第十四世界 【現実の世界】 前
第十四世界 【現実の世界】
ゆらり、ゆらり。
体が水面に揺れる感覚にふと、サジェースタは意識を浮上させる。目は開かない。声も出ない。けれど──意識ははっきりとしている。
ゆらり、ゆらり。
いつだったか──湖の世界で浄化した直後に湖上に浮いていた時のような、そんな感覚だ。あの時は符正が引っ張って陸地まで運んでくれたなあ、と考えたところで──サジェースタははっと目を開けた。
「符正っ!!」
ろくに声にならぬ叫びが喉から出ると同時にげほ、と咳き込む。体が水面に揺れていた感覚はもうない。代わりに──日に焼けて色褪せた、けれど清潔感のある白い壁と天井が視界に映った。
「お父様っ!!」
ここは何処だ、と意識を巡らすよりも先にもう随分と聞くことのなかった最愛の声が鼓膜を揺らしてサジェースタは目を見開く。サラルティアに生き写しの輝くようなアッシュブロンドの髪を緩やかに巻いて垂らしている、サジェースタとそっくりな琥珀色の輝く虹彩を持った少女が目尻に大粒の涙を浮かべながらサジェースタの顔を覗き込んでいた。
「サハー……シャ……」
そこにいたのはもう二度と会えないと思っていた最愛の娘──サハーシャ・オアシス・ジャスティトであった。よく目を凝らせばサハーシャの周囲にも臣下たちの姿があり、みな一様に安堵したような笑顔を浮かべている。
「よかった……! お父様が無事に戻ってきてくれて……!」
「……無事に?」
どういうことだ、と聞こうとして体が動かないことに気付く。先程から己の声も自分の声ではないかのように掠れている。まるで──長い間眠っていて目覚めたばかりであるかのように。
「ぐっ……」
「! だめよお父様! 安静にしてて!」
「いや……状況を把握しておきたい。何があった……」
サジェースタの記憶は、符正が白い空間で横たわっていたところで途切れている。ニコラウスのプログラムの中に引き込まれて符正の心という世界を二年間旅していたという記憶は──確実に存在している。そして、最後に流れ込んできた──符正が抱えきれなくなった“憎悪”の記憶と感情も。
「何があったかを知りたいのはわたくしたちよ。お父様、半年前に突然行方不明になったのよ? 覚えていない?」
「半年前……ああ」
ニコラウスが“時間の流れが違う”と言っていたのを思い出してサジェースタは頷く。おそらく現代世界における半年前にニコラウス率いるデスピアファミリーがサジェースタを誘拐したのだろう。それから“心因性不和除去プログラム”に組み込まれ、二年間に及ぶ旅を電脳空間でこなしてきたということになる。
「国王様が行方知れずとなられ……我々一同、必死に捜索しておりました。けれど手掛かりのひとつも掴めず……誠に申し訳ございません」
王子時代からずっと自分の側近として仕えてくれていた最も忠実なる臣下──アデルが心底悔しそうに、申し訳なさそうに跪いて頭を下げた。白い幾何学模様の刺青を全身に彫り込んでいる黒く筋骨隆々とした逞しい体がとても小さく──弱々しく見える。
「気にするな──仕方のないことだ。では、私は半年間行方不明で……何故ここにいるのだ?」
「一週間くらい前、エリモス王国の港で倒れているお父様を漁師さんが見つけてくださったのよ。それからはもう国中大パニックで……お父様は目を覚まさないし、どうなっちゃうことかと思った……」
ぐず、と鼻を啜りながらサハーシャがサジェースタに抱き着いてくる。それを受け止めながらサジェースタは心の中でニコラウスを罵倒する。もう少しマシな送り届け方をしろ──と。
「……心配をかけてすまん。この通り、無事戻った」
「全くよ! もぉ……ずっとフセイ、フセイってなんかうなされてるし……」
サハーシャの言葉にサジェースタはう、と言葉に詰まる。──そして符正はどうしたのかと心の片隅で想う。ニコラウスとゴルドルも、無事なのかどうか気になるところである──だが。
今はそれよりも。
「──サハーシャ、アデル。半年間のことについて知りたい」
“王”として仕事を成すべきである。
──だがその意志はぴしゃりとアデルによって跳ね除けられてしまった。
「なりません。とりあえず今はお休みください。筋力がかなり低下しているとの医者の診断でございました」
「そうよお父様。そんなこと後でだってできるんだから、今はゆっくり休んで! ──大丈夫、お父様がいない間わたくしがちゃーんと代理王として頑張ってたんだから! お父様が元気になるまではまだまだ頑張るわよ!」
そう言ってウインクしながら力こぶを作ってみせたサハーシャにサジェースタは一瞬目を丸くし、けれど安堵したように微笑む。かつて──符正に自分が不在でも娘や臣下たちならば大丈夫だと語ったことがあったが、まさにその通りだったのである。娘の成長を垣間見た気がしてサジェースタは嬉しくなった。
この国は絶対王政制度は既に廃止されており、立憲君主制の体を取っている。とは言っても君主主義の色が未だ濃く、国民によって選出された国会議員たちの決定を国王がよく吟味して最終判断を下さねばならない。個人の感情に左右されることなく、身分に惑わされることなく──公平に、対等に、曇り無き目でもつて政策の是非決定を下し、責任を負わなければならない。
それをまだ十六の娘がやるのは──相当な重荷であっただろう。
「そうか──よく頑張ったな、サハーシャ」
賛辞と共にサハーシャの頭を撫ぜてやればサハーシャは嬉しそうに笑ってくれた。
「……じゃあお前たちに甘えてまだしばらく休ませてもらうが……その前に、私の半年間の不在と、発見について国民にはどう説明している? 諸外国にも──」
「国王様が行方知れずになられたという件については極力、情報拡散を抑えておりました。国連や隣国のエジプト政府へは通達し、協力していただきました。ですが……それでもじわじわと国王様の不在について国内で噂が広がり……姫様がなんとか安心させようとご尽力なされておりました」
「そこでお父様が港でぷかぷか船に揺られていたものだからもうパニック。とりあえずお父様は病気で療養なされていて、息抜きに船に乗っていたところうっかりはぐれたってことにしてあるわ」
「そ、そうか。それはなんか、すまん」
──おのれニコラウス。
「……では、他にも……聞きたいことがある。私のように行方不明になって……パニックになった事件が起きていないかね?」
その言葉にサハーシャがああ、と人差し指を上げながら頷く。
「ユートピアカジノリゾート、あるでしょ? あそこのカジノ王、ゴルドル・ユートピアがイタリアで突然行方不明になったってちょうど──お父様が行方不明になったころに新聞やテレビで大々的に報道されていたわ」
「……やはりか」
本当にあのニコラウスという男は、符正さえどうにかなればサジェースタやニコラウスがどうなろうとどうでもよかったらしい。周囲への気遣いが全くといっていいほどない。おのれニコラウス。
「知ってるの? ゴルドル・ユートピアの件……」
「まあな。それも踏まえて……アデル、サハーシャ。お前たちふたりにだけはこの半年間のことについて話しておきたい」
そう言ってごほ、と咳き込んだサジェースタにサハーシャが慌てて水差しを差し出す。二年間ずっと旅をしていたとはいえ、それらは電脳空間での話だ。現実世界のサジェースタの体は──寝たきりだったのだろうと容易に想像がつく。半年間寝たきりだったのであれば体力や筋力、その他諸々の器官の能力が落ちるのは当たり前と言えよう。
「──ふう」
「国王様、スープを料理長がすぐ持ってきますのでそれを召し上がられましたらお休みになってください。話はまた日を改めてゆっくりなさればよろしいかと」
「そうだな。悪いが……後は頼む」
思った以上に疲労感の濃い体にため息を吐きながらそう言えばアデルを初めとする臣下たちやサハーシャは頼もしく頷いてくれた。
そうして部屋を跡にしていく娘や臣下たちを見送って部屋には護衛だけが残されて──ふと、想うのはやはりベージュのコートを身に付け、白いマフラーを巻いた濡羽色の髪を持つ女性であった。
「──……符正」
──お前は、無事なのか?
最期に符正の“心”から流れ込んできたあの膨大な“憎悪”を思い出してサジェースタは目を伏せる。“歪み”という“歪み”が凝縮されて煮詰められるとあんなにも黒く、暗く、昏く澱んだ“憎悪”の塊になるのだとサジェースタは知った。
心が千切れそうになるほどの“憎悪”に最期、サジェースタは壊れかけた自覚がある。
ニコラウスやゴルドルとも心を繋いでいなければ──確実に心が壊れていただろうと、サジェースタには自信があった。
あんなにも膨れ上がった“憎悪”を符正はひとりきりで、たったひとりで、ひとりぼっちで、孤独に──ただひたすら抱え込んで苦しんでいたのだ。はち切れそうな“心”を必死に抑え込んで、最期の瞬間までサジェースタたちを守ろうと涙を流しながらその体で圧し潰してしまわないようにしていた。
誰よりも強く──けれど脆く、心優しい彼女。
私は彼女を救えたのだろうか──そう考えてサジェースタは大きなため息を吐く。
その、時であった。
(──サジェースタ王?)
「!?」
くわっと目を見開いたサジェースタに護衛たちがどうなさいましたかと声を掛けてくる。それを何でもないと謝罪しつつ、サジェースタは今しがたの“声”に意識を傾ける。
今のは鼓膜を通して響いてきたわけではなかった。そう、例えるならば半年前──体感的には二年以上前に脳に響いた“声”のような感覚である。鼓膜ではなく、意識に──“心”に語りかけているような。
「……まさか」
まさか。
(──ゴルドル君か?)
(おお! 通じた──よかった、サジェースタ王。ご無事だったのですね)
突如響いてきた“声”──それはやはり旅の仲間のひとり、ゴルドル・ユートピアのものであった。サジェースタは護衛たちに動揺を気取られぬよう布団を深く被りながら意識を“声”に集中させる。
(これはあれか? 心を繋げた影響か?)
(おそらくそうかと。先程から私の中にサジェースタ王の……その、符正に対する想いが流れ込んできていて……もしやと思い)
(…………)
どうしよう、恥ずかしくて死にたい。
そんなことを思いながらサジェースタは遠い目でゴルドルに問いを投げかける。
(君は今どこにいるのだ? 符正がどうなったのか知っているか? ──ニコラウス君も)
(私はアメリカにおります。ユートピアカジノリゾートで……噴水に水死体の如くぷかぷか浮かんでいたようで、マスコミのいいエサですよ。ニコラウスブチ殺す)
(…………)
サジェースタ以上に適当な扱いである。憐れな、と思いつつもサジェースタはくすりと笑った。
──ああ、二年間の旅は決してただの夢ではなかった。
そんな安堵が──サジェースタの中で生まれたのだ。あれは決して夢でも何でもないと確信しつつも、あまりにも非現実的な展開であるが故に知らぬ間に不安になっていたらしい。符正と出会ったのも、もしかしたら夢なのではないかと。
(まあ、それはさておき……半年間寝たきり状態だったようで、今は入院しております。サジェースタ王もですよね?)
(うむ)
(符正のことですが……今ニコラウスにコンタクトを取っております。先程から罵倒──いえ、呼び掛けの思念をニコラウスに送っているのですが返答はなく。状況は分からぬままです。なので直接デスピアファミリーに電話でコンタクトを取っているところです)
(……そうか)
サジェースタはほんの少し気落ちしたように息を吐く。そんなサジェースタにゴルドルが慰めるように彼女ならば大丈夫、と声を掛けてくれた。
(サジェースタ王は立場上、デスピアファミリーとコンタクトは取れないでしょうから──どうか私にお任せください)
(うむ。すまん……しばらくはこの半年間の不在を埋めるために忙しくなりそうだ……私も、君もな)
(ええ……その件なのですが)
ゴルドルはそこで一旦言葉を切り、決意したような感情と共に言葉を紡いだ。
(カジノ王の地位を降りるつもりでおります)
その言葉を聞いても──サジェースタは不思議と、驚かなかった。何となくゴルドルならばそうするのではないかと思ったのだ。
(ユートピアカジノリゾートは私が不在の間もどうにか回っていたようですし……国に売り払うなり誰かに譲り渡すなりして……私がこれまで蹴り落としてきた人々を、可能な限り支援してから──エリモス王国に渡ろうかと思っております)
(……私は別に構わんのだがね……正直、エリモス王国はそれほど近代化は進んでおらんぞ? 後進国に数えられるくらいだ)
(……基本が野宿な旅を共に続けてきた私に、それを言いますか?)
(……そりゃそうだ)
そうであった、時には死にさえする過酷な旅をしていたのだ──どんな国であろうと安住の地となるだろう、とサジェースタはぽりぽりと頬を掻く。
(それに……私も少し考えていることがあるのですよ。エリモス王国には……遊泳施設がございますでしょう?)
(む? うむ)
(フフ。私の手でちょっと彩るのもいいかなあと思いまして)
そう言われて、サジェースタは賭博の世界で目にしたユートピアカジノリゾートを思い出す。
端から端まで黄金で埋め尽くされた──派手派手しい世界を。
(…………ほどほどに、な)
まあ何はともあれ、ゴルドルがこうして前向きになり、なおかつ我が国に行きたいと望んでくれているのは素直に嬉しいと思うサジェースタであった。
(──ではサジェースタ王、また何かあればどうぞ声を掛けてください。いつでも応じます)
(うむ。ゴルドル君だけでも意思疎通できて安心したよ。ありがとう)
(──それはこちらの台詞ですよ)
そう言いながら笑うゴルドルの気配を感じつつ、サジェースタも笑って未だ疲れの残る体を癒すべく──眠りについたのであった。
◆◇◆
サジェースタが半年ぶりに──体感的には二年以上ぶりに現実世界に戻り、“王”に復帰して三ヶ月以上が経過した。
「サハーシャ、今年の降雨量のデータはどうだ?」
「ばっちりよ、お父様。今年は去年より少し少ないってとこかな~。やっぱり内陸部が水不足に陥っているわ」
「そうか。では例年通り降雨量が基準値に満たなかった地域には支援を」
「ええ。議員さんたちに伝えておくわ」
執務室にてサハーシャと書類を片手に会話しながらサジェースタは椅子に深く腰掛け、ふうと大きく息を吐く。
「ねえお父様」
「ん?」
「符正さんとはまだ連絡取れないの?」
「…………」
人差し指を顎に当てながら首を傾げるというあざとい仕草でそう問いかけてきたサハーシャにサジェースタは少し気まずそうな、照れ臭そうな微妙な表情を浮かべる。
体力が回復し、リハビリに努められるようになったころにサハーシャとアデルにだけ半年間の──二年間の旅について語った。世間への体裁としてはゴルドルと口裏を合わせて地中海周辺諸国を拠点とする裏組織に誘拐されていたということにした。ニコラウスがデスピアファミリーの名を使っていいと言っていたことを理由に──デスピアファミリーがたまたまその組織と抗争に至り、それで逃げ延びられたということにしてある。
──そしてデスピアファミリーはサジェースタとゴルドルのそんな出鱈目な主張を、全て認めた。
相変わらずニコラウスや符正とはコンタクトが取れぬままだったとはいえ、デスピアファミリーの幹部と電話でコンタクトを取ったゴルドルがふたりの無事を知り、サジェースタにも知らせてくれた。詳しくは教えてくれなかったそうだが──とりあえず無事を知ってサジェースタがひと安心したところで全てをサハーシャとアデルに伝えたのだ。
サジェースタの語った旅物語をサハーシャとアデルは一笑するでも一蹴するでもなく真摯に聞いてくれた。サジェースタの頭がおかしくなったのではないかと疑われるやもしれぬとも思ったが、そんなことにはならなかった。全てを語り終えて、疑わぬのかと問うたサジェースタにサハーシャは笑って“お父様は嘘を吐かないもの”と言い、そして“なんてロマンチックなの”とうっとり頬を赤らめた。符正とのことは極力抑えて話していたはずだが──女の察しの良さというのは恐ろしいものである。そしてアデルの方も“主の言葉を疑うわけがありません”とし、その上で“ユートピアカジノリゾートから快調祝い金が届いた理由がわかりました”と述べたのであった。
「……いや、まだだな。無事ではあるらしいのだが……」
「早くお会いしたいわ。ね、お父様」
「う……うむ」
まっことおなごというのは──色恋事に目がない生き物である。
そう心の中でぼやきながらサジェースタは苦笑する。
「あ、そうそうお父様。今度行われる王属尚書官候補採用試験──ゴルドルさんからの志望があったけれど特例として受け入れてもいいわよね?」
「!? いつの間に──」
(おや。プリンセスがバラしてしまったようですね。内緒で受けられたらと思いましたが──帰化するにも時間が要りますし、やはりサジェースタ王には通達する必要がありますか)
驚きの感情があっちに流れ込んでしまったのか、ゴルドルの含むような笑い声が鼓膜を通さずに響く。
「──構わんが、王族と関わる仕事に外国人が志望するともなると反発は必至だ。それもかのカジノ王、ゴルドル・ユートピアとなれば悪評故に疑う民も多く出るだろう。生半可ではいかんぞ──それでもいいのなら、来るがよい」
「わかったわ。じゃあ、ゴルドルさんの志望受け入れておくわね」
(──そういうことだ、ゴルドル君)
(了解──フフ、腕が鳴るね)
やる気を見せているゴルドルに微笑みつつサジェースタが書類の束から次の案件を取り出した──その刹那であった。
「!? が、っ!!」
(ッ!? ぐ、ぅ!!)
頭が、意識が、心が、魂が──圧し潰されるほどの“記憶”の塊が流れ込んできて激痛が全身に走る。
思考など無意味に。
思想など無価値に。
思慮など無頓着に。
思案など無神経に。
思慕など無関心に。
思念など無造作に。
思索など無関係に。
なにもかも根こそぎ。
ありとあらゆるものを根絶やしに──
「っぐ、ぅううぅ!!」
「お父様!!」
生まれたばかりの符正。ハイハイをする符正。幼い符正。少女の符正。思春期の符正。大人びた符正。大人の符正。
符正の両親。符正の弟妹。符正の親族。符正の友人。符正のクラスメイト。符正の同期。符正の上司。符正の主治医。
親族に蔑まれる記憶。違いに苛まれる記憶。友人に拒絶される記憶。上司に虐められる記憶。主治医に否定される記憶。
憤怒の感情。懐疑の感情。哀愁の感情。諦観の感情。恐怖の感情。孤独の感情。侮蔑の感情。独善の感情。──憎悪の感情。
それらに、心が圧し潰されそうになる。
けれど──圧し潰されるわけにはいかなかった。
ここで圧し潰されてしまえば次に圧し潰されるのは、符正なのだ。
「ぐ、ぅうああぁぁ!!」
私は符正と違って記憶の希薄化ができる。“忘却”という逃げ道がある。
符正は忘れることができない。私は忘れることができる。
符正は記憶を過去にできない。私は記憶を過去にできる。
符正は逃げることができない。私は逃げることができる。
そう考えて──サジェースタは必死に、ただひたすら必死に、全身全霊でもつて、死に物狂いで──狂ったように流れ込んでくる符正の“心”を受け止め、そして受け流した。受け止めて、受け流した。ただ受け止めて、ただ受け流した。
受け止めて、受け流して、受け止めて、受け流して、受け止めて、受け流して、受けて、流して、受けて、流して、受けて、流して、受けて、流して、受けて、流して、受けて、流して、受けて、流して、受けて、流して、受けて、流して、受けて、流して、受けて、流して、受けて、流して、受けて、流して、受けて、流して、受けて、流して、受けて、流して、受けて、流して、受けて、流して、受けて、流して、受けて、流して、受けて、流して、受けて、流して、受けて、流して、受けて、流して、受けて流して受けて流して受けて流して受けて流して受けて流して受けて流して受けて流して受けて流して受けて流して受けて流して受けて流して受けて流して受けて流して受けて流して受けて流して受けて流して受けて流して受けて流して受けて流して受けて流して受けて流して受けて流して受けて流して受けて流して受けて流して受け流し受け流し受け流し受け流し受け流し受け流し受け流し受け流し受け流し受け流し受け流し受け流し受け流し受け流し受け流し受け流し受け流し受け流し受け流し受け流し受け流し受け流し受け流し受け流し受け流し受け流し受け流し受け流し受け流し受け流し受け流し受け流し受け流し受け流し受け流し受け流し受流受流受流受流受流受流受流受流受流受流受流受流受流受流受流受流受流受流受流受流受流受流受流受流受流受流受流受流受流受流──……




