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プロローグ 我が迷宮へようこそ

 数か月前まで、笹塚三森はVTuberという言葉すら知らなかった。今では、迷宮ミモリの名で二千人を超える者の前に立っている。


 もっとも、立っている場所は配信部屋ではない。石壁に囲まれたダンジョンの一室だった。


「では領民よ。本日の戦況を確認しながら、我の話を聞くがよい」


 正面に浮かぶ大画面には、第一層を進む冒険者たちが映っている。剣士が罠を踏み、盾役が助けへ戻った。その横を、小鬼の一団が隊列を組んで駆け抜ける。


 どちらも、この配信を見ている者たちの領民アバターだ。冒険者として攻める者。モンスターとして守る者。戦いには加わらず、三森の姿だけを見に来た者。


 同時接続数は、二千百七十三。


〈盾役、前に出すぎ!〉


〈「命を大事に」に変えろ!〉


〈モンスター側、右の通路空いてるぞ〉


〈ミモリ様、今日の漬物なに?〉


〈雑談を聞け。たぶん今から始まる〉


〈検証班です。西壁の鏡へ光を当ててください〉


「待て。戦況と夕餉と壁の話を、同時に我へ求めるでない」


 画面の端では、ハートの数に応じて傷ついた冒険者が立ち上がった。モンスター側にも応援が集まり、小鬼たちの足が速くなる。


 三森の肩越しでは、空飛ぶ目玉が西壁へ青い光を向けていた。


『入射角を三度ずつ変更する。反射像、影、遅延を各自記録せよ』


〈検証班りょーかい〉


〈急に別番組始まった〉


〈ここの視聴者、遊び方が多すぎる〉


「ラプラス。勝手に我の雑談を技術試験へ変えるな」


『要求は視聴者から提出された。我は処理しただけだ』


「ミモリ様、漬物の質問も拾ってくださーい」


 配信画面の外から、ノーラの声が飛んでくる。三森は用意していた小皿を持ち上げた。


「これはミラが漬けた大根である。塩は控えめ、昆布を――」


〈前衛全滅した!〉


〈小鬼つよ〉


〈鏡の中でも全滅してる。反射ズレなし〉


〈大根うまそう〉


〈ゴリ子まだ出てないから慌てるな〉


「我が漬物を語っておる最中に全滅するでない!」


 叱られたところで、領民アバターは止まらない。


 次の一団が入口から駆け込んでくる。手前で待っていた者も作戦を変え、列の後ろへ加わった。防衛側では、小鬼を応援していた者たちが次の罠の位置を相談している。検証班は壁の反射結果をまとめ、初見らしい視聴者は「これゲーム?」「生配信だよね?」と戸惑っていた。


 そのすべてが、三森のダンジョンの中で起きている。


 侵入者がいて、それを迎え撃つ配下がいる。勝って喜び、負けても次の配信へ戻ってくる者もいる。


 この世界へ来たばかりの頃には、攻めてくる者も、配置する配下もいなかった。


 三森は小皿を脇へ置いた。


「よかろう。戦う者も、見届ける者も、壁を調べておる変わり者も、好きなだけ楽しめ」


 コメントの流れが速くなった。


「これで我がダンジョンは、最初の目標を達成した」


〈おめでとう!〉


〈何の目標?〉


〈初めて聞いたんだけど〉


〈日本侵略じゃなかった?〉


〈その前に勇者へ会うんじゃないの?〉


 三森の言葉が止まった。


「……目標は一つでなければならぬのか?」


〈増やすな〉


〈今考えたな〉


〈で、次は何するの?〉


 三森は答えず、二千人が見守る第一層へ目を戻した。


 数か月前まで、VTuberも、チャンネル登録も、推しの勇者も知らなかった。自分の力を使う場所すら、もう残っていないと思っていた。


 その朝、覚えていたのは一つだけ。


 扉が開いた。

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