第七世界 【太古の世界】 前
第七世界 【太古の世界】
サジェースタと符正が黄金の浴場で心身共にリフレッシュしているとそれまで夜景しか映し出していなかった窓に日が──太陽はないが日が差し込み、青空が一気に広がった。それを見てふたりは浄化が成されたことを理解する。
「終わりましたねぇ~」
「ああ。この世界も疲れたな……」
湯船に肩まで浸かりながらふたりはほっと一息つく。
ちなみに──湯船にタオルを巻いて入るのは邪道として符正は全裸である。サジェースタが視線をうっかりそちらに向けぬよう必死に逸らしているのだが、符正は堂々としている。さすがである。
◆◇◆
「ごはん!!」
「突然ここの者たちと会話ができなくなったものでね……キッチンにあった出来合いの料理を運んできただけだが」
「ナイスファインプレー!!」
「ああ……“歪み”が浄化されるとどうやら声は聞けなくなるようだ」
サジェースタと符正のふたりが浴室から出るとダイニングルームのテーブルに美しく盛り付けられたありとあらゆる料理が並んでいて符正は大喜びでそこに飛び付く。
「キング、レディー……」
「符正でいいよ。レディーって落ち着かない」
「人外ゴリラだしな」
「怒りますよ」
「……では、改めて。サジェースタ王、符正……妹の手紙を持ってきてくれてありがとう」
もぐもぐと料理を口に運んでいるサジェースタと符正の向かい側に座ったゴルドルは頭を下げ、心からの感謝を口にした。長年目を背けてきた妹の死という現実と向き合うきっかけとなった妹の手紙──それを持ってきてくれたふたりに対して。
「いーよ別に。ゴル」
「犬か」
符正の呼び方にサジェースタがツッコミを入れるが、当のゴルドルは気にしていないようで口元に微笑みを浮かべながらふたりを見つめている。
「──ルディの死を知らされた時、その手紙も受け取って……けれど一度目を通すだけで精一杯だった。ずっと……机の引き出しの奥底に、仕舞ってあったはずなのだが」
「……ゴルドル君が死んだ時の状況は覚えているかね?」
「ああ……ええ。出先で仕事をしていた時でしたね。“声”を聞いて……心臓発作を起こして倒れて、気付けばこの世界にいた」
とあるビジネス相手と商談をしている時だったという。“声”が脳内に響いたかと思えば心臓に痛みが走り、痛みに呻いているうちに意識を失い──この世界に来たようだ。
「死んだことはすぐに理解できた……だが、歪みを正す旅などというものに何故この私が付き合わなければならないのかと……憤っていた」
「それが普通だよね」
「私もお前がヘドロ塗れで掃除してなかったら歪みを正す旅になど出なかっただろうな」
ゴルドルは死んでからこれまでの半年間、ここユートピアカジノリゾートでひたすら人間の堕落を眺めては嘲笑し、腐っていたという。
「……今でも人間は虚栄に生きる存在だと思っている。理性ある生き物だと自称しながら──何よりも欲望に弱い、虚ろな生き物だと。けれど」
あなた方を見て、あなた方ならば少しだけ信じてみてもいいかもしれないと思った。
弱々しい声ながらも微笑みを浮かべてそう言ったゴルドルにサジェースタと符正は顔を見合わせる。ゴルドルがサジェースタと符正に何を見出し、何を信じようと思ったのかふたりには分からなかった。けれどゴルドルがそう言うのであればそれでいいと思ったのか、ふたりは特に問い返すでもなくゆるく頷くに留めた。そんなふたりにゴルドルは笑みを深くして言葉を続ける。
「──あなた方がここに来た時、私はあなた方が互いを恨み、怒り、悲しみ、そして離別していくのを見て楽しもうと思っていた。いつものように」
ゴルドルが現実世界において経営するユートピアカジノリゾートでは数ヶ月に一度、サジェースタや符正も参加した“ゲーム”が行われる。堕落させたいターゲットを成功している裕福層の中から選び、予めそのターゲットがゴルドル・ユートピアに挑戦して一億カジノドルを得るという一筋の希望に縋るよう操縦するのだという。そうしてゴルドルの仕掛けた欲望の罠に引っ掛かり堕ちかけたターゲットは最後の希望とばかりにユートピアカジノリゾートに縋り──“ゲーム”を受ける。
「どんなに家族が大切だと豪語している富豪でも自分の命が危険に曝されると咄嗟に自分を選んだ。部下を守ると常日頃から唄っている社長でもより儲けられる機会に対しては部下を差し出した。愛する女性がいると身持ちを固くしている紳士も若く美しい女性には勝てなかった。誰もが葛藤し、どちらを選ぶか悩み──その末にどちらかを捨てて満足し、同時に絶望する」
けれどあなた方は迷わなかった。どんな時でも迷わなかった。
自分が危険に及ぶと理解した上で自分を選び、相手が危険に陥ると理解した上で相手を選び、互いが死ぬと理解した上で互いを選ぶ。それらの選択はこれまでに行われてきた数々の“ゲーム”の中でも見る機会のあった選択だった。だが──サジェースタと符正は、迷わなかった。
迷わなかったのだ。
葛藤しなかったのだ。どちらを選ぶべきか悩み、絶望に暮れなかったのだ。
サジェースタは常に符正を信じていたし、符正も常にサジェースタを信じていた。だからこそふたりの行動ひとつひとつに迷いが一切なかったのだ。
それを目の当たりにして──ゴルドルはこのふたりにならば付いていってみてもいいかもしれないと──心の奥底でほんの少しだけ、思ってしまったのだ。
「あなた方の歪みを正す旅──私も同行して構わないだろうか」
「いーよ」
「うむ。符正の制御を手伝ってくれると助かる」
ゴルドルが旅に加わることをあっさりと了承してのけたふたりにゴルドルは少し目を見開き、けれど嬉しそうに頬を綻ばせる。
「これであとはニコラウス・デスピアだけか……一体どこにいるのだろうな」
「ああ、ニコラなら」
月にいると思いますよ。
──さも今日の天気は晴れだとか、この料理はおいしいとか、そんなどうでもいいことを口にするのと同じ調子で符正はそう言ってのけた。だからサジェースタは反応が遅れ、符正の言葉を理解するのに数秒ほどの時間を要した。
「──は?」
「月? あの……巨大な月か?」
「うん。ニコラがいるならあそこかなあって」
「おい……おい、ちょっと待て。待て符正! お前──ニコラウス・デスピアを知っているのか?」
世界最悪のマフィア、デスピアファミリーの若きボス──ニコラウス・デスピア。
悪評しか聞かぬこの男と日本の一般人女性である符正に繋がりなど見出せない。どういうことかと眉を顰めているサジェースタに符正はぽんっと手を打つ。
「そういえば言っていませんでしたね。ニコラウス・デスピアはわたしのはとこなのですよ」
「は!?」
符正の祖父の兄がニコラウス・デスピアの祖母と婚姻関係を結び、符正とニコラウス・デスピアには遠いながらも血縁関係にあるのだという。
その事実を知ったサジェースタは茫然と符正を見つめる。ただの一般人だと思っていた──いや、人外すぎる部分があるにしても一応一般人だと思っていた符正がかのデスピアファミリーのボスと血縁関係にあることがどうしようもなく驚きであった。
その事実を隠していたつもりは符正にはさらさらなかったようで、平然とした──いつもと変わらぬ何を考えているのか読み取れぬ表情でいる。本当にただサジェースタに言っていなかっただけのようだ。
「そうだったのか……ゴルドル君は知っていたようだが」
「日向符正のことはニコラウスから聞いていましたからね。先程言った、死ぬ寸前まで商談していたビジネスパートナーというのもニコラウスなのです」
「あっ、だから符可と符和のことを知っていたんだ。ゴルがわたしを知ったのは“声”を聞いた時──つまり死ぬ直前のはずなのに符可と符和のことをよく調べられたなって思ってた」
「ああ。ニコラウスとの商談を進めていく上で少しでも有利に運べればと符正のことも調べていた」
ニコラウス・デスピア。未だその姿も見えぬ男ではあるが──少なくとも符正とゴルドルには接点が存在しているようだ。ニコラウス・デスピアを知らぬのは自分だけかとサジェースタは顎を撫ぜる。
「私はニコラウス・デスピアのことを噂でしか知らんのだがね……悪評しか聞かん。実際のところ、どんな男なのだ?」
「最低」「最悪」
「…………」
符正のはとこであることを聞いてもしかしたらニコラウス・デスピアは意外といい人物なのかもしれないと思っていたサジェースタには予想だにしない答えであったらしい。鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。
「人間のクズとはニコラのことですね」
「私が言うのもなんだが、キング・オブ・クズと称すべき人間だね」
「死ぬ少し前もさぁ、あいつの十六人目の隠し子が発覚して……あいつったら“俺ァ誰にも産めって頼んだ覚えねェぜ? 産んだのはあのメスどもの勝手だ──何で俺が責任取らにゃならねェんだ”って笑ってて。放置するどころか責任とれってうるさいからって母子ともども殺そうとしたんですよ。顔面シャイニングウィザードをかますのは自然の摂理ってやつです」
「……あのニコラウスにかましたのか?」
「もち」
「よく殺されなかったね……さすが、ニコラウスが唯一の家族だと呼ぶだけのことはあるということか……」
ゴルドルの言葉にサジェースタは片眉を上げ、唯一の家族とはどういうことかとゴルドルに問う。その問いかけにゴルドルは記憶を探るように自分の指輪をいじり、しばし沈黙したのち口を開いた。
「デスピアファミリーは元々ニコラウスの一族……デスピア一族が中枢を牛耳っている組織だったんですがね……二十五、六年ほど前……ニコラウスが自分の家族を皆殺しにしてファミリーのボスに成り上がったのです。その時ニコラウスはまだ十五歳くらいだったそうだが……」
ゴルドルがニコラウスをビジネスパートナーとして取引するようになったのは十年ほど前からとのことだったが、その当時からニコラウスは常に同じピンク色の丈を短くした羽織のようなものを着ていたそうだ。
「えっ。もしかして袢纏? あいつ仕事の時も着てるの?」
バカだ、と顔を歪ませて貶す符正によれば──符正が十歳くらいの時に作った牡丹色の袢纏をニコラウス・デスピアは気に入ってくれているとのことだった。まさかゴルドルとの商談中も着ているとは思っていなかったようだが。
「その服は何なのかと問うた時に日向符正のことを聞いたのさ」
世界でただひとりの、俺の“妹”だ。
ニコラウス・デスピアはそう言って笑ったのだという。ゴルドルは日向符正を調べ、利用できないか考えたものの──ニコラウスを敵に回すメリットがないことから止めたとのことだった。
「ふむ。わけがわからなくなった」
最低で最悪な人間のクズ。
けれど符正のことを“妹”と呼び、符正と親しくしている。
一体どういう人間像を思い浮かべればいいのか分からなくなってサジェースタは曖昧に微笑んだ。
「ニコラのことなんて考えるだけ無駄です。有益じゃない。むしろ害悪にしかなりません。有害です。やめましょう」
「そこまで言うか……まあ、進んでいればいずれ会えるだろう。色々と不安だが」
とりあえず今日はゆっくり休んで、体力が回復しきったら出発しよう──そう言ったサジェースタに同意してその日は休むこととなった。
「サジェースタ王、最上級のユートピアスイートルームを一室お貸ししましょうか。北欧の城をイメージして作られた部屋でして、女性にとても好まれています」
「…………、…………借りようか」
ゴルドルの気遣いをサジェースタが気恥ずかしそうにしながらも受け入れる場面があったのは、ここだけの話である。
◆◇◆
「わっほー!!」
二日ほど休養を取り、臨死体験による摩耗から完全に立ち直ったサジェースタと符正はゴルドルの運転するオープンカーに乗ってエリアの境界線へと向かっていた。後部座席で風を受けながらはしゃいでいる符正にサジェースタとゴルドルは思わず笑みを浮かべてしまっている。
「この車をそのまま持っていけたら楽なんだがなあ……」
「ほんとですね。でもこの世界の中だけでも楽できてよかったです」
青空の下、オープンカーをしばらく舗装されたアスファルトの道路で走らせているとやがて青い壁が見えてくる。アスファルトの道路が青い壁に遮られ、途切れている先には──ジャングルが広がっていた。
「うわ、雨が降っています」
「熱帯雨林か?」
鬱蒼と生い茂る樹木が垂直に天高く伸びていて、上層部は枝葉で覆い尽くされている。下層部も樹木の根が縦横無尽に地を這い回っていて地面がまともに見えない。見慣れぬ色鮮やかな花や派手やかな鳥がそこかしこにいるのも見える。
「アマゾン熱帯雨林のように見えますね。雨が降っているのは厄介だ……止むのを待ちますか?」
「いや。経験上──止むとは思えん。“歪み”を正すまで止まんだろう」
「なるほど」
青い壁の傍までやってきた三人は車から降り、青い壁の向こうに広がる熱帯雨林を眺める。どんよりと濁った雨空と容赦なく叩きつけられる雨、そして鬱蒼と生い茂る樹木のせいでとても暗かった。
「また厄介なことが起きそうだ──符正、離れるなよ」
「ハーイ」
これまでと変わらぬ調子で手を繋ぎ、共に青い壁を乗り越えて行ったふたりを見届けてゴルドルは一度己の“歪み”──“虚栄”の中枢である世界を振り返ってから──決心したように青い壁に手を伸ばした。
ばちゃりとゴルドルの上質なスーツに泥が叩きつけられ、上からもばしゃばしゃと雨粒が容赦なく降り注いでシルクのストールもあっという間に水を吸って色褪せていく。
数日前の自分ならばこの状態を自分に対する侮辱だと捉えて憤り、スーツが汚れるなどという事態を許した者たちを潰そうと考えただろう。だが今の自分はカジノ王ゴルドル・ユートピアではない。部下はひとりもいないし、金も権力も何もない。ただのゴルドル・ユートピアでしかなかった。その上──ゴルドルの目の前には雨に濡れ、泥に塗れているというのに迷うことなくどんどん前へ進んでいくふたりの姿がある。
だからゴルドルも、迷わなかった。
迷わず──ふたりに付いていった。
「鬱陶しいですね~」
「そうだな……大丈夫かね? ゴルドル君」
「ご安心を──多少は鍛えてありますのでこの程度大したことありません」
「ゴルはサジェ様よりも強いですからサジェ様はご自分の心配をしててくださいおっさん」
「ゴルドル君もおっさんだろ、年齢的には」
「ゴルは……おじさま?」
ゴルドルの赤橙色の目を見上げて首をこてんと傾ける符正にサジェースタは差別だ、とぶつぶつ文句を零す。ちなみに──ゴルドルはサジェースタよりも年下ではあるが四十を超えている、立派な中年である。ついでに言うならばニコラウス・デスピアはゴルドルと同い年とのことであるため、選られた四人の中で一番年嵩なのはサジェースタだ。
「フフフ……そうは言っていても符正はサジェースタ王のことが好きだろう」
「うん。好き」
「ぶほっ」
隣のサジェースタが突然むせたことに符正は驚き、大丈夫かと顔を覗き込む。そのいつもと変わりない、心中が全く読み取れない符正の顔にサジェースタは些か不満そうに軽く咳払いして息を整える。その“好き”という言葉に意味を求めてしまうなど、十代の乙女じゃああるまいし──とサジェースタはひとりため息を吐いた。
ゴルドルだけはそんなサジェースタの心境を察してかおかしそうに笑っている。
「ああ──こんな気分になるのはいつぶりだろうな」
雨に濡れて、泥で汚れて最悪なはずなのに最高の気分だ──そう言って笑いながら後ろを付いてくるゴルドルにサジェースタと符正は顔を見合わせて首を傾げる。
「フフフ……」
「変なゴル」
「お前にだけは言われたくないと思うぞ」
「ぶっ飛ばしますよ」
ざあざあと雨が降りしきる鬱蒼とした熱帯雨林の中だというのに、三人がいるそこだけは何処か温かな空気を孕んでいた。
「ここの“歪み”とは何なのでしょうか」
「さあな……汚染された川のあった草原の世界は“傲慢”──お菓子だけで構築されていたお菓子の世界は“暴食”──上下左右本で埋め尽くされていた本の世界は“差別”──分かりやすいところもあれば分かりにくいところもあった」
「雨の熱帯雨林ですから……、……ゴル。それに関わる人間の悪しき面で思いつくのは?」
「思考を途中で放棄するな」
「雨の熱帯雨林か──アマゾン熱帯雨林で思いつくのはやはり環境破壊だね。畑の拡大に伴う森林伐採が問題に取り上げられてていた。対策もされている」
「森林伐採か~。環境破壊、生態系破壊に関わる人間の“歪み”は“傲慢”とか“矛盾”で相対したからなぁ」
うーん、と符正が雨に濡れた前髪を後ろに撫で上げながら唸ったその時だった。
溜まった空気がいくつもの隙間からぷしゅぷしゅと排出されているような音と一緒に、地面を這い回っている根が裂け、折れていく不穏な音がしたのは。
「──……」
左方から聞こえてきたその音に導かれるように三人はそろりと視線を向ける。
まず見えたのは、牙だった。生い茂る樹木の隙間から覗くぎらぎらと輝いている牙の隙間から空気の──呼吸の音が漏れている。
「…………」
三人はそれから顔を見合わせてゆっくりと頷き合い──駆け出した。
背後で空気を揺るがし樹木を薙ぎ倒さんばかりの咆哮が上がる。
「恐竜だと!?」
「ティラノサウルスか? 映画じゃあるまいし……!」
「おいしいのかな」
木々を薙ぎ倒しながら巨大な頭部と大振りな尻尾で器用にバランスを取って追い掛けてくる大型爬虫類──何千万年も前に絶滅した筈の肉食竜、ティラノサウルスに三人はただただ逃げ惑う。所々黒色が混じっている煤色の十二、三メートルほどもある恐竜が迫ってきているのだ。恐怖しか感じない。──符正だけ違うことを考えているように見えるのは、気のせいだろうか。
「追いつかれるのは時間の問題だぞ!」
「なるべく丈夫そうな木の間を縫って逃げましょう」
「武器ないかなあ」
符正の腕をがっちりとホールドしてゴルドルに導かれながらサジェースタは太い木々の間を縫うように駆け抜けていく。符正の戦闘脳をどうにかしたいと心の底から思ったというのは言うまでもない。
ゴルドルの判断が功を成したのか、太く高い樹木に阻まれてティラノサウルスの速度が鈍くなり、その隙を逃さぬとばかりに三人はひたすら距離を取った。
「史実──というか研究されているティラノサウルスの通りだとするなら嗅覚が異常に発達しているはずだ。サジェースタ王、符正──おそらくすぐ追ってくる」
距離を取って姿が見えなくなった頃に足を止めて息を整えていたところをゴルドルがそう忠告し、再び足早に歩き出す。
「あれは映画のティラノサウルスを再現しているものだろうね。近年の恐竜研究では羽毛説、鱗説──色々新たな事実が判明してきている。だがあのティラノサウルスはそのどの研究成果にも当てはまっていない──史実のものではあるまい」
「ああー、あったなあ。ティラノサウルスもこもこ説。あれはショックだった。結局違ったみたいだけど……」
「違ったというか、羽毛があったとしても一部のみである可能性の方が高い──もしくは幼体の時のみである可能性がある──といったところだね」
「詳しいな」
「恐竜嫌いな男なんていないと思いますよ」
照れ臭そうに手を広げながら笑うゴルドルを見てサジェースタは数日前までのゴルドルを思い出し、人間とはこうも変わるものなのかと感心せずにはいられなかった。人間、きっかけさえあればいくらでも変われるという証明だろう。




