第104話 見習い
今、俺たちの目の前には、宰相ズウボが雇い入れた傭兵たちがひしめき合っている。
宰相の甘い言葉と、王女フェリスが提示した『報酬の吊り上げ』という餌に目を輝かせた、飢えた狼どもだ。
奴らに高額な報酬を支払えば、この小国の国庫など一瞬で底をつくだろう。
だが、真に恐るべきは金銭的な損失ではない。
この程度の軍勢で一国を容易に落とせると、周辺諸国に理解されてしまうことだ。
一度広まった「ザオツリ国は脆い」という噂は、傭兵たちの口を通じて大陸中に瞬く間に広まるだろう。
そうなれば、他国の侵略や、ならず者たちの武力蜂起など、あらゆる厄介事を呼び寄せることになる。
ゆえに、金は一銭も払わん。
それどころか、ザオツリという国に手を出すことがどれほど愚かで、恐ろしいことか。
その身に刻んで知らしめる必要がある。
だからこそ、俺は今、あえてザオツリ正規兵の鎧を着ているのだ。
皆の前に一歩踏み出し、俺は傭兵たちを声を上げた。
「おい、野良犬ども。俺は見ての通り、ザオツリの兵士だ。……貴様らがその報酬に見合う価値があるのか、俺が直々に査定してやる」
その言葉に、場がしんと静まり返る。
俺のようなガキが、鎧に着られながら大口を叩いたのだ。
傭兵たちは、その大口に驚いてさえいる。
だが、先頭にいた一人の傭兵が、すぐに下卑た笑みを浮かべて返してきた。
「あぁ? なんだ坊主。手始めに、お前を半殺しにしてやれば満足か?」
その言葉を合図に、背後の連中が「手加減すんなよ!」「おいおいおい、死ぬわアイツ!」と、下品な嘲笑を浴びせてくる。
素晴らしい。実に安い挑発に乗ってくれるものだ。
腕っぷしだけが資本の連中にとって、舐められることは死に直結するからな。
俺は溢れ出しそうになる失笑を噛み殺し、さらに煽り立てる。
「よし。何人でもいい。この俺に勝てると思っている馬鹿は、まとめて前に出ろ」
傭兵たちは再び呆気にとられたが、そのプライドはすぐに臨界点に達した。
「ガッハハハ! いいぜ、その威勢ごとブチ殺してやるよ!」
真っ先に激昂した先頭の男が、抜き放った剣を荒々しく振り回す。
と、その時。
俺の背後から、ひどく狼狽した声が響いた。
「お、おい! 君! こんな子供がどこから紛れ込んだんだ!? 危ないぞ! 皆、前へ出て彼を保護しろ!」
ザオツリの正規兵たちが、俺の身を案じて焦り声を上げている。
……やれやれ。余計な世話だ。
黙って見ていればいいものを。
俺は、フェリスを一瞥した。
『俺は大丈夫だ。兵士たちを黙らせろ』という、無言の圧力を込めた視線だ。
それを察したフェリスが、声を張り上げる。
「皆、その場に留まりなさい! 待機を命じます!」
「しかし、フェリス様! あんな子供を一人で戦わせるなど……!」
「だ、大丈夫です! あの方の戦いを……その目に焼き付けなさい!」
フェリスの瞳には、確かな信頼の色が宿っていた。
酒場で大男を拳一つで沈め、城へ潜入して無事に戻ってきた俺への、揺るぎない評価。
後ろの兵士たちが困惑しながらも押し黙るのを確認し、俺は向き直る。
あとは、目の前のゴミ掃除を片付けるだけだ。
「さて、始めようか」
「ふへへへ! ガキには大人の世界の厳しさを教えてやるぜ!」
メリッ!!
――グシャーー!!!
鈍い衝撃音が響いた。
『メリッ!!』というのは、俺の拳が傭兵の顔面に深々とめり込んだ音だ。
そして、傭兵が吹き飛び『グシャーー!!!』と地面をこすりながら吹き飛んでいく。
吹き飛ばされた傭兵は、後ろに控えていた傭兵たちの群れの中に姿が消えた。
一瞬の出来事に、傭兵たちの顔から余裕が消え、絶句した表情が並ぶ。
俺の高速の踏み込み。
まともに視認できたのは、おそらくルナリアくらいだろう。
「……次は誰だ? 遠慮せずに前へ出ろ」
俺は冷たく言い放ち、奴らの戦意を測る。
やる気のある奴を順次見せしめにする方が、恐怖の浸透効率が良いからだ。
だが、傭兵たちは互いに顔を見合わせるだけで、一歩も動かない。
命を賭けた商売をしている連中だ。
騎士道精神など持ち合わせていない奴らは、本能的な危機を察知すると、途端に腰が引ける。
……ふん。誰も前に出ないか。
ならば、こちらから引き摺り出すまでだ。
「ふむ。一向に動かないということは、お前ら全員で掛かってくるという意思表示だと受け取ったが?」
「「「「 えっ!? ちょ、待て! なんでそうなる!? 」」」」
傭兵たちが慌てて武器を構え、防衛の姿勢をとる。
『全員が前に出ない』ことは、俺に言わせれば『全員が敵対を継続している』のと同義だ。
そう決めた。今、決めた。
俺は次の手順へと移行すべく、背後に向かって声を張り上げた。
「次の相手は俺ではない。ルナリア! 前へ出ろ!」
「ええっ!? わ、私ですかぁっ!?」
上擦った、情けない声が返ってくる。
「そうだ。早くこちらへ来い」
俺の命令に、ルナリアがおずおずとした足取りで歩み寄ってきた。
そして、俺の横にちょこんと控えめに並び立つ。
俺は隣のルナリアを指差し、傭兵たちへ宣告した。
「次の相手は、この兵士だ」
傭兵たちの視線が、一斉にルナリアへと注がれる。
ぶかぶかの正規兵の鎧に身を包んだ、身長140センチくらいの少女。
その姿は着せ替え人形のように滑稽で、およそ戦士の姿ではない。
よく言っても、兵士見習いだろう。
ルナリアの姿を見て勝利を確信したのか、傭兵たちの瞳に下卑た欲望が再燃し始める。
俺はその火に、特大の油を注いでやった。
「この兵士を倒した者には、当初の報酬を20倍にして支払ってやる!」
「なっ!?」
「に、20倍だと?」
「おい、聞いたか! あのガキをひねるだけで金持ちだぞ!」
どよめきが爆発し、傭兵たちはニヤリと醜い笑みを浮かべた。
奴らは返事をする代わりに、すらりと抜いた剣をルナリアへと向ける。
俺はルナリアの耳元で、静かにささやいた。
「ルナリア。……奴らは殺すな。大怪我もさせず、絶望を叩きこめ」
そう言うと、ルナリアは俺を見上げた。
「はいっ! わかりました!」
ルナリアは太陽のように眩しい笑顔で、そう答えた。




