第42話 紅蓮流との手合わせ
「で、俺と戦う気になったか?」
巨岩を粉砕した俺を凝視し、ポカンと口を開けていたエリザが、俺の冷ややかな声に弾かれたように肩を震わせた。
あからさまな動揺を隠そうともせず、エリザは顔を真っ赤にして叫ぶ。
「こ、こんな岩……! たかだが、岩を砕いただけですし!? 驚くに値しませんわ! ……まあ、わたくしの慈悲で、素人さんと戦うのは免じて差し上げてもよろしいですわよ!?」
強がりなのは明白だ。エリザの膝が微かに震えている。
そんなエリザの背後から、双子のリンとレンが必死に追従する。
「お嬢様、さすがです!」
「お嬢様、お優しい!」
エリザの逃げ腰の言葉にリンとレンが、ここぞとばかりにヨイショを重ねる。
おそらく主人の逃げ腰を察してのフォローだろうか。
「ほう、逃げるのか。紅蓮流というのは、看板ばかりの『腰抜け』だったというわけか」
――ピクリ。
俺の言葉にエリザの眉が跳ね上がる。
俺の挑発の『腰抜け』という言葉。
この言葉を聞くと、エリザはキレるのだ。
本来のシナリオでもエリザとゼノスの対決において、この言葉でゼノスが挑発しエリザは冷静さを欠いてしまう。
「……腰抜け? 今……わたくしに向かって『腰抜け』と言いましたの!?! ええ……ええ、いいでしょう!!! その増長した自信、わたくしがギタギタにブチ壊して差し上げますわあああああ!!!!!」
エリザの鼓膜を劈くような絶叫が山々に響き渡る。
その怒りの凄まじさに、隣にいたリンとレンは「ひゃっ!?」と声を上げ、たまらず猫耳を両手で塞いでいた。
しかし、これでエリザがやる気になったな。
凄まじい気迫だ。
俺が岩を砕く実力を見せつけた後でもなお、この闘争心を維持できるのは大したものだ。
そして、エリザ自体が弱いわけではない。
ただ、この沸点の低さと自制心の欠如こそが、エリザを敗北へと導く致命的な弱点なのだ。
ならば、その弱点を徹底的に叩かせてもらおう。
教育には、実体験を伴う痛みが不可欠だからな。
「ふむ。よかろう。だが、お前一人では退屈だ。三人まとめて掛かってこい。そこの二人も格闘家なのだろう?」
「ふぇ?」
「わたし?」
リンとレンが困惑したように顔を見合わせる。
だが、すでに頭に血が上りきったエリザが、有無を言わさず命令を下した。
「ふふん! 言いましたわね! わたくしたちの紅蓮流の神髄、その身に刻んで地獄へ持っていくがいいですわ!! やりますわよ! リン! レン! 三人の連係奥義で、この無礼者を粉砕しますわよ!」
「承知でございます! ほわたぁ!」
「覚悟しろ! うわたぁ!」
先ほどまでの緩い雰囲気は消え、三人は横一列に並んで鋭い構えを取った。
その立ち姿には、長年の修行に裏打ちされた確かな重みがある。
「威勢がいいな。では――俺から行くぞ」
俺は宣告すると同時に、中央のエリザに向かって真っ直ぐに地面を蹴った。
まずは挨拶代わりだ。
俺は大きな予備動作を交え、あえて隙の大きな大振りの蹴りを放つ。
「甘いですわ! お素人さん! 紅蓮流・反転撃!」
エリザが鋭い眼光を放ち、俺の足を流れるような動作で受け流した。
『紅蓮流・反転撃』は、いわゆるカウンター技だ。
エリザは俺の蹴りの威力を殺さず、逆に加速させて横に逃がす。
蹴りという攻撃は、標的に当たる直前が最も速い。
その最高速度にエリザの力が加わり、俺の体は制御を失ったかのように大きく泳がされた。
俺が無防備な背中を晒した瞬間、左右から殺気が膨れ上がる。
「紅蓮流!」
「挟撃掌!」
タイミングを完璧に合わせたリンとレンが、俺の両脇腹を狙って掌底を突き出す。
だが……その手応えは虚空を掴んだ。
「うわっ!?」
「消えた!? って危ない!」
全速力で踏み込んだ二人の目の前から、俺の姿が霧のように掻き消えた。
勢いを止められなかった二人の正面には、互いの顔があった。
「あべしっ!」
「たわばっ!」
正面衝突した二人は、滑稽な悲鳴を上げながら左右に吹き飛んだ。
「リン、レン! 大丈夫ですの!?」
「うぅ……だ、大丈夫です!」
「ま、まだやれます!」
俺は離れた場所で悠然と立ち、「ふん」と鼻で笑った。
エリザがカウンターを決めたのは、俺が放ったフォルテ直伝の技『幻影飛ばし』だ。
実体を持っているため、触れても偽物だとは気づけない。
「小癪な技を……! では、こちらも本気でやらせてもらいますわ!! リン、レン! あの方に『紅蓮流・噴気流連撃』を仕掛けますわよ!」
「おう!」
「よし!」
三人は瞬時に立て直し、縦一列の陣形を組んだ。
リンを先頭に、猛烈なスピードで俺へと突っ込んでくる。
「「「 喰らえ! 紅蓮流・噴気流連撃! 」」」
先頭のリンが右拳を振りかぶる。
だがそれは見え透いたフェイントだ。
リンは鋭く腰を落とし、地を這うような足払いを繰り出した。
俺はそれを軽やかに跳躍して回避する。
「もらったぁ!」
空中に逃げた俺を逃さず、二番手のレンが跳んだ。
俺の胴体を真っ二つにするような、渾身の横蹴り。
だが。
「はにゃっ!?」
リンの間抜けた声が響く。
俺は空中でレンの蹴りを受け止めるのではなく、下で姿勢を崩していたリンの頭を『踏み台』にしてさらに上へと跳ね上がったのだ。
「なっ!? リンを踏み台にしたぁ?!」
屈辱と驚愕に満ちた絶叫。
そしてその遥か上空、俺を見下ろす位置にはエリザがいた。
『紅蓮流・噴気流連撃』。
下段と中段で標的を釘付けにし、その間にエリザが天高く舞い上がり、滑空の衝撃と共にすべてを粉砕する必殺のトリプルコンビネーション。
「喰らいやがれですわあああああ!!!」
空気を切り裂く轟音と共に、エリザの飛び蹴りが迫る。
エリザの足先からは猛烈な炎が噴き出しており、まるで紅蓮の彗星だ。
これこそが紅蓮流の由来たる所以か。
回避不能の超速度。
「これは……避けられんな」
――ドゴォッ!
重低音が響き、エリザの蹴りが俺の胸板を捉えた。
だが、エリザの攻撃はさらに加速する。
上空から得た加速を維持したまま、俺の体を地面へと叩きつけ、そのまま圧殺しようという腹づもりだ。
だが……詰めが甘いんだよ、エリザ。
激昂に任せた攻撃は、往々にして細部への注意を欠く。
「このまま叩き潰してさしあげますわ!! ……って、あれえええ!?」
エリザの足の下にいた俺の感触、そして姿が消える。
今、エリザが攻撃していたのは、またしても俺の『幻影飛ばし』だ。
「わわわわわわっ!?!? 止まらない! 止まりませんわああああ!!!」
空中で俺の姿が消えた事で焦ったエリザが、空中で制御できなくなり無様に手足をバタつかせる。
「お嬢様!?」
「あぶない!」
「きゃああああっ!!! 死ぬ、わたくし死にますわあああ!!!」
エリザは垂直に、しかも頭から地面へと落下していく。
その慌てぶりは、先ほどの高飛車な態度が嘘のようだ。
――ガシッ。
「ひいい! 死んだぁっ! 今わたくし死にましたわっ! ……あ、あれ?」
死を覚悟して目を瞑っていたエリザが、恐る恐る目を開ける。
いくら鍛えた格闘家とはいえ、この高さから頭部を強打すれば再起不能は免れない。
俺には、エリザを鍛え直してゼノスに勝たせるという『計画』があるのだ。
ここで死なれては困る。
俺は落下するエリザを、軽々と横抱き――いわゆるお姫様抱っこで受け止めていた。
「お嬢様!」
「助かった……!」
エリザは呆然としたまま、至近距離にある俺の顔を見つめている。
その頬が、屈辱からか赤く染まっていく。
「俺の勝ちだな、エリザよ。これで少しは、俺の言葉を聞く気になったか?」
俺が冷徹に問いかけると、エリザはようやく自分が抱きかかえられている状況を理解し、弾かれたように暴れ出した。
「ちょ、ちょっと! わたくしに何してますの!? すぐに降ろしてくださいまし!」
俺が地面に降ろすと、エリザは顔を真っ赤にしたまま、着崩れたドレスの裾を必死にポンポンと叩いて整え始めた。
リンとレンもまた、乱れた髪や服を直しながら、気まずそうにこちらを伺っている。
「で、負けを認めたか?」
俺が腕を組み、冷徹な視線を投げかけると、彼女たちは一様にうつむいた。
エリザの肩が、悔しさと敗北感で微かに震えている。
「戦いの最中、事もあろうに敵に助けられるとは……わたくしも、紅蓮流の継承者として、まだまだ未熟……ええ……認めますわ。わたくしの負けです」
「くやしい!」
「でも、認めちゃう!」
うつむいていたエリザが、意を決したように顔を上げ、俺を真っ直ぐに見据えた。
その瞳には強い意志と、そしてどこか奇妙な高揚感が混じっている。
「わかりましたわ……あなたのその強さ、そして窮地でわたくしを救ったその器。認めざるを得ません。あなたの要求を受け入れましょう」
「ふん。そうか。では、話が早いな」
素直に聞き入れる気になったようで何よりだ。
そう満足げに頷こうとした、その時。
エリザは頬を林檎のように赤く染め、今までにないほど力強く、そして凛とした声で宣言した。
「このエリザ・グレン……あなたがそれほどまでに望むのであれば、あなたの『妻』になって差し上げますわ!!!」
「我らも!」
「妻に!」
三人は恥ずかしそうに身を捩りながら、期待に満ちた目で俺を見つめてくる。
「……は?」
静まり返った山の中に、俺の呟きだけが虚しく響き渡った。




