第41話 湖畔での戦闘
「噂には聞いていたけど……こんなにすごいのね」
「ああ。現実世界でオイルリグを見たことはないが、あそこまで巨大ではないだろう。それに、異様すぎる」
レイクタウンに転移し、遠く街の中からでも圧倒的な存在感を放つ巨大なオイルリグ。
その先端にそびえる漆黒の巨塔は、まるで俺たちを見下ろし、監視するかのように佇んでいる。
「ユウト、早速だが騎乗させてくれ。ぶっつけ本番で馬に乗るのは、さすがに無謀すぎる」
「そうだな。俺たちも乗るつもりではいる。戦闘中は降りるけどな。まずは馬小屋を探すか」
【騎士】のシルバは騎乗適性を持ち、ウィンドウから愛馬を呼び出せる。
対して俺たちは、そのたびにレンタルしなければならない。
早速、街の外れにある厩舎へ向かい、馬をレンタルすることにした。
「案外、簡単なもんだな」
乗馬経験のない俺でも、一時間もすれば自在に乗れるようになっていた。馬といっても実際の馬ではなく、ゲーム内の馬。それも俺たちゲームオタクがやるのだ。ある程度、乗りやすく設定されているのだろう。
乗馬経験のあるシルバも難なくこなす。
しかし、アリサだけは苦戦していた。
アリサは必死に手綱を握るが、馬はまるで彼女を嘲笑うかのように跳ね回り、思うように制御できない。気づけば一時間が経過し、彼女は額に汗を浮かべながら息を荒げていた。
これでは、いつまで経っても先へ進めない。
「アリサ、今日は俺の後ろに乗ってくれ」
シルバが落ち着いた声で提案する。
「焦ることはない。毎日少しずつ訓練すれば、きっと乗れるようになるさ」
アリサは悔しげに唇を噛むが、しばらくして渋々と頷いた。
「……わかったわ」
だが次の瞬間、彼女は意外な行動に出る。
シルバではなく、俺の後ろへと躊躇なく飛び乗ったのだ。
「お、おい…!?」
驚く俺をよそに、アリサはぴたりと体を寄せ、背中に柔らかな感触が押し付けられる。さらに、そっと手を回し、しっかりと俺の腰を抱きしめた。
心臓が一瞬、跳ねる。
「……しっかりつかまらないと、落ちちゃうもの」
そう囁くアリサの声はどこか拗ねたようで、しかし、ほんのりと甘さが滲んでいた。
シルバは苦笑を浮かべるが、俺はアリサを後ろに乗せて街の外に出る。
こうして彼女を後ろに乗せるのは、初めてではない。
かつて——俺がアリサにフラれる前、俺たちは何度も自転車で通学していた。俺がペダルを踏み、アリサが後ろに座る。そうして最寄り駅までの道を、風を切りながら走っていた。
けれど、あの頃のアリサは——今のように成熟した身体ではなかった。
馬を軽く制止すると、その瞬間、背中に彼女の身体がぴたりと密着する。
——柔らかい。
押しつけられる双丘の感触が、背筋を通して鮮明に伝わってくる。ふわりと漂う彼女の香りが――そして、背中越しの体温が……記憶の奥底に封じ込めていた思い出をそっと解き放つ。
「思い出すね……」
アリサがぽつりと呟いた。
「中学生のころ……ユウトの自転車にハブステップをつけて……商店街を抜けて、駅まで行ってたよね……」
その声はどこか懐かしさに満ちていて、まるで過去を愛おしむかのようだった。
どうやら、彼女も同じことを思い出していたらしい。
「そんなこと、あったっけ?」
とぼけてみる。けれど——忘れたくても忘れられない。
あれは、確かに俺たちの青春の一ページだった。
そんなアリサとの甘い時間も、わずか数分で終わりを告げた。
「ユウト、アリサ——早速、魔物のお出ましだぞ」
シルバの声に、俺たちは一気に戦闘態勢へと意識を切り替える。
シルバが湖畔の遊歩道へと足を踏み入れた、その瞬間——静寂を引き裂くように水面がざわめき、波間が激しく揺れた。
次の瞬間、闇の奥から、不吉な影が次々と浮かび上がる。
それは、魚と両生類を掛け合わせたような異形の魔物——全身を硬質な鱗に覆われ、剥き出しの鋭い歯を震わせながら、湿ったエラを脈打たせている。両手両足には不気味な水かきがつき、背には巨大な背びれと尾びれが揺れていた。
そして何より特徴的なのは、その異様に突き出た眼光——まるで深海の捕食者のような冷徹な輝きを放ち、じっと俺たちを睨みつけている。
手に握られた三叉槍が、濡れた鱗とともに鈍く光る。
——サハギン。
オイルリグの出現とともに現れた、新たなる脅威。
だが、それだけでは終わらない。
上空に、さらなる殺気が満ちていた。
鋭い眼光で俺たちを見下ろすのは、漆黒の翼を広げた捕食者——エアクロウ。
猛禽類に似た姿をしているが、その大きさは異常だ。翼を広げれば優に五メートルを超え、獲物を狙うかのようにゆっくりと旋回している。
鋭く湾曲した鉤爪は、軽々と甲冑すら貫きそうな威圧感を放ち、獰猛に開いたくちばしは、岩すら砕きかねない鋭さを誇っていた。
空と陸——二方面からの挟撃。これを突破しなければ、オイルリグへと辿り着くことすら叶わない。
ただ、奴らの行動はキョウヤからあらかじめ共有を受けていた。
その情報によれば——奴らは、必ずサハギン五体、エアクロウ一体で襲撃してくる。
そして今、その言葉通りに、シルバの前へと魔の爪が迫っていた。
しかし、シルバは即座に反応する。遊歩道から馬で素早く後退すると、サハギンたちは一転して動きを止め、踵を返し、静かに湖の中へと沈んでいく。
ただ、エアクロウだけは、突撃の勢いを抑えきれず、大きく旋回しながらオイルリグ周辺へと戻っていった。
——やはり、キョウヤの情報は正確。
サハギンとエアクロウは、遊歩道に足を踏み入れた者を標的とする。しかし、一歩でもそこから離れれば、まるで縄張りの境界を越えたかのように、奴らは戦意を失い、退いていく。
キョウヤたちも、この行動パターンを利用し、遊歩道から大きく逸れたエアクロウを仕留めようとしていた。
作戦としては悪くない——だが、問題は「仕留める術」が彼らにはなかったことだ。
飛行タイプの魔物に二倍のダメージを与えられる【弓士】のRonryがいるとはいえ、彼の筋力値は低く、装備も決して強くはない。
それに対し、エアクロウのステータスは、迷宮の二十層以降で出現してもおかしくないほどの化け物クラスだという。
キョウヤたちは、弧を描いて戻るエアクロウを前に、指をくわえて見ているしかなかった。
——だが、俺たちは違う。
俺には確実にダメージを与える手段があり、さらに数秒間とはいえ、奴を無力化させることもできる。
「シルバ。もう一度頼む。次は俺とアリサは下馬して、エアクロウを仕留める」
シルバは迷いなくうなずき、手綱を引き締め、再び馬を遊歩道へと駆け入れさせる。
すると、先ほどとまったく同じ光景が繰り返された。
湖面が不気味にざわめき、次々とサハギンが姿を現す。五体——まるで仕組まれたように正確な数で。
空では、鋭い鳴き声とともにエアクロウが旋回し、狙いを定めると一気に急降下。
――来る。
俺は左手を前に掲げ、狙いを定める。
シルバがギリギリのところで遊歩道を離れると、サハギンたちは踵を返し、湖へと潜っていく。
だが——エアクロウは違った。
勢い余って大きく遊歩道を逸れ、オイルリグを目指すように旋回する。
——今だ!
「《ライトニング》!」
俺の詠唱と同時に、金色の雷撃が空を裂いた。
放たれた雷は一直線にエアクロウへと収束し、その身体を貫く。
悲鳴を上げる間もなく、エアクロウの動きが止まり、その巨体が空中で痙攣する。
自由を奪われたまま、重力に引かれ——落下!
狙いどおり、遊歩道から大きく外れた地点へ。
サハギンたちは湖に消え去り、もう奴を助ける者はいない。
それを見逃すほど俺たちは甘くない。
俺は即座に【鑑定】を発動し、エアクロウのステータスを確認する。
【名 前】エアクロウ
【状 態】感電
【H P】522/800
【M P】0/0
【筋 力】???
【敏 捷】???
【魔 力】0
【器 用】150
【防 御】???
【魔 防】???
【パッシブスキル】
・《索敵》
――間違いなく、格上だ。
それでもこの好機を逃す俺たちではない。
「今だ! 一気に叩くぞ!」
俺たちは持てるすべての力を叩き込む。
怒涛の攻撃が、痙攣し続けるエアクロウの身体を容赦なく貫く。
そして——
次の瞬間。
エアクロウは断末魔を上げることすらできず、雷の余韻をまとったまま、エフェクトとなって霧散した。
直後——
脳内に響く、レベルアップの音。
——迷宮では活躍できないが、ここなら俺たちの戦い方が通じる!
そう確信し、次の獲物を探すのであった。
【名 前】エアクロウ
【状 態】良好
【H P】800/800
【M P】0/0
【筋 力】400
【敏 捷】300
【魔 力】0
【器 用】150
【防 御】250
【魔 防】250
【パッシブスキル】
・《索敵》




