8.猫又の特性
■前回のあらすじ
・鳥居を潜った先は妖怪の世界であった。
・更に鳥居を潜った先で待っていたのは、子猫の姿をしたシロという猫又。
そんなシロは饒舌で、妖怪の世界を妖怪が食物連鎖の頂点に立つ空間だと言うのであった。
「何か質問はあるかにゃ?」
「うむ……空間の理屈とやらは分かったような分からないような……」
実際に空間の境をこの身で体験してきたわけだが、原理とかそういうのを理解するのは難しそうだ。
ただ、あの鳥居が空間の出入り口という事は理解出来たので間違っても人前で潜るような事は出来ないな……。
……もしかして、神隠しというのは転移門を霊感のある人が潜ってしまった事で発生しているのでは……。
そう思うと背筋に冷たい何かが通る感覚に陥る。
現に今、俺は妖怪の世界にいて目の前の猫又達が俺を帰さないと動いたら俺は行方不明者となるわけだ。
急に怖くなってきた。
「何をバカにゃことを考えてるにゃ。サキ様と会ったら早く帰るにゃ」
「……っ?!」
シロがまるで俺の考えを見透かしているかのような言葉を口にした。
ミケも小次郎もシロの言葉に何も疑問に思っていないようで、むしろ呆れたかのような表情で俺の顔を見ている。
「にゃ? 猫又は考えを読めるにゃ。聞いてにゃのかにゃ?」
「聞いておりませんが」
「そうかにゃ。……にゃー、確かにわざわざ言う必要はにゃいにゃあ。にゃ、そういうことにゃ」
「え、本当に? 本当に読めるの?」
「読めるにゃ」
「今までも全部?」
「筒抜けにゃ」
「…………」
そういうことは迅速に素早く早急に言うべきなのだと思います。
仮に私がやましい事を考えてしまって、それをクロが読み取ってしまったらどうするというのですか。
別に私の威厳とかそういうのはどうでも良いのです。
教育上いかがなものかと説いているのです。
いやね、本当に私の威厳とかどうでも良いんですが、でも可能であればそれが出来ないようするとか出来たりしないものですか?
「にゃっにゃっにゃ、ミケ、こいつ滑稽で面白いにゃ」
こ、こいつ、猫の顔で器用に笑いやがって……。
くそ、少しでも猫又の事を理解しようと思っていたのに急に遠ざかったぞ……。
「にぇひー」
変な声で笑いやがって。
「……空間の話とは違うんだが、さっきたまが言っていた“サキ”という者も猫又なのか?」
未だ前足を地面にタシタシと叩きつけながら笑っているシロを無視して問う。
いつまでも辱めを受けると思うなよ。
「にゃひにゃひ、にゃひー」
「…………」
「にゃははは――にゃにするにゃっ!!」
「っ」
いつまでも笑ってるシロに我慢できず、つい手をあげてしまった。
シロの両頬を掴み、ぐにぐにと。
すぐに反撃にあった。
しかし、その憎たらしい笑顔は止めてやったぞ。
……何も爪を出さなくても良いと思う。
見事なミミズ腫れの上に薄っすらと血が滲んでいる。
「質問受け付けてくれるんだろ? 答えてくれよ」
「……にゃんだったかにゃ」
すまし顔で毛繕いしやがって……さっきの笑顔といい、猫の顔のくせに表情豊かすぎじゃないか。
「サキというのは猫又なのか?」
「違うにゃ。サキ様はこの周辺の山々の妖怪達を統べる妖狐の長にゃ。それと、たま様、サキ様には“様”を付けろにゃ」
「うんー? 敬意も無いのに敬称を付けるのはそれはそれで良いのか? 妖怪ってのは人間みたいに建前も気にするのか?」
「にゃ……確かにそれを言われると強要は出来にゃいにゃ……やっぱりこいつむかつくにゃ」
「あ、いや、別に敬称を付けるのを嫌だったからじゃなく、その……ふとした疑問であって、あの……そんな目で見ないで下さい」
今にも俺の首を刈ろうかというほどの鋭い六つの狩人の眼が俺を睨み付けてくる。
危うくまた漏らすところだった。
ちなみに残り四つの眼の持ち主は同じ格好でミケと俺の膝の上でスヤスヤと寝ている。
「は、話を戻させてもらうが、妖狐というのは猫又が猫の妖怪としたら狐の妖怪に当たるという認識でいいか?」
「そうにゃ」
「周辺の妖怪達を統べるというのは、猫又や妖狐以外にも他の妖怪がいるのか?」
「そうにゃ。いっぱいいるにゃ」
「なるほど」
会話はそこで途切れた。
その他の妖怪に関しての詳細は語ってはくれないらしい。
他の話題に移ろう。
「そういえば、クロが俺の元に来たのは昨日の昼間なんだが、たま達はなんでこんな夜に連れ戻しに来たんだ? たまが言っていた懸念事項であれば直ぐに連れ戻すべきだろ?」
「にゃにゃ、普通なら転移門を監視している妖狐が察知して押さえてくれるんにゃ。にゃけど、その監視役がクロを察知出来にゃかったからクロがいないことに気付くのが遅れたのにゃ」
「そりゃまたどうして?」
「早すぎたらしいんにゃ」
「早すぎた?」
「妖狐が察知出来にゃいほどの速度で転移門を潜ったんじゃにゃいかって、妖狐達が言ってたにゃ」
「そ、そんなことあるのか?」
「通常はありえません」
これまで説明していたシロでは無く、膝上のたまの頭を撫でながらミケが口を開いた。
「転移門は先ほどシロが説明した通り、人間でも通過してしまう可能性がある事の他にも人間の空間に侵入しようとする妖怪を押さえるために常に監視されています。妖狐は空間の歪みにとても敏感ではありますが、動体視力などは妖怪の中で秀でているとは言えませんので」
「空間のゆがみに敏感というなら、空間の移動が出来るというその転移門とやらを誰かが潜ったかくらいは分かりそうなもんだが、無理なのか?」
「人間と妖怪の空間を行き来出来る転移門は、妖狐が創造した物ではないのでそこまでは分からないそうです。また、私達猫又は各個体の位置を妖気で感知する事が可能なのですが、クロの妖気がこの山周辺にだだ漏れているせいで同族の位置がはっきりを分からないんです」
「そ、そうなのか。もしかしてこの生ぬるい空気が猫又の妖気ってやつか?」
「にゃにゃ? 人間にはそう感じるのかにゃ?」
「あ、あれ? クロから出てた黒い靄みたいな物はもの凄く熱かったから、猫又の妖気ってのは熱を持っているのかなと思ったんだが」
「こちらも気になっていたが、他の妖怪からそのような事は聞いた事はないので人間と妖怪では感じる物が異なるのかもしれない。我々妖怪が感じるのは匂いに近い感覚なのだが……いや、それもサキ様が来れば分かるだろう」
初めてしっかりと聞いた小次郎の声だったが、やっぱり声も小次郎であった。
「にゃにゃ、話が逸れたにゃ。要するにクロの場合は予想外の事態が重にゃったという事にゃ」
「ふむ……」
膝の上で涎を垂らしながら寝ているクロの頭を撫でながら思う。
妖怪の空間でクロが猫又になった時はどう思ったのだろうか?
山の入口の鳥居を潜る際は文字通り目にも止まらぬ速度だろうと妖狐が予想した。
それなのにクロが家に来た時は、ゆっくりと俺に近寄って来た。
それは好奇心旺盛でいたずら好きで甘ったれなクロが、家に入る直前で何かしら不安になり躊躇したのを意味するのだろう。
そう思うと安心しきった顔で寝ているクロが更に愛しく見えてしまう。
今思えば、昨日のゆっくり近づくという行動は猫の時の警戒した時にしていた行動そのものじゃないか。
「猫又になってもクロはクロなのだな……」
「……にゃぅ」
俺の言葉に反応したのか、口元の涎を俺のズボンに擦り付けながらクロは小さく鳴いた。
「本当にクロは甘々にゃ。ちょっと心配ににゃるにゃぁ」
シロはそう言いながら寝ているクロの頬を前足でチョンチョンと突く。
そんな事をされている事も露知らず、クロはだらしない顔で寝続けるのであった。
■登場人物紹介
【妖狐のサキ】
・妖狐の長であり、周辺の山々を支配下におく妖怪。
・その力は強大であり、種族の長と比較しても頭一つ抜け出ている。