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第62話 契約書が一つではない

 推薦結果の公開から三日後、五人全員から、参加を希望するという返事が届いた。


 碁盤シキ。夜帳ヨルカ。配線ミナト。鍋島こむぎ。鍵森メイズ。


「では、五人へ契約書を送れば終わりだな」


 三森が言うと、ヴェルナは大卓へ十七枚の札を並べた。


「どの五枚が契約書だ」


「すべて関係書類です」


「我が呼んだのは五人であるぞ」


「五人だから五通、とはなりません」


 ヴェルナは、札を三つの列へ分けた。


 個人。個人事務所。小規模企業所属。


     ◇


 夜帳ヨルカ、配線ミナト、鍋島こむぎは個人で活動している。


 本人へ企画内容を示し、参加意思と日程を確認する。活動名、立ち絵、ロゴ、音声をどこへ表示するのか。本人の配信と迷宮ミモリ側の配信へ、どこまで残すのか。公式切り抜きを作る場合、どの範囲なら使ってよいのか。


「第一回にも出た三人であろう。前の約束を使えばよい」


「今回は第二回です」


 ヴェルナは即答した。


「開催日、参加者、表示画面、取得する情報、アーカイブの内容が違います。前回と同じ条件を希望するかは、本人へ確認します」


「一度通った門でも、毎回通行許可が要るのか」


「門の先が前回と同じでないなら、必要です」


 三森は渋々、三人分の承認欄を開いた。


 鍵森メイズは、自分一人が所属する個人事務所を持っていた。活動者本人が代表する小さな法人で、契約の窓口も本人である。


「ならば個人と同じではないか」


「活動契約を結ぶ相手は法人です。ただし、鍵森様個人の声と姿を出演に使う同意は、本人から別にいただきます」


「同じ者が二度、よいと答えるのか」


 オンライン会議へ入っていた久世香澄が答えた。


「会社として受けることと、一個人として出演を許可することは別です。今回は同じ人が両方を判断しますが、何の立場で同意したかは残します」


 三森は、鍵森メイズの札が二枚へ分かれるのを見た。一人が一人とは限らないらしい。


     ◇


 最も札が多いのは、戦略ゲームを中心に配信する碁盤シキだった。碁盤は、小規模なVTuber事務所に所属している。参加したいという本人の返事は最初に届いていたが、それだけでは企業所属の活動者を企画へ出せない。


 所属事務所が日程と企画内容を確認する。活動名とロゴ、立ち絵を管理する担当が使用範囲を確認する。碁盤本人は、自分の映像と音声がイベント用の攻略アバターやアーカイブへ残ることに同意する。さらに、配信中の事故連絡は本人へ直接送るのか、事務所の担当者を通すのかを決める。


「本人は、来ると書いておる」


「はい。ですので、本人意思の欄は確認済みです」


 デミタスが、碁盤の名前の横へ緑の印を付けた。


「しかし、所属許可はまだ確認中。日程は仮押さえ。ロゴは告知と本配信のみ使用可能で、公式切り抜きへの利用は別確認となっております」


「一つ、二つ、三つ……」


 三森は途中で数えるのをやめた。同じ碁盤シキを呼ぶための話が、本人、会社、素材、日程、緊急連絡へ分かれている。


「契約書を一つにまとめてはならぬのか」


「まとめることはできます」


 久世が言った。


「ただし、どの約束を誰がしたのか分かりにくくなります。企画参加の条件、素材利用の許諾、技術上の説明、事故時の対応は、本文と添付資料に分けましょう」


「紙が増えたではないか」


「約束が増えたのではありません。見えるように分けただけです」


 三森には、その方が恐ろしかった。


     ◇


 デミタスは、五人へ同じ質問を違う窓口から送った。


 本番日時。各自の配信開始時刻。使用してよい素材。迷宮ミモリ側の画面へ残してよい音声。途中離脱時の連絡先。


 返事が届くたび、ヴェルナが契約台帳へ登録した。未回答は黄色、条件付きは青、確認済みは緑になる。ラプラスは、緑になった入力だけを特設迷宮へ入れた。


『碁盤シキのロゴは、本配信画面にのみ表示する。試験映像の公開部分と事後切り抜きには入力しない』


「一度入れ、後から隠すのでは駄目か」


『処理履歴へ残る。許可されていない用途には、最初から入力せぬ』


「成長したっすね、ラプっち」


『当然の設計だ』


 ノーラは、告知画像へ使う素材だけを別の箱へ移した。シルカは、許可が間に合わない箇所へ置く共通の仮紋章を作る。


 久世は最後に、三森へ三つの質問をした。


「参加者の音声を、迷宮ミモリ側のアーカイブへ残しますか」


「許可された者だけ残す」


「公式切り抜きを作りますか」


「本人が確認した範囲だけ使う」


「接続が切れた参加者の攻略アバターに、新しい発言をさせますか」


「させぬ。逃げるか守るかだけ、先に本人が選んだ動きをさせよ」


 久世は三つを回答欄へ入れた。


「では、その内容で確認します」


「今ので契約は終わったか」


「三森さんの方針が決まりました」


「終わっておらぬではないか」


「相手の返事が必要ですから」


     ◇


 夕方までに、夜帳ヨルカ、配線ミナト、鍋島こむぎの欄がすべて緑になった。鍵森メイズは、法人としての参加と本人出演の二つが承認された。最後に碁盤シキの所属許可が届き、ロゴの使用範囲と緊急連絡の経路も確定する。


 ヴェルナが、五人の札を一列へ戻した。


「全参加者の意思、所属許可、日程、規約、権利条件を確認しました。マスター、会社としての最終承認を」


 三森の前には、五件分の契約本文と添付資料が並んでいる。一人の名を呼べば、一人が来る。その者が持つ名、姿、声、仕事、約束まで勝手についてくるわけではない。それぞれに持ち主がおり、開く門も違っていた。


 三森は上から順に読み、五件すべてを自分で承認した。


「これで終わりであろう」


「はい。次は合同説明会と接続試験です」


 ヴェルナが、新しい期限を五人分追加した。


 三森は、契約書が一つではない理由を理解した。


 理解したからといって、枚数が減るわけではなかった。


---


迷宮運営記録


- 配信回:非配信回(直近:第87回)

- 次回配信:2026年8月18日(火)20:00

- チャンネル登録者:60,812人(+2,343人)

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