表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

205/205

おまけ:ルナリアはどうかしている



 皆がガンディーノに到着し、この場所での新たな生活が始まってから数日が経過した頃だった。


 その中で、俺を微妙な表情で見つめている者がひとりいたのだ。


 妹のルナリアだ。

 その顔は、まるで苦虫を噛み潰したかのように不機嫌に歪んでいる。


 これまでルナリアが俺に向ける表情は笑顔ばかりだった。

 露骨に不満をぶつけるような表情は、今まで見た事がない。

 なぜ、あんなにも不機嫌なのだろうか?


「……どうした、ルナリア。俺に何か言いたい事があるのか?」


 なるべく優しい声色を作って問いかけた。

 すると、ルナリアは(せき)を切ったように感情を爆発させた。

 

「言いたい事……? ありますよ! 当たり前じゃないですか!」


 ドスドスと乱暴な足音を立てて歩み寄ってきたルナリアは、いきなり俺の胸倉を両手で強く掴み、前後に激しく揺さぶり始めた。


「な、なんだというのだ。落ち着いて言ってみろ」

「あのですね! なんで……なんで私はレヴォス様と同化できなかったんですか! 私もレヴォス様のことを知りたかったです!」


 悲痛な叫び声には、嫉妬と寂しさが入り混じっていた。


 同化。

 それは、あの黒い繭に魂を抜き取られた出来事を指している。


 魔王レヴォスとの戦いの末に命を落とした者たちは、黒い繭に吸収されてしまった。

 フォルテやヒロン、クロエ……俺が大切に思う、たくさんの仲間たち。

 そして俺自身も一度死を迎え、黒い繭の中で彼らと同化した事により、一部の記憶や強い思いを深く共有することになったのだ。


 だが、あの過酷な戦いの中で生き残ったルナリアやセレスたちとは、記憶や感情を共有していない。

 ルナリアは、自分が俺の秘密や内面を知る輪から外れてしまったことに対して、強い不満を抱いているのだ。


「あのな……死ななくてよかったじゃないか。それに同化などしていたら、お前の心の中を赤の他人に全て知られてしまうんだぞ?」

「いいですよ、そんなこと! うわああん! 私もレヴォス様と同化したいー! また死んでくださいよ、レヴォス様ー!」


 ルナリアは涙を流し、無茶苦茶な要求を口走って床に転がった。

 手足をバタバタとさせて駄々をこねる姿は、まるで幼い子どものようだ。

 

 その無茶な要求に呆れつつも、同時にルナリアの愛情を痛いほどに感じていた。

 地面で暴れるルナリアの脇に手を差し入れ、そっと両手で持ち上げて立たせる。


「ルナリア。同化などという極端なことをせずとも、これからゆっくりと時間をかけて、お互いの気持ちを育んでいこうじゃないか」


 俺が穏やかに微笑みかけると、ルナリアは涙目で俺を上目遣いに見つめてきた。

 

「じゃあ、レヴォス様は……私の事、どれくらい好きなのかを教えてくださいよ!」

「もちろん……大好きだぞ」


 俺が迷いなく答えたとたん、ルナリアの顔が耳まで真っ赤に染まった。

 大きな瞳を潤ませ、嬉しそうに身をよじる。

 

「え、それって……!」

「……可愛い妹としてな」


 俺があえて言うと、ルナリアの表情が一瞬で怒りに変わった。

 

「んがー! ひどいです! でも、いいですから! 私には、とっておきの奥の手がありますから!」

 

 頬を膨らませて怒っていたルナリアが、突然に得意げな顔つきに変わる。

 ニヤニヤと笑うその顔は、間違いなく何か良からぬことを企んでいる証拠だ。

 

「ふふん! レヴォス様、覚えていますか!? 何でも願いを叶えてくれる、ご褒美の約束の事を!」

「そんな約束、したっけな?」

「してますから! わ、忘れちゃったんですか!?」


 俺がわざととぼけてみせると、ルナリアは本気で慌てふためき、両手をぶんぶんと振り回した。

 からかうのはこの辺りにしておこう。


「冗談だ、覚えているに決まっているだろう。で、ルナリアの願いは何だ?」

「ええと……ちゃんと聞いていてくださいね……」


 ルナリアの顔が再び赤くなり、モジモジと身体をくねらせている。

 言葉にしたいが、恥ずかしくてなかなか声に出せない。

 そんな葛藤が手に取るように伝わってくる。

 

 やがて、ルナリアがスーッと深く息を吸い、覚悟を決めたように俺に向かって言い放った。

 

「レヴォス様! 私と結婚してもらいますから!」

「わかった。しよう」

「ええ、ええ。分かりますよ。レヴォス様と私は兄と妹。それを理由に拒否されるということは、最初から想定内です。でもですね! ……って、あれ? レヴォス様、今なんて言いました?」

「わかった、と言ったのだ。俺と結婚するのだろう?」


 状況が呑み込めていないのか、ルナリアは高速で何度もパチクリと(まばた)きを繰り返している。


「えっと……本当に、私と結婚してくれるんですか……?」

「俺は構わん。だが、この決定を止める者が一人いる。その者が許せば、結婚してもいいんじゃないか?」


 俺が条件を出すと、ルナリアはハッとして周囲を見回した。

 

「だ、誰ですか、それは!」

「決まっているだろう。アリアだよ」


 アリア。

 本名はネール・ムーングレイであり、俺とルナリアの母親だ。

 シークランス家の呪具の反動により、今はルナリアよりも幼い子どもの姿になってしまっているが。


「なるほど……! ちょっとそこで待っててください!」


 ルナリアが力強く頷き、嵐のような猛烈な速さで駆け出していった。

 そして、またもや嵐のような勢いでこちらに戻って来たのだ。


 ルナリアの手には、アリアが繋がれていた。


「はぁはぁ……連れて来ました!」

「あら~? いったい、二人そろってどうしたの?」


 アリアは息を切らすルナリアとは対照的に、相変わらずのマイペースを保っていた。

 可愛らしい子どもの姿で、俺たちにふんわりとした微笑みを投げかけてくる。


 荒い息をなんとか整えたルナリアが、真剣な眼差しでアリアに問うた。

 

「お母様! 私とレヴォス様との結婚を認めてください!」


 その一言で、アリアの表情が変わった。

 

 いつもはニコニコと穏やかなアリアの表情が一変し、恐ろしいほどの真剣さを帯びたのだ。

 その急激な変容に、ルナリアの肩がビクッと跳ねる。


「ルナリア、いいこと? 仮にも、あなたたちは兄と妹なのですよ。それがどういう意味を持つか、分かっているのかしら?」

「……分かってます。でも、私は真剣なのです!」

「真剣? たったそれだけの言葉で、どうにかなると思っていると?」


 アリアが真剣な面持ちで問い詰める。

 だが、ルナリアも決して視線を逸らさず真剣な表情を一切崩さなかった。


「どうにかなると……思います。兄と妹といっても、私たちはずっと離れて暮らしていました。唯一の共通点は、この赤い髪くらいじゃないですか! どちらにせよ、レヴォス様と結婚したいと思っている方はたくさんいるのです。せめて、私もその末席に加えてほしいのです……」


 なるほど。

 俺がすでに多くの者から求婚を受けている事を、ルナリアは把握していたのか。

 必死に自分を売り込むルナリアの姿が、これまたひたむきで可愛らしい。


 だが、アリアの表情は硬いままだった。


「確かに、この場所に法律などという縛りはありません。あなたが結婚する事に対して、誰も拒否しないでしょう。しかし、当のレヴォスくんが承諾すると思っているのかしら? ねえ、レヴォスくん?」

「俺は良いと思っている」

「ほら、レヴォスくんだって、ああ言っているのよ? ……って、あれ? 今、良いと思っていると聞こえたけど……」

「俺は良いと思っている、と言ったんだ。そもそも、俺自身はレヴォスとして生を受けた記憶はないからな」


 アリアが、先ほどのルナリアと全く同じように高速で(まばた)きをした。

 

 もはや、俺が転生してきた人間というのは仲間たちの間に知れ渡っている。

 アリアやルナリアとは同化していないのが、噂どころか、皆で俺の情報を共有しあっているという始末だ。

 俺の事は皆に丸裸なのだ。もはや隠し通すことは止めた。


 コホン、とアリアが咳払いをして姿勢を正した。


「なるほど……そういう事ですか。であれば、ルナリア。あなたの覚悟を認めましょう」

「ほ、本当ですか!? やったぁ!!!」

「ただし!」


 アリアが強い口調で言葉を継いだ。

 ……そのアリアの目が、妖しく光ったように見えた気がする。


「その理屈であれば、血の繋がりが関係ないという事ですよね。つまり、私がレヴォス君と結婚しても何の問題もないという事ですよね?」

「「 ……へっ? 」」 


 俺とルナリアの間の抜けた声が、綺麗に重なる。


「私も、私の分のご褒美のお願いがありますから。私がダメなら、ルナリアもダメ。ルナリアが良いなら、私も良い。そういう理屈になると思うけど、違って?」


 アリアが、悪戯っぽい微笑みを浮かべる。


「え、っと……?」


 想定外の反撃に、ルナリアがタジタジになって後ずさる。

 

 そうだ……すっかり忘れていた。

 アリアは元々、王族として生を受けていたのだ。

 こういった高度な謀略や駆け引きの中で常に生きてきた、最も過酷な地位にいた女。

 

 さらには、だまし討ちを何よりも得意とする、俺とルナリアの実の母親でもある。

 俺たちの他人を騙す才能は、間違いなくこのアリアから受け継いだものだろう。

 

 ……と、そういった経緯だった。

 まさか花嫁姿のルナリアとアリアを見ることになろうとは、夢にも思わなかった。


 ま、それでいいさ。


 倫理的にどうなのかと問われれば、確かに問題はあるかもしれない。

 だが悪役のこの俺に、倫理観などあると思うか?


 俺を慕ってくれる者は、全員まとめて俺が幸せにしてやる。

 

 それこそが俺の、悪役貴族レヴォス・ムーングレイの戦略なのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ