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盲目王子の専属侍女── 一歩先を導く侍女と追放王子の逆転劇  作者: チャーコ


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71 もし自分の子が帝国へ

 帝都を発って半日が過ぎた頃、ロゼッタは馬車の揺れに身を預けながら、膝の上に置いた小箱へ手を添えていた。


 窓の外には、北の冷たさを宿した景色が流れていく。石造りの街並みはもう遠く、護送の騎馬が進む気配と、車輪が道を刻む音だけが絶えず耳へ届いていた。


 荷はすべて揃っている。

 皇女位授与の記録。後見に関する証書。王国側へ示すための認証写し。草案の写し。そして、ピンクダイヤモンドの胸章を納めた小箱。


 そのどれもが、この一月を形にしたものだった。


 ロゼッタは小箱の蓋をそっと撫でる。それからもう片方の手で、手近な袋へ入れていた厚手の小さな紙片に触れた。

 硬い紙の感触を確かめるだけで、言葉はすぐ胸の内へ戻ってくる。


 ――急がなくていい。帰る場所は整えてある。


 短い文だった。けれど、帝都にいた間も、今こうして離れつつあるときも、その一文は変わらずロゼッタの中にあった。


(本当に、消えていなかったのね)


 帝国で得たものを思い返す。


 自分が帝国の血を引いていると知ったこと。

 けれど、その血を理由に甘く扱われはしなかったこと。

 一度、善意のつもりで踏み外したこと。

 そこから謝り、学び直し、草案へ書き換えたこと。

 記録を読み、皇帝に問われ、自分の答えを示したこと。

 そして最後に、公の形で認められたこと。


 その途中で、帝都で頼れる友人も得た。


 怖くなかったとは言えない。見られることの重さも、間違えたときの痛みも、十分すぎるほど知った。

 それでも帝国は、奪うだけの場所ではなかった。


 血筋を盾に甘やかすこともせず、だからといって飲み込むことだけを望んだわけでもない。

 見て、量り、返すべきものを返してきた。


 膝の上の小箱には、帝国の祖へ連なる証が納められている。

 その冷たい重みを思うと、不意に考えが未来へ伸びた。


 もし、いつか自分に子ができて。

 その子が帝国へ行きたいと言ったなら、どうするだろう。


 血があるから行かせる、ではない。

 帝国の名誉のためでもない。


 ただ、その子自身が知りたいと望み、立ってみたいと願うなら――たぶん、自分は止めない。


 むしろ、少し困るかもしれないとロゼッタは思った。


 きっと、その子は簡単には引き下がらない。

 こうと決めたら、自分で調べて、自分の頭で考えて、止められても譲らないのだろう。


「危ないかもしれないのよ」

「それでも行きたいの。自分で見て、自分で決めたいもの」


 そんなふうに、まっすぐ言い返してくるのかもしれない。


 母や周囲がもっと安全な道を示しても、それだけでは納得せず、自分で未来を取りにいこうとする子。しかも、そういうところはたぶん、自分に似る。


「……ふふっ」


 思わず小さく笑みがこぼれた。


 まだ見ぬ子どものことなのに、妙にはっきり想像できてしまう。

 頑固で、でも誰かに決められた道だけでは満足できなくて、自分で選んだ先へ進もうとする子。そんな子なら、きっと可愛いし、同時にずいぶん気を揉むのだろう。


 それでも、道を塞ぎたくはないと思う。


 そう思えたのは、自分が止められなかったからではない。


 母は、帝国の重さも、血筋の危うさも、飲み込まれる怖さも知っていたはずだ。

 それでも最後には、ロゼッタの選択を受け容れた。


 ルチアーノも、行くなとは言わなかった。

 急かしもせず、命じもせず、帰る場所だけを整えて待ってくれた。


 そして皇帝もまた、残れと命じることはしなかった。

 留め置く理屈を持つ人だったはずなのに、それでも最後に選択を残した。


 その三つが、今になってようやく一本に繋がる。


 支えるとは、相手の判断を奪わないことだ。

 守るとは、選ぶ余地を残すことだ。

 血筋や立場は、人を縛る鎖ではなく、立つための足場であるべきなのだ。


 自分はそうしてもらった。

 だから次にも、それを残したいと思う。


 馬車が揺れ、膝の上の小箱が微かに鳴った。


 向かう先はもうはっきりしていた。

 王国。離宮。あの方の待つ場所。


 けれど、以前とまったく同じ自分ではない。


 侍女であった自分を抱えたまま、自分の名で隣に立てる者として戻るのだと、今ならはっきり言える。

 帝国で得た立場も、学びも、失敗さえも、もう捨てるものではなかった。


 ロゼッタは胸章の小箱へそっと触れ、それから厚手の紙片の輪郭をもう一度確かめた。


 公に立つための足場と、帰る場所を告げる言葉。

 その両方を持って、今の自分は前へ進んでいく。


(まずは帰ろう)


 帝国で勝ち得たものを抱えたまま、帰るべき場所へ向かうときが来ていた。

 止められなかったからではない。選ばせてもらったからこそ、ロゼッタは帰るのだ。

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