第十二世界 【海底の世界】 後
エリモルディア宮殿を出て半日と少し。
青藤色の海底に神社の世界で見たような和式の建造物が見えて、ニコラウスが呟く。
「次は俺の“記憶”だな」
「え? でもあれってわたしんとこの本家だよね?」
それなりに歴史を刻んできているのであろう瓦屋根の日本家屋はどうやら符正の──日向一族の本家であるらしい。符正は普段、家族と共に離れに住んでいるようだが何かしら集まりがある際には本家に出向くのだという。
だが符正の言葉を、ニコラウスは否定した。
「ぼやけてるからな」
──確かに日本家屋は所々もやがかかったように見えなくなっているし、全体的にゆらめいている。いわゆる記憶の曖昧さを象徴するゆらぎが存在することを理由に、ニコラウスはそれが自分の“記憶”であると語った。
──オニイチャン
「お? 懐かしいなァ」
家の中から三歳くらいの、黒い着物を着た幼い少女がばたばたと駆けてきてニコラウスは笑顔を浮かべながらその少女を抱き上げる。
その少女を見てサジェースタとゴルドルはあっと声を上げる。
濡羽色の短く切り揃えた髪と、濡羽色の目。
思考など無意味。思想など無価値。
思慮など無頓着に潰し。思案など無神経に潰し。
思慕など無関心で捻じ伏せ。思念など無造作に捻じ伏せ。
思索など無関係に何もかも根こそぎ、ありとあらゆるものを根絶やしにした。
そんな──目。
絶望という絶望を煮詰め、絶叫という絶叫を織込み、絶命という絶命を凝縮した目。
絶望という名の虚無。絶叫という名の皆無。絶命という名の絶無──それを具現化した、目。
完全に、終わってしまっている目。
「その子は……!」
月の世界で出会ったあの少女だった。
包帯まみれの傷だらけな、終わっている少女。
「ニコラと出会って三日目くらいかな。傷の具合からして」
「このころのお前は完全に終わってたよなァ」
少女を挟んで会話するニコラウスと符正にサジェースタはその少女がやはり幼いころの符正であったと確信する。
「……何故そんなに傷だらけなんだ?」
ゴルドルの問いかけに符正は何でもないことのようにニコラにボコボコにされたの、と言った。その予想外すぎる答えにサジェースタとゴルドルは目を点にする。
「はぁ?」
「容赦ないよねー。こんな小さな子に全力で蹴り入れるんだもん」
「そりゃこんな不気味なガキ寄ってきたら蹴るっての」
どうやら冗談でもなんでもないらしく、本当にニコラウスが初対面の符正をボコボコにしたための傷であるらしい。
その理由は──おそらく、サジェースタとゴルドルも感じた“終わっている”目だろう。あの目で見つめられるとまるで自分が終わってしまったかのような、自分という存在が無意味であるかのような錯覚に陥ってしまうのだ。
「ま、ここはどうでもいいだろ。先進もうぜ」
そう言って幼い符正をぽーいと無造作に放り投げたニコラウスに符正のハイキックが決まるのは、もはやお決まりである。放り投げられた幼い符正を慌てて受け止めたサジェースタは海中であるためにいつもより盛大にふっ飛んでいるニコラウスを呆れた目で見送り、それから腕の中の幼い符正を見下ろす。
──符正と何ら変わらぬ濡羽色の、光を一切宿さぬ目。
──けれど符正と違って完全に終わってしまっている。
この違いは何故なのか、それはさらに先に進めば分かるのだろうか──そう思いながらサジェースタは幼い符正を地面に降ろしてばいばい、と手を振った。幼い符正は笑顔で手を振り返してくれたが──やはりその目は、終わっている。
ニコラウスの“記憶”を後にしてから最後の──符正の“記憶”に辿り着くのにはそう時間がかからなかった。
最初は、それが“記憶”であるとサジェースタとゴルドルには分からなかった。
海底を歩いていると何の前触れもなしに突然世界が変わり、体から水中特融の浮遊感が抜けていつの間にか何処かの町中に立っていたからである。アスファルトで舗装された道路を車が往来しており、人々も少ないものの普通に歩いている。
春先なのか、微かに空気に残っている冷気を爽やかな風が吹き飛ばしている。周囲を見回せば古びた住宅街や地元民に親しまれているであろうスーパーマーケットが視界に入ってきて、スーパーの看板からここが日本の町であるということが察せた。
空を見上げれば青空が広がっていて──そして二年ぶりに目にする、太陽がさんさんとあたりを照らしていた。この二年間でお馴染になってしまった青空に浮かぶ満月は何処にもない。
「ここは……」
「符正の住んでいる町だな」
何処なのかと疑問を抱いたサジェースタとゴルドルにニコラウスがそう答えてくれる。そこでようやくふたりはここが符正の“記憶”であると認識してぶわりと全身に鳥肌が立つほどの戦慄を覚えた。
三人の“記憶”とはまるで違う。
ゆらめきも、もやも何も存在していない。色褪せさえもない。何もかもがそっくりそのまま──まるで現実世界のように、そこに再現されていた。
「ねえ、聞いた? 何か外国人のお客様が日向さんのところに来るそうよ」
「ええ。そのせいで一ヶ月前から日向さんとこはみんなピリピリしているわ」
サジェースタたちの横を通りすがった、主婦であろうふたりの女性──その明瞭な“声”にサジェースタとゴルドルは驚いたような顔をする。
よく見れば女性の顔の造形から服装、あまつさえには服の皺や髪の一本一本まで完全に再現されていてとても“記憶”の中の人間には見えない。もはやサジェースタたちと変わらぬ“生きている”人間だ。ゴルドルの妹、ルディも──サジェースタの妻、サラルティアも──ゴルドルとサジェースタが深く慈しみ、愛した相手であるにも関わらず時間の経過による“記憶の沈殿”で明瞭な姿形はしていなかった。全体的にゆらめいていたし、耳の穴や服の細かい模様といった部分はもやがかかったようになって見えなかった。
それなのに──符正の“記憶”の中に登場した、おそらくはただすれ違っただけであろうこの通行人は本物同然に再現されている。
と、その時サジェースタたちの背後からひとりの少女が駆け抜けてきてふたりの主婦も追い抜いていった。
「あら、今のって……日向さんところの分家のお子さんよね?」
「ええ。会話が成り立たなくって頭に障害でもあるんじゃないのかって──」
と、そこで会話が途切れると同時に景色が切り替わって町中から先程も目にした、符正の一族の本家だという日本家屋の縁側になった。けれどニコラウスの“記憶”の時とは違い、ゆらぎが一切存在しない建造物であるどころか庭に植えられている木の葉っぱの一枚一枚まで完全に再現されている。
「近寄るんじゃねェよ!!」
その怒声と共に、幼い符正の体が弧を描いた。
地面に転がり倒れ込んだ符正は頭から血を流し、鼻血もぼたりぼたりと垂れ流しながらゆっくりと身を起こして視線を上げる。その視線に、またもや怒声が飛ぶ。
「その目で俺を見るな!!」
金糸雀色の目を不機嫌そうに細めて幼い符正を見下ろしている──若きニコラウス。精悍な青年であるが、目つきは今と変わらず悪い。不機嫌を隠そうともしない様子で符正を見下ろし──その小さな胴体を再び蹴り上げた。
そこで、また場面が切り替わる。
「昨日あんだけ痛めつけられたのにまた来たのかてめェ」
日本家屋の中の、おそらくは客間であろう広々とした畳の間──そこでニコラウスは障子を開けてやってきた幼い符正に殺気のこもった声を出す。
幼い符正はお盆を手に持っていて、そこには茶と和菓子らしきものが載っている。
「“昨日”って、なあに?」
幼い符正は包帯でぐるぐる巻きにされた顔で、昨日と何ら変わらぬ終わっている目で、笑っているのに笑っていない笑顔で──ニコラウスに問いかけた。
「ア? 何言ってんだてめェ……これだからガキは嫌いなんだよ」
がしゃあん、とニコラウスの足がお盆ごと幼い符正を吹き飛ばす。符正の小さな体躯は畳を転がって壁に激突したが、ニコラウスにそれを憐れむ色は一切見られない。今のニコラウスとはまるで違う、幼い符正をただの鬱陶しい生物としか認識していない──ヒトとして認めていない、目だ。
「ファミリーのボスになったばかりでな、俺と血の繋がりがある一族を拝んでおこうと思って日本に来たのさ。そこで符正と出会った。この、狂ったガキとな」
吹っ飛ばされた符正に慌てて駆け寄り、けれどこれまでの三人の曖昧な“記憶”と違い完全再現されている“過去”であるからかその体に触れることができていないサジェースタに現在軸の──本物のニコラウスがぽつりぽつりと語り出す。
「日向一族はまァ、大したことない田舎の古い一族って感じだった。だから俺はすぐに見切った──これ以上の付き合いは一切必要ねェってな。適当に滞在して遊んだら捨ててイタリアに帰るつもりだった」
「“また”って、どういうことなの?」
幼い符正がサジェースタの手をすり抜けて鼻血を流しながら立ち上がり、そう言う。その顔は相変わらず笑っていて──笑っていなかった。
「あァ? また蹴られたいのかてめェ……」
「蹴る? おにいちゃん、蹴るの好きなの? 今もお庭でわたしを蹴ったもん」
「……あ?」
若きニコラウスが庭先で符正を蹴ったのは、“昨日”のことである。
だがこの幼い符正は──それを“今”だと思っている。誤認している。誤解している。
そこで、また場面が変わった。今度は日本庭園のような趣のある中庭らしき場所で、既に散ってしまっている梅の木と散りかけの桃の木、そして悠然と咲き誇っている桜の木が鮮やかな色彩を提供してくれている。
「おにいちゃん、朝ごはんあるよ」
「……さっき食べた」
「“さっき”? ごはん、あるよ」
「お前も食べてたじゃねェか」
「食べたよ。夜ごはんもお昼ご飯も食べているよ、おいしいね」
「……なァお前、俺がお前の腹を蹴り上げたのはいつだ?」
「今」
「俺がお前の頭を踏みつけたのは?」
「今」
「俺がお前の鼻を折ったのは?」
「今」
「この花みてェなクソ甘ェモン食ったのは?」
「今。……それ、梅っていうんだよ~」
「そうか、どうでもいい。──じゃあ、お前今何歳だ?」
「一歳の誕生日と、二歳の誕生日と、三歳の誕生日をむかえたところだよ!」
「…………」
変わらずただ笑顔でいる幼い符正を前に若きニコラウスは沈黙する。
そして、それを見ていたサジェースタとゴルドルもまた──沈黙した。
「この時は両親が仕事でいなくて……本家に預けられていたのですけれど、ニコラの世話係をやれって押し付けられたんですよねぇ~。最初はニコラの世話をやるのはわたしだーってみんな張り切ってたのに、最初の世話役さんがボコボコにされてからわたしに押し付けられて」
ひどいですよね~、と符正はサジェースタやゴルドルが抱いている“畏怖”とはまるでズレている話をする。符正はこのかつての“過去”を前にして──恐ろしいのは幼子に暴力を振るうニコラウスだと、信じて疑っていないのだ。確かにそれも恐ろしいことではあるのだが、恐ろしい点が自分自身にもあることに符正は気付いていない。気付けていない。
いや──思考を放棄しているが故に、気付かないのかもしれない。
「これで分かっただろ? 何故符正に時間認識能力がないのか」
「ぬ? わたしに時間認識能力がないって?」
ニコラウスの言葉に首を傾げた符正にニコラウスは気にすんな、とその頭をぐしゃぐしゃに撫で回してやった。それを眺めながらサジェースタは顎を撫ぜる。
「記憶力がよすぎる故にか?」
「そうだ」
瞬間記憶能力。写真記憶能力。完全記憶能力──驚異的な記憶能力を持つ人間は世界でも数十例が確認されているが、符正の記憶力はそのどれとも異なっていた。
「“終末同期能力”──俺はそう呼んでいる。世界に例を見ねェ、全ての時間軸が“現在”であると誤認しちまうほどの記憶力だ」
記憶力がよすぎるが故に。
本の内容を記憶するのみに留まらず、本を読んでいる時の温度や匂い、肌に触れる空気の流れに全身を巡る血の温かさ、心臓の鼓動から髪の揺れる感覚まで──常人であれば次の瞬間にはもう記憶から抜け落ちるどころか認識さえしない事柄まで全て完璧に記憶してしまう。
見たこと聞いたことを覚えている“記憶”ではない。
ビデオで録画しているかのような“記録”でもない。
それは完全にして無欠なる完璧な“同期”であった。
「……その時その時の状況を完全に再現できてしまうが故に、それが“いつ”であるのか混乱してしまうのか」
「そういうことだ」
「えーと、わたしの記憶力がいいって話ですよね? わたしとしましてはサジェ様やゴル、ニコラの“記憶”があれだったことの方が驚きなのですけれど」
全体的にゆらめいていて、所々もやのかかっていた“記憶”──それを思い浮かべながら符正は不思議そうに首を傾げる。それはそうだろう──こんなにも完全に過去を再現できる符正からすれば信じられないほど朧げで頼りないものでしかない。
「ニコラに聞いていたのでわたしが他の人より記憶力がいいってのは知っていましたけど……こんなに違うものなんですか?」
「──そうだな。正直……信じられないくらいだ」
“終末同期能力”──なんとも末恐ろしいものだ、とサジェースタは冷や汗を流した。
と、そこでまたもや符正の“記憶”が切り替わってニコラウスのあぐらの中に座っている符正がアナログ時計を見つめながらこち、こち、こちと時を口遊みながら刻んでいる光景が再現される。
「ああ、この時からでしたね。“時間”というのは流れるものだって理解したのは」
「……この時から自分の中で時間を刻んでいるのか?」
ゴルドルの問いかけに符正はうん、と頷く。ニコラウスに時間の概念と時の刻み方を教え込まれて以来、符正の中では秒単位で時間を刻み、秒ごとにその時の状況をファイリングしていっているらしい。そうすることで全ての時間軸が“今”であるという誤認はなくなったのだという。
だがそれでも感覚的にはやはり全ての時間軸が“今”に思えてしまうのだそうだ。
「ああ……だからお前には“懐かしさ”や“飽き”といった感情がないのだな」
かつて遊園地の世界で符正が口にした、当時は意味を捉えかねていた言葉を思い出してサジェースタは合点がついたように頷く。
「そうなのですよね。それでいつも周りとズレていました。みんながゲームに飽きた中わたしだけいつまでもわくわく感の消えないままやってたりとか、昔の漫画にみんなが懐かしいって言っている中わたしだけ読んだばっかりな気分だったりとか」
「……大変だったんだな、符正」
ぼふ、と符正の頭にサジェースタの手が載せられて優しく撫ぜられる。符正は嬉しそうに微笑みながら猫のようにサジェースタにすり寄り、もっとと強請った。
どんなに末恐ろしい能力を持っていようと符正はやはり符正だな、とサジェースタは微笑んで符正のこめかみに口付けを落とした。
「……おや、ここはロンドンか」
場面がまた唐突に切り替わり、ロンドンのビッグベルを臨める巨大な橋の上に立っていることに気付いてゴルドルは空を仰ぐ。
「おにいちゃん、なんであの人たち路上で寝ているの?」
「あ? ああ……移民が増えてきているからなァ。失業率も上がっている──日々の生活さえままならねェのさ」
「ふぅん……なんで?」
「──それよりも符正、あそこ見ろ。丁度衛兵の交代の時間だな」
五歳くらいと思しき符正を肩車している若きニコラウス。イギリスに旅行に来ているのだろう──とても穏やかな、和気藹々とした空気を纏いながら観光客に混じって歩いている。
「ねえお兄ちゃん、またテロだって。何の関係もない一般市民がまた沢山死んでる」
またもや場面が切り替わり、今度はどこかのホテルの一室だろうか。幼い符正がテレビを見ながら濡羽色の目を細めている。
「なんで人間って、同じことしか繰り返さないのかな」
「それが人間だからだ。深く考えんな。いらねェならもらうぞ」
「あっ、食べる!」
若きニコラウスにチキンを取られそうになって幼い符正は慌ててテレビから視線を逸らしてチキンにかぶりつく。その隙に若きニコラウスはテレビの電源を消した。
場面転換。
「……この人どうしたの?」
「ア? 気にすんな──しょうもねェクズだよ。家族や親族、知人連中をヤク漬けにしてる」
「……それはひどいね。でもお兄ちゃんも大概クズだよね」
「フフ」
若きニコラウスの足元でボロ雑巾のようになっている男を見下ろしながら呟いた十歳くらいの符正に若きニコラウスは口を吊り上げて笑う。
場面転換。
「色んな人がいるけれど、ニコラのクズっぷりに比べるとみんな霞んじゃうね」
「褒めんなよ」
「褒めてない」
「まァ、そういうことだ──深く考えるな」
十二歳くらいだろうか。少し大人びてきた符正と並んで歩きながら若きニコラウスは念を押すように、符正に考えるなと言い付けた。
それを見てサジェースタは今のニコラウスに視線を向け、くいっと顎で符正を指した。
「あの癖もお前が仕込んだものか?」
「そうさ」
符正の癖。
思考を放棄する、癖。
──それもまたニコラウスが符正に仕込んだものであったらしい。何故なのかサジェースタにはなんとなく理解できる気がした。
全てを記憶し、常に同期してしまう符正は──その時その時の思考さえも同期してしまうのだろうと思う。世の驚異的な記憶能力を保持する人間は過去のトラウマや傷を決して忘れることができないという負の債権を含有しているが──符正も同じだということだろう。負の感情を抱けば、いつまで経ってもそれと同期してしまうのだ。
それは決して──いいこととは言えないだろう。
だからこそニコラウスは、符正に考えることを許さなかったのだ。
「それだけじゃない……自分と比較させて周りの人間どもはマシだって思わせてたな?」
ゴルドルが腕を組みながら呆れたようにそう指摘してきて、ニコラウスはくっと喉を鳴らして笑いながらさァなと答える。否定は、しないようだ。
符正曰く人間のクズ、ニコラウス・デスピア──それはもしかしたら符正が周囲の人間に対して悪感情を抱いたとしても“ニコラに比べたらマシ”と思えるように仕向けたものなのかもしれない。
──多分。
「……それでも限界はあった。そりゃ当然だ──符正は忘れることができねェ。ただ、蓄積していくだけだ」
その言葉と同時にごぼりとあたり一面に海水が流れ込み、符正の“記憶”が押し流されて消えていくと共にサジェースタたちの体が再び海中に戻る。
ごぼりごぼりと泡を吐き出しながらサジェースタは突然の浮遊感にもがきつつ、符正の手に掴まって体勢を整えた。ゴルドルとニコラウスはさすがと言うべきか──突然の津波にも動じることなく適応していた。
「……戻ったね」
「さて、どうやら海底はここで終わりのようだぜ」
ニコラウスの言葉に一同が視線を巡らせてみれば、海の底が上り坂になっていることに気付く。
「……“歪み”じゃなくて“記憶”……が眠っている場所ってだけだったのかな? “歪み”を正す旅……なのに“歪み”がないって、この世界一体どうなってるの?」
頭にハテナマークを浮かべて首を傾げている符正とは対照的に、サジェースタとゴルドル、そしてニコラウスは──何かを理解したような、全てを悟ったような表情で佇んでいた。
この世界が何であるのかに気付いたかのように。
この世界の本質を理解してしまったかのように。
「──ま、こことかは例外だとしてもここ以外の世界はちゃんと浄化できているんだ。よしとしようぜ」
「そうだな……この二年間で数え切れぬほどの“歪み”を浄化してきた。ひとつくらい最初から浄化されている世界もあっていいさ──この世界とかな。美しかっただろう?」
ゴルドルの言葉に符正は少し唸るように人差し指を顎に当て、そしてそうだねと頷いた。
「いっぱい綺麗にしてきたもんねぇ。ひとつくらい安全な世界があってもいいよね~。ごはんがないのはマイナスだけどね~」
符正はそう言って笑い、行こうと元気よく声を上げて歩き出した。
その後を三人の男たちも追い、歩き出す。それぞれにそれぞれの想いを胸に抱えつつ。
終わりは、近い。
【記憶】




