第79話 音楽家の物語
次に話し始めたのは、茶トラ模様の青年。
人間の姿だが、茶トラの耳と尻尾。
そして、瞳孔が少し縦長。
「俺は、ミュージシャンを目指してた」
声は、少しハスキー。
歌いすぎて潰れた声ではなく、元から特徴的な声質。
「かっこいい!」
美久の素直な反応に、青年は照れた。
「いや、全然売れなかったけど」
「でも、夢があったんでしょ?」
「うん。音楽で食べていきたかった」
でも、現実は厳しかった。
ライブハウスで歌っても、客は数人。
CDを作っても、売れない。
「バイト漬けの日々」
「音楽の時間は?」
「ほとんどなかった」
コンビニ、居酒屋、工場...
掛け持ちで働いて、やっと生活費を稼ぐ。
音楽の時間は、どんどん削られていく。
「夢と現実の狭間で苦しんでた」
「分かる...」
美久も、似たような苦しみを知っている。
猫と仲良くなりたいという夢と、現実のギャップ。
「そんな時、祢古町の噂を聞いた」
「噂?」
「ネットの都市伝説サイトで」
「現実逃避のつもりで来たんだ」
青年は、自嘲的に笑った。
でも、ここで見つけた。
本当の自由を。
「今は、好きな時に歌う」
「聴衆は?」
「他の猫たち」
「反応は?」
「素直」
青年は、嬉しそうに言った。
「気に入れば寄ってくるし、嫌なら逃げる」
「評論家ぶったりしない」
「点数もつけない」
「ただ、音楽を音楽として聴いてくれる」
「聴かせて!」
美久のリクエストに、青年は少し恥ずかしそうにした。
「え?今?」
「うん!」
周りの猫たちも、期待の眼差し。
「じゃあ...」
青年は、咳払いをして歌い始めた。
歌詞はない。
ただ、メロディーだけ。
「ら〜らら〜」
でも、心に響く歌だった。
自由で、のびやかで、魂がこもっている。
人間の時より、ずっと良い声かもしれない。
「すごい...上手...」
美久は、感動で涙ぐんだ。
「ありがとう。人間の時より、のびのび歌える」
批評も、評価も、売り上げも関係ない。
ただ、歌いたいから歌う。
「それが、本当の音楽かもね」
青年の言葉に、みんなが頷いた。




