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第28話 領民、迷宮へ入る

 火曜日、午後七時五十分。迷宮ミモリの公式Poppiへ、本日の布告が投稿された。


迷宮ミモリ @MeikyuMimori ・ 5月26日

本日二十時、領民へ迷宮の門を開く。

我が盾となる者はモンスター側を、我が迷宮へ挑む勇気ある者は冒険者側を選ぶがよい。

なお、後者も領民であることに変わりはない。処罰は攻略中に行う。

#ミモリ迷宮 #領民迷宮


「うむ。よく書けておる」


「どーも。予約投稿も済んでるんで、次は配信の説明よろしくっす」


 ノーラは、三森から受け取った布告を短く整えただけだと言った。最後の一文を加えたのがどちらかは、答えなかった。


 午後八時。三森が入口をくぐると、予定どおり配信が始まった。


「待たせたな、領民ども。本日より、見るだけであった諸君にも我が迷宮で働く権利を与える!」


〈労働だった〉


〈ゲーム参加機能じゃないのか〉


〈処罰される側を選びました〉


「早くも反逆を名乗る者がおるな」


 玉座の肘掛けを指で叩く音が、通路の奥まで響いた。


「推しの勇者とて、視聴者を自らの迷宮へ入れてはおるまい。この一手は我が先である」


〈勇者様のところにダンジョンはない〉


〈張り合う相手が壮大〉


 三森の横には、ラプラスが作った二枚の紋章が浮かんでいた。一方は角と牙を組み合わせたモンスター側。もう一方は、剣と松明を描いた冒険者側。


 公式HPで領民登録を済ませた者は、どちらかを選ぶ。体格、色、顔、髪、初期装備、役割まで決められる。外見だけ作って待っていた者も多い。


 最後に選ぶのは、動き方だった。


 ――ガンガン行け。


 ――命を大事に。


 ――逃げろ。


 ――サポートの動き。


 選べる作戦は四つ。モンスター側も冒険者側も、入る前に一つだけ設定する。


「モンスター側は我が指揮に従い、侵入者を排除せよ。冒険者側は、罠と守備を試す攻略役として働け」


〈どっちを選んでも働かされる〉


〈冒険者側の言い換えがひどい〉


〈領民なのに侵入者扱い〉


〈逃げろを選んで入る意味ある?〉


〈モンスター側で逃げろにした〉


〈ゴリ子は絶対ガンガン行けだろ〉


「領民でありながら剣を持って門をくぐるのだ。反逆領民であろう」


 二枚の紋章の下に、人数が出た。冒険者側の数字の方が、わずかに速く伸びていく。


『活動中の直接操作と作戦変更は受け付けない。所有者が操作へ集中すれば、公式配信の視聴とコメント入力を同時に行えないためだ』


「つまり、命令は入場前に一度だけか」


『基本作戦だけだ。職業、装備、周囲の状況から、個別の判断は我がAIが行う』


「四つとは大雑把だが、兵が自ら考えるなら十分であろう」


 迷宮の入口へ、淡い光がいくつも落ち始めた。最初に現れたのは、小柄なコボルト型だった。革の胸当てと丸い盾。訓練用の木人へ、迷わず突進していく。


 次に、青い肌のゴブリン型が現れた。敵もいないうちから盾を構え、コボルトの後ろへ隠れる。その背後へ、帽子をかぶったスライム型が転がり出た。傷一つない二体へ、回復の光を振りまく。


 門の外に現れた冒険者型が、迷宮へ背を向けて歩き出した。入場前に「逃げろ」を選んだらしい。


「……統率はこれからだな」


〈勝手に動いた〉


〈ガンガン行け、木人に全力すぎる〉


〈逃げろが本当に帰ろうとしてる〉


〈サポート、まだ誰も傷ついてないよ〉


『所有者の視聴状態と領民代理体の接続は正常だ』


 ラプラスが三森の肩越しに管理窓を開いた。その中で、木人を殴っていたコボルト型が急に向きを変えた。


 壁際まで歩く。倒れるでも座り込むでもなく、輪郭から薄くなって消えた。


「今の者は死んだのか」


『所有者がHPを閉じた。ログインしている間だけ参加状態だ。抜ければ安全な位置まで下がってから待機へ戻る』


「魂や肉体を呼び寄せたわけではないのだな」


『当然だ。アカウント情報、外見、役割、基本作戦から、迷宮内の領民代理体を生成している。精神転送も生体転送も行っていない』


「ならば、多少罠にかけても問題はない」


〈多少で済む?〉


〈本人にダメージなし確認〉


〈今ので安心していいのか不安〉


 HP側にも、同じ変化が起きていた。中央には、自分のアバターが見ている一本道。足元には選んだ装備。画面の端では、ミモリがパイプ玉座の前で喋っている。


 移動や攻撃の操作ボタンは、どこにもない。レベル、装備、状態、現在地。別の小窓には、近くの味方と敵の数まで出ている。


〈自分の画面でミモリが横に映ってる〉


〈公式配信だと俺のアバターが後ろを歩いてる〉


〈一人称と配信側で動きが同時なんだけど〉


〈これ本当にブラウザで動いてる?〉


〈見るだけで操作できないの?〉


『操作はAIが行う。所有者は配信を見て、コメントとハートを送れ』


 その説明に合わせて、先ほどのコボルトの状態表示が変わった。所有者がコメントを送る。経験値が加算され、レベルが一つ上がった。ハートが増えると、盾の横に耐久補助の光がつく。


 反対に、反応を送られない冒険者型は初期状態のままだった。


『コメントは経験とスキル、ハートは士気と生存補助へ反映する。反応がなければ、領民代理体は弱いまま戦う』


〈配信を見たいのに自キャラも見ないと死ぬ〉


〈コメント欄を追うためにコメントしないといけない〉


〈急に忙しい配信になった〉


 そこへ、色のついたコメントが一つ流れた。


〈アーカイブ守衛 ¥200 初陣の装備代〉


 同じ表示名の冒険者型から、布の上着が消えた。金属板を縫いつけた革鎧へ変わる。


〈装備変わったぞ〉


〈これは課金装備〉


〈露骨すぎる〉


「献上に応じて兵へ装備を補給しただけではないか」


『正確だ。有効な決済入力を装備品質へ変換した』


「言い方変えても課金装備っすよ、それ」


 ノーラがすぐに突っ込んだ。


〈じゃあこの鎧、来週も着てられるの?〉


〈毎配信、第一層からやり直しなのか〉


〈レベルまで持ち越しだと、後から来た人が一生追いつけないぞ〉


『攻略進捗と一時強化は配信単位で初期化する。表示名、外見、陣営、装備、参加回数、戦績、功績は次回へ引き継ぐ。次回入場時には作戦も選び直せる』


「門を開くたび、新たな侵攻が始まるということだ。前回の戦場へ途中から現れるより分かりやすかろう」


 三森には、驚く理由が分からない。侵入者の視界と、管理者の視界を分ける。前世では当然の仕組みだ。むしろ、全員が同じ配信画面を見ていた今までがおかしい。


「ようやく最低限の監視網が整ったにすぎぬ。これで各自がどこを歩き、どこで倒れたか確認できる」


〈倒れる前提〉


〈技術班がもう録画比較してる〉


〈公式とHPを両方開いたらDP二倍になる?〉


『同一アカウント、同一人物の観測は一件として処理する。二つ開いても領民数、視聴滞在、DPは重複しない』


〈そこだけ堅い〉


〈せこいサイトなのに水増し対策はある〉


『有効な一人は一人だ。表示窓の数とは一致しない』


 ラプラスは重複計算の質問を切り捨てた。さらに接続を開く。入口の光が一気に増える。


 防衛アバターが壁際へ並ぶ。攻略アバターは門の外へ分けられた。表示名の札が重なる。足音と装備音が、狭い通路へ満ちていく。


 三森は管理窓を拡大した。小部屋を主防衛区画、通路を警戒区画、曲がり角を待ち伏せ区画に指定する。


 個体を直接操る命令ではない。AIは指定された区画へ向かい、そこで入場時の作戦に従って動く。


 「ガンガン行け」の者が前へ出る。「命を大事に」は扉と盾役の後ろへ下がる。「サポートの動き」は味方の間を巡る。「逃げろ」は壁際から動かない。


 全員が理想どおりに並んだわけではない。それでも、無人だった一本道に役割の違う集団が生まれた。


 三森の口元が上がる。


「悪くない。DPで自律個体を一体ずつ造るより、はるかに効率がよいではないか」


「マスター、言い方。領民をコスパのいい駒みたいに言うのやめてもらっていいっすか」


「実際に少ない資源で守備を厚くできるのだぞ」


「否定しないの、ガチで領主なんすよね」


 ノーラの声が入った直後、コボルト型の動きが止まった。続いてゴブリン型が二歩進んでは戻る。スライム型の帽子だけが宙へ残った。HP側から、画面が粗いというコメントが続く。


「ラプラス」


『接続数の増加は想定範囲内だ。各領民代理体の位置、姿勢、装備、作戦判断、反応による成長、個人視点、公式視点、コメント入力を並列――』


 説明の途中で、ラプラスの目が一度閉じた。空中の管理窓も暗くなる。


『並列、処理を、継続している』


「処理落ちしてるじゃないっすか」


『していない。表示更新が入力に対して遅延しているだけだ』


「それを処理落ちって言うんですけど」


 ノーラが、新しくログインした領民を待機列へ回した。初日の同時参加は四十八体まで。待機になった者は、空いた枠へログイン順に入る。


「画質、もう一段落としてよくない? 誰も壁の模様なんて見てないし」


 シルカが画面設定へ手を伸ばし、そのまま欠伸をした。壁の石目がぼやける。代わりに、四十八体の輪郭がはっきりした。


 三森は増え続ける入口の光を見渡した。その脇へ、ミラが湯気の立つ椀を置いていく。三森は片手で受け取った。視線は管理窓から動かない。


「門前で待つ者には、次の入場順を保証せよ。今日は試験開放だ。全軍を一度に狭い通路へ押し込む必要もあるまい」


『画質低下により視点処理を軽減。四十八体で安定を確認』


 ラプラスの声が滑らかに戻った。止まっていたコボルトが盾を持ち上げる。スライムの帽子も、正しい位置へ落ち着いた。


〈低画質でも普通に見える〉


〈順番待ち入った〉


〈初日から鯖落ちしないだけ偉い〉


『サーバーではない。我が観測処理である』


〈ラプラス鯖〉


『訂正を要求する』


 三森は冒険者側の一覧から、準備を終えた三体を選んだ。剣を持つ人間型は「ガンガン行け」。丸盾を構えた獣人型は「命を大事に」。小さな杖を抱えたエルフ型は「サポートの動き」。


 装備はいずれも、最初に選べる簡素なものだった。


「最初の攻略試験を開始する。反逆領民ども、第一層へ入れ」


 三体は門をくぐり、それぞれの作戦に従って一本道を進んだ。所有者は操作できない。画面端の配信を見ながら、コメントとハートを送る。


 三人のHPでは、一人称視点が別々に揺れる。公式配信では、その後ろ姿を三森の管理視点が追った。


 やがて一行は、最初の小部屋の前で足を止めた。扉の向こうに、大きな影が一つ立っている。


 女性型のゴリラモンスターが、ゆっくりと冒険者たちへ顔を向けた。


「最初の守備役はゴリ子か。古参ゆえ、少しばかり育っておる」


〈少し?〉


〈初期装備より腕が太いんだけど〉


〈これ最初の部屋に置いていいやつ?〉


 挙げた手を、三森はゆっくりと振り下ろした。


「まずは、あれを倒してみせよ」


---


迷宮運営記録


- 配信回:第56回(前半)

- 次回配信:2026年5月28日(木)20:00

- チャンネル登録者:1,036人(+22人)

- スーパーチャットDP:+140DP

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