ぱーと1 美香の場合⑤
市川さんに小説を渡して1週間が過ぎた。
約束した時間の5分前に、約束したカフェに着いた。
まだ市川さんは来ていないみたい。
中で待っていようかなと思って、扉に手をかけた瞬間名前を呼ばれる。
「美香ちゃん」
振り返ると市川さんが立っていた。
「市川さん!こんにちは。お休みなのにありがとうございます。」
「いえいえ。中に入って何か飲みながら話そうか。」
店員さんが中庭がよく見える席に案内してくれる。
「美香ちゃんはこっちへどうぞ。」
市川さんが庭を見渡せる側の椅子を引いてくれる。
「あ、ありがとうございます。」
「どういたしまして。」
なになに、大学生ってこんなにスマートにエスコートしちゃうの?
こんなに大人なことするの?
それとも市川さんが特別なの?
何だかドキドキしちゃう。
「ここはねぇ~、パウンドケーキが美味しいよ。俺も好きで来ると必ず注文するんだよね。」
市川さんが楽しそうにメニューをめくる。
何だか、椅子を引いてくれた大人な雰囲気の市川さんとはまた違って、思わず笑ってしまう。
「甘いもの好きなんだ。おかしいよね。」
市川さんが笑う。
「全然おかしくないです。逆に一緒に食べれて楽しいです。また美味しいお店とか教えていただきたいです。」
「OK!たくさん知ってるからいろいろ教えてあげるね。」
「はい。楽しみにしてます。」
パウンドケーキと紅茶とコーヒーをそれぞれ注文する。
「では本題に入りますか。」
そう言って椅子を座りなおす。
「しっかり読ませてもらいました。とりあえずストーリーの展開の仕方はまぁまぁかな。読みやすかったと思うよ。ただ、登場人物の性格や背景の設定が読んでいて少しぶれているから、何かに書き留めるかして人物像を設定したほうがさらに読みやすくなると思うな。あとは全体のイメージが少し浮かびにくいかなぁ。景色だけじゃなく、話しの流れの設定や描写が文章から浮かんでこない感じ。もう少し自分の中で場面を膨らませてから文章にしないと浅い小説になっていっちゃう。特に後半大事。」
市川さんのアドバイスをメモに書き留める。
「そうなんです。どうしても文章にできない時があって。なかなか言葉が浮かばないんです。」
「そうなんだね。きっといろいろ考えているとは思うんだけど、もっといろいろ見たり、何でも文章にする練習をしてみたら。」
「文章に?」
「そう。自分の日常のいろいろなことを描写してみる。いろいろな景色をみたり場所へ行ったりしてみる。で、文章にして何日かして読んだときに自分の中でその景色が浮かぶか。」
「旅行にですか?」
「全然!!そんなことまでしなくてもいいよ。例えばいつも通るのと違う道から行ってみるとか。日常の中から探していけばいいよ。友達と遊んでるときとかね。」
「そうですね・・・。さっそく今日の帰りから実践してみます。」
「そうそう。小説はいったん美香ちゃんに返すから線が引いてあるところとか見直してみて。」
「はい!やってみます。」
市川さんから小説を受け取る。
「なんて、添削や指導なんて偉そうなことしちゃうくらいの腕前じゃないんだけどね。」
市川さんが笑う。
「お待たせしました。」
注文したケーキと飲み物が運ばれてきた。
「さっ、食べよう。」
「はい。」
一口ケーキをほうばる。
「おいしー!甘すぎずでたくさん食べれそうです。」
「ねっ。半分はそのまま食べて、半分はこの生クリームをつけて食べると2度美味しいよ。」
市川さんが楽しそうに教えてくれる。
優しくて大人で、でも甘いものが好きな市川さん、一緒に過ごすこの時間が本当に楽しい。
こんな気持ち、温かい気持ち初めてかも・・・。
心の中で市川さんという存在が大きくなっていくのを感じた・・・。
市川さんは夕方から急に教授に呼ばれたということで2時間くらい話して帰って行った。
小説のことだけじゃなく、私の学校のこととや市川さんの大学のこと。
そして梨香ちゃんのことも・・・
来週は用事があるため、また改めて連絡するからとLINEの交換だけをして今日のところは別れた。
次は市川さんにいつ会えるんだろうなぁ。
それまでに小説を見直しておかなきゃ。
私は市川さんと自分をつなぐ小説をしっかり持ち、いつもとは違う道を選んで家に帰った。




