おまけ:ルナリアはどうかしている
皆がガンディーノに到着し、この場所での新たな生活が始まってから数日が経過した頃だった。
その中で、俺を微妙な表情で見つめている者がひとりいたのだ。
妹のルナリアだ。
その顔は、まるで苦虫を噛み潰したかのように不機嫌に歪んでいる。
これまでルナリアが俺に向ける表情は笑顔ばかりだった。
露骨に不満をぶつけるような表情は、今まで見た事がない。
なぜ、あんなにも不機嫌なのだろうか?
「……どうした、ルナリア。俺に何か言いたい事があるのか?」
なるべく優しい声色を作って問いかけた。
すると、ルナリアは堰を切ったように感情を爆発させた。
「言いたい事……? ありますよ! 当たり前じゃないですか!」
ドスドスと乱暴な足音を立てて歩み寄ってきたルナリアは、いきなり俺の胸倉を両手で強く掴み、前後に激しく揺さぶり始めた。
「な、なんだというのだ。落ち着いて言ってみろ」
「あのですね! なんで……なんで私はレヴォス様と同化できなかったんですか! 私もレヴォス様のことを知りたかったです!」
悲痛な叫び声には、嫉妬と寂しさが入り混じっていた。
同化。
それは、あの黒い繭に魂を抜き取られた出来事を指している。
魔王レヴォスとの戦いの末に命を落とした者たちは、黒い繭に吸収されてしまった。
フォルテやヒロン、クロエ……俺が大切に思う、たくさんの仲間たち。
そして俺自身も一度死を迎え、黒い繭の中で彼らと同化した事により、一部の記憶や強い思いを深く共有することになったのだ。
だが、あの過酷な戦いの中で生き残ったルナリアやセレスたちとは、記憶や感情を共有していない。
ルナリアは、自分が俺の秘密や内面を知る輪から外れてしまったことに対して、強い不満を抱いているのだ。
「あのな……死ななくてよかったじゃないか。それに同化などしていたら、お前の心の中を赤の他人に全て知られてしまうんだぞ?」
「いいですよ、そんなこと! うわああん! 私もレヴォス様と同化したいー! また死んでくださいよ、レヴォス様ー!」
ルナリアは涙を流し、無茶苦茶な要求を口走って床に転がった。
手足をバタバタとさせて駄々をこねる姿は、まるで幼い子どものようだ。
その無茶な要求に呆れつつも、同時にルナリアの愛情を痛いほどに感じていた。
地面で暴れるルナリアの脇に手を差し入れ、そっと両手で持ち上げて立たせる。
「ルナリア。同化などという極端なことをせずとも、これからゆっくりと時間をかけて、お互いの気持ちを育んでいこうじゃないか」
俺が穏やかに微笑みかけると、ルナリアは涙目で俺を上目遣いに見つめてきた。
「じゃあ、レヴォス様は……私の事、どれくらい好きなのかを教えてくださいよ!」
「もちろん……大好きだぞ」
俺が迷いなく答えたとたん、ルナリアの顔が耳まで真っ赤に染まった。
大きな瞳を潤ませ、嬉しそうに身をよじる。
「え、それって……!」
「……可愛い妹としてな」
俺があえて言うと、ルナリアの表情が一瞬で怒りに変わった。
「んがー! ひどいです! でも、いいですから! 私には、とっておきの奥の手がありますから!」
頬を膨らませて怒っていたルナリアが、突然に得意げな顔つきに変わる。
ニヤニヤと笑うその顔は、間違いなく何か良からぬことを企んでいる証拠だ。
「ふふん! レヴォス様、覚えていますか!? 何でも願いを叶えてくれる、ご褒美の約束の事を!」
「そんな約束、したっけな?」
「してますから! わ、忘れちゃったんですか!?」
俺がわざととぼけてみせると、ルナリアは本気で慌てふためき、両手をぶんぶんと振り回した。
からかうのはこの辺りにしておこう。
「冗談だ、覚えているに決まっているだろう。で、ルナリアの願いは何だ?」
「ええと……ちゃんと聞いていてくださいね……」
ルナリアの顔が再び赤くなり、モジモジと身体をくねらせている。
言葉にしたいが、恥ずかしくてなかなか声に出せない。
そんな葛藤が手に取るように伝わってくる。
やがて、ルナリアがスーッと深く息を吸い、覚悟を決めたように俺に向かって言い放った。
「レヴォス様! 私と結婚してもらいますから!」
「わかった。しよう」
「ええ、ええ。分かりますよ。レヴォス様と私は兄と妹。それを理由に拒否されるということは、最初から想定内です。でもですね! ……って、あれ? レヴォス様、今なんて言いました?」
「わかった、と言ったのだ。俺と結婚するのだろう?」
状況が呑み込めていないのか、ルナリアは高速で何度もパチクリと瞬きを繰り返している。
「えっと……本当に、私と結婚してくれるんですか……?」
「俺は構わん。だが、この決定を止める者が一人いる。その者が許せば、結婚してもいいんじゃないか?」
俺が条件を出すと、ルナリアはハッとして周囲を見回した。
「だ、誰ですか、それは!」
「決まっているだろう。アリアだよ」
アリア。
本名はネール・ムーングレイであり、俺とルナリアの母親だ。
シークランス家の呪具の反動により、今はルナリアよりも幼い子どもの姿になってしまっているが。
「なるほど……! ちょっとそこで待っててください!」
ルナリアが力強く頷き、嵐のような猛烈な速さで駆け出していった。
そして、またもや嵐のような勢いでこちらに戻って来たのだ。
ルナリアの手には、アリアが繋がれていた。
「はぁはぁ……連れて来ました!」
「あら~? いったい、二人そろってどうしたの?」
アリアは息を切らすルナリアとは対照的に、相変わらずのマイペースを保っていた。
可愛らしい子どもの姿で、俺たちにふんわりとした微笑みを投げかけてくる。
荒い息をなんとか整えたルナリアが、真剣な眼差しでアリアに問うた。
「お母様! 私とレヴォス様との結婚を認めてください!」
その一言で、アリアの表情が変わった。
いつもはニコニコと穏やかなアリアの表情が一変し、恐ろしいほどの真剣さを帯びたのだ。
その急激な変容に、ルナリアの肩がビクッと跳ねる。
「ルナリア、いいこと? 仮にも、あなたたちは兄と妹なのですよ。それがどういう意味を持つか、分かっているのかしら?」
「……分かってます。でも、私は真剣なのです!」
「真剣? たったそれだけの言葉で、どうにかなると思っていると?」
アリアが真剣な面持ちで問い詰める。
だが、ルナリアも決して視線を逸らさず真剣な表情を一切崩さなかった。
「どうにかなると……思います。兄と妹といっても、私たちはずっと離れて暮らしていました。唯一の共通点は、この赤い髪くらいじゃないですか! どちらにせよ、レヴォス様と結婚したいと思っている方はたくさんいるのです。せめて、私もその末席に加えてほしいのです……」
なるほど。
俺がすでに多くの者から求婚を受けている事を、ルナリアは把握していたのか。
必死に自分を売り込むルナリアの姿が、これまたひたむきで可愛らしい。
だが、アリアの表情は硬いままだった。
「確かに、この場所に法律などという縛りはありません。あなたが結婚する事に対して、誰も拒否しないでしょう。しかし、当のレヴォスくんが承諾すると思っているのかしら? ねえ、レヴォスくん?」
「俺は良いと思っている」
「ほら、レヴォスくんだって、ああ言っているのよ? ……って、あれ? 今、良いと思っていると聞こえたけど……」
「俺は良いと思っている、と言ったんだ。そもそも、俺自身はレヴォスとして生を受けた記憶はないからな」
アリアが、先ほどのルナリアと全く同じように高速で瞬きをした。
もはや、俺が転生してきた人間というのは仲間たちの間に知れ渡っている。
アリアやルナリアとは同化していないのが、噂どころか、皆で俺の情報を共有しあっているという始末だ。
俺の事は皆に丸裸なのだ。もはや隠し通すことは止めた。
コホン、とアリアが咳払いをして姿勢を正した。
「なるほど……そういう事ですか。であれば、ルナリア。あなたの覚悟を認めましょう」
「ほ、本当ですか!? やったぁ!!!」
「ただし!」
アリアが強い口調で言葉を継いだ。
……そのアリアの目が、妖しく光ったように見えた気がする。
「その理屈であれば、血の繋がりが関係ないという事ですよね。つまり、私がレヴォス君と結婚しても何の問題もないという事ですよね?」
「「 ……へっ? 」」
俺とルナリアの間の抜けた声が、綺麗に重なる。
「私も、私の分のご褒美のお願いがありますから。私がダメなら、ルナリアもダメ。ルナリアが良いなら、私も良い。そういう理屈になると思うけど、違って?」
アリアが、悪戯っぽい微笑みを浮かべる。
「え、っと……?」
想定外の反撃に、ルナリアがタジタジになって後ずさる。
そうだ……すっかり忘れていた。
アリアは元々、王族として生を受けていたのだ。
こういった高度な謀略や駆け引きの中で常に生きてきた、最も過酷な地位にいた女。
さらには、だまし討ちを何よりも得意とする、俺とルナリアの実の母親でもある。
俺たちの他人を騙す才能は、間違いなくこのアリアから受け継いだものだろう。
……と、そういった経緯だった。
まさか花嫁姿のルナリアとアリアを見ることになろうとは、夢にも思わなかった。
ま、それでいいさ。
倫理的にどうなのかと問われれば、確かに問題はあるかもしれない。
だが悪役のこの俺に、倫理観などあると思うか?
俺を慕ってくれる者は、全員まとめて俺が幸せにしてやる。
それこそが俺の、悪役貴族レヴォス・ムーングレイの戦略なのだ。




