表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
盲目王子の専属侍女── 一歩先を導く侍女と追放王子の逆転劇  作者: チャーコ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

65/79

65 皇帝の問い、ロゼッタの答え

 ――ならば、お前の申す支えとやらは何だ。


 その問いが、静かな執務室の中でロゼッタへ鋭く刺さった。


 ロゼッタは膝の上で組んだ指へ、そっと力を込める。逃げ道のない問いだった。だからこそ、中途半端には答えられなかった。


「まず、見えにくくなっても判断まで奪わないことです」


 それは、前世の弟にも、今世のルチアーノにも通じることだった。


「文書の置き場所を固定すること。読む順を揃えること。補佐する者が勝手に要約や結論を足さず、必要な情報だけを差し出すこと。部屋の動線を変えるなら、その都度きちんと伝えること」


 ひとつずつ、順に大切だと思うことを挙げていく。


「薬瓶や文箱、書類の束にも、触れてわかる違いを持たせられます。取っ手や札に小さな印をつければ、目だけに頼らず扱えます」

「ずいぶん細かいな」

「細かなことほど、判断を守ります」


 口にしたあとで、少し踏み込みすぎたかもしれないと思った。

 けれどアウグストゥスは咎めない。


「支えとは、大きなことだけではございません。本人の手元へ、最後の確認を残すことでもあります」

「最後の確認、か」

「はい。読む者と決める者が別でも、決裁そのものを奪わぬように」


 皇帝は黙って聞いていた。


 拒まれてはいない。

 ならば、もう一歩進める――そう考えかけたとき、アウグストゥスが先に口を開いた。


「草案の末尾にあったな。視覚による読字に頼らぬ方法、と」


 ロゼッタはひとつ瞬きをしてから、皇帝を見据えた。


「はい、陛下」

「点や凹凸を並べる文字のことか」

「はい。まだ広く使えるほど整ってはおりません。私も完全な形を知っているわけではございません。ですが、視覚に頼らず、自分で読んで自分で確かめる助けになります」


 皇帝の眼差しが鋭くなる。


「密命にも使えそうだな」


 その反応は、予想していた。

 ロゼッタは間を置かずに答える。


「だからこそ、先にその用途へ流してはならないと考えております。草案にもそう書きました」


 室内の空気が冷えた。

 それでもロゼッタは退かなかった。


「最初から軍事や密書へ回せば、見えない方が自分で読むためのものが、別の目的に奪われます。私は、それを望みません」

「皇帝に線を引くか」


 威圧感のある問いだった。


「引かなければ、本当に必要な人の手に届かなくなるからです」


 ロゼッタは怯まず述べた。


「見えないからといって、学ぶことや判断することを諦めずに済むようにしたいのです。そのためのものとして扱っていただきたいのです」


 そこまで言い切ってから、ようやく自分の手が汗ばんでいることに気づいた。


 怖くないわけではない。

 けれどここを明確にしなければ、前世の弟も、今世のルチアーノも、そしてこれから先の誰かも、また()()()()()()()()()()()()()()()と決めつけられる。


 それだけは、譲れなかった。


 長い沈黙のあと、アウグストゥスは背もたれへ身を預けた。


「……ヴェロニカらしい娘だと思ったが、少し違うな」


 ロゼッタは姿勢を正したまま崩さない。


「妹は去ることで抗った。お前は残る形を差し出しながら、奪わせぬ線を引く」


 それが良い評価なのか、戒めなのか、すぐには読み切れない。けれど初日の視線とは違うものが、今の皇帝の目に宿っていた。


 血を見るだけの眼差しではない。


「下がってよい」


 退出の許可が下りる。

 ロゼッタは深く礼をし、執務室をあとにした。


 ◇ ◇ ◇


 廊下へ出たところで、ようやく張りつめていたものが少しだけ緩んだ。


 うまく答えられたのか、踏み込みすぎたのか、自分でもまだわからない。

 ただ、後悔だけはなかった。


「その顔なら、無難に答えるだけでは済まなかったようだね」


 聞き慣れた柔らかな声に、ロゼッタは顔を上げた。


 壁際に立っていたのは、書類を抱えたミケーレだった。恐らく別件で呼ばれていたのだろう。


「ミケーレ様」

「言うべきことは、きちんと伝えてきたようだ」


 ロゼッタは一瞬、何と返すべきか迷った。

 しかし、背の高いミケーレをまっすぐに見上げて告げた。


「……言うべきことは申し上げました」

「嫌われるかもしれないと思っても?」

「はい」


 ミケーレは息をつき、どこか納得したように微笑んだ。


「やはり、そういう人か」


 その一言が、なぜか心に残る。

 意味を尋ねる前に、彼は話題を変えるように言った。


「戻るか? 今のうちに、自分が何を言ってきたのか整理した方がいい」

「そんな顔をしていますか」

「ああ。陛下から答えをもらってきた顔じゃない。自分の答えを、しっかり示してきた顔だ」


 ロゼッタは、少しだけ目を見開いた。


 言い当てられた気がした。

 褒められたというより、見抜かれた方が近い。


「……それなら、よかったです」


 ミケーレはそれ以上、何も言わなかった。

 ただ、廊下の端へ身を引き、先へ進む道を空ける。


「では、また」

「はい。失礼いたします」


 ロゼッタは一礼し、そのまま自室へ向かった。


 胸の鼓動はまだ速い。

 けれど、見られているのは血筋だけではないと、今日の問いでよくわかった。


(試されている)


 礼法や舞踏だけではない。

 何を見て、どこで線を引き、何を守るかまで含めて。


 ならば、ここで怯んではいけない。


 自室の机へ向かいながら、ロゼッタはそっと唇を引き結ぶ。

 皇帝の最後の言葉は、まだ耳に残っていた。


 ヴェロニカらしい娘だと思ったが、少し違う。


 それはたぶん、血があるだけの娘ではないと、ほんの少し見られ始めたということだ。


 一月は短い。

 だが、自分の意志で立つ場所を勝ち取るには、十分な長さでもある。


 ロゼッタは机上の紙へ手を伸ばした。

 帝国での試験は、いよいよ彼女そのものを量り始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ