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盲目王子の専属侍女── 一歩先を導く侍女と追放王子の逆転劇  作者: チャーコ


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24 夜の診察と専属侍女の決意

 その一日は、朝から小さな違和感の連続だった。

 ルチアーノの声が短い。返事が早すぎる。歩行は正確なのに、足の運びに余裕がない。食事の量も少なく、水を取る間もわずかに遅れる。それらが一日を通して戻らなかった。


(……無理が積み重なっている)


 ロゼッタは専属侍女として一日そばにいながら、殿下の変化を言葉にせず拾っていた。止まる位置は狂っていない。判断も保たれている。それでも、身体が判断に追いついていない。夕方、灯りを調整するために近づいたとき、頬に触れる空気がいつもより熱を含んでいることに気づいた。


(……迷う段階じゃない)


 判断を奪ってはいけない。けれど、判断が鈍る状態を放置してもいけない。その線を踏み越えない言い方を、ロゼッタは選ぶ。


「殿下。ニコラス様に、一度だけ診ていただいてもよろしいでしょうか」


 一拍の沈黙ののち、低い声が落ちる。


「……大袈裟だ」

「はい。ですから、確認だけです」


 理由は重ねず、選択肢を奪わない。ルチアーノは小さく息をついた。


「……呼べ」


 それで十分だった。


 ◇ ◇ ◇


 ニコラス・サルヴィの診察は、夜でも冷静さが変わらない。額に手を当て、脈を測り、呼吸の間を数える。治癒魔術師としての判断は早く、余計な言葉は挟まなかった。


「軽い発熱です。天候不順と疲労が重なっています」


 机に薬包が置かれる。


「これを服用して、今夜はしっかり眠れば、朝には下がります。重い症状ではありません。治癒魔術を使うほどでもない」


 ルチアーノは、わずかに肩の力を抜いた。


「……そうか」


 ロゼッタは、その言葉を胸の内で反芻する。

 一晩眠れば治る。医師として正しい判断だとわかる。それでも、その()()が、妙に重く感じられた。


 ニコラスは視線をロゼッタに向ける。


「今夜は無理をさせないこと。水分を切らさず、室温を一定に。眠りが浅くなりがちですから、様子を見て」

「承知いたしました」


 即答するロゼッタに対し、ニコラスはそれ以上、指示を足さなかった。


「殿下」


 最後に、静かに告げる。


「ご自身では大丈夫だと思っておられるでしょうが、今夜は休むべきです」

「……わかっている」


 その返事は、昼間よりも素直だった。


 ◇ ◇ ◇


 夜の支度を整えながら、ロゼッタはすでに決めていた。

 一晩眠れば治る。だからこそ、眠るまでを一人にしない。


 寝台の脇に椅子を置く。近すぎず、離れすぎない位置。呼べば届く距離にいることを伝える。


「殿下。今夜は、こちらに控えますね」

「……必要ない」


 予想通りの返事だった。


「はい。ですが、私の判断です」


 穏やかに、しかし引かない。殿下は束の間言葉を失い、それから短く息を吐いた。


「……勝手にしろ」


 拒絶ではなかった。


 ロゼッタは薬を飲ませ、水差しを用意し、灯りを落とす。物音を抑えながら、部屋の空気を一定に保つ。熱があると、殿下は呼ぶのを遠慮して、我慢してしまう。それだけはさせない。


(専属侍女として)


 その言葉を胸の中に置く。

 一晩眠れば治る。だから、その夜を支える。


 ロゼッタは椅子に腰掛け、夜が明けるまで起きている覚悟を固めた。扉の外の離宮は静かで、ここには熱と呼吸と、二人の気配だけがある。今夜はそれで十分だとロゼッタは思った。

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