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盲目王子の専属侍女── 一歩先を導く侍女と追放王子の逆転劇  作者: チャーコ


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57 虹色魔石と伯爵位

 王都へ戻った翌朝、ニコラスは離宮から王宮へ足を運び、まだ陽の高くならないうちに政務棟の一室へ入っていた。


 机の上には、北方に関する記録がいくつも積まれている。冬季備蓄の配分、輸送路の補修、国境沿いの警備配置、鉱山調査の継続報告、そしてマリーニ子爵領から献上された虹色魔石に関する文書。どれも一枚だけなら目立たない。だが、並べていけば、長く見過ごされてきた働きが一つの形を取る。


(これは新しく恩を積む話ではありません)


 ニコラスは必要な箇所に印を入れながら、順に読み返した。


(今まで曖昧にされていた評価を、功績として正しく扱うだけです)


 ルチアーノが王太子であった頃から、北方国境沿い一帯への支援策は途切れず続いていた。備蓄の偏りを正し、輸送の優先順位を見直し、国境沿いの不安定さがそのまま王都の損失へ繋がると、数字で示し続けたのもルチアーノだった。


 多くの者にとって、北方は遠い。王都へすぐ影響が出ない限り、後回しにされやすい土地でもある。だが、放置した綻びは必ず中央へ戻ってくる。そのことを、ルチアーノだけは早い段階から理解していた。


 その施策があったからこそ、北方は持ちこたえた。

 そして、持ちこたえた土地で、マリーニ家は黙って働き続けた。


 ニコラスは最後に、虹色魔石献上の報告書を一番上へ置いた。発掘そのものは偶然と言える。だが、価値を見誤らず、私蔵せず、国家へ差し出す判断は偶然では済まない。


 書類を抱えて席を立つ。向かう先は、国王の政務室だった。


 ◇ ◇ ◇


 入室を許されると、室内には国王であるヴィットーリオ・ディ・ヴァレンティーノのほか、年配の文官と財務を預かる官吏が控えていた。机の上には、すでにいくつかの書状が広げられている。帝国から届いた書簡の写しも、その中に含まれているのだろう。


 ニコラスは一礼し、整えた書類を差し出した。


「ご依頼の件、まとめてまいりました」


 ヴィットーリオが頷く。


「マリーニ子爵家の件だな」

「はい」


 年配の文官が、慎重な声音で口を開いた。


「しかし、この時期ですか。第一王子殿下付きの侍女が帝国へ向かう、その話が出た直後に、実家の爵位を引き上げるとなれば、王都ではどう見られるか」


 財務官も続ける。


「虹色魔石の献上は確かに大きい。ですが、一件のみで伯爵位となると、重いと見る者もいるでしょう」


 ニコラスは顔色一つ変えなかった。想定の範囲内だった。


「では、順に申し上げます」


 机へ書類を広げる。

 最初に示したのは、虹色魔石献上の記録だった。


「第一に、虹色魔石を私蔵せず、国家へ献上した功績です。あれは珍しいだけの品ではありません。今後の王国にとって、戦略的な意味を持ち得る魔石です。発見者の側に隠匿の余地があったにもかかわらず、マリーニ家は見返りを求めず差し出した」


 そこで一度、室内を見渡す。


「それだけでも、忠誠と判断の両面から軽く扱うべきではありません」


 文官は黙ったまま、先を促した。


「第二に、北方国境を安定的に支え続けた実績です」


 別の書類を示す。


「冬季備蓄の受け容れ、輸送の維持、国境沿いの交易路の保全、鉱山調査を継続できる環境の確保。どれも目立つ働きではありません。ですが、目立たないまま長く積み上げられてきたからこそ、王都では軽く見られてきた」


 財務官が問い返す。


「それは、子爵家として当然の職分では?」

「子爵家として当然の職分を、当然の水準で済ませなかったからこそ、北方は崩れなかったのです」


 ニコラスの口調に迷いはなかった。


「そして第三に、その実績は単独では成立しておりません」


 室内の空気が、そこでわずかに引き締まる。


「第一王子殿下が王太子時代から進めておられた、北方国境沿い一帯への支援策は、ご記憶にございますでしょう」


 ヴィットーリオの手が机上で止まった。


「備蓄、輸送、警備、鉱山調査に至るまで、殿下は北方の安定を王都の安定と同じものとして扱ってこられました。北方が荒れていれば、虹色魔石の発掘も、その後の献上も成立しない。マリーニ家が働き続けたからこそ、殿下の支援策は現実になった。殿下の支援策があったからこそ、マリーニ家は働き続けられたのです」


 財務官が微かに眉を寄せる。


「……つまり、第一王子殿下の政策が正しかったと」

「正しかったからこそ、今の北方があります。また、帝国との往来が現実となる今、北方を預かる家の格を据えることは外交上も有益です」


 ニコラスは躊躇わない。


「これは私情での便宜ではありません。見過ごされてきた働きを、功績としてきちんと扱うべきだと申し上げているだけです」


 年配の文官が、低く息をついた。


「王都の貴族たちは、そこまで筋立てては見ませんぞ」

「王都の勘繰りを恐れて功を数えないのであれば、それこそ制度が歪みます」


 ニコラスの声は穏やかなままだったが、曖昧さはなかった。


「王妃側がどう見るか、王妃派が何を囁くか、それは本質ではありません。本当に問うべきは、功績のある家へ正しく報いるかどうかです」


 そこで、ヴィットーリオがようやく口を開いた。


「……北方の話を、ルチアーノはよく持ってきていたな」


 独り言のような響きだった。


「冬になる前に動かなければ意味がないと、何度も言っておった」


 ニコラスは何も足さない。

 国王が自分で思い出すことに意味があった。


「王都の数字だけを見ていては遅れるとも」


 ヴィットーリオは書類の束へ視線を移す。虹色魔石の報告、備蓄記録、北方の収支。そのひとつひとつが、今になって一本の線で結ばれていくようだった。


「マリーニ子爵は、見返りを求めたか」

「一度もございません」

「虹色魔石についても」

「はい。国家へ差し出すべきものだと判断されました」


 ヴィットーリオはしばらく黙っていたが、やがて重く息をついた。


「ならば、伯爵へ上げるのが妥当だ」


 財務官が顔を上げる。


「陛下」

「むしろ遅かったくらいだ」


 その一言で、部屋の空気が決まった。

 ヴィットーリオはニコラスを見る。


「マリーニ子爵家を伯爵へ陞爵する。文案を起こせ」

「承知いたしました」


 ニコラスは深く頭を下げた。


 文官はなお何か言いたげではあったが、国王が裁可した以上、これ以上は押せない。財務官も反対を続ける理由を失い、口を閉ざした。


 ヴィットーリオが最後に付け加える。


「ただし、公表の順は選べ。帝国からの件と重ねれば、余計な騒ぎも起こるだろう」

「はい。留学の届出と並行しつつ、王家の裁可として自然な順で整えます」

「任せる」


 それで話は終わった。


 ◇ ◇ ◇


 政務室を出たあと、ニコラスは廊下の窓際で一度足を止めた。


 外では庭の上を侍従が足早に横切り、石畳へ靴音を響かせている。王宮はいつも通り動いている。だが、今しがた決まったことは、間違いなくその流れの中へ広がっていく。


 書記官へ回り、外務へ回り、しかるべき部署へ写しが渡る。そうなれば、王妃側の耳にも入るだろう。面白く思わない者は必ずいる。

 それでも、引くつもりはなかった。


(隠すような話ではありません)


 功績は公に扱われてこそ意味を持つ。

 そして、ロゼッタがもう()()()()()ではないことも、もう隠し通せる立場ではなくなりつつある。


 ニコラスは手元の書類を抱え直した。次に進めるべきは、帝国短期留学の正式な届出である。その形がきちんと整ってこそ、ロゼッタは王国の外へ出ても、王国の内に帰る場所を持てる。


(殿下は送り出した。ならば私は、帰ってこられる形を作るだけです)


 濃紺の髪が肩で揺れる。ニコラスはそのまま歩き出した。

 王都の中で、遅れていたものがひとつずつ正され始めていた。

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