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盲目王子の専属侍女── 一歩先を導く侍女と追放王子の逆転劇  作者: チャーコ


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4 ロゼッタとステラの午後

 王宮から馬車で半刻ほど。

 王都の中でも閑静な場所に、離宮はあった。


 同じ王都であるはずなのに、空気の重なり方が違う。人の往来が少なく、足音が絡まりすぎない。午前中に中庭で見た第一王子の姿が、ロゼッタの脳裏をよぎった。


(……ここなら、余計な視線は入りにくい)


 ロゼッタ・マリーニは回廊を歩きながら、自然と歩調を落とした。


 ローズブラウンの髪は低い位置でまとめられ、動いても乱れにくい。蜂蜜色の瞳は柔らかな印象を与えるが、視線の動きに迷いはない。華美ではないが身だしなみは丁寧で、立ち姿には実務に慣れた落ち着きがある。体格も華奢すぎず、長く立っていても軸が崩れない。


 侍女見習いとして王宮に上がってから、意識して身につけてきた立ち方だった。


 足を止める。

 床の硬さが変わり、音の返りがわずかに遅れる。


(ここは反響が残る)


 殿下が通るなら、声をかける位置を考えなければならない。ロゼッタは頭の中で、回廊に印をつけた。


「ロゼッタ」


 背後から声がして、振り返る。


 ステラ・バルトーネが歩いてきた。シルバーアッシュの髪をまとめ、若草色の瞳は一度で周囲を捉えている。前に出すぎず、止まるべき場所では確実に止まる。実務向きの所作だった。


「もう来てたのね。王宮の荷が多くて、少し遅れたわ」

「大丈夫よ。ちょうど見ていたところだから」


 ロゼッタは足元を指し示した。


「見ていた?」

「廊下の幅と音の返り方、それから扉の開き方」


 ステラは一瞬考え、すぐに理解したように頷く。


「……もう仕事を始めているのね」

「始めるというより、覚えておきたいだけ。今日は、殿下の部屋には入らないわ」


 二人が並んで歩き出した、そのときだった。


「――随分と、熱心ですね」


 横合いから、わざと感心したような声が割り込んできた。


 振り向くと、王妃派に連なる従者が立っていた。リカルドの側近として、王宮で何度も見かけた顔だ。口元には丁寧な笑みを浮かべているが、その視線は値踏みするように冷たい。


「離宮とはいえ、殿下は殿下。まさか、見習いの方()()()で対応なさるおつもりではありませんよね?」


 その言葉は、丁寧な形をした牽制だった。


「殿下は、今とても繊細なご状況ですし」


 従者は大袈裟に溜息をつく。


「判断を誤られでもしたら、それこそ取り返しがつきません。付き添いは多い方が、安心かと存じますが?」


 ステラが、反射的に口を開きかけた。

 だが、ロゼッタは一拍置いてから、穏やかに声を出す。


「ご心配くださって、ありがとうございます」


 その声音は柔らかい。けれど、曖昧さはなかった。


「ただ……殿下が歩かれるときに、一番必要なのは付き添いの数ではないと思うのです」


 従者が眉を不快そうに動かす。


「殿下ご自身が、今どこに立っていて、どう進むかを判断できる空間です」


 ロゼッタは一歩も引かず、続けた。


「大勢の人が先に動いてしまいますと、その判断を奪ってしまいますから」


 一拍の沈黙が落ちた。


 従者は言葉を探すように口を開き、結局、何も言い返せなかった。

 そのまま、作法通りに一礼する。


「……ご立派なお考えですね」


 皮肉を含んだ声を残し、踵を返して去っていった。

 その背中が見えなくなってから、ステラが小さく息をつく。


「……ああいう言い方、王宮では誰も止めないのよ」

「でしょうね。でも、離宮では必要ないもの」


 ロゼッタは淡々と答えた。


「あなたが真っ先に離宮に行くって立候補したって聞いたとき、正直驚いたわ」


 ステラは歩きながら、ちらりと横目でロゼッタを見る。


「責任は重いし、目立つ役目よ。それなのに、迷いがなかった」

「理由を考える前に、行きたいって思ったの。行かなきゃ、って」


 ロゼッタは思ったままの言葉を続けた。


「その気持ちだけは、最初から揺れてなかったわ」


 ステラは一度、視線を前に戻してから、静かに言った。


「……ずいぶん、まっすぐね」


 回廊の先に、第一王子の居室がある。ロゼッタは無意識に歩調を落とした。


「午前中、殿下に会ったんでしょう」

「ええ」

「どうだった?」


 ロゼッタは少し間を置いて答える。


「第二王子に身体は一度倒された。でも……殿下の心は倒れていなかった」

「判断を、手放してなかった?」

「ええ。周りがどう動いているかを、ずっと見ていた」


 ロゼッタは、あのときの殿下の立ち姿を思い出していた。


「……正直、驚いたわ」

「何が?」

「倒されても、ああやって周囲を見ている人を、私は初めて見たの」


 ステラは何も言わず、ただ静かに頷いた。


「だから、あなたは行くって言えたのね」

「そう。放っておけなかったの」

「で、次は何をするのかしら?」

「今日は殿下の部屋の外から確認するの。扉の開き方、音の抜け方、動線で危ないところがないかを見て、それをニコラス様に渡すわ」


 ロゼッタの口調は穏やかだったが、迷いはなかった。


「お世話は、まだ?」

「まだよ。先に環境を把握しておかないと、殿下の判断を邪魔してしまうから」


 ステラは納得したように、口元を緩めた。


「前に出ないのね」

「出たら……奪ってしまいそうだから」


 そう言って、ロゼッタは再び歩き出す。必要な場所で止まり、確かめてから次へ進む。足取りに迷いはない。


 扉の向こうに、午前中に会った盲目の王子がいる。ロゼッタは声の届く距離と立ち位置を確かめ、静かに息を整えた。


(私は、奪わない)


 離宮での一日は、まだ始まったばかりだ。

 ロゼッタは前に出るためではなく、殿下が自分で選び続けられるよう、世界の形を一つずつ確かめていた。

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