告白
タイランの妃となってふた月が経った。あれからタイランはほぼ毎日リンファのもとを訪れている。訪れなかったのは外国の使者をもてなす宴があった日だけである。
「ビンスイさん。王は私だけを訪れて他のお妃様をまったく訪れていないけれど、それでいいのでしょうか」
眉根を寄せ不安そうな面持ちで尋ねるリンファに、ビンスイは血色のいい顔でニコリと笑って言う。
「大丈夫です、リンファ様。それだけ王の愛がリンファ様にあるということなのですから、堂々としていらっしゃればよいのですよ。あれからも毎日贈り物がたくさん届いて、お部屋を増やさなくてはいけないくらい。本当に、愛されてらっしゃいますわ、リンファ様は」
最初は、下女に仕えるなんて貧乏くじを引かされたと思っていたビンスイ。一番低い位とはいえ官吏の家に生まれたのだから、下女と仲良く話をするくらいのことはできても頭を下げるのは抵抗があった。
だがリンファがこれだけ大切にされているのを目の当たりにするとその思いは消え、むしろ王の寵姫の側近であることに誇りを持ち始めた。実際、ビンスイの位は王によって引き上げられ、チンリンに次ぐ女官としてリンファの世話だけをすればいい立場になったのだ。
(給金も上がったし仕事は楽になったし。シャオリン様もいい方だったけどリンファ様はホントに意地悪も我儘も言わないからとってもラク! 私ってなんて運がいいのかしら。リンファ様にずっと可愛がってもらえるよう、精一杯お仕えしなきゃ)
「さあ、リンファ様。今夜もそろそろ王がいらっしゃる時間ですわ。美しく装って王をお待ちいたしましょう」
ビンスイがうきうきとリンファの髪を整える。このふた月でリンファは見違えるように美しくなった。下女だった頃よりも食事が格段に良くなったことがもちろん一番の要因だが、全体がふっくらと肉付きが良くなり女性らしい柔らかさが増してきた。それとともに色香も感じられるようになってきたのである。シャオリンがいつまでも人形のような愛らしさのままでいることと明らかな違いがあった。
(身も心も愛されているとこんなに綺麗になれるものなのね。羨ましいわ、リンファ様)
鈴の音が聞こえた。正門が開き、いつものようにタイランの足音がする。
「リンファ」
「タイラン」
リンファはひざまづいて待つことなく、立って迎えるようになっていた。部屋に入ったらすぐに抱き寄せ口づけをしたいというタイランの希望だったのである。今日も二人は軽く唇を合わせた。
「お食事はどうされますか?」
「そうだな、もらおうか。そなたもまだ食べておらぬのだろう」
ほぼ毎日タイランがここで過ごすので、夕食を共にするのもいつものことである。
三日前から月の障りが来ているリンファだが、タイランはそれでも会いにくる。二人でただ話しているだけでいい、と言って。寝床に横たわり、布団に包まりながら話をする。
最初はリンファの話を聞きたがっていたタイラン。普通の人々の話を好んだ。その求めに応じてリンファはガクやフォンファのこと、お客さんの面白い話、税金が上がって暮らしが大変なことなどいろいろと話して聞かせた。
「市井の民たちは生き生きと暮らしているのだな。……その、暮らし向きがしんどい、というのは別にして」
暮らしがしんどいのは自分のせいなのだと感じるタイランは少し口ごもった。
「ええ、もちろん税金がもっと軽ければ、とか兵士や役人にいばり散らされたり、とかそんなことはあるけれど。でもその中で工夫をして皆精一杯生きていると思います。いい人も悪い人も、自分や家族のために一生懸命に」
「……私は今まで政から遠ざけられていた。お飾りの王として会議にも呼ばれず、自分でもそれに甘んじていた。だがそれは都合のいい逃げだったのだな。リンファ、私が向き合うべきは民なのだ。私は変わろう。もっと良い国にするために」
タイランの顔が引き締まり、決意に満ちているのをリンファは感じた。
「タイラン、あなたは聡明なお方です。きっと良い政をおこなってくれると信じています」
微笑んでそう言ってくれるリンファ。信頼されることがこんなにも力になるのだとタイランは思った。
と同時に、自分はその信頼に値する人間ではないことを思い出し、ついに長年秘めていた苦悩を口にすることを決めた。
「――リンファ。私の母は私を憎んでいた」
「憎んでいた……?」
「ああ。母は私の父に愛する男を殺され、無理矢理私を産まされたのだ。母にとって私は呪いでしかない。私は母に愛されたくて……でもそれが叶うことはなかった」
悲しい、子供のような表情で話すタイランに胸が締め付けられ、リンファはそっとタイランの頭を抱いた。タイランは力を抜き、リンファに身体を預ける。
「母の言葉に傷付いた私は、罪を犯した。人を殺してしまったのだ」
再びタイランの身体に力が入る。リンファはこの告白に驚いたが、何も言わずただタイランを抱く腕に力を入れた。
「私と同じ年頃の少年だった。なぜあんなことをしてしまったのかわからない。彼はただ、薬草を自分の母のために取りに来ただけだったのに……」
胸の中で震えるタイラン。泣いているのだ、とリンファは思った。
「リンファ。私は王だ。民を一人斬ったからといって罪に問われることはない。だが、自分で自分を許せないのだ。激情にかられて罪もない子供の命を奪ったことが。こんな私に、人の上に立つ資格があるのだろうか」
(……王様なんて民の命を何とも思わない人たちだと思っていた。貴族だって気分のままに民を斬り捨てることはあるのだもの。でもタイランは違う。こんなに苦しんでいるのは、罪を償えないからなのね。命を奪ってしまった少年に赦しを乞うことができない。それが辛いのだわ)
リンファは彼に何と言ってあげたらいいのか悩み、やがて静かに言った。
「タイラン。お墓を立ててあげましょう。少年が安らかに眠れるように。そして祈りを捧げてあげるの。それが出来るのも、あなただけだわ」
タイランは涙に濡れた顔を上げリンファを見た。
「……私を軽蔑しないのか」
「……もちろん、その少年はとても気の毒だと思います。あなたがどんなに真摯に反省しても彼の命は戻ってはこない。でもあなたは王としての使命を果たすために生まれてきた人なのだから、立ち止まらずに前へ行かなくては。彼の魂を弔い、忘れないように祈りましょう。そしてその少年の分まで、国民の暮らしをより良くするように努めてほしい。あなたはそれができる人よ」
「リンファ……」
その日、タイランは生まれ変わったと感じた。リンファに赦されたことが彼の救いになったのだ。




