第35話 守護の石像
「ユウトたちは剣を! アヴェンたちは魔術書を! あまり離れるな! 【神聖魔導士】の《エリアヒール》が届かなくなる!」
シルバの指示が場の空気を切り裂くように響いた。
俺たちはアリサと二人、迷わず石像の右手に向かって走り出す。剣を握る巨大な右手は、空を切り裂きながら地面を砕き、砂煙を巻き上げる。
【名 前】分離守護者の右手(剣)
【状 態】良好
【H P】10000/10000
【M P】0/0
【筋 力】???
【敏 捷】150
【魔 力】0
【器 用】50
【防 御】???
【魔 防】100
【アクティブスキル】
・-
【パッシブスキル】
・-
「アリサ! 敏捷値は150! しかし、筋力値と防御値は分からない! ヒットアンドアウェイだ!」
俺は剣を構えながら叫び、すぐさま魔法を唱える。
「《シルフィード》!」
風の魔法がアリサの体を包み込むと、彼女の動きがさらに加速する。まるで風そのものになったかのように軽やかで、敏捷なステップを踏む。
アリサは右手の剣が振り下ろされる瞬間を見極め、一瞬の隙を突いて攻撃を仕掛ける。その剣が石像の関節部分に叩き込まれるたび、エフェクトが光る。
一振りで与えるダメージは18。アリサの攻撃力が218であることを考えると、この右手の防御力は200という計算になる。
対して魔防は100なので、こいつは俺が攻撃をした方がいい。
ただ、相手の攻撃力を正確に把握するのが難しい。試しにわざと攻撃を受けて確認するわけにはいかないが、右手の動きの重さからして、相当な破壊力を秘めているのは明らかだった。
今は、相手の射程ギリギリで出入りをして、攻撃を躱してからダメージを与えているが、いつ相手の攻撃パターンが変わるか分からない。
俺は攻撃を控え、周囲の戦況を冷静に見渡した。ここで魔法を使えば確実にヘイトが俺に向かうだろう。そうなれば、他の状況を確認する余裕はなくなる。それを避けるためにも、今は全体を把握することに集中する。
まず目に入ったのは、シルバたちが戦う本体――分離守護者の頭と胴体だった。
頭は顔から広範囲にわたるブレス攻撃を吐き出す。胴体は大地を震わせる踏みつけ攻撃を放つ。
それに対し、シルバ率いる【騎士】三人が大盾を並べて攻撃を受け止め、隙を見て槍を突き立てたり、斧を振るったりしている。
その背後では【水魔導士】、【土魔導士】の二人が、補助魔法で【騎士】三人をサポート。【光魔導士】が《シャイン》で攻撃、【神聖魔導士】が回復に徹していた。彼らの連携は見事で、頭と胴体のHPは確実に削られている。
さらに視線を移すと、かなり離れた場所でアヴェンとノエルが戦っていた。
魔術書の攻撃は、これまでに見たどの攻撃方法よりもユニーク。
巨大な石像の左手に浮かぶ魔術書は、まるで自ら意思を持っているかのようにページをめくり、その表紙には火、氷、風、土、水の模様が次々と高速で切り替わる。そのスピードは目で追うのも困難で、どの模様に止まるのか予測することはほぼ不可能。
模様が一瞬止まると、魔術書がその属性にあった色に変わり、数秒後にはそれに対応した魔法が放たれる。
魔術書から放たれる攻撃を、ノエルがしっかりと受け止めている。火、氷、風、土、水――ランダムに変化する魔法の猛攻にもかかわらず、彼女は微動だにしない。
HPバーが黄色に差し掛かる直前には、【神聖魔導士】が放つ《エリアヒール》の範囲内にしっかりと収まっている。ノエル自身も位置取りを意識しており、回復を無駄にしない立ち回り。
その背後では、アヴェンが巧みに動いていた。システムアシストを駆使した洗練された動きで、彼は魔術書を相手に鋭い攻撃を叩き込む。鋭い太刀筋が石像の左手を幾度となく切り裂き、そのたびにダメージのエフェクトの色彩を残す。
どうやら、この石像は部位ごとにステータスが異なるらしい。少なくとも、魔術書は物理攻撃に対して脆弱なようで、アヴェンの攻撃はかなりの効果を発揮していた。
その一方で、ノエルは攻撃に専念することなく、周囲を警戒する視線を絶やさない。彼女も気づいているのだろう――こういった敵は、全ての部位を同時に倒さなければ復活する可能性が高いということに。
戦況を見極めた俺は、目の前の右手のHPを削りにいく。
「《ファイア》!」
「《ウィンド》!」
「《ウォーター》!」
三つの魔法、合わせた消費MPは15。与えたダメージは925。右手のHPの約1/10が削れる。
その瞬間――右手の動きが明らかに変わった。ヘイトがアリサから俺に移り、巨大な剣を持つ右手が一気に俺を狙い始める。
狙いは俺。これは予想通りだ。
右手の剣が大きく振り上げられ、俺を薙ぎ払おうとする――だが、それも織り込み済み。
「《ライトニング》!」
俺は迷いなく雷魔法を発動。こんなところで出し惜しみなどしていられない。
金色の閃光が轟音と共に右手を貫き、空気を震わせる。巨大な剣はまるで糸が切れた人形のようにピタッと静止する。不自然なほど完璧な停止だ。
その隙にアリサの剣が煌めき、俺も《フレイムスロウワー》を発動。燃え盛る炎が巨大な右手を包み込み、さらに追撃のダメージを加える。
それでもすべての攻撃をいなせるわけではない。
巨大な剣に薙がれ、俺は剣でパリィを試みたものの、あえなく衝撃に耐え切れず、吹き飛ばされる。
地面に叩きつけられながらHPバーを確認――受けたダメージは132。剣で直撃を免れ軽減されているはずだが、相手の攻撃力が300前後であることは間違いない。
まともに三発もらえば、確実に死に至る――その現実が脳裏に刻み込まれ、自然と顔が強張る。
相手のHPバーが黄色を灯し、残り半分を切ったことを示している。俺は《ポーション》を使用し、整えてから再戦――そう考えたそのときだった。
変化が訪れたのだ。
顔、胴体、そして左手が同時に活性化し、攻撃の激しさが一気に増す。
左手の巨大な剣は、それまで攻撃直後に見せていた隙をほぼ消し去り、猛攻を繰り出してくる。顔と胴体も同様に動きが加速し、周囲への攻撃範囲が広がる。
だが、一際目を引いたのは左手に握られた魔術書だった。
「なんだこれ!?」
アヴェンと思わしき声がボス部屋の反対側から響く。その声に反応して視線を向けた瞬間、目に飛び込んできたのは、雷の模様が浮かび上がった魔術書だった。
表紙から青白い電流が溢れ出し、空気中を踊るように走る。その光景が何を意味するのかは明白だ――雷魔法の発動だ。
刹那――
青白い雷光が魔術書から放たれ、ノエルに直撃する。
俺が叫ぶ間もなく、彼女のHPバーが一気に黄色に変わる。その瞬間、魔術書のページが次々と開き、さらなる魔法がノエルを襲う。
ノエルは動けないまま、魔法の猛攻を浴び続けていた。やっと動き出したときには、HPバーは無情にも赤色――命の危険を告げていた。
だが、魔術書の動きは止まらない。
無慈悲にも、その表紙には再び雷の模様が浮かび上がり、空気中に青白い電流が奔る。
その奔流が放たれる。ノエルを狙ったそれは――俺の身体に直撃した。
俺は反射的に彼女の前へ駆け出していた。最初に魔術書が雷の模様を映し出した瞬間、危険を察知し、アリサに《シルフィード》を唱えながら、ノエルを守るため夢中で走ったのだ。
なんとか間に合った――ノエルの目の前に立ちはだかり、その奔流をその身で受け止めることができた。
パッシブスキル、《雷の加護》のおかげで、感電効果を無効化し、さらに雷魔法によるダメージも半減している。
「ノエル! アヴェン スイッチだ! 俺とアリサがこっちをやる! お前たちは左手を頼――」
振り返って指示を続けようとした瞬間、予想外の光景が目に飛び込んできた。
ノエルのHPバーは相変わらず赤を示している。普通ならば必死に身の安全を図ろうとする場面だ。
だが、彼女の深く被ったその帽子とマスクの先にある瞳と視線が交差すると――嗤ったのだ。
狂気を宿したその瞳――冷たい悪寒が背筋を這い上がる。その異常さに思わず息を呑む。
一方で、アヴェンの表情はノエルとは対照的だった。焦燥と必死さがその顔に滲み出ている。彼は半ばノエルを引きずるように抱え、巨大な剣を振るう右手に立ち向かうアリサのもとへと駆け出していく。
俺はその様子を横目に捉えながら、次の手を講じるべく、視線を魔術書を持つ左手に向けた。
【名 前】分離守護者の左手(魔術書)
【状 態】良好
【H P】4980/10000
【M P】-/-
【筋 力】0
【敏 捷】150
【魔 力】250
【器 用】50
【防 御】100
【魔 防】???
【アクティブスキル】
・《ファイア》
・《アイス》
・《ウィンド》
・《ストーンバレット》
・《ウォーター》
・《ライトニング》
【パッシブスキル】
・-
何っ!? 思った以上に魔力が高い!
ノエルは雷魔法を喰らうまでは、そこまでダメージを気にしている様子はなく、表示されているHPバーからしても、左手の魔力は高くないと判断していた。しかし、それは完全な誤解だった。
彼女の魔防が異常に高いのだ。
実際に俺が魔術書から放たれた《ファイア》を喰らうと、52ものダメージを受ける。一方で、《雷の加護》によってダメージ半減の魔法を受けてもなお、34のダメージを負う。
魔法使い系のジョブで、俺よりも魔防が高いことなんてありえるのか!?
そんな疑念が頭をよぎる中、アリサが駆けつけてくるのが視界の端に映った。
「大丈夫だったか!?」
思わず声を張り上げる。彼女の姿を鑑定するほぼ無傷。
「ええ、私に《シルフィード》を唱えてくれたから! あの状況で私に無理されるとユウトが困ると思って回避に専念していわ!」
さすが、アリサ。こういうところの意思の疎通だけは外さない。
「ここから反撃に出るぞ! アリサは攻撃したらすぐに下がってくれ! 俺が魔法をすべて受けきる!」
自分に《ウォーターミスト》を唱え、魔防を10%上昇させる。霧状の水が身体を包み込み、少しだけだが肌に感じる衝撃が和らぐような気がした。
アリサは俺の指示に従い、二、三度剣を振り下ろしては後方に退避する動きを繰り返す。その隙間を埋めるように俺も攻撃を加え、徐々に左手のHPを削っていく。
左手のHPバーが赤に近づくにつれて、魔術書の表紙が雷の模様を浮かび上がらせる頻度が高くなる。
俺にとっては好都合。さらに戦闘を続けていると、魔術書はノエルを攻撃していた時のように、魔法を連発することはない。もしかしたら、相手が感電した場合にのみとどめを刺すロジックか?
「ユウト!」
アリサの鋭い声が戦闘の緊迫感を一層高める。
「アヴェンのところももう少しで撃破よ! でも、中央のシルバさんのところが危ないわ! 《ヒール》や《エリアヒール》のCTが間に合わないみたい!」
その報告に、俺は一瞬だけ視線をシルバたちに向けた。彼らのHPバーは黄色が目立つが、シルバのHPバーだけは赤まで削られている。
さらに、胴体のHPバーも赤いものの、他の部位に比べるとゲージが長い。
どこか一つでも崩れたら、全てが瓦解する――つまり、ゲームオーバーだ。
やり切るしかない!
「アリサ! 十秒後に左手の止めを頼む!」
言葉と同時に、俺は《ライトニングウォール》を詠唱し、左手の真下から雷の壁を発現させた。電撃の壁がバチバチと音を立て、左手を拘束。左手の残りHPは100を切った!
「シルバ! すべてのソースを攻撃に割け! 胴体を倒してから頭だ!」
左手を感電させたのを確認すると、即座に中央へ向かって駆け出しながら叫ぶ。
その声を受け、シルバは盾を構えるのをやめ、初めて槍を振りかざして胴体へ立ち向かった。他の【騎士】たちもそれに倣い、魔法使いたちは各自の攻撃魔法を詠唱する。
迫りくる胴体の巨体がシルバたちを踏みつけようとした瞬間、俺は《ライトニング》の射程に胴体を収め、金色の雷霆と共にすべてのダメージソースを叩きこむ。
「《ライトニング》!」
「《ウィンド》!」
「《ファイア》!」
「《ウォーター》!」
「《フレイムスロウワー》!」
【土魔導士】、【水魔導士】、【光魔導士】も次々と魔法を放ち、鮮やかな魔法のエフェクトが重なる。そして、シルバの槍が胴体を貫いた瞬間、胴体のHPバーが一気に消滅した。
左右の手も同時に撃破され、残るは空中に浮かぶ頭部分のみ。
頭部は通常攻撃が届かない位置でブレスを吐き散らしているが、そのHPゲージはもう数ドット。あと少しだ――誰かの一撃が決まれば終わる!
だが、その一撃を放つ手段を、誰も持ち合わせていない。
次の瞬間、思考よりも先に体が動いていた。
「当たれぇぇぇ!!!」
思わず、手にしていた剣を全力で頭部に向かって投げつける。
剣は空を切り裂き、まるで頭部に引き寄せられるかのように一直線に飛ぶ。その刃が触れると同時に、驚くほど滑らかに――まるで柔らかな肉を貫くかのように――深々と突き刺さった。
閃光が瞬き、鋭い音が響き渡る。そして、目の前に文字が浮かび上がる。
――ベリグランド迷宮 十層クリア――
ハーティ名【白銀騎士団】
パーティリーダー名【シルバ】
表示されたメッセージが、戦いの終わりを告げていた。
歓喜に包まれ、皆が騒ぐ。
「やった……倒せた……」
背後からアリサの脱力した声が聞こえる。
振り返ると、彼女は地面に腰を下ろし、肩で息をしていた。その顔には安堵と疲労が入り混じった表情が浮かんでいる。
俺はそんなアリサに近づき、健闘を称えるように手を差し出した。アリサがそれに応じてグータッチを交わした瞬間――
「きゃぁぁぁあああ!!!」
突如響き渡る悲鳴が、歓喜に沸く空間を引き裂いた。【光魔導士】ユッカの声だ。
その戦慄に満ちた声に咄嗟に振り向くと、目に飛び込んできたのは信じられない光景だった。
【騎士】の一人が、持っていた斧を【神聖魔導士】の胸に突き刺していたのだ。
その体は薄い光を放ちながら崩れ始め、光の粒が宙に舞い、儚いエフェクトとなって散り消えていった――




