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盲目王子の専属侍女── 一歩先を導く侍女と追放王子の逆転劇  作者: チャーコ


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28 セリーヌ・デ・モンレーヴの思い上がり

 セリーヌ・デ・モンレーヴは、応接室に足を踏み入れた瞬間、空気の質を察した。

 視線の集まり方、言葉が出るまでの間、沈黙の重さ。王妃教育で何度も叩き込まれた感覚が、自然と身体を導く。


(……想定の範囲内ね)


 微笑みを湛え、扇を胸元に添える。

 本来なら、もっと張り詰めた舞台に立っているはずだったという思いが、胸の奥をかすめた。


 モンレーヴ王国は、北方大帝国と国境を接している。

 幼い頃から帝国語は生活の延長で学ばれ、帝国流儀の作法は「いずれ必要になるもの」として身につけさせられてきた。


 王国に留学する話が出たときも、それは遠回りであり、通過点であり、最終的に帝国へ向かうための準備だと、自然に理解していた。


(……ええ、そういう位置づけですわ)


 自分の中で、その認識はすでに揺らいでいない。


 ヴァレンティア王国第一王子――金色の髪と整った顔立ち、若くして優秀と名高い王子。


 彼がいたからこそ、自分はここに来た。

 帝国に嫁ぐ前に、まず王国の王妃候補として学ぶ。それは降格ではなく、価値ある寄り道だと受け止めた。


(美しく、優秀で、王位に近い王子。条件としては十分……少なくとも、あの時点では)


 第二王子の振る舞いが、最近になってやけに軽く感じられる。

 言葉は大きく、判断は粗い。王位に近いという一点だけで、ここまで差が出るものなのだろうか。


(王国に留まる理由は、もう果たしている)


 視力を失った王子を見たとき、迷いは生じなかった。

 価値が失われたのではない。

 自分の進む先と、もはや重ならなくなった――ただ、それだけのことだ。


 応接室には王国貴族と官僚、それから北方に関わる者たちが並んでいる。

 慎重で、丁寧で、どこか遠慮がちな空気が漂っていた。


(身内で揉めている国、という印象は否めない)


 そう思いながら、挨拶を切り出す。


「本日はお時間をいただき、ありがとうございます」


 冒頭は王国語で整えた。

 だが続く言葉に、無意識に帝国語由来の言い回しが混じる。


 ほんの一語。

 それだけで、空気がわずかに止まった。


(……やはり、感覚が違う)


 返事が来るまでの、一拍。


(帝国の宮廷であれば、この程度で言葉を詰まらせる者はいない)


 北方の関係者の肩が、ほんのわずかに強張った。

 その反応を見て、セリーヌは内心で息をつく。


(ここは、決断する側の場ではありませんのね)


 話題は北方支援策へ移る。

 寒害、物資、輸送路。数字と感情が混じる話題だ。


 セリーヌは沈黙を選んだ。

 帝国流儀では、感情が前に出た場面で不用意に寄り添わない。統治とは、常に一歩引いて判断するものだと教えられてきた。


 しかし、室内の温度が少しずつ下がっていく。


「……王女殿下は、北方についてどのようにお考えですか」


 控えめな問いに、セリーヌは迷いなく答えた。


「北方は要衝です。資源と輸送路は、適切に管理される必要があります」


 正しい。

 格上の国であれば、当然評価される言葉だ。


 だが、返ってきた反応はまた一拍遅れた。

 誰も反論しない。誰も賛同しない。


(……通じませんのね)


 苛立ちが、胸の奥に静かに積もる。


(わたくしが誤っているのではない。この国が、まだ追いついていないだけ)


 そのとき、第一王子ルチアーノの名が脳裏をよぎった。

 北方支援策を重視していたのは、彼だという。


(……だから、王国は内輪の感情を優先する)


 帝国の場では、こうした判断は求められない。

 だからこそ、自分の進む先は自然と定まっている。


 セリーヌは微笑みを崩さず、場を締めた。


「皆さまのお考えは、理解いたしましたわ」


 言葉は柔らかい。

 だが、空気は戻らない。


 応接室を出るとき、背中に残る感触があった。

 称賛でも、反発でもない。


 ――距離だ。


(この国に、これ以上合わせる必要はない)


 身内で軋む王国の王妃になるより、外へ向けて力を伸ばす国の中枢に立つ方が、よほど自分に相応しい。


(帝国なら、わたくしの教育も、価値も、正しく用いられる)


 その日は、離宮からの用向きで、侍女二人も一時的に王宮へ戻っていた。


 回廊の端で、ステラ・バルトーネが小さく眉を寄せる。

 その隣で、マリアは何も言わず、ただ静かに視線を伏せていた。


 口には出さない。

 だが二人とも、同じ違和感を覚えている。


(……この方は、王国を向いていない)


 その感想は、評価でも非難でもなかった。

 ただの確認だった。


 セリーヌは、それに気づかないまま歩き去る。

 本来立つべき舞台は、もっと外にあると信じたまま。


 その選択が、どこへ繋がるのかを知る者は、まだ誰もいなかった。

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