第35話 我がダンジョンの守護神とする!
午後八時。配信が始まると同時に、石造りの祭壇を埋めた待機画面が消えた。黒鉄で縁取られた石段の中央に三森が立ち、その一段下でゴリ子が膝をついている。
背後の壁を、淡い緑の文字が流れていた。領民番号一番の登録日から現在までの記録だ。
〈本当に任命式始まった〉
〈ナーフ協議の翌日に何してんの?〉
〈祭壇がガチすぎる〉
〈ゴリ子が小さくなってる!〉
最後のコメントを見て、三森は口元を上げた。
階層別単体能力上限は、配信開始と同時に全領民アバターへ適用された。通常の部屋へ収まらなかったゴリ子の身体も、第一層の上限へ合わせて縮んでいる。今では三森の二倍に届かない。
「ようやくナーフされた?」
画面外でノーラが読み上げた。公式コメントを管理しながら、任命式の進行表まで持っている。
「違う。功績を、迷宮が正しく受け止められる形へ改めたのだ」
「その言い方、めっちゃ嫌な予感するんすけど」
「進行役が余計な不安をあおるでない」
祭壇の脇でデミタスが記録表示を監督し、シルカは配信画面の構図を微調整していた。ミラは任命後の食事のため、この場と厨房を行き来している。
金の髑髏は一つもない。三森としては不満だったが、石と黒鉄だけの祭壇は中央のゴリ子をよく目立たせている。背後へ流れる文字も読みやすい。
「これより、領民ゴリ子の功績を読み上げる」
デミタスが記録の速度を落とした。
「我がチャンネルの最初期より領民として加わり、視聴者の少なき時から配信へ滞在。長時間配信、事故配信を問わず観測を続け、領民アバター実装後はモンスター側を選択。第一層へ侵入した冒険者を、現在まで一人も通しておらぬ」
〈寝落ち配信まで功績に入ってる〉
〈事故配信を見守ると強くなれる迷宮〉
〈防衛全勝は普通にすごい〉
〈全勝というか全滅というか〉
ゴリ子は黙ったまま頭を下げている。所有者の生声は出ない。大きな女性型ゴリラの防衛アバターが、選ばれた作戦どおりに姿勢を取っているだけだ。
それでも三森には、いつもコメント欄にいる一人がそこに立って見えた。
「この功績へ、三つの報奨を与える」
壁の記録が切り替わり、三つの語が縦に並んだ。
「栄誉として守護神の称号を、領地として第一層主経路の守護区画を、配下として溢れた功績の分配を与える。最初に来たことのみを理由とはせぬ。金銭によって地位を買わせるものでもない。長く観測し、戦い、守った実績への報奨である」
〈金で買えないと言い切ったな〉
〈じゃあ後から来た人は?〉
〈同じ条件は全員に開いてるって公式が書いてた〉
〈積み上げるのに何年かかるんだよ〉
「最古より我が迷宮を守り、数多の侵入者を退けたゴリ子を――本日より、我がダンジョンの守護神とする!」
三森が片手を掲げると、シルカの作った紋章が祭壇の床へ淡く浮かび上がった。盾と迷宮の鍵を組み合わせた印が回り、ゴリ子の状態表示へ称号の一行が刻まれる。
その下へ上位クラスの表示が灯る。守護領域の接続完了も続いた。
「待て」
三森がラプラスへ顔を向けた。
「我が命じたのは称号である。なぜ上位クラスまで増えておる」
『守護神への任命を受理したため、対応するクラスと領域効果を実装した』
「言葉どおりすぎん?」
ノーラが笑いをこらえながら管理画面を開く。守護領域にいる防衛アバターへの防御補助、ゴリ子本体の状態異常耐性、最深部へ到達した冒険者へ表示される専用演出。説明は三行で済んでいる。
どれも、弱体化の話し合いから生まれる機能ではない。
〈正式に強化されてるじゃねえか〉
〈ナーフ要望とは〉
〈運営がラスボスを神格化した〉
「功労者が昇進すれば、以前より責任と権限が増すのは当然であろう。推しの勇者とて、これほどの守護者は抱えておるまい」
「ゲームのナーフで権限増やす人、初めて見た」
『続いて、超過能力の分配を実行する』
ラプラスの宣言とともに、ゴリ子を囲む床へ小さな光が落ちた。一つ目の光から、三森と同じほどの背丈のゴリラが立ち上がる。外見はゴリ子に似ているが、装備は簡素で、城門のような盾も持っていない。
二つ、三つと光が増える。石段へ並び終えたのは八体だった。
『超過功績二十五パーセントごとに一体。端数は次回判定へ繰り越す。呼称はゴリ子ジュニア一号から八号とする』
〈増えた〉
〈本体が小さくなった代わりに九体いる〉
〈ナーフ要望を出したら家族が増えた〉
〈一号から八号まで見分けつかないんだが〉
「額へ番号を描けばよい」
「額に番号はダサくない? 名札でいいじゃん」
シルカが即座に三森の案を却下した。小さな黒鉄の札を八枚出す。
ゴリ子本体は階層上限の内側へ収まった。超過分は失われていない。四分の一ほどの力を持つ八体へ分かれただけで、合計戦力で見れば弱くなったとは言い難い。
「弱体化でも強化でもない。功績の分配だ」
〈総戦力増えてない?〉
『総量は保存されている。守護神クラスによる領域効果のみ新規加算だ』
〈増えてるじゃん〉
「冒険者側も同じである!」
三森は片手を振り上げ、ジュニア一号の頭を軽く叩いてから続けた。
「階層上限を越えた者は、超過功績二十五パーセントごとに仲間を一人得る。攻撃、盾、回復、補助、斥候から役割は無作為に定まり、本体と一つのパーティとして行動する」
〈回復役引くまで功績積めってこと?〉
〈一階でパーティ対ゴリラ軍団になる未来が見える〉
〈最新階層なら本体同士の殴り合いか〉
「いずれも同一配信中には増殖せぬ。配下が得た戦果は終了後に集計する。公平であろう」
「見た目ぜんぜん平等じゃないけど、ルールは同じっすね」
ノーラが、九体のゴリラを一つの画角へどうにか収めた。
そこでゴリ子本体が動いた。巨大な指が空中へ触れ、所有者からのコメントが一件だけ表示される。
〈ゴリ子:ありがとうございます〉
それに続いて、画面の右上から色の違う帯が降りてきた。
〈ゴリ子 ¥50,000 任命祝いです〉
ノーラの笑いが止まった。
「ごまん」
三森も祭壇の上で固まった。ラプラスは金額へ一切ためらわず、処理結果を読み上げる。
『支援額五万円。プラットフォーム手数料一万五千円。現金入金見込み三万五千円。獲得三万五千DP。課金装備への追加価値も同額だ』
「待て。祝いから一万五千円も抜いたのか」
『規定の三十パーセントだ』
「現金だけではなく、DPまで一万五千減っておる!」
〈そこ怒るのか〉
〈いつもの手数料の波〉
〈五万円投げた本人よりミモリ様が動揺してる〉
ゴリ子の城門盾を緑の光が包んだ。これまでの残存価値へ今回の追加分が合算され、黒鉄の盾と鎧が新品で再発行される。表面に守護神の紋章が刻まれ、祭壇の照明を鈍く反射した。
『守護神装備、更新完了。新品状態、一〇〇パーセント』
〈本体の装備まで強くなった〉
〈ナーフ要望の結果:神、領地、子供八人、新品装備〉
〈攻略勢は泣いていい〉
三森はまだ手数料表示をにらんでいた。やがてゴリ子へ向き直る。
「金額については、のちほど無理のない範囲であるか確認を――」
「本人がどんくらいお金持ってるかとか、こっちから探らない。高いの投げたからって、いつも以上に個人情報を聞くのもナシ。いつもの案内だけ出すっす」
ノーラに止められ、三森は口を閉じた。ゴリ子は短く礼を返しただけで、私生活を話してはいない。三森が知っているのは、領民番号一番の行動だけだった。
「……では、一度しか言わぬ」
背後の壁で、記録が古い方へ巻き戻っていく。同時接続が十二人だった夜。スコップ一本で壁を削り、掘り出した土の量を三森が一人で読み上げた配信。パイプ椅子を玉座と言い張り、誰も否定しなかった日。何も起こらず、通路の照明が揺れるのを眺めて終わった夜。
そのどの画面の端にも、同じ表示名が残っている。
「我は、そなたが誰であるか知らぬ。名も、顔も、どの街に住まうかも知らぬ。知っておるのは、我が迷宮へ来続けたという事実だけである」
ゴリ子は頭を下げたまま、動かない。
「献上の額ではない。人の少なき頃から、この場所へ通い続けたことに礼を言う。そなたが守った門の先は、今後も任せる」
〈ゴリ子:はい〉
八体のジュニアが、本体に合わせて一斉に頭を下げた。
厳粛な光景になるはずだった。
〈ゴリ子九人から圧を感じる〉
〈返事は一人分なのに礼が九人分〉
〈守護神というか守護神一族〉
ノーラがついに耐えきれず、画面外で笑い始めた。シルカは無言でカメラを引き、九体すべてを画面へ収める。
その映像が切り抜かれ始めた。登録者の表示は、まだ勢いよく増え続けている。
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迷宮運営記録
- 配信回:第65回
- 次回配信:2026年6月16日(火)20:00
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