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第五話   『赤の国でサイコロを振っている』

Red-country's Festival

Day 1


 朝日を迎えて競赤祭は一日目。

 俺たちが泊っている宿は国の西側にあり中心部からは程遠い。それでも宿から一歩出るだけで町の賑やかな声が耳に吸い付くほど、祭りは活況を帯びていた。


 秋口の赤の国すらドロドロ溶かす熱気。

 この熱に浮かされる人間と冷めたままの人間がここにいる。


「――題して『赤の国すごろく探検』!」


「却下で」


 楽しそうなステラが前者で、嫌そうな俺が後者だ。

 秒も待たずに右手で彼女の案を払い除け、俺は思わず吐息を漏らした。

 ステラの案を噛み砕いて説明すると以下の通りだ。


 探検のフリダシはここ『アシルの宿』。

 そこから『フィンチズカフェ』に行ったなら、次に向かうべき観光場所をカフェ内にいる人物、例えばセシリーさんに決めてもらう。

 最終的に『世界樹』に辿り着ければアガリ――。


「いや、冗談抜きで胃潰瘍になるわっ!」


 改めて脳内で整理してみたらピリリと悪寒が走った。

 企画が面倒かつ高いコミュ力を要求されるのは勿論のこと、見知らぬ町を右往左往と移動する仕組みが昨夜の悪夢を想起させるのだ。


「俺はアルフの飼育係も兼ねてるんだぞ」


「そう言えば昨日の夜中も迷子になったんだって?」


「ステラがぐっすり寝てる間に捜し回ったよ」


 朝から表にあるベンチで脱力しているのはこれが理由だ。

 夜中に睡眠時間を削って捜索活動を続けるのは中々に厳しいものがあり、ステラらが目を覚ます頃には俺は完全にカビカビの干物同然だった。


「まあ今日は私もサポートするからさ」


「兎の飼育係を代わるという選択肢は?」


「ごめん、それはない」


 申し訳なさそうな表情から真顔に急変するステラ。

 顎を引いて渋々了承すると、彼女は俺の頬を突いてこう付け足した。

 

「代わりにって訳じゃないけど――」


「ん?」


「聖剣の欠片を一つ貸してよ。良い物作ってあげる」


 ステラが聖剣の欠片を?

 良い物とは何か尋ねてみても彼女は可笑しくニヤつくばかり。ボロボロの破片を特別必要としている訳でもないし渡すのは構わないが、不思議である。


 隣に座るリュックから麦色のゴツゴツした麻布の袋を俺は取り出す。

 なるべく綺麗な、五百円玉サイズの欠片で良いだろうか?


「刃物だから気をつけろよ」


「ありがと」


 破片を受け取るとステラは可愛らしいタオルに包んでポケットにしまった。その後、袋を苦労してリュックに戻す俺を見て眉を顰めるのだ。


「あんた、そんな雑に保管して大丈夫なの?」


「平気平気」


「なら良いけど。」


 この分厚い麻布なら刃物が通ることもなく安全だ。

 リュックに聖剣を丁度しまったタイミングで宿のドアが開き、首に冷やしタオルを掛ける亭主のジョズエ氏とその息子のアシル君が顔を出した。


「行ってらっしゃい!」


 こんな猛暑の中どこかへお出かけだろうか。

 ずっと手を振っているアシル君にステラと俺は声を掛けた。


「おはようアシル君」


「ジョズエさんは買い出しか?」


「自治会のお仕事だよ!」


 振り返って年相応に明るく答えるアシル君。

 その朗らかな様子を前にすると、昨夜カフェで知り合ったネミィという少女の無機質さが余計に際立った。とても二人が同世代だとは思えない。


 それはさて置き「自治会」か。

 記憶を掘り起こしながら俺はステラに確認を取った。


「自治会って赤の国の行政組織だよな?」


「そう、宿の経営もあるのに大変だね」


 忙しい自治会と忙しい宿の経営、きっと大変に違いない。

 だが彼の暮らしは同時に充実しているようにも感じ、それが俺には羨ましくもあった。素直に感心していると、アシル君が嬉しそうに腕をバタつかせる。


「父ちゃん頑張ってるんだよ!」


「お、さては武勇伝でも聞いたのかな?」


「残業きつい、給料安い、辞めようかって、いつも言ってる!」


「世知辛いっ!」


 ジョズエ氏、爽やかな顔をして人の皮を被った悪魔だった。

 夢と希望に溢れる子供の世界を大人はこうして踏み潰していくのか。しかも発言をアシル君が父の頑張り具合を測る物差しとしているのが残酷である。


 呆れて頭を抱えていると、不意にアシル君の瞳が揺れた。

 父の背中が消えた方向を見つめたまま、寂しそうに揺れ動いたのだ。


「――よし、良いこと思いついた」


「沙智兄ちゃん?」


「アシル君、最初の決定権を君に譲ろう」


 ここはフリダシ。

 だがルールに則れば、宿の人にサイコロを振ってもらうのが筋である。


「赤の国でとびっきり楽しくて美味しい場所、どーこだ!?」


 リズムをつけて尋ねてやると、アシル君は楽しそうに破顔した。

 赤の国すごろく探検、いざスタート。





◇◇





 暗闇に流れ込む無数の光。

 迷い込んだ幼子を導くように、光は白い軌跡となった。


『流れていく』





◇◇





 最初の決定権をアシル君に譲ったのは英断だったと言えよう。

 だって赤と白の連続旗が分断する活況の赤の国の空の下、こんなにも幸せそうに頬を膨らませているのは俺とアルフを置いて他にいないだろう。


「濃厚だけど酸味があって、甘みがすっごく強いー?」


「全てが芸術的に噛み合ってメルポイシロップを完成させてるだとっ!」


 アシル君が紹介してくれたのは通りに並ぶ露店の一つだった。

 この露店を開いているバンダナのお姉さんは栽培した果物でシロップを作り、かき氷を売っている。これが驚くほど上品な味わいなのである。


 そして何を隠そう――。


「お客様、分かってますね!」


 嬉しそうにキラリと瞳を輝かせるバンダナの女性。

 彼女もまた、俺と同じくメルポイストである。


「このメルポイは農地で今朝収穫したばかりなんですよ。独自の餌を与えてメルポイの酸味を引き出すのに、一体どれだけ研究と失敗を重ねたことかっ!」


 無言で手を握り合うメルポイスト三名。

 背後で他人を装っているステラとトオルには、同士を見つけられた感動が分からないのだろう。メルポイストはレアで中々遭遇できない。


 分かるかもしれないと俺は期待を抱いた。

 メルポイに関し、ある者は果物と、ある者は調味料と、またある者は魔獣と言った。ジェムニ神国ではついに暴けなかった食べ物の正体は――。


「お姉さん、メルポイって何ですか?」


「人生です」


「即答っ!?」


 手を合わせて慈愛に満ちた表情で答える女性。

 メルポイの真相まではまだ遠い道のりのようだ。





◇◇





 幼子は光の揺り籠の中で目を瞑る。

 白き川は眠れる幼子をダムへ運び、幾つもの分岐を経てまた旅立つ。


『流れていく』





◇◇





 赤の国のど真ん中に位置する丸い屋外ステージ。

 この舞台は暖色の石のタイルがカタツムリの殻のように渦を巻いているような見た目から『スネイルシェル・ステージ』と呼ばれているらしい。


 四番目の観光スポットとして紹介された場所がここである。

 だが客席の合間で俺たちは立ち尽くすばかり、というのも――。


「大砲だな」


「大砲ですね」


「大砲ぉー!」


 そう、ステージの上に鎮座していたのは巨大な一門の大砲。

 漆黒の塊は直径十メートルを優に超えよう薬室と天を突き破らん勢いの砲筒を備えている。砲筒から上がる白い煙に客席の見物人は盛大な拍手を送っていた。


 これは一体どんなイベントなのだろうか。

 鼻を刺激する火薬の匂いから見物人の話し声に意識を傾けてみる。


『――成功して良かったな』


『ええ、四日後が楽しみね』


『確か夜の九時に打ち上げだったよな?』


『青の王子もゲストで来るらしいわ』


 どうやら競赤祭切っての一大イベントが開かれるようである。

 その具体的な内容に辿り着いたのはステラが先だった。


「もしかしてこれかな? セシリーさんが言ってた“特大花火”って」


「ああ、競赤祭の最後を飾るっていう?」


 確か祭りの最終日に花火を打ち上げるのが恒例行事だったんだな。

 胡散臭い規定にも『盛り上げるべし』とあるらしいが――。


「おい、大砲で打つのか?」


「しかもあれ、かなり魔改造されてますよ?」


 俺とトオルは困惑しか示せない。

 実際の花火を知らないステラやアルフは素直に感心できるようだが、常日頃から別世界の話を聞いているトオルと俺には突飛な発想だと思えてならない。


 そこへ急に鼓膜をビリビリ破るような大声。

 突飛な発想をした張本人たちが背後からお出ましである。


『――改造ではなく工夫と呼んでもらうべさ、なあ息子よ!』


『だな、親父!』


 驚いて振り返れば、客席最後列に妙なポーズの赤い法被の親子二人。

 彼らの登場に客席の見物人はまちまちの反応を示す。一方でアルフは大声に驚いて耳を押さえたまま蹲り、トオルは怯えてステラの影に隠れた。


 彼らは背中合わせのポーズを解いてステージに向かって歩き出す。

 歩きながら、聞いてもいないのに説明を始めるのだ。


「その大砲『ボーテ=プロデュクトゥ~ル』の火薬容量は何と脅威の三十トン、打ち上げ時の衝撃に耐えられる綿密で芸術的な設計だべさ!」


「今年の花火は去年までとは一味違うぜ。コイツのお蔭で祭りの最後を飾るにふさわしい最高で最大の花火を打ち上げられるんだ!」


 暑苦しい奴ら。

 ステージに上がる二人を避けて、俺はステラの肩をつんつん突く。


「火薬三十トンってどれくらい?」


「さあ、赤の国は吹き飛ぶんじゃない?」


「――え?」


 吹き飛ぶ?

 何が吹き飛ぶって?


「これを」


「これを」


『俺たちが作ったっ!!』


 大砲の前で再びポーズを決めて喝采を浴びる暑苦しい親子。

 他の見物人を真似て歓声は飛ばさない。


「次、行くぞ」


「ほえ?」


 言葉数少なく歩き出した俺が一心に願うのは一つだけ。

 頼む、絶対に事故らないでくれ。





◇◇





 眠れる幼子は知らない。

 肌を焼く鮮烈な白こそが、この世界で一つのパラダイムを作り上げていた。

 自分の足で歩かなければ意味がないんだ。


『流れていく』


『流れていく』


『ああ、どうしようもなく――』





◇◇





「流れて……」


「沙智?」


 ステラの心配そうな横顔で俺は我に返った。

 綺麗にオレンジ色の空では烏が早く帰れと告げている。忙しなく立ち位置を変える人混みの揺らぎを俺は揺り籠とでも勘違いしたのだろうか。


 自分の身体を取り戻そうと右の掌をグーパー動してみる。

 そんな俺に赤毛の少女は微笑を傾けた。


「ボーっとしてたけど寝てた?」


「夢の中でアルフが迷子になってたりしてな」


「それ、現実かも」


 目を逸らすステラの反応に俺も思わず溜息。

 幸いあの兎の捜索はすでにトオルが請け負ってくれた後らしい。お陰様で俺はもう一時の間、自然が織り成す荘厳なファンタジーに留まることができた。


 赤の国、東の自然公園。

 ここは――世界樹の真下である。


「立派だな」


「ね」


 俺たち二人は巨大樹を仰いで魔法の息吹を肌で感じた。

 世界樹は地中の魔力を根から吸い上げ、大気に放出する機能を持っている。そのため、大木の周囲では優しい風と青葉の香りが実に心地良い。


 何より世界樹の大きさたるや。

 遥か彼方の樹頭では水色の葉がまるで幻想的な雲のよう。

 地表では隆々とした大樹の根がその生命力を物語る。


「――――」


 なのに何だ?

 眩しい光に為す術なく流されていくような、この不気味な感覚は。

 俺はこの場所を知っている。


「何だか小さな悩みが吹き飛んでくみたい」


「――っ」


 ドクンと一回、激しく心臓が跳ねた。

 赤い髪を押さえて大樹を拝む少女に心がざわついた。世界樹によって少女の抱える悩みが、解決されないまま流されてしまうような恐怖を覚えたのだ。


 自分を苦しめる称号との共存。

 それを疑わず受け入れようとしているように見えて焦った。


「おいおい、小さくはないだろ?」


「ふふっ、そーでした」


 叫び続けてやる。

 ジェムニで必死に訴えた結果、ステラは悩みの解決法を俺に預けてくれた。

 だけど彼女を称号の呪縛から解き放つ具体案を俺は、まだ。


「――――」


 その時、不意にステラが小声で何かを呟いた。

 確かに呟いた。


「ステラ、今何て?」


「もう帰る時間だねって言ったんだよ」


 なぜか嘘だと確信を持って思えた。

 具体案を示さない俺に本当はステラは不安を覚えているのではないか。叶うなら永遠に保留にしていたかった課題を世界樹は浮き彫りにした。


「あのさ」


「な、何?」


 思わず確認を取ろうと口を開きかけたその時だった。

 波立つ根の傍から黒と赤の奇抜な衣装を着ている一人の女性が手招きしているのが視界に入った。彼女が呼んでいるのは明らかに俺だ。


「悪い、先に帰っててくれ」


 柿色の空はいつしか眩しい星空に。

 無数の光が幼子を見守る中、物語の栞は託される。


【世界樹】

 各地に存在する大樹でこの世界に魔力を放出しているの。とある学者は世界樹同士が目に見えない網のような魔力のネットワークで繋がっていると論じてるんだけど、詳しいことはよく分かってないんだ。



※加筆・修正しました

2019年12月19日  加筆・修正

         ストーリーの一部削除・変更

         次話の内容を一部移動


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