表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
盲目王子の専属侍女── 一歩先を導く侍女と追放王子の逆転劇  作者: チャーコ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/78

16 彼女がいないだけで、こんなに違う

 目を開けた瞬間、ルチアーノは違和感を覚えた。音がないわけではないが、いつもそこにあったはずの気配が、ひとつ抜け落ちている。石鹸と、ほのかな柑橘が混じったあの香りではなく、石と布と朝の空気だけが残っていた。


「殿下、おはようございます。ステラ・バルトーネです」


 落ち着いていてわかりやすい声だった。視力を使わない相手への配慮として、申し分ない発声だと頭では理解する。距離も適切で、近づきすぎない。体温が伝わるほどではないが、遠すぎることもない。


 それでも、耳が勝手に別の音を探してしまう。名乗る前の小さな息、動く前に一拍置く間、明るく輪郭のくっきりしたあの声。


(……探しているな)


 気づいて、思考を切る。比べる必要はない。代わりはいて成立する。それが制度だと、理解している。

 杖の先で床を確かめ、立ち上がった。反発は一定で、段差もなく歩ける。


「正面、平らです。三歩ほど進めます」


 声かけの間はちょうどいい。早すぎず、遅すぎない。完璧だと判断できるのに、踏み出すまでに一拍考えている自分に気づく。いつもなら、息を吸うより先に動いていた。


 一歩、二歩。歩調は合っている。失敗もない。ただ、どうしても余計な力が抜けなかった。


 香りだけではない。声の柔らかさが違う。近づいたときに伝わる体温が違う。ロゼッタは、いつも自分より少しだけ高かった。その差が無意識の基準になっていた。


(……困っていない)


 困っていないからこそ、理由がはっきりしない。判断はできるが、判断するまでの負荷が増えている。

 歩行を終え、壁際で杖を床に当てると、ようやく息が整った。


「ありがとう」

「いえ。問題ありませんでしたね」


 その言葉に、否定はできなかった。問題はないが、楽ではない。


 昼の食卓でも同じだった。皿の配置は正確で、説明も過不足がない。温度も適切だ。だが、口に運んだ瞬間、違いがわかる。硬いわけではないが、とろみが少ない。スプーンですくったとき、形が少し崩れやすい。


(……考えているな、私は)


 いつもなら、考えなくてよかった。


「恐れながら……殿下」


 ステラの声が入る。ためらいを含んだ間が、わずかに置かれる。


「今日のお食事、召し上がりにくくはありませんか?」


 ステラは踏み込みすぎない距離にいる。だが自分が「いつもと違う」と感じていることを察しているという意思表示。

 ルチアーノはスプーンを置き、静かに息をついた。


「……問題はない」

「はい。問題はございません。ただ……ロゼッタが用意する食事は、殿下に寄り添って作られているのだと」


 そこまで言って、ステラは口を閉じた。十分だった。

 自分の中で、何かが静かに確定する。代わりは成立する。だが、いないと自然ではない。


(……彼女がいないと、楽ではない)


 その事実を、言葉にしないまま、初めて受け容れた。


 ◇ ◇ ◇


 食堂を出たあと、ステラは小さく息をついた。


(これはもう、わかりやすいわね)


 技術の問題ではなく、好みの問題でもない。殿下の世界の基準が、誰か一人に結びついているだけだった。溜息が出るほど健全で、少し微笑ましい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ