新しい春が始まる
ユイリはその日の午後、町の中にある商談用に使われる飲食店や宿が並ぶ通りに来ている。
夜ならば上品な灯りで幻想的な雰囲気になるが、昼の光の中ではただの派手な看板が並んでいるだけだ。
「こんにちはー、師匠いますかー」
ある場所に着くと黒い扉を開け、慣れた様子で中に入って行く。
肌も露わな薄い布をまとっただけの女性型の妖精ニュンペーが出て来た。
「あら、いらっしゃい、エルフのぼっちゃん。パーン様ならもうすぐ来るわよ」
この店はギードがパーン様ご一行を雇い、接客をしてもらっているのだ。多少なら精気を奪ってもかまわない相手を案内する店である。
赤や金を使った派手な装飾の部屋で、ユイリは豪奢な布張りの椅子に座り、届かない足をぶらぶらさせていた。
「おお、どうした弟子よ。笛の練習か」
山羊の角に人族の顔の壮年の男性が現れた。仕立ての良い服は身に付けているが、足は蹄であるため靴はない。
「あ、いいえ。あのー」
このパーンという古の獣人は笛の名手だ。ユイリは彼に特製の笛をもらい、今はその笛の扱いを習っている。
「もしかしたら、春から王都へ行くことになるかも知れないので」
「そうか」
少し残念そうに顔を曇らせたが、笛の師匠はエルフの少年の頭に手を乗せる。
「お前ならもう大丈夫だ。ワシの言ったことを守れよ」
「はい、きっと」
ユイリは微笑んで獣人の顔を見上げた。
ギードは王都へ使いを出し、子供たちの意向と親の意見も伝えた。
直接行かないのは、まあ、捕まると邪魔くさいからである。
概ね先日王太子が言ったように「まだ二歳なので将来の話」ということで、王宮でも結論は出ていないそうだ。
しかし、あの国王のことなので、いつ招集されるか分かったものではない。
その時、巻き込まれるのは今度は誰になるのか。ギードはそれを心配していた。
深夜になり、ギードは自身の眷属たちと緊急会議を開いた。子供たちの話なので今回はタミリアも参加だ。
「とりあえず、ふたりとも王都の義両親のところに預けて様子を見ようと思う」
双子揃ってしばらくの間、王都で生活させてみることになった。
子供はいつか一人立ちする。そのための準備は必要だろう。まあ、少し長い旅のようなものだ。
ただ親と長い期間離れていた経験が無いので、最初は一人より二人で経験させることにした。
「体調を崩されるようなことはないのでしょうか?」
心配症の土の最上位精霊であるコンは、商国ではギードの商売の補佐をしている。
実は引きこもりエルフであったギードは、大勢の人族が住む王都に滞在していると数日で体調を壊す。
他人の思考に敏感であるため、たくさんの人々の気配に酔ってしまうのだ。
「そこも含めて様子を見るつもりだ」
体調を崩すようなら断る理由にもなる。
「エルフの子供は希少です。危ないのでは?」
王宮に衛兵として勤めていた経験を持つ炎の最上位精霊であるエンは、王都の町中にも詳しい。
商国では馬車隊の護衛や町の警備担当たちを鍛えている。
「イヴォン師匠からもらった認識阻害の魔道具を活用するよ」
王宮にある湖には水の最上位精霊であるルンもいるので、何かあればすぐにわかる。
それでも心配症な眷属たちはむぅと顔をしかめたままだ。
彼らにとっても双子は自分の子供のようなものだ。とてもかわいがっている。子供だけで王都へ出すことに反対しているのだ。
しかしユイリやミキリアの成長も大切にしたい。
「あの、ひとつ提案がありますわ」
しっかり者のお姉さんという感じの、風の最上位精霊のリンが手を挙げた。
「我々、最上位精霊の分身をお子様方に付けたいと思いますが、いかがでしょう?」
眷属たちはドラゴンの知り合いに、いつの間にか分身を習って来たらしい。
「んー、それはありがたいけど、本体の身体の負担にはならないの?」
ギードがやさしい主であることは眷属たちはよく知っている。
「大丈夫です。分身体はおそらく我々よりも弱くなりますが、それでも普通の精霊よりはお役に立つかと」
そこで問題になったのが、誰の分身体を付けるかということだった。
皆、自分がーと言い出したので、母親であるタミリアの意見も聞いて、翌日、双子に選ばせることになった。
双子の前に、四体のエルフの子供が並んでいる。見た目は双子より少し年上っぽい。
それぞれ最上位精霊の分身体で、風のリリン、炎のコエン、水のミルン、土のサコンである。
彼らは日頃は双子の影に潜み、用のある時のみ実体化する。本体と繋がっており、魔力も貸してもらえるようになっているらしい。
「えー、こんなの選べないよー」
ユイリは困った顔をしている。ミキリアのほうは炎の魔力に慣れているのでコエンを指名した。
「ふふ、ギード様に似ておやさしい方ですね」
眷属たちは微笑んでユイリを見ているが、あれはただの優柔不断だとギードは知っている。
「じゃあ、こっちで決めよう。都合が悪ければまた交代させることも出来る」
父親権限でさっさとリリンに決める。
こうして双子の守護精霊も決まり、春がやって来た。
永遠の別れでもないのに、町の子供たちが双子を見送りに神殿に集まっている。
「大丈夫?。辛くなったら帰って来てね」
白い狐獣人の子供が代表して、双子に手作りのお守りを渡している。
横でギードが大げさなやり取りにやれやれと頭を掻き、タミリアが目を潤ませている。
「ありがとう、みんな。時々帰ってくるからー」
双子はあっさりしている。どちらかというと王都へは遊びに行くという感覚のようで、楽しそうにしている。
獣人の子供たちが手を振る中、双子を連れたギードが移転魔法で王都へ飛んだ。
さて、どんな生活が待っているのか。おそらく神にも分からない。
新しい春が始まる。
〜完〜




