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逆転楽土の眷縁主義者  作者: 椋之 樹
Act1 最終決戦開幕
2/22

紫姫とご主人様


 2020年現在。

 世界各地では格差の差が大きく開き、貧困な生活を送る人物たちが増えていた。

 そういった人々に金を稼ぐチャンスを与える為、全世界共同の上、創立されたのが『楽土』と呼ばれる円形型の人工都市だ。

 年齢、性別、種族不問で、誰にでも奴隷として登録を行う事は可能。だが奴隷として楽土に入ったが最後、一定の条件を満たすまで出る事が出来ず、闘技の奴隷として戦いを続けなくてはならない。

 楽土の土地は、北亀、東龍、南雀、西虎の四つに分かれており、それを更に分けると、一から百までのエリアで構成されている。

 住人構成は戦隷士が殆どを占め、彼らとは別で奴隷売買を行う商人や、多額の登録金を要する主人登録者が点々と居住する。条件付きではあるが、主人は戦隷士を自身の奴隷として、使役することも許されているのだ。

「商品として奴隷さんを招けば、ちょくちょく覗きに来る主人の目に止まる。実質、自分の力だけではこの地じゃあ戦えず、主人に買われることを望む奴隷さんも居る。だからあっしら商人からすれば、奴隷売買で一儲けするにゃ都合が良いってわけよ」

「聞いてねぇよ。いきなりやってきたと思えば……商人の内部事情なんか興味ねぇって言ってんだろ」

「あんさんはうちのお得意様でさぁ。社会勉強として頭に入れておいて損は無い筈ですぜ?」

「何が社会勉強だ殴るぞこの野郎」

「横暴ですぜぇッ!?」

 野外露店の丸テーブルで琉星の目の前に座り、気さくな雰囲気で話すのは、楽土の商人。その中でも琉星が最も多く利用する、萬屋よろずやの経営者、万右衛門まんえもんという男だ。

 見た目通り、取っ付きやすく気さくな男で、戦国時代の足軽のような軽装に、頭には白いバンダナを巻いている。

「それより聞いたですぜ?あと一勝すれば遂に念願の楽土脱出の夢が叶うだそうじゃないですか!楽土から出たら何かする予定でもあるんですか?」

 戦隷士達は楽土入りに百万の懸賞金が掛けられ、十億の賞金を稼ぐと楽土から脱出することが出来る。

 琉星は、二年間に及ぶ激闘の末、ようやくその一歩手前まで迫っていた。

「具体的にどうするって考えがあるわけじゃねぇけど、ただ、外の世界ってやつを見てみてぇな。俺はこの楽土のことしか知らねぇから」

 二年前、琉星は楽土で目を覚ました。

 それより前のことは全く覚えていない。

 自分が何処から来て、何者なのかも分からなかった。

 自身と現状に混乱していた中、レジダプアに出会って楽土と外の世界のことを知り、いつしか外の世界は琉星にとって憧れ、夢となっていた。

 その夢が二年経った今、遂に現実のものに成ろうとしている。

 そう考えると、心なしか嬉しい気持ちになったりするものだ。

「自身の夢の為に、命を賭けた戦いに身を投じ続けるなんて……くぅぅ!鳴継のお得意先として実に鼻が高ぇや!」

 うんうん、と唸りながら嬉しそうに頷く万右衛門。

「何でお前が鼻高々なんですかねぇ」

「チッチッチッ、商人は何よりお客様を大切にするもんですぜ?そこでどうですか!?楽土脱出の暁には是非あっしと一緒に奴隷売買を……!」

「ヤダ、絶対」

「人を麻薬相手にしてるみたいにッ!?」

「誰が好きで奴隷売買なんてやるか。外の海飛び込んで、頭でも冷やして来いよ。いっそそのまま鮫の餌にでもなってこい。助けてやらねぇけどな」

「キッツくねぇっ!?」

 大袈裟に身体を仰け反って大騒ぎするのを見て、レジダプアはクスクスと笑いながら紅茶を啜っている。

「相変わらず、その商人はバ……面白い人だねぇ」

「今一瞬バカって言いかけたなこいつ……」

 あれは面白さによるものではない。

 ざまあみろ、と見下しているのだ。

 あの目はそうだ、間違いない。

「あ、そうだ。どうせ来たんだったら、丁度良いや。一つ教えて欲しい事があるんだけど」

「はいはい、なんでしょ?言っておきやすが、情報量は高い……」

「お祝いしてくれんだろ?だったら無償で寄越せ」

「……ハッ!まさかここぞとばかりに揚げ足を取ってきやがるとはッ!?」

 どう見ても楽しんでやっている様に見えるが、敢えて口にせずに続ける。

 万右衛門は情報提供に関してもかなり優秀だ。彼は奴隷商人だけでなく、情報屋も掛け持っている。奴隷や主人、楽土や外の世界の情勢等、何でもお手の物らしい。

「奴隷、それか戦隷士の中に紫色の髪をした女の子とか居ないか?多分、主従関係を結んでいる奴だと思うんだけど。他に特徴は、常に無口な、不思議な雰囲気、っところかな」

 すると、突然万右衛門の顔が少し緊張した面持ちに変わった。

「……あんさん、それを知ってどうするつもりで?」

「あ?別にどうもしねぇよ。さっき初めて会ったから気になっただけだ」

 何か問題があったのだろうか、レジダプアまでもが意味ありげな表情のまま、横目で琉星を見ていた。

「それならいいですが、あれに混血決闘ゴアデュエルを挑むのは辞めた方が良いですぜ?」

 戦隷士は双方の合意で決闘を行う事が出来る。

 賭けるのは自身に掛けられた懸賞金だ。

 戦隷士は楽土入りをしてから自身に掛けられた懸賞金があり、合意の上で発生した決闘で勝利すると、相手の懸賞金を半額奪う事が出来る。

 戦隷士同士が互いの血を流し合って戦うことから、混血決闘ゴアデュアルと呼ばれる様になったらしい。

「混血決闘であの女と闘った相手は、ただ一人の例外もなく黒焦げになって大怪我を負ったって話ですぜ?戦隷士同士なら互いに決闘を承諾しない限り、闘うことは出来ないんですが、バックには主人が付いている。目を付けられたら、主人権限で無理矢理同意が結ばれて即座にやられちまいますよ」

 主人が戦えと言えば、戦隷士の同意なしに戦いを行わなくてはならない。

 ここ楽土では主人の命令は絶対だ。

 逆らうと、楽土内で定められた規律で罰せられてしまう。だから、戦隷士のみならず、奴隷は嫌でも主人の命令に従うしかないのである。

「“紫姫”、と言ったかな?」

「レジダプア?」

「最近楽土でかなり知名度を上げていてね。初決闘から今まで負けなしで、全てを完全圧勝。で収めている。本人は主に肉弾戦を得意としているけど、その真の実力は紫姫の名が由来しているって話だよ。まぁ、殆どの戦隷士がまる焦げって時点で、大体の想像は着くね。だけど、彼女が戦隷士にとって恐れられているのは、それとは違うところから来ているらしいよ?」

「……どういうことだ?」

 混血決闘の調停はレジダプアに任せっぱなしだった為、他の戦隷士の話は全く頭になかった。

 だから、記憶に残ることがなかったのだろう。

「それは、実物を見れば分かるんじゃない?ほら、恐怖の元凶がやってきたよ。彼女の“ご主人様”が、ね」

 レジダプアが指差した方向を見る。

 その先に居たのは、豊かに肥えた外見のスーツ男と、その傍らに佇む紫髪の少女だった。

「なるほど、主人の方に問題があるって訳か……」

 だが、ラッキーと思う事は出来なかった。

「寄るんじゃねぇ!!この人間以下の屑がッ!!」

 琉星達が彼らに視線を移した直後、男が突然傍に居た奴隷の男を蹴り飛ばし、唾を吐き掛けていたのだ。

 奴隷の方は痩せこけた顔でスーツ男にしがみ付き、何事かを懇願している。恐らく、何日も食べていないのだろう。藁にもすがる思いで、高価な格好をしている人物に助けを求めているに違いない。

 だが、男は取り繕う素振りすら見せず、掃き溜めを見る様な視線で奴隷を見下ろすばかりだ。

「ゴミ屑がワシの、この偉華坂國彦いげさか くにひこの服を汚しやがったな……おい、リュア」

「……はい……ご主人様」

 返事をしたのは、後ろに立つあの紫髪の少女だ。

 名前はリュアと言うらしい。

 彼女の主人と見られる偉華坂は、リュアに衝撃的な命令を下した。

「殺せ」

「……えっ」

「このワシの服を汚したクズを殺せと言ったんだ。さっさとやれ。まさかと思うが、ワシの命令に逆らうつもりか?」

「そ、そんなこと……」

「ならば、やれ」

「……は、い……」

 リュア震えた返事を返しながら、奴隷の前に立つ。

 周りに居る誰もが息を呑んでその経緯を見守る中、リュアが奴隷に向かって開いた手の平を向けた。

 その時だ。

 リュアは誰にも悟られないくらいに、小さく口を動かし何事かを呟いたのを琉星は見逃さなかった。

「──────っ」

「おい……!」

「あんさん、辞めておけ」

 反射的に立ち上がるが、万右衛門に腕を掴まれ足が止まる。

 直後。

 シュゴォォォッ!!と、何かが放出されるような音と共に、奴隷の身体が一瞬で炎に包まれてしまった。

 聞くに堪えない断末魔を上げながら転げ回る奴隷の姿。それを助けようとする者は一人もおらず、炎に包まれた奴隷は次第に動かなくなっていた。

「紫色の炎……見たところ血束器は付けて無さそうだけれど……あの布地の下に隠しているのかな?」

 楽土に入る際に奴隷登録を行うと、闘技には必需とも言える道具、『血束器トーチャー』が支給される。

 これは人間の潜在能力を引き出す機能があり、同時に搭載されたGPSにより楽土の監視官が装着者の動向を監視する為の、一種の拘束具のような役割を持つ。

 血束器がある限り、奴隷は度を超えた行動を起こせなくなってしまう。しかしその反面、炎を発現させたり、瞬間移動が出来たり等、超能力を発揮する事が可能になるのだ

「……ッ」

 リュアは歪んだ顔でその人の最後を眺めていたが、偉華坂は満足げに笑っている。

「おぉ、おぉ、ゴミ処理が終わった感触はいつになっても辞められんのぉ。そう思わんかね!?掃き溜めのゴミ屑共の諸君よ!」

 両手を大きく広げ、高々と声を発する偉華坂。

 周りの奴隷達は皆ウンザリした顔で睨んでいたが、反攻の声を挙げる者は一人も居なかった。

「お前達は人生の負け犬だ!本来なら死して当然、ゴミと同等の存在だろう!それを救済する為にワシらは『楽土』を生み出した!ならば付き従うことは至極当然!救済者であるワシらの奴隷として働けることを幸せと思うが良い!!この……」

「……い……た……ッ!」

 突然、呆然と立っていたリュアの頭髪を掴み取り、乱暴に放り投げる。

 顔を歪めるリュアだったが、何も口にすることなく立ち上がり偉華坂の後ろに並んだ。

「おい貴様……今、喋ったか?」

「…………(ふるふる)」

 偉華坂の言葉を受けたリュアは身体を震わせながら、一心に首を横に振るう。

 すると、偉華坂は満足げに高らかな笑い声を口にした。

「どうだ!これほど忠実な雌犬は他には居なかろうな!アーッハッハッハッハッハ!!」

 逆転のチャンスを握る可能性は混血決闘で勝つことにより生まれ、その異次元の決闘に刺激を求めてやってくる裕福者達は、金をばら撒きながら自然と楽土に足を運ぶ。

 この悪循環により楽土は存続出来ているのだ。

 だから、誰も言い返すことも出来ない。

 奴の言う通り、奴隷は“チャンスを与えられた負け犬”であり、他ならぬ“チャンスを与える金持ち”のお蔭で賞金を手に闘うことが出来るのだから。

 奴隷は誰もが自分のことだけ考えるのに精一杯で、他人のことなんて気遣ってられない。

 それが奴隷達の常識だった。

「……リュア、か」

「鳴継?あんさん、まさか……喧嘩吹っ掛けようとか言うんじゃないでしょうね?」

 そんな中、ただ一人現状に反感を覚える少年が居た。

 琉星の動きに不信感を感じたのか。

 万右衛門が慌てて声を掛けるが、琉星は一言返すだけで止まることはなかった。

「心配するな。ちょっと話し合いをしてくるだけだ」

「話し合いって……あ!ちょっと!あんさん!」

「あぁあ、まぁたこれだ。他人が気にかかる病が発症しましたよー」

 万右衛門が必死に呼び掛け、レジダプアが呆れた声を出す。

 それに一切構うことなく、琉星は大胆に演説を繰り出した偉華坂の前に立ち塞がった。

「……なんだ、お前は」

「あんた、リュアっていうのか。数時間ぶりだな」

「……ぁ……」

 偉華坂が訝しげに言うが、無視して琉星はリュアに声を掛ける。

 どうやら覚えていてくれたらしい。

 小さく反応を示すが、喋ることが禁じられているせいか、目を逸らしてそれ以上何かを言うことはなかった。

 そんなリュアに対して、琉星は無謀としか思えない提案を持ち掛ける。

「リュア、あんたに混血決闘を申し込む」

「……!」

「あぁ?何を唐突に言い出すかと思えば。小僧、身の程を弁えた上でワシの前に立っているんだろうな?」

 機嫌を損なわせれば、さっきみたいに丸焼きにされかねない。

 その前に、琉星は簡単に無視出来ない筈の事実を提供する。

「悪い話じゃねぇと思うけどな?俺の今の懸賞金は九億を超えている。もし、あんたが小遣い稼ぎで楽土に来ているんなら、一気に億万長者に成り上がることが出来るぜ?」

 楽土にやってくる主人は二つの種類に分けられる。

 一つ目は国家予算に匹敵する資金を有し、ただ刺激を求めてくる人物。

 二つ目はにわか金持ちで、一攫千金を狙い奴隷を買い、戦わせる人物。

 最近リュアが何度も混血決闘に駆り出されていることから考えると、偉華坂は後者だとふんでいた。

 それに、やつの顔色が変わったところを見ると、どうやら間違いなさそうだ。

「九億だと……!?半額でも五億近くの大金が……フヒヒヒ、愚かなカモが自ら金をばら撒きに来おったわ。いいだろう、その決闘、主人として了承しようじゃないか」

 偉華坂が快く承諾したのを見た瞬間。

「……ふっ」

 琉星の口角が軽くあがる。

 そして、彼は更なる条件を、自らの意思で口にしたのだった。

「────半分でいいのかよ?」

「……なに?」

「持ってけよ、全額。あんたらが勝ったらな」

「……ッ!?」

「ほぅ?」

 琉星の有り得ない提案に、リュアが衝撃を受け、偉華坂の目の色が変わった。

 他人の動向に意思を示さない周りの奴隷達ですら、驚きの顔でその経緯を見守っている。

「その代わり、あんたが負けたら……」

 混血決闘では、両者、または主人の了承があれば、双方であらゆる条件を設けることも許可されている。

 琉星が偉華坂側に条件を提供しようとしたその時、万右衛門が大慌てで横入りをしてきた。

「ちょぉいちょいちょいちょいちょい!!鳴継!あんさんなにを血迷った条件だしてるんですか!?」

「むぐぅっ!?」

 発言させまいと口を押さえてくる。

 その後に続いてやってきたのは、主人のレジダプアだ。

「……ねぇ、琉星クンさ。あと一回、あと一回なんだよ?あとほんの一回だけ、誰を相手にしようと、勝てば晴れて十億達成。念願の楽土脱出の条件を満たす。君の、外の世界を見るって夢が叶うんだよ?それなのに、わざわざ勝てる見込みもない敵に、無謀な勝負を挑もうというのかい?それも、負けたら全てを失うリスクを背負ってまで……」

 この条件を成立するに当たって、琉星には二つのデメリットを負うことになる。

 一つは、敵は“紫姫”と恐れられている、未知の危険対象戦隷士だ。琉星のことを知る万右衛門やレジダプアが、決闘するのは辞めておけ、と言わざるを得ない敵と戦わなくてはならない。

 もう一つは、文字通り全てを賭けているということ。戦隷士として懸賞金を失うことは、戦う価値が無くなることに等しい。つまり、楽土の脱出はおろか、この世界で生きる権利すらもドブに捨てることになってしまう。

 だが、琉星の顔に迷いはなかった。万右衛門の手を振り払い、レジダプアに真っ直ぐ向き合った。

「反対、すんのかよ?」

「私はいつでも君の心に問い掛け、道を提示してきた。だから、私はあくまで君の心を尊重し、その後ろ姿を見守り、こう尋ねるよ。鳴継琉星────君は、どう思う?」

「相手が強くても関係ねぇ。勝てばいい、簡単な話だろ」

 すると、レジダプアはゆっくりと微笑んでから、相変わらずの分かりにくい声色で、アッサリ承諾した。

「ならば、勝て。言っておくけど、これは主人としての命令。逆らう事は許さないから、そのつもりで行ってきな」

「心得たよ、不条理なご主人様」

 二人にしか分からない妙な信頼関係で同意し合い、偉華坂に向き直った。

 そして提示する。

 今回の決闘に見出した、希望の条件を。

「さて、それじゃ俺の出す条件だ。最近じゃ負け無しのあんたらが万が一にでも負けたら────即座にその主従関係を切ってもらう」

 小さな出会いから始まった、鳴継琉星の全てを賭した戦いが、今幕を開こうとしていた。

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