↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
5/61

第4話 三人の眷属

 三森は一日、自力での隠居生活を試した。


 結果から言えば、無理だった。


 保存食で腹は満たせる。しかし毎食それで済ませたいとは思わない。食器を洗えば水を床へ飛ばす。掃除を始めれば一部屋で飽きる。洗濯機は動かせたが、終わった衣服を干す作業が残っていた。


 家が広いのは、領地としては利点だ。自分で管理するとなると欠点である。


「そもそも、ダンジョンマスターが雑巾を持つ必要はない」


 誰も聞いていない部屋で、三森は言い切った。


 前世では、すべてを一人でやっていたわけではない。命令を伝え、役割を割り当て、得意な者へ任せる。それこそ管理者の仕事である。


 三森は目を閉じ、魂に残る契約を探った。返ってくる感触は遠い。それでも、消えてはいなかった。暗闇の向こうに、いくつもの細い糸を感じる。


 誰から呼ぶべきかは迷わなかった。執事。料理人。家事のできる者。今の三森に要るのは、戦闘部隊より生活班である。


 使っていない部屋の床へ、魔力で召喚陣を描く。前世より線が細い。完成までに、何度か息を整えた。


「契約により命ずる。我が呼びかけに応え、ここへ来たれ」


 三本の糸を引く。召喚陣の光が膨らみ、部屋を白く染めた。


 最初に現れたのは、背筋を伸ばした初老の男だった。続いて大柄な女と、小柄な女が床へ降り立つ。


 迎える側の三森が身構えた。呼んだはずの姿と違う。


 初老の男に、悪魔だった頃の異形はない。大柄な女からはオークの面影が消え、小柄な女もゴブリンには見えない。三人とも、この世界の人間に近い姿をしていた。


 だが初老の男は三森を見つけると、迷わず片膝をついた。


「お迎えをお待ちしておりました、マスター」


 声と所作は、間違えようがない。


「デミタス」


「はい」


 やり取りを見ていた大柄な女が、目元を緩める。


「ずいぶんかわいらしくなったねえ、マスター。元気そうでよかったよ」


「ミラ。我を子供扱いするな」


「元気なら何より」


 訂正する気はないらしい。


 最後の小柄な女は、三森の顔をじっと見た。それから短く言う。


「ノーラでーす。てか、マスターで合ってます?」


「見れば分かるであろう」


「いや、見た目じゃマジ分かんないんで」


 もっともだった。


 三森は威厳を保とうと胸を張った。しかし三人の顔を順に見るうち、肩から余計な力が抜けていく。


「よく来た」


 ようやく出た言葉は、それだけだった。


 デミタスが静かに頭を下げる。ミラは笑い、ノーラはもう一度うなずいた。切り離されたはずの気配が、三森の周りへ戻ってくる。


 再会を喜んだ後は、状況の確認である。三人の能力は残っていたが、前世より弱い。デミタスの魔力も、ミラの力も、ノーラの作業速度も以前ほどではなかった。


 代わりに、人間の視界から姿を消す不可視化は全員が使えた。ノーラが試すと、その姿が目の前から消える。


「姿消しても、しゃべったらバレますし、ぶつかったら普通に当たるんで。そこ気ぃつけてくださーい」


 声だけが聞こえる。それからすぐ、小柄な姿が戻った。


「外を歩く時には使えるな」


「マスター。外見を隠すことと、身元が存在することは別の問題かと」


 デミタスの指摘で、三森は現代側の知識を探った。戸籍。住民票。身分証。三人には、そのどれもない。


 買い物へ出るだけなら姿を隠せばいい。だが働く、契約する、口座を作る。そのあたりは難しい。不可視化は便利だが、この世界にいないことにされている穴までは埋めてくれなかった。


「当面、外との取引は我の名を使う。物資は通販で補う。三人は人目を避け、この家を拠点とせよ」


「承知いたしました」


 そこで三森は、途切れた記憶について尋ねた。


「管理室の扉が開いた後、何があった」


 三人の表情が曇った。答えたのはデミタスである。


「扉が開いた直後、マスターとの契約を感じ取れなくなりました。残っていたつながりをたどりましたが、管理室にも戻れず、あなたがどこへ消えたのかも分かりませんでした」


「扉の向こうにいた者は?」


「確認できておりません」


 ミラとノーラも首を横へ振る。最後の記憶は、やはり扉が開いたところまで。三人も、その先を知らなかった。


「ならば、今はよい」


 三森は追及を止めた。分からない過去より、目の前の生活が先である。


「役割を与える。デミタスは物資と資産、外部との連絡を管理せよ。ミラは料理と食料。ノーラは掃除、洗濯、家の修理を担当する」


「かしこまりました」


「まずは台所を見せとくれ」


「え、掃除めっちゃ途中じゃないです?」


 ノーラの視線が、部屋の隅の雑巾へ向く。


「途中ではない。現状確認をしていた」


「あー、じゃ、そういうことにしときます?」


 三人はそれ以上何も言わず、動き始めた。


 その日の夕食には、温かな料理が並んだ。保存食と、冷蔵庫に残っていた材料からである。細かい事情を説明する必要はなかった。デミタスは必要な質問だけをする。ミラは三森の皿へ料理を足す。ノーラは食事の間にも家の不具合を見つけていた。


 一人ではない食卓で、三森は久しぶりに眠気を覚えた。


 翌朝、家の中は片づいていた。洗濯物は畳まれ、朝食まで用意されている。机には、デミタスがまとめた資産と物資の一覧が置かれていた。


 最初の朝令を出そうと、三森は三人を前にした。


「本日の指示は――」


「すべて済んでおります」


 デミタスが穏やかに答えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。