表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放された盲目の第一王子に仕える子爵令嬢ですが、手を引かず一歩先を示していたら、甘く執着されて求婚されました  作者: チャーコ
本編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/98

4 ロゼッタとステラの午後

 王宮から馬車で半刻ほど。王都の中でも閑静な場所に離宮はあった。


 同じ王都であるはずなのに、空気の質が違う。人の往来が少なく、足音がそこまで気にならない。午前中に中庭で見た第一王子の姿がロゼッタの脳裏をよぎった。


(……ここなら、余計な視線は入りづらい)


 ロゼッタ・マリーニは回廊を歩きながら、自然と歩調を落とした。


 ローズブラウンの髪は低い位置でしっかりとまとめられている。蜂蜜色の瞳は柔らかな印象を与えるが、視線に迷いはない。身だしなみは清潔で、実務に慣れた落ち着きがある。体格は華奢すぎず、長く立っていても軸が崩れない。


 侍女見習いとして王宮に上がってから、意識して身につけてきた立ち方だった。

 足を止めると床の硬さが変わり、音の反響がわずかに遅れる。


(ここは響き方が違う)


 殿下が通るなら、声をかける位置を考えなければならない。ロゼッタは頭の中で、回廊に印をつけた。


「ロゼッタ」


 聞き慣れた声がして振り返ると、友人であるステラ・バルトーネが歩いてきた。


 シルバーアッシュの髪をまとめ、若草色の瞳は瞬時に周囲を捉えている。前に出すぎず、控えるべき場所では確実に控える。

 十八歳のステラは、年のわりに落ち着いていて、実務向きの所作が身についていた。


「もう来てたのね。王宮の荷物が多くて、少し遅れたわ」

「大丈夫よ。ちょうど見ていたところだから」


 ロゼッタは足元と周辺を示した。


「見ていた?」

「廊下の幅と音の反響、それから扉の開き方」


 ステラは束の間考え、すぐに理解したように頷く。


「……もう仕事を始めているのね」

「始めるというより、覚えていたいだけ。今日は、殿下の部屋には入らないわ」


 二人が並んで歩き出した、そのときだった。


「――随分と熱心ですね」


 横合いから、わざと感心したような声が割り込んできた。


 振り向くと、王妃派に連なる従者が立っていた。リカルドの側近として、王宮で何度か見かけた顔だ。口元には笑みを浮かべているが、その視線は値踏みするように冷たい。


「離宮とはいえ、殿下は殿下。まさか、見習いの方()()()で対応なさるおつもりではありませんよね?」


 その言葉は丁寧だが、わかりやすい牽制だった。


「殿下は、今とても繊細なご状況ですし」


 従者は大袈裟に溜息をつく。


「判断を誤られでもしたら、それこそ取り返しがつきません。付き添いは多い方が、安心かと存じますが?」


 ステラが、反射的に口を開きかけた。

 だが、ロゼッタはステラの背に手を置いてから、穏やかに声を出す。


「ご心配いただき、ありがとうございます」


 ロゼッタの声音は柔らかい。しかし、返答の切れ味は鋭かった。


「ただ、殿下が歩かれるときに、一番必要なのは付き添いの数ではないと思うのです」


 従者が不快そうに眉をひそめる。


「殿下ご自身が、今どこに立っていて、どう進むかを判断できる空間です」


 ロゼッタは一歩も引かずに続けた。


「大勢の人が先に動いてしまいますと、その判断を奪ってしまいますから」


 回廊に沈黙が落ちた。


 従者は言葉を探すように口を開き、結局、何も言い返せなかった。

 そのまま、作法通りに一礼する。


「……ご立派なお考えですね」


 皮肉を残して、踵を返して去っていった。

 従者の背中が見えなくなってから、ステラが小さく零す。


「……ああいう言い方、王宮では誰も止めないのよ」

「でしょうね。でも、離宮では必要ないもの」


 ロゼッタはただ事実を述べるように、淡々と答えた。


「あなたが真っ先に離宮に行くって立候補したって聞いたとき、正直驚いたわ」


 ステラは歩きながら、ちらりと横目でロゼッタを見る。


「責任は重いし、目立つ役目よ。それなのに迷いがなかった」

「理由を考える前に行きたいって思ったの。行かなきゃ、って」


 ロゼッタは率直な気持ちを打ち明ける。


「その思いだけは、最初から揺れてなかったわ」


 ステラは一度、視線を前に戻してから、静かに言った。


「……すごくまっすぐね」


 回廊の先に、第一王子の居室がある。ロゼッタは無意識に足音を一定にした。


「午前中、殿下に会ったんでしょう」

「ええ」

「どうだった?」


 ロゼッタは少し間を置いて答える。


「第二王子に身体は一度倒されたわ。でも……殿下の心は倒れていなかった」

「判断を手放してなかった?」

「ええ。周りがどう動いているかを、ずっと探っていたわ」


 ロゼッタは、あのときの殿下の立ち姿を思い出していた。


「……正直、驚いたわ」

「何が?」

「身体が倒れても、ああやって周囲を窺っている人を、私は初めて見たの」


 ステラは頷いて、ロゼッタに同意した。


「だから、あなたは行くって言えたのね」

「そう。放っておけなかったの」

「で、次は何をするのかしら?」

「今日は殿下の部屋の外から確認するの。扉の開き方、音の響き方、動線で危ないところがないかを見て、それをニコラス様に伝えるわ」


 ロゼッタはやるべきことを数えて、考えを巡らせる。


「お世話はまだ?」

「まだよ。先に環境を把握しないと、殿下の判断を邪魔してしまうから」


 ステラは納得したように、表情を緩めた。


「前に出ないのね」

「出たら……奪ってしまいそうだから」


 そう言って、ロゼッタは再び歩き出す。必要な場所で止まり、確かめてから次へ進む。足取りに迷いはない。


 扉の向こうに、午前中に会った盲目の王子がいる。ロゼッタは声の届く距離と立ち位置を確かめ、深呼吸をした。


(私は奪わない)


 離宮での一日は、まだ始まったばかりだ。

 ロゼッタは前に出るためではなく、殿下が自分で選び続けられるよう、世界の形を一つずつ確かめていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ