表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

104/143

第104話 見習い


 

 今、俺たちの目の前には、宰相ズウボが雇い入れた傭兵たちがひしめき合っている。

 宰相の甘い言葉と、王女フェリスが提示した『報酬の吊り上げ』という餌に目を輝かせた、飢えた狼どもだ。


 奴らに高額な報酬を支払えば、この小国の国庫など一瞬で底をつくだろう。

 だが、真に恐るべきは金銭的な損失ではない。

 この程度の軍勢で一国を容易に落とせると、周辺諸国に理解されてしまうことだ。

 

 一度広まった「ザオツリ国は脆い」という噂は、傭兵たちの口を通じて大陸中に瞬く間に広まるだろう。

 そうなれば、他国の侵略や、ならず者たちの武力蜂起など、あらゆる厄介事を呼び寄せることになる。


 ゆえに、金は一銭も払わん。

 

 それどころか、ザオツリという国に手を出すことがどれほど愚かで、恐ろしいことか。

 その身に刻んで知らしめる必要がある。


 だからこそ、俺は今、あえてザオツリ正規兵の鎧を着ているのだ。


 皆の前に一歩踏み出し、俺は傭兵たちを声を上げた。

 

「おい、野良犬ども。俺は見ての通り、ザオツリの兵士だ。……貴様らがその報酬に見合う価値があるのか、俺が直々に査定してやる」


 その言葉に、場がしんと静まり返る。

 俺のようなガキが、鎧に着られながら大口を叩いたのだ。

 傭兵たちは、その大口に驚いてさえいる。


 だが、先頭にいた一人の傭兵が、すぐに下卑た笑みを浮かべて返してきた。


「あぁ? なんだ坊主。手始めに、お前を半殺しにしてやれば満足か?」

 

 その言葉を合図に、背後の連中が「手加減すんなよ!」「おいおいおい、死ぬわアイツ!」と、下品な嘲笑(ちょうしょう)を浴びせてくる。

 

 素晴らしい。実に安い挑発に乗ってくれるものだ。

 腕っぷしだけが資本の連中にとって、舐められることは死に直結するからな。


 俺は溢れ出しそうになる失笑を噛み殺し、さらに煽り立てる。


「よし。何人でもいい。この俺に勝てると思っている馬鹿は、まとめて前に出ろ」


 傭兵たちは再び呆気にとられたが、そのプライドはすぐに臨界点に達した。


「ガッハハハ! いいぜ、その威勢ごとブチ殺してやるよ!」


 真っ先に激昂した先頭の男が、抜き放った剣を荒々しく振り回す。

 

 と、その時。

 俺の背後から、ひどく狼狽(ろうばい)した声が響いた。

 

「お、おい! 君! こんな子供がどこから紛れ込んだんだ!? 危ないぞ! 皆、前へ出て彼を保護しろ!」


 ザオツリの正規兵たちが、俺の身を案じて焦り声を上げている。


 ……やれやれ。余計な世話だ。

 黙って見ていればいいものを。

 

 俺は、フェリスを一瞥(いちべつ)した。

 『俺は大丈夫だ。兵士たちを黙らせろ』という、無言の圧力を込めた視線だ。

 それを察したフェリスが、声を張り上げる。


「皆、その場に留まりなさい! 待機を命じます!」

 

「しかし、フェリス様! あんな子供を一人で戦わせるなど……!」

 

「だ、大丈夫です! あの方の戦いを……その目に焼き付けなさい!」


 フェリスの瞳には、確かな信頼の色が宿っていた。

 酒場で大男を拳一つで沈め、城へ潜入して無事に戻ってきた俺への、揺るぎない評価。


 後ろの兵士たちが困惑しながらも押し黙るのを確認し、俺は向き直る。

 あとは、目の前のゴミ掃除を片付けるだけだ。


「さて、始めようか」

「ふへへへ! ガキには大人の世界の厳しさを教えてやるぜ!」


 メリッ!!


 ――グシャーー!!!


 鈍い衝撃音が響いた。

 

 『メリッ!!』というのは、俺の拳が傭兵の顔面に深々とめり込んだ音だ。

 そして、傭兵が吹き飛び『グシャーー!!!』と地面をこすりながら吹き飛んでいく。


 吹き飛ばされた傭兵は、後ろに控えていた傭兵たちの群れの中に姿が消えた。

 一瞬の出来事に、傭兵たちの顔から余裕が消え、絶句した表情が並ぶ。

 

 俺の高速の踏み込み。

 まともに視認できたのは、おそらくルナリアくらいだろう。


「……次は誰だ? 遠慮せずに前へ出ろ」


 俺は冷たく言い放ち、奴らの戦意を測る。

 やる気のある奴を順次見せしめにする方が、恐怖の浸透効率が良いからだ。


 だが、傭兵たちは互いに顔を見合わせるだけで、一歩も動かない。

 命を賭けた商売をしている連中だ。

 騎士道精神など持ち合わせていない奴らは、本能的な危機を察知すると、途端に腰が引ける。

 

 ……ふん。誰も前に出ないか。

 ならば、こちらから引き摺り出すまでだ。

 

「ふむ。一向に動かないということは、お前ら全員で掛かってくるという意思表示だと受け取ったが?」


「「「「 えっ!? ちょ、待て! なんでそうなる!? 」」」」 


 傭兵たちが慌てて武器を構え、防衛の姿勢をとる。

 

 『全員が前に出ない』ことは、俺に言わせれば『全員が敵対を継続している』のと同義だ。

 そう決めた。今、決めた。


 俺は次の手順へと移行すべく、背後に向かって声を張り上げた。

 

「次の相手は俺ではない。ルナリア! 前へ出ろ!」


「ええっ!? わ、私ですかぁっ!?」


 上擦った、情けない声が返ってくる。


「そうだ。早くこちらへ来い」


 俺の命令に、ルナリアがおずおずとした足取りで歩み寄ってきた。

 そして、俺の横にちょこんと控えめに並び立つ。


 俺は隣のルナリアを指差し、傭兵たちへ宣告した。

 

「次の相手は、この兵士だ」


 傭兵たちの視線が、一斉にルナリアへと注がれる。

 ぶかぶかの正規兵の鎧に身を包んだ、身長140センチくらいの少女。

 

 その姿は着せ替え人形のように滑稽(こっけい)で、およそ戦士の姿ではない。

 よく言っても、兵士見習いだろう。


 ルナリアの姿を見て勝利を確信したのか、傭兵たちの瞳に下卑た欲望が再燃し始める。

 俺はその火に、特大の油を注いでやった。

 

「この兵士を倒した者には、当初の報酬を20倍にして支払ってやる!」


「なっ!?」

「に、20倍だと?」

「おい、聞いたか! あのガキをひねるだけで金持ちだぞ!」


 どよめきが爆発し、傭兵たちはニヤリと醜い笑みを浮かべた。

 奴らは返事をする代わりに、すらりと抜いた剣をルナリアへと向ける。


 俺はルナリアの耳元で、静かにささやいた。


「ルナリア。……奴らは殺すな。大怪我もさせず、絶望を叩きこめ」


 そう言うと、ルナリアは俺を見上げた。


「はいっ! わかりました!」


 ルナリアは太陽のように眩しい笑顔で、そう答えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ