第32話 商人
九層を探索する俺のウィンドウには、見覚えのあるアイテムが表示されている。他のパーティが八層で苦戦する中、俺たちは九層のマッピングを進めていたが、この階層ではやたらと魔物たちが装備を落とす。
一度潜れば三つ四つはドロップするのだ。
きっとこの階層だけ落ちる設定なのだろう。だが、俺たちが持っていてもあまり意味がない。それがこの――
【名 称】壊れかけの光る剣
【攻撃力】10
【魔 力】0
【重 さ】25
【壊れかけの光る〇〇シリーズ】だ。
特徴といえば、鉄の剣の半分程度の攻撃力。そして、一度でもこれを装備してから迷宮を出ると、アイテムは跡形もなく消滅してしまう。いわゆるガラクタだ。
この【壊れかけの光る〇〇シリーズ】の特徴は、名称の通り、武具が光る。
その光は松明程度で、一部屋を丸々明るくするほどの光量はない。控えめに言って、微妙な代物だ。
俺たちにとっては拾う価値すら怪しいが、事情が違うプレイヤーも多い。この装備は八層ではドロップしないため、【光魔法使い】を確保できなかったからすれば垂涎の的だろう。
実際、これを欲しがるプレイヤーは数千、いや、下手をすれば万を超えるだろう。
帰還の準備を整えた俺とアリサは、ポーションとマジックポーションでパンパンだったアイテムストレージに、慎重に【壊れかけの光る〇〇シリーズ】を二つずつ詰め込む。
セントラルシティに戻り、クエスト完了報酬を受け取った俺たちは、道具屋の前に向かった。目的は、最近知り合った【商人】のヌコというプレイヤーに【壊れかけの光る〇〇シリーズ】を売ることだ。
ヌコはキョウヤがキャリーしているプレイヤーの一人で、日本では問屋業を営んでいたという話を聞いたことがある。実際、彼の取引スタイルには確かな手腕を感じる。
俺たちは彼に【壊れかけの光る〇〇シリーズ】を3,000Gで売却。彼はそれを5,000Gでプレイヤーたちに販売する。
俺が他のプレイヤーに直接売らないのは、前にも言ったようにプレイヤー間のトラブルをなくすため。トラブル回避のため、商取引は専門家であるヌコに一任しているのだ。いわゆる、餅は餅屋というやつだ。
当然、俺が売れば、ヌコの前には行列ができる……しかし、行列ができるのは【壊れかけの光る〇〇シリーズ】以外にも、求められる商品があったからだ。
暗闇の中での探索。明かりが必要なら灯せばいい。誰もがそう考える。しかし、どこの街にも松明など存在しないため、灯すことすらできないのが現実だった。
ならば、自分たちで作るしかない――そう考え、実行に移したのがキョウヤだ。八層が暗闇のフロアだと知った彼は、二つの計画を同時に進めた。一つは【光魔法使い】の育成、もう一つは松明の確保だ。
俺たちベータテスターは、街で松明が手に入らないことを知っている。そして、それに代わるものをドロップする魔物の存在も熟知していた。
その魔物の名はレッサートレント――俺がセントラルシティに来る前、ポーロタウンからレイクタウンへ向かう途中に通ったモーブフォレストに現れる、木に擬態した魔物だ。
レッサートレントを倒すと、以下のアイテムをドロップする。
【名 称】トレントの木
【重 さ】2
これを火魔法で燃やすと、ぴったり一時間、松明として使用できる。キョウヤはこの【トレントの木】を安定供給する仕組みを作り上げた。
初心者でも倒せるレッサートレントの狩りに、セントラルシティまで到達したプレイヤーたちの時間を割くのは非効率だ。彼らはすでに次の目標へ進むべきステージに立っている。
その中には俺やアリサ、【白銀騎士団】の名前も上がる。
そこでキョウヤは、いまだルーキータウンやポーロタウンで足踏みしているプレイヤーたちを活用することにした。
目的や役割が曖昧で、どうすればいいかわからない者たちに、キョウヤは明確な指示を与え、仕事を作り出したのだ。
【トレントの木】の買取価格は1本400G、売価は500G。ストレージを満杯にして納品すれば、4,000Gの収入になる。彼らにとっては大きな転機となる報酬だ。多少の危険は伴うものの、戦闘を楽しむきっかけや、冒険者としての第一歩を踏み出すチャンスにもなる。
結果、物資の流通はヌコを中心として回るようになり、彼の下にお金だけでなく、人や情報まで集まってくる。キョウヤはここまで狙ってヌコをキャリーしたのだ。
翌日からも九層に潜り、【壊れかけの光る〇〇シリーズ】を回収してはヌコに売る日々が続く。そんな中、九層で戦う他の冒険者たちの姿を見かけた――【白銀騎士団】だ。
【光魔導士】の他にも【剣士】、【火魔導士】を加えた【白銀騎士団】は遠目から見てもパワーアップしているのが一目瞭然だった。
【火魔導士】の魔力は高く、《ファイア》一発で魔物のHPを赤く灯すことができるほど。他の【火魔導士】であれば、こうはいかないはず。かなりレベルが高いことが窺える。
【剣士】の動きも洗練されており、システムアシストを最大限に活用した戦い方は、長時間戦闘をこなすための効率そのものだった。
さらに驚いたのが、【光魔導士】。
《ライト》に加えて、《フラッシュ》という魔法を使用しているのを見たとき、適正Eで習得可能な目くらまし魔法か。便利だけど、必須かと言われると微妙だな……と感じた。サポートとしては悪くないが、光属性全体が弱い印象を拭えなかったのだ。
だが、それは完全な誤解だった。【光魔導士】専用の攻撃魔法の存在を知り、その認識は覆された。この魔法は光属性のダメージを敵単体に与えるだけでなく、目くらまし効果まで付与する。継続時間は《フラッシュ》ほどではないものの、ダメージと状態異常を一度に狙えるのは強力だ。
聞けば○○魔導士になると、そのジョブ専用魔法というのがあり、ジョブに就いている間は使用することができ、さらにはジョブマスターすれば習得することも可能だという。
これはクローズドベータ版では実装されていなかった二次職の仕様だ。
【雷鳴士】における、《雷の加護》みたいなものだ。
そんな【白銀騎士団】もまた、九層で【壊れかけの光る〇〇シリーズ】を収集してセントラルシティに持ち帰っている。
彼らのアドバンテージはその運搬力にある。俺やアリサのような魔法使い系ジョブは、杖以外の重量が倍になるため持ち運びに限界があるが、彼らはほとんどのジョブを揃えており、荷物を効率よく分担できる。
一人当たりの運搬量が俺たちの倍近くに及ぶ上、彼らの人数は多い。結果として、一度に三十個以上の【壊れかけの光る〇〇シリーズ】を持ち帰ることができるのだ。
たちまちヌコのもとに【壊れかけの光る〇〇シリーズ】が集まり始めた。しかし、それでも需要を賄うには程遠い。なにせ、これは一日で消滅してしまう儚いガラクタなのだ。
このサイクルを繰り返すこと十日以上。
九層には他のパーティで賑わい、俺たちの懐具合はその喧騒以上に潤っていた。
そして満を持して、ボス部屋に挑む。
ボスはシャドーという無機質生命体だった。
物理攻撃を一切受け付けず、魔法攻撃のみが有効という厄介な相手だ。
おそらく《シャイン》がこの敵への特効なのだろう。だが、俺の豊富な魔力と雷魔法を含めた多彩な魔法の前では、物理無効は意味をなさない。
結果、いつものアナウンスを表示させることに成功。
――ベリグランド迷宮 九層クリア――
ハーティ名【雷光】
パーティリーダー名【ユウト】
その足で十層の様子を見に向かうと、目の前には突如として巨大なボス部屋が立ちはだかっていた。




