第116話 キャンピング馬車
「レヴォス様、こちらが指示されておりました新型の馬車にございます。馬車の中もご覧になられますか?」
執事のフォルテが、いつものように乱れのない姿勢で恭しく告げる。
「ほう。思ったより完成が早かったな。確認しよう」
俺が細部まで指示を出して作らせていた特注の馬車。
貴族が乗り回すような豪奢な装飾をした馬車でもなく、荷馬車でもない。
いわば、実用性と生存能力を追求した遠征用の大型馬車だ。
俺は期待に胸を躍らせながら、馬車の扉を開いて中へと足を踏み入れた。
馬車内に入ると、まず目に飛び込んできたのは、無駄のない配置で纏められたリビングと小型のキッチンだ。
リビングには、長旅でも疲れない適度な硬さのソファと、備え付けのテーブルが併設されている。
さらに奥へと進めば、清潔感のあるトイレと個室のシャワーが左右に配置されていた。
そして、最奥は寝室だ。
空間を有効活用するため、ベッドはやや狭いが、三つのベッドが並んでいる。
車体の最後方には、旅の景色を一望できる大型の窓が備え付けられていた。
「ふむ、内装も問題ないようだな」
「はっ、全てレヴォス様の設計通りでございます」
俺は機能美に満ちたその空間を見渡し、感心のあまり、ふっと鼻を鳴らした。
だが、この馬車の真髄はこれだけではない。
俺はリビングの中央にあるハシゴに手をかけた。
天井のハッチを開けて上へと登る。
そこは、馬車の屋上を利用した展望テラスとなっていた。
雨避けの斜面を設けつつも、平坦なスペースを確保し、テーブルを置いて食事ができるようになっている。
さらには組み立て式の支柱を立てることで、ハンモックを吊るし、青空の下でリラックスすることさえ可能だ。
そして、俺が最もこだわったのが御者席――いや、『御者室』だ。
馬を操る座席の横には、揺れる車内でもコーヒーや紅茶のコップを固定できるホルダー付きのテーブルが設置されている。
椅子も長時間の運転に耐えうるソファのような快適な座り心地だ。
さらに、この御者席自体が一つの個室となっており、専用のベッド、小さなテーブル、本棚までもが完備されている。
「フォルテ。今回の旅路では、この御者室を好きに使え。お前の実体験に基づいた感想を反映し、さらに使い勝手を改善していくつもりだ」
「はっ、承知いたしました」
フォルテの声がわずかに震え、その目からは一筋の涙がこぼれ落ちる。
少しばかり、俺の気遣いに感激しすぎな気がするが。
というのも、そもそもはフォルテ用のカスタマイズだからな。
これで、魔王領へと向かう準備は整った。
快適性、防御性能、そして積載量。どれをとっても申し分ない。
キャンピングカーのような……いわば、『キャンピング馬車』の完成だ。
「よし。物資を整え次第、出発とする。今回の遠征への人員の確認も済ませておけ。それから、フォルテ」
「はい。何でございましょうか」
俺は釘を刺すように、じろりとフォルテを見た。
「……今回は、箱に人を詰めて持ち込むような真似はするなよ?」
「は、はい……もちろんでございます……」
フォルテは冷や汗を流しながら視線を泳がせた。
前回のザオツリ行きの際、フォルテはアリアとルナリアの頼みを断りきれず、二人を箱に詰めて密航させた前科があるのだ。
そもそも、寝台のベッドが3つ。それから御者室の1つ。計4つしかない。勝手について来られては困る。
――――――
俺が今回、魔王領へと行くための人選。
まずは、魔族のジクナだ。
そもそもこの旅は、ジクナが魔王領に隠したという剣のコレクションを回収するのが主目的だ。
案内人として欠かせない。
次に、執事のフォルテ。
御者としての腕はもちろん、道中の雑務から有事の際の剣術まで、フォルテ以上の適任者はいない。
最後に、賢者クロエ。
魔王領という未知の土地において、クロエの膨大な知識と魔法は生命線となるだろう。
そして何より、旅の最中にジクナと俺の間にある『血の魔法』の解析を進めてもらう必要がある。
グリンベルの正門前。
そこには俺たちの出発を見送るために、多くの住人が集まっていた。
俺は群衆の中にいるヒロン・イロンダルへと歩み寄った。
「ヒロン。俺が留守の間、ザオツリ国との交易、および防衛計画を滞りなく進めておけ」
「はっ! 承知いたしました! ザオツリ国は我がオレスフォードとも深い縁がございますゆえ、全力で対応させていただきます!」
俺はその言葉に、こくりと頷いた。
そして、その隣に立つザオツリの王女、フェリスへと向き直る。
「フェリス。ゆっくりしていけ。だが、お前は王女なのだ。ザオツリの民がお前の帰還を待ちわびていることを、ゆめゆめ忘れるな」
「はい! 本当は、私もレヴォス様と一緒に参りたいのですが……今は自分の務めを果たすべく、この地で学ばせていただきます!」
フェリスは寂しげに眉を下げつつも、その瞳には凛とした決意の光を宿していた。
幼いながらも、一国の主としての自覚は充分なようだ。
これなら、しばらくの間はザオツリ国も安泰だろう。
だが、俺の袖を掴んで離そうとしないのは困りものだが。
「よし、出発だ。フォルテ、出せ」
俺が馬車に乗り込み号令をかけると、ガタリと車輪が回転を始めた。
「「「 いってらっしゃいませ! 」」」
グリンベルの皆からの歓声を背に受け、馬車が街道を走り出す。
俺たちは屋上のテラスから手を振って応え、やがて視界から街が消えると車内へと戻った。
ここからは当分、ジクナとクロエの二人と過ごすことになる。
……邪魔者は誰もいない。
ならば、やることは一つだ。
俺は口元を歪めつつ、邪悪な笑みを浮かべて二人を見やった。
「クロエ、ジクナ。……これから何をするか、分かっているな?」
「はい。心得ております。すでにベッドの準備も整えております」
クロエは頬をわずかに上気させ、艶やかな笑みを浮かべて応じる。
流石は俺の理解者だ。話が早い。
「えっ? な、何をするんだ……?」
一方、ジクナは状況が飲み込めないのか、不安げに肩を震わせて後ずさる。
だが、無駄なことだ。
ジクナは『血の魔法』により、俺の命令には絶対服従。
俺が右を向けと言えば、こいつは泣きながらでも右を向くしかないのだから。
くくく……では、じっくりと楽しませてもらうとするか。
俺はリビングのテーブルを囲むように、二人を座らせた。
「……これだ」
俺は懐から、四角い束をスッと差し出した。
「えっと……これは、何でしょうか?」
クロエが不思議そうに首を傾げる。
クロエも知らんか。
「これは『トランプ』という。いわばカードゲームだな」
この世界にトランプはあるが、帝国には広まってはいない。ゆえに、俺が作ってみた。
トランプを作ってみて、ルナリアとアリアとで試しに遊んだが高評価だった。
これで、馬車の中で遊べるというものだ。
「レヴォス様……あの……カードゲームを、するのですか? あの、お楽しみは……?」
クロエが、拍子抜けしたような、どこか残念そうな顔で俺を見つめてくる。
お楽しみ……?
……ああ、そういうことか。
さすがはクロエだ。
カードゲームなどせず、すぐに『血の魔法』の研究をしたいということか。
「焦るな、クロエ。楽しみというのは、取っておくものだぞ」
「な、なるほど……! 確かにそうですね。私としたことが……失礼をいたしました!」
クロエがベッドを整えたといっていたのは、遊びで疲れた後にゆっくりと横になれるという意味だと思ったが……
まあいい。
俺はテーブルの上に、滑らかな手触りのカードを広げた。
「まずはルールを説明する。この絵柄と数字の組み合わせには、深い戦略性が秘められていてな……」
トランプをまじまじと覗き込むクロエとジクナ。
その真剣な眼差しを見て、俺は満足げに頷いた。
「まあ、まずは肩慣らしだ。『神経衰弱』か、あるいは『七ならべ』から始めるか」
「あの! 『ババ抜き』なんていかがでしょうか! 以前に遊んで、すごく楽しかったので!」
「ババ抜きか。ルールも単純で、心理戦も楽しめる。悪くないな。……いや、待て。なぜお前がここにいる、ルナリア」
いつの間にか、当然のような顔をしてテーブルに座っているルナリア。
「え……?」
「え、じゃないだろうが」
「でも、トランプは楽しいですよ? ほら、やりましょうよ! トランプ!」
ルナリアは尻尾をパタパタと振りながら、天真爛漫な笑顔でカードを催促してくる。
俺は呆れ果てて、ルナリアの首根っこをひょいと掴み上げた。
「ルナリア、話しを逸らすな。貴様、一体どこから入り込んだ?」
「だってぇ……」
ルナリアは、叱られた仔犬のようにしゅんとして顔を伏せた。
「そもそも、お前が勝手にいなくなればグリンベルの連中が心配するだろうが。勝手な真似をするな」
「大丈夫です! ヒロン先生にも、お母様にもちゃんと言ってありますから! 二人とも、気を付けて言って来なさいって言ってました!」
……まったく、あいつらめ。
どうやらこの旅は、当初の予定よりも騒がしくなりそうだ。




