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盲目王子の専属侍女── 一歩先を導く侍女と追放王子の逆転劇  作者: チャーコ


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70 セリーヌ・デ・モンレーヴ――選ばれなかった側の返書

 ロゼッタ・マリーニが帝国へ渡り、宮廷へ上がったという報せを聞いたとき、セリーヌ・デ・モンレーヴは、手にしていた扇を閉じる指先へほんの少し力を込めた。


 表情は崩さない。王女は驚きを顔へ出さず、空気の揺れだけを拾うものだと教えられてきた。


 それでも胸の内には、飲み込みきれないものが残った。


(子爵家の娘が、帝都の宮廷へ)


 しかも、ただの滞在ではない。一月の短期留学。皇帝の目で見定められる立場。


 それが何を意味するのか、セリーヌにはわかる。


 帝国は、誰でも宮廷へ上げる国ではない。まして血統にうるさいあの国が、外から来た娘へ宮廷の奥を見せるなら、それは単なる親族の情では済まないはずだった。


 ヴァレンティア王国は、あくまで通過点だった。

 学ぶ場ではあっても、留まる場所ではない。自分が本当に立つべき舞台は、もっと外にあると、ずっとそう信じてきた。


 自室へ戻るなり、セリーヌは机へ向かった。窓から差し込む光が、白い便箋の上に細い影を落としている。


 ホワイトブロンドの髪を肩の後ろへ払い、筆を執る。その所作に迷いはない。


 幼い頃から、帝国語も礼法も、帝国流の社交も身につけてきた。ヴァレンティア王国での日々さえ、より大きな舞台へ出る前の準備にすぎないと、自然に受け止めていたのだから。


(ならば、今こそ確かめるべきだわ)


 自分の格を。

 そして、どこが本当に自分を用いる気でいるのかを。


 書き出しは丁寧に整えた。モンレーヴ王国第一王女としての礼を崩さず、帝国の宮廷に対して非礼と映らぬ形で綴った。


 そのうえで現状を端的に記す。王国の政局が流動的であること。第一王子はなお王宮の均衡を揺るがしきらず、第二王子は王位に近い立場にありながら安定を欠くこと。そうした中で、自分が今後どこへ身を置くべきか、改めて帝国側の意向を伺いたいと。


 露骨な懇願にはしない。助けを求めるような文面でもない。


 あくまで、選ばれるに足る教育と資質を備えた王女が、より相応しい場を問う文面にまとめた。


(これで十分だわ)


 最後の一文を書き終えたあと、セリーヌは便箋を折り、封をした。


 帝国は、見込みのあるものを見落とさない国だ。そう信じてきたし、今もその認識は変わらない。ならば、子爵家の娘ではなく、自分の方へ正式な返答が寄越されるはずだった。


 ◇ ◇ ◇


 返事は、思ったより早く届いた。


 帝国の印章が押された封書を受け取ったとき、セリーヌは侍女たちを下がらせ、自分の手で封を切った。扇も持たず、机の前へまっすぐ座る。


 ここで焦りを見せるのは、美しくない。

 便箋を開く。目はすぐに文面を追った。


 最初の二行で、温度がわかった。


 丁寧ではある。だが、そこに歓待の気配はない。言葉遣いに棘がなくても、余白に何も含ませていない文面だった。


 視線を先へ進める。


『貴殿は現滞在先たるヴァレンティア王国に留まり、与えられた務めを果たされよ』


 その一行で十分だった。セリーヌは一度、紙面から目を離す。


(……王国に残れ、ですって)


 声に出してみれば、あまりにも短い結論だった。


 便箋へ視線を戻す。そこにはさらに、柔らかな表現で冷たい意味が重ねられていた。新たな受け容れは不要であること。現時点で追加の見定めは必要ないこと。資質に関する記録はすでに足りていること。


 その書きぶりは、逆に明白だった。


 モンレーヴから伝わっている経歴も、ヴァレンティア王国での振る舞いも、帝国側にはすでに届いている。そして、そのうえで結論が出ている。


 褒めてもいないし、期待もしていない。


 帝国は、最初から自分を見ていなかったのではなく、見たうえで要らないと判断していた。

 その事実が、冷えた鉛のように胸へ沈んでいく。


(外の血は不要、ということね)


 名指しはされていないが、それ以外にどう読めというのだろう。


 帝国は血を重んじる。だからこそ、外から新たな王女を迎えることに意味を見ていない。しかも、自分の性質も、考え方も、報告だけで足りると見なされている。


 わざわざ会う価値もないということだ。


 セリーヌは便箋を持つ手に余計な力が入らぬよう意識した。紙へ皺が寄れば、それだけでみっともない。


 王女は、拒絶されても取り乱さない。それが教育だった。

 それでも、喉のあたりへ苦いものがせり上がるのは止められなかった。


(わたくしは、選ばれる側のはずだったのに)


 モンレーヴ王国の第一王女。帝国語に不自由はない。礼法も、社交も、舞踏も、王妃教育も受けてきた。少なくとも子爵家の娘に後れを取るはずがないと、疑ったことさえなかった。


 なのに現実はどうだ。

 自分には王国に残れと返し、あの娘には帝都の宮廷の扉を開く。


 そこで、ひとつの考えが胸の奥で形になる。


(……違う)


 帝国が欲していたのは、帝都へ迎える外の王女ではない。


 帝国の血を引き、帝国の名を帯びたまま、王国側で立てる娘の方だったのだ。


 だから、あの娘は宮廷へ呼ばれた。

 だから、自分は最初から外されていた。


 その理解は、拒絶そのものより深くセリーヌを傷つけた。

 最初から自分のための枠など、帝国にはなかったのだ。


 セリーヌは便箋を畳み、机へ置いた。

 折れたわけではない。まだ、折れてはいない。


 帝国が今すぐ自分を必要としていないのなら、それは状況の問題かもしれない。王国側の配置が崩れるまで待っているだけかもしれない。今はまだ動かぬというだけで、判断が永遠に変わらぬとは限らない。


 そう考えなければ、あまりに無様だった。


 立ち上がり、鏡の前へ歩く。

 映った自分は、いつも通り端整だった。ホワイトブロンドの髪も、オリーブ色の瞳も、姿勢も、何ひとつ乱れていない。


 なのに、その美しさが今日は少しも慰めにならない。

 理由を探そうとして、最も都合よく浮かんだ名があった。


(……あの娘のせいだわ)


 その考えが浮かんだ瞬間、セリーヌは自分でも驚くほど自然にそれを受け容れていた。


 ロゼッタ・マリーニ。


 王国の侍女。子爵家の娘。だが今や、帝国が宮廷へ招き入れ、見定める価値ありとした存在。

 自分が拒まれた場所に、あの娘はいる。それだけで十分だった。


 敵意と呼ぶには、まだ輪郭が曖昧だった。とはいえ、好ましく思えないという感情は、すでに疑いようがなかった。


 セリーヌは鏡の中の自分へ向かって、薄く微笑んだ。

 笑みを消す必要はない。取り乱す必要もない。王女は落ちるときでさえ、美しくあるべきだ。


 ならば今は、王国に残る。

 残った先で、何が動き、誰が選ばれ、誰が選ばれないのかを見極めればいい。


 机の上の返書は、一行の命令でしかない。だがセリーヌにとっては、自分が思っていた位置から静かに外されたと告げる通達だった。


 それでも彼女は、まだ自分を見失ってはいなかった。

 そうした自分を保ったまま、次へ向ける視線だけが、少しずつ冷えていく。

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