15 休日の買い物は、全部殿下のため
目を覚ました瞬間、久しぶりに頭の中が澄んでいることに気づき、ロゼッタはそのまま寝台から起き上がった。深く眠れた朝特有の感覚で、考え事が絡まらず、次にやりたいことが自然と浮かんでくる。
(頭がすっきりしてる。これなら、あれもこれも試せそう)
窓を開けると、離宮の朝の空気が流れ込んだ。胸いっぱいに吸い込むと、身体の奥まで行き渡ったように感じられる。昨日は作業を止められたと感じたが、今ならあれは必要な休息だったと理解できた。
(殿下も、ニコラス様も、ステラも、マリアも……ありがとうございます)
心の中で名前を呼び、軽く頭を下げる。ゆっくり眠れた分、今日はちゃんと動ける。
次に浮かんだ考えは、ほとんど迷いのない形をしていた。
殿下のための買い物に行こう。
遊びではなく、生活を少しでも楽にするための実務だ。外出の許可も、付き添いの手配も、すでに整っている。
離宮の門を出たところで、ロゼッタは隣を見上げた。ニコラス自身が付き添ってくれたことには少し驚いたが、いつも通り穏やかな様子で、護衛というより同行者に近い距離で歩いている。
「今日は、どちらへ?」
「まずは台所用品の店です。見たいものがいくつかあって」
王都の大通りに入ると、様々な店が立ち並んでおり、一気に賑やかになる。ロゼッタは歩きながら周囲を見回した。今日は髪をまとめていない。ローズブラウンの髪が背中に落ち、柔らかく揺れるたびに陽光を弾く。蜂蜜色の大きな瞳が、輝きを帯びて向かう店を探していた。
「とろみをつけやすい鍋と、深めのスプーン、それから滑りにくい器を見たいんです」
「用途は?」
「殿下用です」
答えながら、ロゼッタの表情が自然と明るくなる。
店に入ると、棚の前で足を止め、器を一つ手に取った。縁の高さ、重さ、指に伝わる感触を確かめながら、視線を移していく。
「これは軽すぎますね」
「軽い方が扱いやすい場合もありますが」
「中身が少ないと器が動きやすいんです。前に少し滑りそうになっていましたし」
手にしていた器を戻し、次を取る。
「これは縁が低いですね」
そう言ってから、ロゼッタは唇に指を当てた。頭が澄んでいるせいか、工夫や改善点が次々と浮かんでくる。
(次は何を変えたら、もっと楽になるかな)
「最近、少しお痩せになっている気がするんです」
「殿下が?」
「はい。もっと食べやすい料理を研究したくて。栄養があって、冷めにくくて、最後まで形が崩れない方がいいですよね」
買った器を確認し、ロゼッタは満足そうに頷いた。
「殿下専用ですから」
布地の店では、白地に淡い刺繍の入ったエプロンを広げ、丈を確かめる。
「これくらいの丈が安全ですね」
「安全、ですか?」
「石畳が多いので。あと、殿下の手元を遮らない丈です」
エプロンを畳みながら、笑みがこぼれた。
「殿下の隣で動きやすくないと、意味がありませんから」
「……隣、ですか」
「はい。殿下の傍です」
言い切ってから、ロゼッタは自分の髪に指を絡め、はにかむように笑う。
「迷惑じゃないといいんですけど」
「迷惑?」
「私、ちょっとお世話焼きすぎるところがあるので。年上の、うるさい侍女だったらどうしようって」
紙袋の中身を確認し、小さく息をついた。
(器と調理道具とエプロン、ちゃんと揃った)
「……ロゼッタ嬢の欲しい物は買わないんですか?」
「私の? 私が欲しい物は、全部買ってますよ」
ニコラスは言葉を選びながら、ロゼッタを見る。
「全部、殿下のためですよね」
「はい。侍女として当然ですし、それが私の欲しい物です」
一瞬だけ考えてから、ロゼッタは顔を上げた。
「殿下が楽になるなら、私も専属侍女として嬉しいです」
離宮の方を見る蜂蜜色の瞳が、期待でいっぱいになっている。
「早くお見せしたいです。使いやすくなったって、きっと喜んでくださいますよね」
◇ ◇ ◇
(なるほど……これは、効きますね)
ニコラスは表情を変えず、内心でだけ評価を更新した。休日のロゼッタは仕事中よりも表情が豊かで、考えたことがそのまま行動に出る。その無防備さと行動力が同時に存在しているのが、どうしようもなく厄介だった。
(下ろした髪も、瞳の動きも、役に立ちたいという一途さも……殿下向きです)
しかも本人は、それをすべて「侍女として当然」で片づけている。
(年頃の少年が、これを知って平気でいられるはずがありません)
「楽しそうでしたね」
「はい。やりたいことが多くて」
それは事実だろう。ただ――。
(さて、殿下がどこまで耐えられるか)
休日の買い物は、想像以上に成果があった。
そして次は、この成果を見せる番だと、ニコラスは密かに楽しんでいた。




