第122話 矛盾の戦い
「ちくしょう! 全然当たんないじゃないかよお!」
ルーシィが吠える。
悔しさに顔を真っ赤に染め、スロットのボタンを親の仇のように叩きつけていた。
スロット台を壊さんばかりの勢いだ。
俺が貸した金は、砂漠に水を撒くように消えていく。
だが、それでいい。今のところ、順調だ。
ルーシィよ。どんどん、俺への負債を貯めていけ。
「気にするな。金は幾らでも貸してやる。……約束通り、後で返してくれるんだろう?」
「ああ、もちろんだ! 負けた分を取り戻すには、倍の金を賭ければいいだけだからな! 待っててくれ! 次は絶対に当たるから!」
期待に胸を膨らませて鼻息を荒くするルーシィ。
……素晴らしいほどのクズの考え方だ。
だが、いつまでもここに留まっているわけにもいかない。
背後からまとわりつく視線が、実に面倒だ。
カジノの従業員どもが、遠巻きにこちらの様子を伺っている。
先ほど招待した特別室へ、俺がなかなか向かわないのを焦っているのだろう。
「おい。一旦休止だ。俺に付いてこい」
「えっ? ど、どこにいくんだ、せっかく当たるところなのに!」
未練がましく台にしがみつくルーシィ。
だが俺はルーシィの腕を掴み、強引に連れてくる。
こいつは金があれば、際限なくスロットを回し続けるだろうからな。
俺が歩き出すと、待機していた従業員がこれ以上ないほどの笑みを浮かべ、先導を始めた。
「あ、あの……本当にどこに行くんですか……?」
ルーシィが、オドオドとした声で俺に尋ねてくる。
先ほどまでの強気な態度はどこへやら。
借りてきた猫のように、俺の背後でオドオドと縮こまっている。
こいつはギャンブルなどで熱くなると強気になるが、平時は極端に臆病な奴なのだ。
「特別室だ。俺が招待されていてな。付きあえ。……そう言えば、お前の名前を聞いていなかったな」
「と、特別室……!? あ、申し遅れました……私、ルーシィって言います……」
「そうか、ルーシィ。俺はレヴォスだ」
「レヴォスさん、ですね。あの……ええと、よろしくお願いいたします……」
ルーシィは震える手で俺の裾をぎゅっと握りしめ、小走りで俺の後に続いた。
そして、案内された特別室の前に辿り着く。
扉自体は、どこにでもあるような木目調の質素なものだ。
その前には屈強な護衛が4人、壁のように立ちはだかっている。
だが扉に近づくと、質感が違う。
微かに漂う金属臭からして、金属製の扉だろう。
俺が前に立つと、ズシリと重い扉が左右に開かれた。
「これはこれは! レヴォス・ムーングレイ様! お待ちしておりました!」
部屋に足を踏み入れるなり、不快なほど明るい声が響く。
一人の男が、揉み手をしながら擦り寄ってきた。
仕立ての良い黒のスーツ。
丁寧に整えられたオールバックの髪と、嫌味なほど手入れされた口髭。
やはり俺が名乗る前に、俺の正体を知っている。
「ああ。遅くなったな」
「いえいえ! 滅相もございません! さあどうぞ、こちらへ! そちらの可愛らしいお連れ様も、ご遠慮なく!」
案内された特別室の内部は、成金趣味の極みだった。
壁や床には一点の曇りもない白大理石が敷き詰められている。
隅には出所も怪しい高価そうな絵画や壺が、これ見よがしに並べられていた。
控えているメイドやバトラーの数も異常だ。
カジノ側の権威と財力を誇示し、客を威圧するための空間。
俺は鼻で笑い、用意された高級ソファへと深く腰を下ろした。
カチャリ、と上品な音を立てて高級な紅茶が運ばれてくる。
テーブルには、色とりどりの菓子が溢れんばかりに並べられた。
「で、俺を呼んだ用件は何だ?」
紅茶には手を触れず、俺は正面にいる男へとすぐに本題を切り出す。
隣のルーシィは緊張感など欠片もなく、出されたクッキーやケーキをガツガツと口に放り込んでいた。
「いえいえ、大層な用事などではございません! ただ、ムーングレイ家様へ感謝をお伝えしたく!」
「……感謝だと?」
「はい! このような辺境の地まで、公爵家の方が足を運んでくださるなど、当カジノ始まって以来の光栄でございますから!」
なるほど。
要するに、『公爵家御用達』という箔が欲しいのか。
だが俺に『来たのは内密に』とは言われたくないのだろう。
「ふむ。俺がここには来たのは理由があるからな」
「理由、ですか? それは一体、どのような……?」
「単純だ。俺は旅の途中でな。『補給』と、ちょっとした『息抜き』だ」
俺の言葉を聞いた瞬間、男の顔が下卑た喜びに歪む。
望むものが物資や娯楽であるなら、自分たちの土俵だと言わんばかりだ。
「左様でございましたか! ならば、レヴォス様にこそ相応しい、最高の『息抜き』をご提案させていただきましょう!」
「俺に相応しいものだと?」
「ええ! 高額レートのスロット台『スワンプ』でございます! 一台しか設置されていない、当店の誇る超人気スロットなのです!」
あの1000倍のレートのスロットか。
だが、そんなものにまともに付き合えば、金がいくらあっても足りん。
「お前は、俺を破産させたいのか?」
俺が冷たく突き放すと、男はニヤリと笑みを浮かべた。
「滅相もございません。レヴォス様のような強運の持ち主ならば、確実に大当たりを射止めると……私は確信しておりますよ」
男は笑顔でそう言った。
だが、男の目は笑っていない。
つまり、そういうことか。
『確実に当たる』よう、店側が台を操作するという宣言。
公爵家への露骨な賄賂だ。
「……なるほど。それは、退屈しなさそうだ」
「そうでございましょう! ただ……少々、当選額から手数料として、幾分かを差し引かせていただいてもよろしいでしょうか?」
全額は渡さないが、相応の分け前は保証する。
裏取引の完成だ。
「いいだろう。俺を楽しませてくれるというなら、細かな数字は問わん」
「ええ! 最高の結果をお約束いたしましょう!」
俺は満足そうに頷いた。
「気に入ったぞ。貴様、名は?」
「これは失礼いたしました。わたくし、このカジノのオーナーを務めております、ガゲルドと申します!」
ガゲルドは、これ以上ないほど深々と頭を下げた。
……やはり、こいつがガゲルドか。
俺はこの男を、知っている。
だが、原作知識ではない。
以前、俺が断罪した悪徳貴族ゲルドス。
奴隷売買と不当搾取に手を染めていたあの男が、最期に吐いた黒幕の名。
カジノを隠れ蓑にし、多額の借金で民衆や貴族を縛り、裏で操る男。
ゲルドスの背後にいた腐った支援者こそ、目の前で笑っているこのガゲルドだ。
だがガゲルドの背後にも、さらに巨大な『壁』がいるはずだ。
直接、核心には辿り着けないよう、何重にも防波堤が築かれている構造。
ならば、まずは目の前の壁から一つずつ崩してやればいい。
今回のガゲルドの提案は、実に好都合だ。
この男ガゲルドはスロット台を操作し、確実に俺を大当たりさせるらしい。
ゲルドスという集金装置を俺に潰され、相当に資金繰りが苦しいのだろう。
だからこそ、俺という新たな獲物に必死で餌を撒いているわけだ。
だが、あいにく俺には、その高額レートのスロット『スワンプ』を自分で回すつもりなど微塵もない。
やるのは俺の隣で菓子をむさぼり食っている、この『アンラッキー・ルーシィ』だ。
俺を確実に大当たりさせる、カジノオーナーのガゲルド。
対するは、絶対に当らない女『アンラッキー・ルーシィ』。
最高の矛盾対決だ。
ルーシィをスロットに座らせ、大敗を喫すれば、ガゲルドの『確実に当たる』という約束は反故になる。
それを口実に、このカジノを根底から揺さぶってやろうではないか。




