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一人

依頼の内容はこうだった。


『最近、私が担任しているクラスの雰囲気がなんだか悪い気がしたので、少し生徒に話を聞いてみると、どうやらそれは木の葉さんが原因らしいのです。木の葉さんは同じクラスの人に度々話しかけられても、冷たい態度をとってしまったり、無視をしたりしてしまって、そのせいでクラス内での木の葉さんの陰口などが多くなっており、雰囲気が悪くなってしまったようです。それで私の依頼なのですが、木の葉さんに友達ができるようにしてもらえませんでしょうか。木の葉さんがせめて同じクラスの生徒に友達を作ってもらえれば、クラスの雰囲気は良くはなるのではないかと私は思います。しかしこれはクラスのために木の葉さんに友達を作らせろということではありません。もちろん木の葉さんのために私なりに考えて言っています。彼女は何かほかの生徒とは違くて、彼女を見ていると何だか・・・・悲しい気持ちになります。なので、どうかこの依頼受けてもらえるようお願いします』


俺は鈴木(すずき) 美月(うつき)先生から依頼されたその内容を読んで、最初に思ったこと。

それは


「新川先生。これ、どこがまとまってるんですか?」


俺が新川先生に抗議の声を向けると、新川先生は俺の言った言葉が理解できなかったのか頭の上に?を出して首をかしげている。

先生、アラサーがそんな風に可愛くしても痛いだけですよ。


「いやいや、あんた依頼をまとめてるからこのプリント見ろって言ったくせに、これ

依頼者の言葉をそのままコピペのごとく移しただけじゃないですか」


そのせいで、ものすごい言葉の量である。

この量があれば、学園ものの小説などで登校シーンの一個くらいは書けそうである。あぁ、もったいない。


「お前は色々と面倒くさいやつだな」


新川先生はもう自分の仕事は終わったとでもいうような感じで、だるそうに俺にそう言ってきた。


「部活の顧問の仕事を面倒くさがるようなやつに言われる筋合いはない」


と俺は心の中で新川先生に対して言った。

べ、別に新川先生に言うのが恐いなんてことじゃないんだからね。

死ぬのが恐いだけなんだからね。


「で?この依頼は受けるんですか?」


俺が新川先生に質問すると、さっきまで夏バテに負ける独身女性感丸出しだったのに、急に婚活でのアピールタイムのようにやる気を、ではなく、結婚ができないストレスを他のものにぶつける独身女性のように鋭い目を俺に向けて言った。


「はぁ?お前はなに寝ぼけたこと言っているんだ?受けるに決まっているだろ。勝手に断ったら死刑だからな」


この人は冗談とかではなくリアルでの話だから本当に困る。


「いやいや、もともと受ける気でしたけど、依頼の紙に『受けてくれませんか』と疑問形だったもんで」

「そんな人の言葉をそのままコピーしたような紙を気にするんじゃない」

「あんたが作ったんだろうが!」


俺はさすがに我慢できずツッコんでしまった。

しばらくして、新川先生は「じゃあ、あとは頼んだぞ」と言うとそそくさ部室から出て行ってしまった。

どうやらここからは、俺らにこの件を一任するらしい。

まあ確かにスポーツ系の部活とかでも監督は采配というお膳立てだけやって、プレーするのは選手の方だとかは言うけれども、先生、監督でも指導はするんですよ。

と俺は言ってやりたかったが、そう言って万が一残られても、新川先生のことだから「力で制圧しよう」とかろくな案が出そうにないのでやめておいた。

俺はそうやって先生の目論見通り、俺らだけで取り組むことを・・・・・・・俺ら?

そういえば、さっきから二人ほどの声が足りていないような・・・・・。

俺はそう思い部室をさっと見渡すと、そこには依頼の紙を握って座ったまま、すやすやと寝ている美少女が二人いた。


・・・・・・・・・・・・・・・おい。


ちなみに俺はこの時思った。

俺の幼なじみは永眠していたらものすごくモテるのではないかと。

まあこれを言ったら俺が永眠させられちゃうんだけどね。


*******



俺は学年一の美少女こと桜空 咲と俺の幼なじみこと柚原 早苗が熟睡していたので起こしてやると、桜空の方は「ふぁ。もう朝ですか?」と言って(まさにギャルゲーの天然系ヒロインのよう)、早苗の方は「ふぁ?もう浮気?殺すわよ?」と言った(ギャルゲーにこんなヒロインは存在しない)。

ってか、浮気で殺すとかどんな夢を見ていたんだこいつは。

そしてしばらくすると、二人とも眠気が収まったようなので俺と早苗のクラスの担任である鈴木先生の依頼の木の葉 雫の件について話し合っていた。


「こんなの簡単じゃない」


早苗は自信満々の顔でそう言った。

ぶっちゃけ、こいつには一ミリも期待していないので、なるべく俺の幼なじみとして俺に恥をかかせないような案を出してもらいたい。

だって、まず開口一番にこの依頼を『簡単』と言ってる時点でまともな案を出しませんよーって言ってるようなものだ。

こんなやつがちゃんとした案を出すような奇跡が起きるわけは・・・・・・


「あたしがこの子の友達になっちゃえばいいのよ」


やっぱりなかったですねー。

いやーフツーは逆にいい案が出てしまって、俺が「なんだと!?」的な展開になるんですがね。

うん、早苗。君は悪い意味で期待通りだよ。

そして俺は今この瞬間、早苗に期待をすることをやめました。


「申し訳ありませんが、それは難しいのではないのではないかと思います」


早苗のアホな案に桜空は冷静に否定する。


「・・・・っ!?」


早苗は自分の対人能力によほど自信があったのか、それとも桜空に反対されたのが思いのほかショックだったのか、ぐったりと肩を落とす。

そんな早苗の様子を見て、慌てた様子でフォローを入れる。


「あ、あのもちろん柚原さんはすごくいい人で、柚原さんなら誰とでも友達になれると思っています」


早苗はその桜空の言葉を聞くとみるみる元気になって、挙句には「そ、そうかしら?」とかまんざらでもない感を出す始末だ。

このやり取りを見ていると、まるで落ち込んだ上司を励ます部下みたいに見える。

ホント桜空はいい子。陰山さんの桜空への好感度メーターはぐんぐん上昇していますよ。


「ですが先生の依頼内容を見る限り、今の木の葉さんにどれだけ好意的に接触したとしても、あまり効果はない気がします」


桜空は声のトーンを落としてそう言った。

たぶん、桜空はわかっているのだろう。

木の葉 雫はこっちに転校してきて早々、クラスの連中に話しかけられても、一向に冷たい態度などを取ったりすること。

それは木の葉 雫が他人と関わることを拒否していることだ。

だけどずっと友達が欲しかった桜空にとっては、木の葉 雫のしていることはすごく悲しいことなのだろう。

でも、俺はそんな桜空に教えてやらねばならないことが一つある。

そう思い、俺は口を開いた。


「桜空、別に一人でいることは必ずしも良くないことなんかじゃないんだぞ」


俺は唐突にそう言った。


「は?悠人、なに言ってるの?そんなの良くないに決まってるじゃない」


あれ?俺は桜空に話しかけたんだけどなぁ?言い間違えちゃったカナ?


「だから必ずしもってつけてるだろ。よくない場合がないなんて言ってねぇよ」


俺はしょうがなく早苗にそう説明すると、続けて話した。


「なあ早苗、例えば、お前がどうしても好きで読まなければいけない小説があるとして、その小説をみんなでワイワイ、ガヤガヤ騒いでその小説を読むのと、一人で静かに小説を読むのと、どっちがいい?」


俺は早苗にそう質問すると、


「何よそれ?」

「いいから。答えてみろよ」

「そりゃあ、どうしても読まなくちゃならないんだったら、小説なんだし静かなところで読むしかないじゃない」


早苗が俺の質問に答えると、俺は冷静に言った。


「まあ今回の木の葉 雫の件だってそういうことだよ」


早苗は俺の言っていることがわからなかったようで、どうやら頭をフル回転させて理解しようと頑張っているようだ。

やめろ、早苗。そのままだとお前の頭の血管切れちまうぞ。

俺は早苗を死なせないために先ほど言った言葉に説明を付け足す。


「早苗が好きな小説を一人で読むのが好きなら、木の葉 雫はすべての物事を一人でやるのが好きかもしれないっていうことだよ。あくまで可能性の話だけどな」


早苗は俺がここまで詳しく言ったら、内容の理解はできたらしいが納得はいっていないようで、反論をしてきた。


「そんなのあるわけないわよ」

「なんであるわけないんだ?お前の一人で静かに小説を読みたいという気持ちの“一人で静かに”っていう部分の感情と同じような感情を常にどんなことをしているときにも抱いている人がいたっておかしくはないだろ?」

「そ、その何で、一人で静かにか、みんなで騒いでしか選択肢がないのよ。みんなで静かにっていう選択肢もあるでしょ」


早苗は俺に追い詰められて動揺しつつも、まだ反論してくる。


「早苗。よく聞けよ。みんなで静かになんていう選択肢は最初からないんだ」

「何でよ?」

「じゃあ例えば、みんなで勉強会をしようってなって、勉強会が終わるまで一言も誰とも余計なことを話さずにいるやつなんか見たことあるのか?」

「それは・・・ないけど」


早苗が俺の言葉に弱々しく答える。

そう、そんなやつはいないのだ。

そういうことを言いだすやつは大体おしゃべり目的で誘ってくるし、誘われて了承する側もそういう目的だと半分わかっていて了承するのだ。

そんな勉強会で、無言でひたすら勉強をしていたらノリが悪いだの、お前そんなに勉強してどうすんのだのとただただ自分の評判が悪くなるだけである。

本当はただ静かに勉強するのが勉強会なのに。


「早苗。一人で何かするときは一人が楽しめればいい。それは簡単だ。でもな、みんなで何かするということはみんなが楽しくなければならないんだ」


そして俺は知っている。そんな夢みたいなことはこの現実には存在しないのだと。

早苗は俺の様子がおかしいことに気づいたのと同時に、他の何かにも気づいたようだ。


「まさか悠人・・・・・」


早苗がどこか悲しげな様子で俺を見てくるので、俺は重くなった空気を変えようと少し笑って頭の後ろを掻きながら、


「ま、まあこれはあくまで可能性の話だしな、依頼は木の葉 雫に友達を作らせることなんだから余計なことを考えずにそっちに取り組むとするか」


俺が余計なことを考えさせた原因なので、全くもってこんなこと言えた立場ではないんだが。

俺がそう言ったら気遣ってくれたのか、早苗は「そ、そうね」と言ってくれたのだが、桜空の返事がなかったので、桜空の方に向くと、今までに見たことのない真剣な表情で何かを考えていた。


「桜空?」


俺が桜空に呼びかけると、それに気づいたようで、桜空はハッとする。


「すみません。少々考え事をしていたもので」


俺は桜空のその言葉を聞いてなぜだか安心した。

あんな表情をするので、なにかとんでもないことを言いだすのではないかと思ったが、どうやら俺の勘違いだったようだ。

そして俺が木の葉 雫に友達を作らせるためにどうするのかを早苗や桜空に聞こうとした瞬間、


「それでも私は一人が好きだなんて言う人はこの世界にはいないと思います」


桜空が誰にいうわけでもなく、ただ独り言を言っているように言った。

俺と早苗は驚きのあまり桜空をしばらく見つめていると、桜空はそれに気づいて

「い、今のは、単なる独り言ですので気にしないでください」と言うので、俺らは何事もなかったかのように前半のように依頼の件についての話し合いをしたが、結局その日はいい案が出ないまま部活は終了した。


そしてその日の帰り道、俺はあの言葉が妙に引っかかっていた。


――『それでも私は一人が好きだなんて言う人はこの世界にはいないと思います』――


一人が好きなやつなんていない、か。

俺は家に着くまでの間、何か大事なことを必死に伝えようとするように、その言葉が頭の中で何度も何度も繰り返された。


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