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「清皇に入る!!」


そう宣言した私への母の反応は、


「悪いことは言わないからやめておきなさい」


だった。

まあ、そりゃそうだろうなと思う。私の今までの成績だったら、清皇には遠く及ばない。

今までの成績だったら、だ。

今の私は違う。こちとら最終学歴はそこそこの進学校だ。大学受験まで控えた身だった。

そこいらの中坊と一緒にされては困りましてよ。

しかも今は4月だ。あと1年勉強したら、正直どこの高校にも受かる自信がある。


「だからね、今日から受験勉強始めるの!」

「……あ、そう…」


本屋で清皇の過去問集を抱えてそう意気込む私を頬を引きつらせながら見つめるのは、友人の文里 百合。


「その、転生?とかはよくわかんないけど、まあ頑張ったらいいんじゃない?」

「うん!ありがとう」


中学校の始業式の帰り、ことの顛末を話す私をたいそう怪訝な目で見ながらも、百合は最後には全部受け入れてくれた。


「湊がいなくなったわけじゃないなら別にいいよ」


私はいい友人を持ったと思う。百合の志望校も私立だから、これから面接対策とかで一緒にいれるだろうし、受け入れてくれてよかった。


「まずは5月の模試だよね。そこでも判定出るわけだし」

「でも、模試が返って来る前に面談あるよ。模試もそうだけど、やっぱ面談の判断材料になるのは中間テストじゃない?」

「そっか、親だけじゃなくて先生も説得しないといけないのか」


骨が折れそうだとため息をつくと、「当たり前じゃない」と呆れたような目で見られる。


「言っとくけど、私だって心から応援なんてしてないからね」


そっけなく言われて、ついつい唇を尖らせてしまう。

百合も、先生も、両親も、私のためを思って反対するのはわかっているが、心の中で鬱陶しいと思ってしまう。

まあしょうがない。結果を出すしかないのだ。

ちょうどよく模試もテストもあることだし。

一応手持ちのテキストや樹所蔵の参考書を見てみた限りでは、数学や理科は問題ないだろう。ポロポロと忘れていたところはあるが、十分に高得点が取れるはずだ。

問題は文系教科。以前私は倫理政経選択だったから、中学の社会は正直ほとんど覚えていない。それは覚えればいいのだが、問題は現代文と英語…特にリスニングだ。現代文は問題を解いたからといって成績が上がる教科でもなく、英語は単語や文法力は自信があるが、リスニングとなるとまた違ってくる。それに、両方とも中学範囲でも難しくしようと思えばどうとでもできる教科だ。いや、それは全部そうなんだけども。

まあでも、清皇の過去問を見る限りでは、手が届かないわけでもなさそうだ。

いける、と思う。首席…まではちょっと自信がないけど。合格ラインは超えられる。

とにかく、今は目下の模試。それから中間、面談だ。

こうなったら5教科490点でも取ってやる。

まずは社会の予習から!




****************




椿 樹。清皇学園1年生。1組。18番。

友達、無し。

ただ今新学期の委員会と係決め中。


…めんどくさいな。委員はいいか。適当な係になろう。仕事少なそうなやつ…あー、よくわからないな。

化学、物理、生物…手伝い多そうだからアウト。

文系はいろいろ運ばされそうだからアウト。

そうなると選択教科…俺は音楽選択だから…楽器とか運ばされそう。アウト。

………楽そうなのないな。これが現実か…。

まあ、どうせなら友人作りの取っ掛かりにしたいから、男子がいるとこだな。

…知り合いは、1人いるけど。

なんか、キャラ変?してるし。

湊に罵詈雑言を浴びせて引っ叩いたって聞いたし。

湊、とは聞いてないけど、中途入学した庶民の家族とか湊か母さんだし。若い女子って聞いたから、たぶん湊。

全部本当だとは思っていない。こういうのはだいたい尾鰭が付く。特にあの人みたいな人に関することは。

人付き合いが得意なイメージは無かったけど、ここまで遠巻きにされているとは思わなかった。常にご機嫌取りみたいな女子が数人いるが、状態としては『孤立』が1番しっくりくる。悪い噂は意識しなくても入ってくる。性悪、冷徹、傲慢、尊大、外道。性格に関する悪口ならだいたい言われているのではないだろうか。

母さんから散々言われたお礼もまだ言えていないが…近づく方法がいまいちわからないでいる。

湊には言っていない。もう知ってるかもしれないが。携帯は寮に預けているし、今のところ実家に連絡するつもりもないからな。

…言ってもどうにもならないしな。


「委員会を全員決めないと係を決められないんですけど、図書委員会の立候補者いませんか?」


先程決まったばかりの学級委員長が困ったような、苛ついたような様子で声を張っている。

クラスメイトに手を挙げる気配は無い。

ヒソヒソと聞こえてくる内容からすると、図書委員会はたいそう面倒らしい。

週何度かの図書室での活動に加え、蔵書整理や管理、授業で使った資料の管理も押しつけられるらしい。その上読書の促進活動などで駆り出されることも多いようだ。

確かに、絶対やりたくないな。勉強の時間が減るし。


「あのー、本当に決めないと駄目なので、誰か…」

「私がやります」


凛とした声にギョッとして見ると、案の定綺麗に手を挙げたあの人がいた。


「図書委員会ならば経験がありますし、やりがいのある委員会だと思っています。私がやりますわ」


話すだけで場が凍る人間というのは、あまり会ったことがない。

立候補したにも関わらず、無理矢理書かされたみたいな表情で委員長が「図書委員会」の横にあの人の名前を書く。

それからか細い声で「あと1人…」と言った。

いや、出ないだろ。絶対。もう無理だろ。

委員長の声が縋るようなものに変わっている。

大変哀れだが、クラスメイトはみんな自分の身がかわいいのだ。


「あと1人…!いませんか…」


俺はそっとあの人を見た。相変わらず背筋を伸ばして座っている。俺より前の席にいるから見えないけど、たぶん澄ました顔をしているはずだ。しんと静まった教室の中で、真っ直ぐに黒板を見つめている。

そのまま目線を外さないでいると、真っ黒な頭が少しだけ傾いた。


「誰か…」


どんな顔で俯いたのか。

俺はしっかりと手を挙げる。あの人みたいに真っ直ぐではなかったけど。


「俺がやります」


俺を振り返った鈴木の目はそれはそれは丸かった。



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