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秘密の多い獣人令嬢は氷の騎士の心を溶かす  作者: 伊織ライ
一章 メイド編

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階段落ち

「セシー! あなた、まだなの?! ほんとにトロいんだから」


「はい、申し訳ございません! 今すぐに!」


 今までは、派手ではないにしても貴族令嬢として暮らしていたのだから、メイドの仕事はまだまだ慣れないことも多い。それでも絶対に辞められないという思いと、元来の真面目な性格、そして自分でも気付いていなかった負けん気の強さ。セシリアは案外この仕事が苦ではなかったし、大変な中にもやりがいや喜びを見出し始めていた。



「セシー、今日も大変だったね。客間の方は私がやっておくから、あなたは反対側から進めておいで」


「サラ……! ありがとう!」


「いいのよ。セシーが頑張っていることはみんな分かってるから。気にしないで」


「ううん、私がまだ失敗ばかりすることは事実だもの。今度からもう少し早く出てきて、絶対に時間通りに終わらせてみせるわ!」


「今日の仕事が終わったら、一緒にお茶しましょう。ニックから、試作品の焼き菓子を分けてもらったのよ」


「まあ! ニックのお菓子は美味しいものね。楽しみだわ! それじゃ、また後で!」


 同僚のサラはセシリアの2歳年上で、同室であることからすぐに打ち解けた。セシリアがおそらく貴族の出だということもなんとなく察してはいるようだが、何も聞かないでいてくれるところが優しい。

 セシリアが困っていたり嫌がらせをされていると、こっそり庇ってくれたり手伝ってくれたりもする。見ていてくれる人がいる、認めてくれる人がいる。そう思うだけで、また頑張る力が湧いてくるというものだ。

 サラはスタイル抜群の美人で、肩までの黒髪は真っ直ぐ艶々。涼やかな目元は一見キツそうに見えるけれど、話してみれば明るく穏やかな性格で、王城で働く男性達からも大人気だ。今は厨房で働くニックから猛アピールを受けているらしい。今のところ誰とも付き合うつもりはないらしいけれど、実は物語のような甘いラブストーリーに憧れていることをセシリアは知っている。

 

 貴族に生まれた者として、いずれは政略結婚の必要もあるだろうとは覚悟して来たつもりだ。でもやはり、恋愛結婚で結ばれた両親や、サラも憧れる物語の恋人たちのように──互いに思い合える関係でありたい。

 たとえ私が無理だったとしても、可愛い弟たちや妹には、幸せな結婚をして欲しいと願ってしまうのだ。


(やっぱり今は、お金ね! お金が必要だわ!)



「セシー!! これも片付けておきなさい!」


 それでももちろん、皆がセシリアを認めてくれるわけではない。失敗を叱られるのは当然のことだと思えるが──このマリアナ先輩は、どうやらセシリアのことが気に入らないらしいのだ。

 自分の仕事をセシリアに押し付けてきたり、セシリアが使う道具を隠したり。初めは偶然なのかと思っていたが、他のメイドと話している声が聞こえてきてしまったのだ。


「セシーって本当に憎たらしいわ。ちょっと叱ればプルプルと震えて。ああすれば許してもらえるとでも思っているのかしら? 小動物のようでちょっと可愛いからって調子に乗っているのよ。王城に来たのだって、きっと男漁りに決まってるわよ。だからあの子がサボらないように、しっかり仕事を与えておかないと碌なことにはならないわ」


「まぁ……確かにセシーは小動物っぽいわね。あの潤んだ目で見つめられると、撫でまわしたくなるもの」


「あなたまでそんなこと言って! もういいわ! セシー!! セシーはいるの?! セシー!!」



 セシリアは、大声で叫ばれるのが苦手だ。人より耳がいいからか、『セシー!』と大声で呼ばれると、びくりと身体が震えてしまう。

 決して、調子に乗っているつもりはないのだが……気を付けよう。マリアナ先輩は──()()()()()()ようだし。



 その日もセシリアはマリアナ先輩に押し付けられた大量の汚れ物を抱えて、えっちらおっちらと階段を降りていた。2回に分けて運ぶことも考えたが、この後には客間の掃除も割り当てられている。午後には来客があるというから、あまり時間をかけてはいられない。

 小さな手でもなんとか一度に持ち切ることが出来たから、えいや! と気合いで運ぶことにしたのである。

 それが、間違いだった。


──ズルッ!


「ぎゃー!! 落ちる!!」


 令嬢らしからぬ叫び声が漏れた。足元が見えず、シーツの端を踏んづけて階段を踏み外してしまったらしい。そのまま足が空を切り──


(お願いお願いシーツがクッションになりますように怪我しませんように綺麗に着地できますように心が落ち着きますように!!!)


 衝撃を覚悟してぎゅっと目を閉じたセシリアは、いつまでもやってこない痛みに、大変混乱していた。

 着地が成功した? そりゃまあ、それなりに身体は丈夫だし、シーツをもふもふと抱えていたし……ぐるぐると回る思考、ふわりと漂う花のような甘い香り、包み込まれる暖かさ────やっと見つけたシーツの端の出口から顔を出し、見上げたその光景に、『嘘でしょう……』と、声が漏れた。

 

 実際には──『くぅん……』という鳴き声しか、出ていなかったのだけれど。



 エメリック・クレリソはクレリソ侯爵家の次男で、第三騎士団の団長だ。

 第一騎士団は王族の近衛、第二騎士団は国防、第三騎士団は魔獣討伐や街の治安維持を担っている。その性質上第一は騎士の中でも精鋭中の精鋭。第二は貴族出身のものがほとんどで、第三は完全なる実力主義だ。そのため平民出身の者が多く、エメリックが最年少で団長になることが決まった際は『権力で買ったお飾りの立場』などと言われたものだが──それでもエメリックが剣を振るうと、徐々に見る目が変わっていった。当然のことだ、実力で、そこに立つ権利を勝ち取ったのだから。


(はぁ……無駄な時間だった)


 今日は『緊急事態です』と言って呼び出されたと思ったら、第二王女のお茶会とやらに無理やり参加させられた。

 肩にかかる程の長さの髪は後ろでざっくりと括られているが、その色は月の光を讃えたような美しい白銀の輝きを放っている。氷のように冷たい薄水色の瞳、すっと高い鼻梁にきゅっと引き結ばれた唇。鍛えられた体躯、王族に勝るとも劣らない強い魔力。第二王女は、魔獣討伐の式典で見かけたエメリックを大層気に入り、わたくしあれが欲しいわ、などとほざいたらしい。

 もちろん、王女のものになるつもりなど更々ない。誰があんなわがまま女のところになど行くものか。口に出してしまえば不敬罪で首が飛ぶであろう事をつらつらと考えながら、エメリックは急ぎ歩いていた。

 また余計な足止めを食らっては面倒だ。それでなくてもエメリックは『氷の騎士』などと呼ばれ、面倒ごとを呼び寄せやすい。


(女なんてどいつもこいつも煩いだけだ)


 氷の騎士の、心の氷を溶かすのは。あの冷たい瞳を熱く揺らすのは。そんなことを言われても、エメリックは心を凍らせた覚えはないし……瞳が青かろうが別に冷たくもなんともない。

 ただ見た目に寄ってくる女達に薬を盛られたり、宿屋のベッドに見知らぬ女が裸で寝ていたり、私物を盗まれたり、女達の間で血だらけの争いが繰り広げられたり……そんなことに疲れてしまって、すっかり女嫌いを拗らせて表情筋が動かなくなっただけなのである。


 訓練所へ1番近い道を選ぶ。この後は新入りに訓練をつけてやる予定だ。つまらない時間を過ごしてしまった苛立ちも、剣に乗せて振り飛ばそう。そう心に決めて、角を曲がった瞬間。


「ぎゃー!! 落ちる!!」


 そう聞こえた時には走り出し、咄嗟に飛んできた塊を受け止めていた。

 落ちてきたシーツの塊と、その中で蠢く温かな塊。ひょこ、と顔を出したのは──黄金色のふわふわとした毛に、宝石のような深い青の瞳。くぅん、と鳴く声はか細く不安そうで、プルプルと体を震わせている。


「か…………かわい……」


 ハッ! と辺りを見回して、他の誰もいないことを確認すると、きゅっとその子犬を抱きしめて頭のてっぺんから頬を、身体を、撫で回す。スリスリと鼻先を擦り寄せてその柔らかさを堪能し、足の裏の匂いを嗅ごう──としたら、()()()とその小さなおててで抑えられた。


「はっ、しまった。俺としたことが理性を失ってしまっていた。でも……な? ちょっとだけ! あんよにお怪我がないか、確かめないと、な?」


「ぅぅ……! キャン!」


 断固拒否! といった様相で鼻に皺を寄せる子犬を見て、今はまだ慣れていないのだから仕方ないかと一旦諦めることにする。

 それにしても、通常、小動物は魔力の強い者を恐れるものだ。匂いは嗅がせてくれないにしても、こんなに大人しく抱かせてくれるだなんて──あの子以来じゃないか。

 それなら慣れるまで、俺が世話をしよう。こんなところでひとりだなんて、迷子になったに違いない。こんなに震えて怖かったろう。よしよしいい子だ、大事に可愛がってやるからな。


 勝手に己に都合のいい解釈をしつつ、エメリックは子犬をそっと懐に入れ……満足そうに微笑んだ。

 

 そういえば、さっきの叫び声は──なんだか心に引っかかるものがあったような気もするが、胸元で収まり悪そうにもぞりもぞりと動く毛玉の温もりを撫でると、さっきまで自分が何を考えていたのだったか……エメリックはすっかり、忘れてしまっていた。



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