モブキャラの特権
「名前は木の葉 雫。よろしく」
先生によって転校生がいることを発表されたあと、その転校生は自分の名前を言ったあとにぺこりとお辞儀をして自己紹介を済ませた。
しかし驚いた。
転校生がこんなにも可愛いとは。
ここまでの様子を見ていると本当にギャルゲー展開そのものである。
でも、俺はそういう主人公的なギャルゲー展開などよりも、転校生が来た時に現実でもギャルゲーでも必ず起こるあのイベントを待ち構えていた。
それは・・・・
転校生の自己紹介が終わったあと教室には妙に静まり返っている。
なぜこうなっているかはあとで説明するとしよう。
そしてそのまま数秒が経過すると、
来るぞ。あともう少しであれが。あれが来るぞ。あれが
「「「「ワァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!」」」」
来たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!
急に湧きあがったほぼクラス全員の男子生徒の大歓声によって、さっきまでお通夜のようだった教室が一気に日本一まであと一死の時の東京ドームみたいになる。
説明しよう。
このイベントはモブキャラのみに許された、『転校生可愛かったらモブキャラだけは今のうちに何でも言っちゃっていいぞ』というものである。
ちなみにこのダサい名前は俺が勝手につけました。
まあこのイベントの内容はこの名前の通り、自分がモブキャラだと自負があるやつは大声で
「俺の嫁になってくれー」
「木の葉さん超かわいいよー」
「ロリまじ最高―」
「ぺちゃぱいは正義」
などとこんな感じで転校生に言いたいことを何でも言ってもいいのだ。
その代償に絶対にその転校生とくっつくとかいう展開はなくなるがな。
なぜなら、そういう主人公的なポジションのやつらは、必ずこの時は澄ました顔をしながら座っているからだ。
この教室にもこの状況下で座っているやつはちらほら見られる。
バカめ。せいぜいお前らはそこで主人公ナルシしていろ。バーカ、バーカ。
ちなみに一つ付け足しておくと、ぶっちゃけどんなに変態なことを言っても、ほかの男子の声にかき消されるので絶対にばれな
「木の葉たーん。ぺちゃおっぱい揉み揉みさせ」
ドコォ!ボカァ!バキィ!(早苗の殴る音)
ばれてるね。
君も死にたくなかったらやらないことだ。変態、ダメ、ゼッタイ。
あと最初の方に教室が静かになった部分があるが、あれは転校生が可愛いかどうかを見極めているのである。
もちろん俺がつけた名前にもある通り可愛かったらこのイベントは発動するわけで、可愛くなかったら当然のようにスルーである。
なに?男子のくせに生意気だって?
ハッハッハッ。何とでも言うがよい。
お前らだってイケメンにしか黄色い声援を送らないではないか。
それと一緒である。
俺ら男子も可愛いやつにしか黄色い?声援を送らないのである。
ぜったいそれ以外に送ってやんないもんねーベロベロベー。
俺が世の女性に子供じみた挑発をしていると、男子の叫びがちらほらと少なくなっていき、もうすぐイベントが終わりそうになっていた。
よし。じゃあそろそろ俺も転校生へいっちょ何か言ってやりますか。
そのために俺は言葉を考える。
何がいいだろうか。
「俺の嫁はお前だぁー」
これはさっき似たようなやつが言ってたな。
「俺の最初はお前だぁー」
これは色々と意味深で危ない。場合によっては早苗に命が取られそうだ。
「俺の妹はお前だぁー」
よし、これにしよう。
実際たまに妹交換してほしい時とかあるし。
しかもこういうこと言えるのは妹がいない今しかチャンスがない。
もし妹がいる前でこんなこと言ったら、命とまではいかないが、俺の貞操が取られるか、ムスコが取られるかどっちかだろう。・・・・・・・・・・妹ってこんな恐ろしかったっけ?
俺は妹への恐怖心を少し感じつつ、それでもモブとしての言葉を転校生へ送るためにゆっくりと自分の席を立つ。
そして俺は大きく息を吸い込んでから教室の外にまで響くくらいの声で
「おれ」
「陰山くん」
俺が転校生への言葉を言い始めた途端、急に先生は俺の言葉を遮る。
俺は先生の方を向くと、先生は俺を見て不思議そうな顔をしていた。
先生のその様子に俺は違和感を覚え、教室内を見回すと、先ほどまで立って叫んでいた自分をモブキャラと自負する男子生徒たちが全員座っていた。
そして、ふと俺が隣の席を見るとそこにはすでに転校生が座っていた。
あれ?転校生って俺の隣だったの?
「陰山くん。今からホームルームをやるので座ってください」
「はい」
俺は先生のその言葉を聞くと自分の席に座る。
そして俺は現状を冷静に分析する。
つまりこれって俺がモブキャラとして転校生に言葉を言えなかったわけで、もしかして座っていた主人公ナルシと一緒ってことになるね。
しかも転校生の席が俺の隣というとなると、まるで本当にギャルゲーの主人公のようだ。
はははは・・・・・・・・・・まさかね。
*******
午前の授業も終わり昼休みになると、これも現実でもギャルゲーでも転校生あるあるであろう質問攻めが始まった。
この受け答えによって転校生の今後の学園生活の運命を決めると言っても過言ではない。
「ねえねえ。木の葉さんの好きな食べ物とかあるのかな?」
転校生を囲んでいる生徒の中の一人が転校生に質問をした。
「別に」
転校生がそう答えると、少しだけ空気が悪くなる。
「木の葉さんってどこだへんに住んでるの?」
また一人の生徒が転校生に質問をした。質問から察するに男子のようだ。
「そんなの、教える必要ない」
転校生がそう答えると、また少しだけ空気が悪くなる。
「木の葉さんってちっちゃくて可愛いよね」
また一人の生徒が、ってうわー、誰だよ今の言葉発したやつ。
絶対主人公ナルシのやつだな。気色悪い。
俺、あんなやつと一緒なのか。なんという屈辱。
「キモイ。やめて」
転校生はそれを聞くと、主人公ナルシをその二言で迎撃した。
イエ―イ。ざまぁ。主人公面してるからじゃ。
バーカ。アーホ。あんぽんたん。
どうやら転校生の最後の言葉が効いたらしく、取り囲んでいた生徒はあっという間に転校生の元を去っていった。
これでこの転校生の運命は決まった。
たぶんこの転校生はこの先友達ができることはなく、一人で学園生活を送ることになるのだと思う。
まあ一人が好きという人なんかこの世には巨万といるし、一人でいることがダメだなんてことはないので、そう考えると彼女は望んでこうなったのだろう。
やり方がちょっとアグレッシブだが。
俺が呑気に転校生の今後のことについてなど考えていると、転校生は俺の方を向いてきた。
ん?どうしたんだろう?窓越しに空でも見ているのだろうか?
「なに、さっきから、ちろちろ、見ているの?」
転校生が急にそう俺に話しかけてきたので、俺は驚きのあまり心臓が飛び出るかと思った。
彼女の言っていることから察するに、どうやら俺が弁当を食いながら、生徒に囲まれている転校生の様子を見ていたことがばれていたようだ。
「見てるんじゃなくて、見えるんだよ。席、隣なんだし」
俺は言い訳がましくそう言った。やばい、俺カッコ悪い。
「そう」
しかし、転校生は俺の態度に怒る素振りもせず、冷静にそう言ったあと自分の席を立ち、教室から出て行く。
ただ、俺にはなぜだか彼女が教室から出ていくときの後ろ姿がすごく寂しそうに見えた。