22.長の間 - ④
■前回のあらすじ
・クロとの共存をかけたプレゼンが今、始まる。
俺と共に立ち上がったクロは、自分の腕で俺の腕を逃がさないかのようにガッチリと組んでくる。
クロは特に何を考えるわけでもなく、何気なく腕を組んできたのだろう。
だが、組まれたクロの腕からは熱と共に勇気が流れ込んでくるかのように感じた。
あぁ、長達に認められこれからも共に暮らそう。
クロへ微笑み、意を決して長達に目を向け俺は口を開いた。
「それを答える前に改めて自己紹介をさせてほしい」
そう言いながらサキを見る。
俺の視線を受けたサキは小さく頷きそれを容認する。
「それでは改めて……滝沢恭介と言う。横にいる猫又のクロが猫だった頃から飼い主をしている。見ての通り腕力は無いが、人並みの知恵はあると思うのでそういった面で力になれたらと考えている」
話しながら長達を見渡していた。
この俺の会話にどれだけ耳を傾けてくれているのか、それを確認するためである。
ざっと見渡す限り、先ほどの長達の話合いと大差ない耳の傾けように思える。
幸いなことにどうでも良い話とは思われてはいないようだ。
その事を確認し、ひと呼吸置いて本題へと入った。
「では、その人並みの頭で考えた"妖怪の長に必要なモノ"という事に関して述べさせていただきたい。色々考えてみたが俺が思う長に必要なモノ、それは"他の者達に信頼されるか"だと思い至った」
答えを述べても長達の表情に変化は無い。
少し不安になるが、それでも俺は言葉を続ける。
「俺たち――人間で言う理想的な上に立つ人物というのは、部下を思いやるとか、気持ちよく仕事が出来るように環境を整えるとか、それはもう我儘なほどに色々ある。だが、最も重要なのは周りから信頼され結果を出す者だと俺は考えている」
あくまでも俺が考える"理想の上司"としての内容だ。
もしこれが現状からの改善、変革などの"革命家"と呼ばれる者を望むのであれば凡人には到底思いつかないような発想が必要になってくるのだろう。
だが、今回は妖怪の世界での長の話だ。
「ただ、人間の世界でそうだからと言って先ほどの答えを出したのではない。妖怪の世界で言う上に立つ者というのは、下に付く者達の命を預かる事なのだと以前犬神が襲来した際に気付かされた」
そう、犬神が襲ってきた事で敵対している存在を知り、たま達の戦いで長に必要な才能を知る事が出来た。
あの出来事は答えを出すうえで重要なヒントを教えてくれたのだ。
直接命を脅かす外敵がいる。
それはこの日本においてあまり考えられない事だ。
「間接的であれば人間の世界でもそうなのだろうが、この世界での直接命のやり取りがあるような環境とは責任が全く異なる。この妖怪の世界は人間の俺からしてみれば野生の世界そのものなんだ。しかし、だからといって"最も強き者が長として相応しい"というのが異なるのは今まで猫又や妖狐たちを見てきて考えるまでも無かった」
野生動物の世界であれば、一番強い個体が群れのリーダーとなる。
だが、妖怪たちは野生動物とは異なり、その社会は人間のそれだ。
理性があり、言葉で物事を解決させる、それが人の社会。
「確かに実力はあるに越した事は無いだろう。だが、妖怪の長に真に必要なのは戦闘能力ではなく、戦闘時の策略だったり、種を生存させるための感情に流されない冷静な判断ではないだろうか?」
冷静な判断、それはたまが見せた躊躇無い攻撃の事で感じた事だ。
妖怪たちは命を賭けての戦いをしている。
明確な敵だったから躊躇なく殲滅出来た。
でも、以前知り合った妖怪だから判断が鈍ってしまった。
そんな事は決して許されない。
大勢の妖怪の命を取るか、少数の親しい命を取るか、妖怪の長はそんな身を切るような思いの判断の難しい選択を迫られる時もあるだろう。
そんな難しい判断であったとしても決して誤った判断をしてはいけない。
それが長としての必要事項だ、と思う。
「…………」
俺の問いに対し、長達は先ほどと同様に反応が無い。
不安で声が震えそうになるが拳を握り堪える。
「間違った判断をせず、種の全てを預けるだけの力量を持つ。そんな全幅の信頼を得られる者が長に相応しい。……と思う」
言い終えて思う。
至って普通の事を述べただけだ、と。
妖怪の世界で生活するなど、どっぷりとその身で妖怪の世界を味わえば何か別の答えが出たのかもしれない。
だが、妖怪の世界をほとんど知らず、サキや長達の立場もほぼ理解していない中では、ごく普通な解しか出すことが出来なかった。
しかし、これが間違いだとは思っていない。
「シュルル!」
俺が答えを言い終え、一番初めに声を出したのサキではなく、マムシの尾を持つすみれであった。
その尾はフリフリと揺れている。
「シン~? 貴方、長に向いてないんじゃない~? どうするぅ? 妹さんに譲るぅ~?」
「あぁっ!? 大蛇てめぇ、喧嘩売ってんのかっ!」
「シュルルル、提案してるだけじゃなぁい。身に余る役割なんて良いこと無いわよ~?」
またすみれがシンを揶揄い始めた。
少しでも揶揄う題材があればすぐに揶揄ってしまうようだ。
すみれの目は細まっており、何とも楽しそうだ。
「はいはいはい、そこまで。まだ終わってないのだから静かにしてなさい」
手を叩きながらサキが呆れたように言う。
注意されたすみれは口を閉ざすが、尾の先端はフリフリと振り続け、目は未だ細めらせシンを楽しそうに眺めている。
"目は口ほどに物を言う"とは正にこの事だろう。
すみれのその目で未だ揶揄われているシンは仏頂面を浮かべながらすみれを睨み付けていた。
シンよ、そういった反応をするからすみれに揶揄われてしまうのではないか?
他の長達も同様に思ったのか、サキと同じような呆れた表情をしている。
……いや、センだけはサキの腕の中でシンと同じような仏頂面――いや、こちらはむくれっ面といった方が正しそうだ。
「で、恭介。その信頼とやらを得るためにはどうすれば良いと思う?」
シンとすみれのそんな様子に少しだけため息をついたサキが、気を取り直したかのように俺に問う。
その問いに少しだけ思考し、口を開いた。
「実際に何らかの功績を上げるしかないかと。……例えば、二つの意見に分かれた際に一方のみを納得させるだけの案では無く、双方を納得させるだけの論理的な案を出せるとか……そういった才能に突出した者がいないのであれば最終的には実力が高い者になってしまうかもしれないが」
そこで少しの間を設け、サキから何かあるか伺う。
が、全くの不動であるため、更に続けた方が良いようだ。
「判断力であれ実力であれ何にせよ、下に付く者に己の命を預けられる、と思わせる事を提示しなければ同程度の実力者がいる際に、二分化などに陥ってしまう危険性があるだろう。そうなれば、守るべくして存在するはずの"長"という要因のせいで滅びかねないのではないか?」
不明確な部分を問いで終わらせ、サキにボールを投げた。
口を紡ぎサキが何を言うか待つ。
「……ふーん? じゃあ、本題からは外れるけど仮にそのような状況下に陥った際の対処法は何かある?」
「……それは、そういった事になった際のためにサキのような長達をまとめる存在がいるのではないか? 」
「私が言うであろうその内容を聞いているのよ」
「あぁ、そういうことか、すまない。…………そうだなぁ……早計な考えかもしれないが、無理に鎮めるのではなくいっその事二つに割ってしまう、とかどうだろう? どちらが長に相応しいか、という名目でその種族の繁栄度合いを競わせれば個々ではあれだが種族全体を考えると不利益にはなるまい。……まぁ、その二つを一つにまとめることは容易では無くなってしまうし、犬神のような敵対勢力と対峙する際の団結力の低下など、不利益な事はありそうだが……長い目で見れば、一つの勢力だったものがより成長した二つの勢力になるという可能性も出来るし、仲が悪くても共通の敵がいれば不利益になる事も少なくなると考えられる。不仲の仲介するよりも割った方が管理する側も楽だろ?」
「ふーん?」
そう言いながらサキは少し目を細めた。
それは単に俺への評価を見定めたのかもしれない。
だが、スーッと細くなっていく目は見下すかのような、嘲笑うかのような、冷たい表情になっていったように見えてしまった。
どのように判断されるのか、そんな不安を抱いてしまっているためネガティブな捉え方をしてしまったのかもしれない。
……実際に嘲笑われているのかもしれない。
少しも変化の無い表情ではどう見られているのか全く判断が出来ず……やはり心配は増すばかりだ。
「んにゃーお」
そんな俺の心情を読み取ったのか、隣で静かにしていたクロが鳴いた。
心配するな、とでも言っているかのようだ。
ゆっくりと瞬きをするあたり、あながち間違ってはいないだろう。
「それじゃあ、次の質問。長となりうる素質があると判断されたクロにどんな事をする予定?」
クロにどんな教育をするか。
その答えの前に、俺は以前にも伝えた言葉を言おうとした。
「その前に――」
「おやぁ~?」
だが、その言葉は突然真後ろから聞こえた声によって止めざるを得なかった。




