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秘密の多い獣人令嬢は氷の騎士の心を溶かす  作者: 伊織ライ
一章 メイド編

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9/30

氷漬けの魔法

「サラは今日どこの区画?」


「西の客間よ! セシーは……北、倉庫……」


「はは、まぁ……頑張ってやるしかないわよね」


 北倉庫はその名の通り王城の北側に位置する倉庫で、普段は使わない調度品や修理待ちの備品などが雑多に詰め込まれている。到底1日では掃除しきれないそこを割り当てられるのは、すなわち懲罰を意味していた。

 普段であれば職務時間中に余計な休憩を取って怠けていた者だとか、使用人同士のトラブルで喧嘩をした者。寝坊を繰り返して朝礼に間に合わなかった者などが割り当てられる箇所であるという認識だ。


「それも、セシーひとりでしょう? さすがに、マリアナさんの行動は行き過ぎだと思うわ。何も悪いことしてないのに……私からメイド長に相談してみましょうか」


「ううん、いいのよ。みんなと上手くやっていけるとは最初から思ってなかったし。問題を起こして辞めさせられても困るしね! お給金さえ貰えるなら、いくらだって掃除するわ! 私案外逞しかったみたい」


 くすっと笑いながらそう伝えると、サラは肩の力を少しだけ抜き、くれぐれも無理はしないようにと言い残して担当箇所へ向かって行った。

 今日この場所を割り当てられたのは、先日のエメリックとの遭遇のせいだろう。マリアナ先輩も例に漏れずエメリックのことを素敵だと噂していたし、女性には冷たいはずのエメリックがセシリアを庇ったことが気に入らなかったのかもしれない。あの時はセシリアも確かにふわふわと仕事に身が入っていなかったのだから、自分としてもここに来た目的を見失わない為に、気合を入れ直す良い機会なのだと思うことにしよう。

 よしっ、と拳を握り、使用人寮を出る。


 王城の本棟は上から見ると綺麗な四角い形をしている。正門のある南側には、夜会で使用される巨大なホールや聖堂等がある。西側は主に政務に関する機能が集まっており、東側が王族の居住区だ。北側には厨房や倉庫等があり、その更に北側に隣接して使用人寮が建てられている。使用人寮の東隣に騎士団の寮があり、訓練所が併設されている。王族の居住区と騎士団の区画に挟まれた部分は巨大な庭園になっており、その荘厳さに、初めてここを訪れた際のセシリアはあんぐりと口を開けたまま茫然としてしまったものだ。

 今は秋バラやダリア、サルビア等の花が咲き誇り訪れる者達の目を楽しませている。春の花の可憐さも、夏の花の鮮やかさも、そして秋の花の淑やかさも、セシリアは好きだ。もちろん、冬の静けさも。

 寮から北倉庫までは同じ北区画とあってそれほど距離がない。到底1日では終わらない仕事になるだろうから、それなら少しくらい寄り道をして英気を養ってからでもいいのではないだろうか。庭園の解放区をひと回りしてから向かっても始業時間には十分間に合う計算だ。

 本棟ではなく、逆の騎士団寮側から庭園へ続く道へ足を進める。まだ朝の早い時間だけれど、訓練所からはカン、カンと剣を打ち合う音が響いている。──べノーも今頃師匠に扱かれているだろうか? よく、打ち身だらけになったアルノーの手当てをしたものだ。べノーは強靭な肉体を持っているけれど、アルノーはそれほどでもなかったから。その代わり、目や耳、鼻などはアルノーの方が優れているのよね。

 弟達の事を思い出して、胸が少しぎゅっとした。──まだ、帰れない。


(少しだけ訓練の様子を見学させてもらおうかな)


 王城で働く者であれば、訓練所の見学は自由だ。月に1回は一般の人向けにも公開訓練が行われている。

 そっと訓練所に近付けば、木剣同士ぶつかる音がより高く響いた。

 剣が風を斬るシュ、という音。踏み込む足が地面をザッと鳴らし、2人の男が立ち位置をくるりと入れ替える。ほつれた白銀の髪の毛がひらりと舞い、流れた汗がぱっと散り朝日を受けてきらきらと光る。代わってこちら側に正面を向けたのは明るい茶髪にすらりとした細身の身体、しなやかな身のこなしはまるで猫のように相手を軽くいなしている。


「──綺麗」


 無骨な木剣同士のぶつかり合いのはずなのに、まるでそれは優雅なダンスのように見えた。



「やはりっ、ユルヴァンには、まだ敵わない、かっ!」


「いや、魔法なしでここ、まで、やられてちゃ、たまったもんじゃない、んだよ!」


 ユルヴァン、と呼ばれた男がヒョイっと身体を縮めたと思ったら、伸び上がるように跳んだ。その勢いのままに身体を反転させて足を蹴り上げ、あっと思った時にはエメリックの木剣がカランと音を立て、数メートル先の地面に転がり落ちた。


「はは! 相変わらずユルヴァンは足癖が悪い。それでも騎士か」


「エメリックは魔法なしだと案外真っ直ぐ打ってくるもんなぁ。それでもここまでやられるつもりはなかったんだけどぉ。また腕上げたか?」


 何の憂いもなく声を上げて楽しそうに笑うエメリックを、セシリアは初めて見た。汗で張り付いた前髪をかき上げて雑に払う姿さえも、なんだか色気が溢れている。

 見てはいけないものを見てしまったような、でももっと、ずっと見ていたいような。


「未だに第二の奴らは俺の事を飾りの団長だと突っかかってくるんだよ、鬱陶しいことこの上ない。素直に馬鹿にされてやる謂れもないだろう」


「全くだな! よし、じゃあーもう1本いくか!」


 2人は再び木剣を手に取り、汗をきらめかせながら打ち合いを始めた。

 エメリックが魔法の才を持つことは聞いていたけれど、剣技もこんなに優れていたなんて。団長という立場は、個人の鍛錬に加えて後進の育成、予算の管理、魔獣の討伐の巡回計画、国民からの請願や陳情を処理する役目も担っているという。

 それに加えてエメリックは魔獣の討伐も、街の警邏も自ら進んで行うのだと、メイド達が集まってきゃいきゃい噂しているのを聞いたことがある。

 きっと彼は血の滲むような努力を繰り返して、今の立場を手に入れたのだろう。あれほど美しい見た目で、貴族としての立場も申し分ないのだから、黙っていたって向こうの方から転がり込んでくる権力は山ほどあるだろうに。


「──それに、優しかったわ」


 そっと左の頬に触れる。

 庭園を見に行くつもりだったことも忘れ、セシリアは時間ギリギリまでその場に立ち尽くしていた。

 その視線はひとりの男から剥がすことが出来ず──いつの間にか私は、氷漬けにされてしまっていたのかもしれない。


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