする余裕なんてない。
詰んだか?
答えが見えないまま、俺たちはレイクタウンのレストランへと足を運んだ。
席に座り、沈黙のまま考え続ける。
どうにかならないか……と考え込んでいたそのとき。
不意に、知らない女性の声が飛び込んできた。
「お兄さんたち、何かお困りですかぁ?」
甘ったるく、どこか気怠げな声 に顔を上げる。
そこに立っていたのは、金髪ショートカットの可愛らしい女性だった。
肌に貼りつくビキニの上から ラッシュガードをゆるく羽織り、俺たちのテーブルに手をつき、前かがみになって覗き込んでくる。
――いや、覗き込むっていうか、豊かな谷間を見せつけてる……よな?
すらりと伸びた首筋。濡れた髪が滴を落とし、ホワイトムスクの甘い香りがきつめに漂う。
そのどこか挑発的な仕草に、一瞬、思考が止まる。
こんな女、知らない。
俺の人生において、このタイプの女性と接したことは一度もない。
ナインとも違う。学校や道場にも、こんな雰囲気の女はいなかった。
本能が警鐘を鳴らす――。
目の前の彼女は、魅力的なのに、それ以上に厄介な匂いがした。
距離を詰めるのが上手い。
無防備な仕草なのに、どこか計算された感じがある。
その笑み一つに、俺のペースが乱される。
……こういう女は危険だ。
女性経験ゼロの俺でも、それくらいはわかる。
関わったら最後、振り回される。
……そう思ったのは俺だけではなく、キョウヤも同じらしく、鋭い眼光を向ける。
アリサとユッカに至っては、貼りついた笑顔の奥で警戒心を隠そうともしていない。
そんな中、シルバだけは違った。
「――ああ、【船大工】か【造船師】を探していてな。君は知らないか?」
シルバは、まっすぐ彼女の瞳だけを見ている。
きっと、シルバのような立場の人間は、こういうタイプの女性とも仕事で接する機会があるのだろう。
俺やキョウヤのように警戒するのではなく、かといって媚びるわけでもない。
ただ、交渉の場として、必要な距離感を測っているようだった。
「えぇ? 【船大工】か【造船師】ですかぁ?」
女性は、ゆっくりと首をかしげる。
「う~ん……どうしてもって言うのであれば、探せないこともないですけどぉ……探し出したらご褒美をくれませんかぁ?」
唇に指を当て、小悪魔的な仕草。
だが、その仕草以上に「探し出したらご褒美をくれませんかぁ?」という言葉の方が引っかかる。
――報酬ではなく、ご褒美?
「なんだ? 可能であれば考えなくもない」
「お兄さんたち、すごく強いですよねぇ? 私を十層までキャリーしてほしいんです。もちろんレベルアップも込みで」
ん?
【船大工】と一緒に彼女をキャリーすればいいということか?
それだけなら、別に問題はない。
ナインのようなことが起きないよう、俺がずっと監視していればいいだけ。
――けど、妙に引っかかる。
何か、隠してないか?
それとも、俺が疑いすぎなのか?
「……あんたの名前は?」
俺が問うと、彼女はわざとらしく両腕を寄せ、谷間を強調するような仕草を見せる。
そのまま、唇の端を上げながら答えた。
「夢咲香織――こっちではカオリンで登録してます♡」
声音も、仕草も、笑みの形すら、最初から最後まで崩れない。
まるで、すべてが計算された演技のように。
――やっぱり、何か引っかかる。
だからこそ、慎重に動くべきだ。
明日の朝、返事をすると言い残し、俺たちはその場を後にした。




