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第111話 血



「あっはっははは! ひいっひひひひひ! や、やめて、あっははははは!」


 石造りの牢獄の中で、ジクナの無様な笑い声が反響する。

 ルナリアが、ジクナの全身を執拗に攻め立てていた。


「足の裏かな? いや、やっぱり腰かな……脇の下も……コチョコチョコチョコチョ!」


 ルナリアは楽しげに羽を動かし、ジクナが最も悶絶(もんぜつ)する場所を模索(もさく)している。


 だが、ルナリアよ。

 なぜお前は、そんなに嬉しそうなんだ?


 ルナリアの顔が、愉悦に歪んでいるように見える。

 宰相の傭兵を倒した際に見せた、あの時のような……


「あひひひひひひひ!! し、死ぬ! たんまだ、たんまってば! うっひゃひゃひゃひゃひゃ!!」


 ジクナは涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにし、椅子に縛り付けられたまま激しくのたうち回る。

 ……このままでは、ジクナの精神が崩壊しかねないな。


「よし、ルナリア。そこまででいい」


「えっ!? も、もういいんですか!?」


 ルナリアが名残惜しそうに、不満を口に出す。


 ルナリア、その「もう」とは何なのだ。

 足りないのか? ……まあいい、今はジクナの処遇が先だ。


 ジクナはというと、俺のマントをかけなおしているものの……

 ルナリアのくすぐりによって、椅子もびしょびしょになっている。

 

 俺はジクナを見下ろし、冷徹な響きを込めて告げた。

 

「どうだ? これに懲りたら、このザオツリのダンジョンで、二度と冒険者から武器を奪うなどという愚かな真似はするなよ」


「……んっ! あっ……うひっ……」


 返答がない。

 ジクナは身体をピクピクと痙攣させながら、ヨダレをたらしているという醜態。


 ……こいつ、完全にイッてるな。だが話が通じないのは面倒だ。

 

「おい、生きてるか?」


 ジクナの頬をペチペチと軽い音を立てて叩いた。

 やがて、その虚ろだった瞳に、少しずつ俺の姿が映っていく。

 

「うぅ……わ、私を……どうするつもりだ……この、ケダモノめぇ……」


 ふむ、なんとか意識は戻ったようだな。

 次の段階へ移るとしよう。


「……お前は武器を集めていたな? ならば、この刀が気になるか?」


 俺はオコタが打った刀を取り出し、静かに鞘から引き抜く。

 暗い牢獄で、研ぎ澄まされた刀身が鈍く、妖しく輝く。


「ぬぉ!? そ、それは!?」


 ジクナが弾かれたように目を見開いた。

 剣のコレクターとして珍しい東方の刀という存在に、抗いがたい欲望がその瞳に宿る。


「これが気になるか? ならば、こちらはどうだ?」


 俺はさらにもう一振り、聖剣クラウトソラスを手に取った。

 そして、その柄を握り極めてゆっくりと、少しだけ鞘から引き抜く。

 

「わああぁぁっ!?」


 その瞬間、ジクナは断末魔のような悲鳴を上げ、椅子ごと後ろにひっくり返らんばかりに仰け反った。

 恐怖のあまりガチガチと歯を鳴らし、その顔からは一気に血の気が引いていく。

 

 ふむ、当然の反応か。

 魔王すら討つこの聖剣は、魔に連なる者にとっては存在そのものが根源的な恐怖の対象だ。


「そ、それをしまえ! 今すぐ、しまってくれぇ!」


 なるほど。これほど効果的だとはな。

 俺は聖剣をカチャリと音を立てて完全に鞘に収めた。


「ハァ……ハァ……」


 ジクナは酸欠の魚のように口をパクパクさせ、肩で激しく息を切らしている。


「で、この剣を持った俺がいるこの国で、まだ暴れるつもりか?」


「や、やめる! 約束する、二度とそんなことしない!」


 口先だけの言葉だろうことは容易に想像がつく。

 だが、現時点ではその言質(げんち)さえあれば十分だ。


「よかろう。では、今から貴様の拘束を解く。だが、逃げようなどとは考えるなよ?」

 

「わ、分かった! 約束しよう!」

 

 俺はジクナの背後に回り、厳重に施された手錠に手をかけた。

 幾重にも巻かれた鎖の一部は、ジクナの凄まじい膂力(りょりょく)によって既にひしゃげている。

 

 ……危ないところだったな。

 このまま暴れていれば、力づくで脱獄されていたかもしれん。

 

 カシャン、カシャンと重々しい音を立てて、鎖を一つずつ解いていく。

 そして最後の一個が外れた瞬間、ジクナは獣のような俊敏さで立ち上がった。


「うははははは! 甘いな! 人間! さらば――」

 

 捨て台詞を吐き、影の中に逃げようとするジクナ。


 だが、その浅はかな行動はすべて計算の内だ。

 俺はジクナが言い終わる前に、ジクナの腕を巻き込んで、力任せに抱きしめて拘束した。


「ぐわ!? 何をする、離せ!」

 

「逃げないという約束を、舌の根も乾かぬ内に破るとは。やはり貴様のような輩に、慈悲など無用だったな」

 

 俺はジクナの反抗を封じるため、その身体を締め上げて抑える。

 だが、ジクナが腕の中で「ぬわあぁ! 離せぇ!」と暴れ狂った。

 

 そして、あろうことか俺の肩に、ジクナが歯を深く突き立てた。


「くっ!」

 

「レヴォス様!?」


「ルナリア、大丈夫だ! 近づくな!」


 殺気立ったルナリアが聖剣に手をかけるのが見えた。

 ここでこいつが抜けば、ジクナの首が飛ぶ。それは俺の計画に反する。

 

 肩を食い破らんとする激痛が走るが、俺は歯を食いしばり、ジクナを離さなかった。


 だが。

 

「ひ、ひい!?」


 突如、ジクナが恐怖する悲鳴を上げた。

 俺の肉を噛み切ろうとしていた牙がガタガタと震え、全身から力が抜けていくのが見える。


 何だ? どうしたんだ、突然。

 俺は何もしていないが……

 

 ルナリアも、俺の制止に従って動いてはいない。

 

 ただ、噛まれた俺の肩からは、血が滲み、ジクナの口元を赤く染めていた。


「わあぁぁ!? こ、これは……!? お、お前まさか!?」

 

 ジクナの顔は、見る見るうちに青ざめていった。

 暴れるどころか、その瞳には聖剣を見た時以上の強烈な恐怖が張り付いていた。

 

 俺はジクナの拘束を解き、突き放した。

 ジクナは支えを失った人形のように、ペタンとその場に膝をつき、腰を抜かして震え続けている。


 そして、ジクナが怯える様に俺に問いかけた。


「その血……お前、まさか……ブラドニスか!?」


 ブラドニス。

 『ヴァンパイア・ロード』の名だ。

 以前、リンクショット公爵家のアイリスの姉エステラを助けた際に討伐した吸血鬼。

 

 いや、正確には討伐ではないな。

 俺の身体に封印したのだ。

 そのため、俺の血にはブラドニスが作った『血の魔法』が宿っている。

 ジクナは、それに反応しているのか?

 

 だが原作『エル戦』では、ジクナとブラドニスの関係性は示唆されていないが……

 いや、待てよ。

 アイリスがブラドニスに身体を奪われた、アイリスのラスボスルートではジクナは仲間にならないな……


 だとすると、原作では存在が明かされていないジクナとブラドニスの関係性があるのだろうか……?

 そうだとすると……気になる!

 

 俺は震えるジクナの肩を、強く掴んだ。

 

「ほう。ブラドニスを知っているのか。……お前とあの吸血鬼の関係、残さず吐いてもらおうか」


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