4.
生まれて初めての集団による授業ということで、アシャの表情は本人の自覚のないままに輝いていた。
教師としては、熱心に話を聞こうとする生徒ほど可愛いものはない。
しかも、これほど嬉しそうに授業を受ける者は初めてだ。
獣人族の女性講師は複雑な心境に溜息をこぼしそうになる。
熱心な生徒が現れたのは嬉しい。だが、その反面、今日の授業は最悪を露呈している。
あまりの美貌の持ち主が突然現れたことに、他の生徒達の気が乱れているのだ。
ハーフエルフの学友として学園長が選び出した新入生達以外の者はすべてアシャに意識を吸い寄せられている。
今日は確実に授業にならないと判断した女性講師は、危険だと判断したものを強制的に退出させていく。
次回以降もこのような態度であれば、クラスを落とすということは、アシャを受け入れると通達があった時点で話し合われている。
「……上級生ともあろうものたちがこの体たらく……嘆かわしいことだな」
最終的に残ったものがほんの数人という結果に終わったことに、彼女は危機感を抱く。
「報告をしなければ」
幾人者戦士を世に送り出した女傑は、苦々しい表情で呟いた。
剣術の授業を終えたアシャは、スピネルと共に次の講義へと向かう。
「初授業の感想は?」
興味深げに周囲を見回すハーフエルフにダークエルフの少年は問いかける。
「面白かった! 剣術自体は両親から学んでいたけれど、どちらかというと実践的なものばかりだったから」
「……実践?」
アシャの言葉に引っかかったスピネルは器用に片眉を跳ね上げ、表情だけで説明を求める。
「僕の両親は冒険者なんです。クラスは3Sと聞いています」
「3S!?」
生きる伝説とまで言われるハイクラスの冒険者はわずか数人である。
そのうちのふたりが親だと聞き、さすがにスピネルも驚く。
深淵の森で子育てをすることを選択できるのだから、確かにそれだけの実力がなければ無理だろうとは思う。
だからこその、美貌。
ハーフエルフというアシャ・セレスタイトの稀有な美貌は確かに両親から引き継がれたのだろう。
「定期的に両親のどちらかが近くの町まで買い物に出掛けてたけれど、基本的に自給自足の生活だから」
「……ああ、なるほど……」
アシャの説明にスピネルは納得した。
生きる糧を得るための狩りをするために、武術一般を仕込まれたと言われれば非常に納得できるものだ。
アシャの動きには無駄が一切なかった。
つまり、一瞬の判断力、わずかな無駄な動き、それらが命取りだと教え込まれてきたのだろう。
「そういう、意味、か……」
学園長が言っていた規格外という言葉の意味が朧気ながら理解できた。
その身の内に眠る力だけではなく、両親からして規格外なのだ。
普通の生活など、難しかったに違いない。
「あ。次の授業は精霊魔法学でいいの?」
知識学部の校舎に向かっていることを案内表示板で知ったアシャは、次の授業について問う。
「ああ」
「今はどういうことを習っているの?」
「まだ、基礎だな。魔法は基礎がなっていないと使えないから、実技はまだ先だ……それに、精霊魔法の場合、適性を知らない者もいるからな。今は適性を見つけるところか……」
「適性……光、闇、風、火、土、水の六種類でいいのかな?」
「そうだ。俺には光と水の適性はないから、そのふたつについての質問は諦めてくれ。そっちはエンジェライトの方が適任だ」
ダークエルフであるアシャは当然のことながら闇の適性の方が強すぎて光の適性はほとんどない。
それゆえに光の精霊と契約することが難しい。
逆に白銀の髪を持つアシャは光の精霊に好かれそうだとスピネルは告げる。
精霊魔法の適性は、それこそ種族で異なる。
天使族は光、魔族は闇に特化し、エルフ族も大体二種から三種の適性を持っている。
ドワーフは土精霊に特化しており、龍族はそれぞれの種族の名称と同じものを己の属性としている。
人族の場合は個人によって異なり、獣人族は精霊魔法を使えるもの自体、非常に稀だ。
ハーフエルフであるアシャの場合、外見上はライトエルフのようにも見えるため、もう一方の血によって適性が変わるだろうとスピネルは考えていた。
「エンジェライトも同じクラスなんだ」
先程知り合ったばかりの天使族の少年の名前を聞き、アシャが嬉しそうに笑う。
「ああ。多分、席を取っていてくれてるだろう」
「そう」
素直に頷く美貌の子供にスピネルはふと不安を覚える。
「……アシャ」
「はい?」
小柄というほどではないが、スピネルよりは背が低いハーフエルフの子供は名前を呼ばれ、不思議そうに顔を上げる。
「知識学部の人間は、大体において好奇心が強い。興味を引いたら遠慮なく突撃してくる輩もいる。心しておけ」
「……うん……」
人嫌いも多ければ、人好きのする者もいるが、知識欲を持つ彼らは興味を持ったことに対し、非常に貪欲だ。
アシャのような存在は彼らの好奇心を刺激することだろう。
詰め掛ける輩も続出すると簡単に想像できてしまう。
どんなにアシャが不安になってもこれだけは先に言っておいて心積もりをしてもらっていたほうだろうと考え、告げる。
係わり合いになりたくなくても、同室という時点ですでに関わっているなら、面倒を見るしかないと思いながら、スピネルは精霊魔法学の教室の扉を開けた。




