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逆転楽土の眷縁主義者  作者: 椋之 樹
Act1 最終決戦開幕
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奴隷達の毎日


「ま、待てって……!お前ら、少し落ち着いて話をしようぜ?な?」

 石造りの家々が立ち並び、外見上酷く廃れたスラムのような街。

 その一角で、壁を背にして立つ少年。

 彼は三人組の屈強そうな大男達を前に、引きつった笑顔を浮かべて場を和ませようと試みていた。

 だが、ヤクザ染みた顔つきの男達は明らさまに、獲物を見定めする獣の様な目で少年を見下ろしている。

 特に両端に居る二人だ。

「うへへへへッ!!エモノ!エモノだぜオイいぃぃぃぃぃぃぃっ!!」

「どうしやすか兄貴!金目のもん取っ払って海に沈めやすか!?臓器売っ払って海に沈めやすか!?あ、それともいっそこのまま海に沈めちまいやしょうか!?」

 片方は目がイッてしまっているし、もう片方は最早正常の判断能力があるのかすら怪しい言葉を発している。

 どちらにせよ、こんな変人と馬鹿に殺されるのだけは死んでも御免だ。

 ただ、その真ん中で仁王立ちで立っている男だけは、他二人とは雰囲気が違っていた。顔の中央に大きく傷が刻まれており、与太者の様なただならぬ気配を発している。

「ウルセェぞてめぇら。ペラペラと開く口閉じてじっとしてやがれ」

「……」

 すると、まるで魔法が掛かった様に変人達の口が閉ざされた。

「おい小僧。お前、俺らと『同類』か?名前は何だ?」

「ん?あ、おう、そうだ同類!間違いない、同類だ!名前は鳴継琉星(なりつぐ りゅうせい)な!敵意はねぇからそこだけはご理解願うぜ!」

 男の落ち着いた口調に琉星はチャンスを見出し、慌てて逃げる口実を作り始める。

 面倒ごとには巻き込まれたくない、その一心だった。

「なぁ、鳴継の小僧よ。このエリア44に溜まるクズ共はどいつもこいつも獣みてぇな目をしてやがると思わねぇか?この馬鹿共も、この俺もな」

 ここは“襲われるのが当然の場所”。

 東龍(とうりゅう)エリア44と番号が付けられた無法地帯だ。

 この場に立ち入る以上、このような事態が起こる覚悟してはいた。だが、実際面倒ごとを前にすると気力が萎えてしまう。

「いやいや、あんたは他とは違うと思うよ?何ていうか、こう。寡黙な王様、的な?」

 取り敢えず褒めてご機嫌取っておけ作戦である。

 だが、傷男に大した効果は見受けられそうにはなかった。

「だが、てめぇの目はそうじゃねぇ。俺ら獣すらも狩ろうって言いたげに、俺ら以上にタチが悪い……狩人の目つきをしてやがる」

 瞬時に、隣の二人と同じ、鋭い獣の目になったことに気付く。

 だから琉星も不出来な作戦を、文字通りに諦めた。

「……王様、目つきおかしくね?」

「悪ぃってのか、よぉぉぉぉぉぉぉッ!!」

 寡黙そうな顔から一変。

 目を見開き、口を大きく開いて雄叫びを上げながら、拳を作り出して腕をしならせる。

「俺は間違いなく、あんたらと同類だぜ?ただ……」

 迫り来る巨大な拳。

 琉星は慌てず、騒がず、柔らかい動作で膝を折った。

 拳は壁を殴りつけ、琉星は傷男の脇を潜り抜けて、三人の背後を取る。

「─────俺は『戦隷士(スレイブメン)』だ。勝手に見下してんじゃねぇよ」

 この地には、奴隷が存在している。

 確かに彼らは皆、例外なく同等の奴隷だ。

 だが、中には自らの首を賭けて賞金を稼ぐ者達がいる。

 琉星も他でもないその中の一人、『戦隷士』だ。

「さぁて、それじゃ……」

 体を揺らしながら立ち上がり、男達を一度だけ睨む。

 男達は怯む様子も見せない。むしろ、嬉しそうに目を剥き出しにしていた。

 それを見た琉星は、フッと笑ってから……。

「戦略的撤退だぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 全速力で逃亡。

 男達は一瞬キョトンと首を傾げるが、即座にその後を追い始める。

「待てやゴルアアぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

「誰が待つかよ馬鹿ッ!!」

「エモノエモノエモノエモノエモノエモノエモノエモノエモノエモノエモノエモノエモノォォォォッ!!」

「馬鹿って言う方が馬鹿だから今馬鹿って言ってる俺も馬鹿なんだよ馬鹿がぁッ!!」

声量だけは一級品である男達の怒号を背に、琉星は脱兎の如く足を動かし続けていた。

「あぁぁ゛ぁぁぁ゛ぁぁぁぁぁぁ゛ぁッ!!やっぱりこんな無法地帯来るんじゃなかった畜生がぁぁぁぁぁぁッ!!」




 それから数十分後。

 迷路の様に入り組んだ路地から、琉星が顔を出して周りを伺っていた。

「ったく、しつっこいんだよあいつら……お陰様で無駄な体力使っちまったじゃねぇか」

 エリア44の住人は主に戦隷士の落ちこぼれが多数を占めている。その為、現在活躍中の戦隷士に対して嫉妬や恨みを持っている連中が、偶々紛れ込んだ戦隷士を集団で襲うという事件が頻繁に起こっているのだ。

 だから、戦隷士達の中で好んでエリア44に入るよう馬鹿は居ない。

 琉星が嫌々エリア44に来たのは、彼と主従関係を結んでいる主人を探す為だった。

「あいつ、本当に何でこんな所に来たんだよ。襲われたらどうするつもりなんだかな……おぉい!バカ主人ー!さっさと出て来いよー!」

 期待はしていなかったが、少し声を挙げて呼んでみる。

 すると、返ってきた声は。

「にゃ~」

「……猫?」

 妙にハッキリ聞こえてきた猫の鳴き声。

 その声の出処が何気なく気になり、路地裏とも呼ぶべき狭い通路の前に立つ。見てみると、薄暗い通路の先に、日が差し込む小さな広場があるらしい。

 今の鳴き声はそこからしたものだろうか。

 殆ど無心で、その奥へと進む。

 すると奥の広場に、猫一匹と、それの脇でしゃがみ、頭を撫でる一人の少女の姿があった。

「……!女の、子?」

「よしよし、いい子いい子」

「にゃ~」

 猫は気持ちよさそうに身を捩り、女の子はゆっくりした動作で、猫の小さな頭を撫で続けている。

 琉星は驚いた顔でその光景を見つめていた。

 何故なら、その少女は、“とても優しげに微笑んでいたから”だ。

「……!?」

 少女は琉星の存在に気付いて、慌てて立ち上がり警戒してくる。

「あ、す、すまん!驚かせちゃったか?」

「…………」

「いや、猫の声が聞こえてきたからさ。ほら、ここエリア44って無法者ばかりで他の生き物は中々いないだろ?だからちょっと気になっただけで」

「…………」

「別に取って喰おうってわけじゃないぞ!?猫とかは癒しになるから、むしろ好き、かな?」

「…………」

「あの、せめて何か喋ってくれない?なんか、俺今スゲェ恥ずかしいんだけど」

「…………」

 警戒が解けていないのか、一言も発せずにジッと琉星を見つめている。

 廃れた布切れ一枚で体を隠した質素過ぎる格好だが、腰まで伸びた光に当てられて輝きを増す紫色の髪が強く印象的だ。華奢な腕と体をしているのが布越しに見て取れるが、顔はやせ細っており、今にも倒れそうな貧弱な雰囲気が浮き上がっている。

「えぇっと……もしかして言葉が分からない、とか?こんにちは?ハロー?ボンジュール?アニョハセヨ?」

「…………」

「ダメか……どうしたもんかな」

 いつまで経っても口を開かない少女だったが、琉星が溜息を吐くと、突然駆け出してくる。

「は……?」

 そして、琉星の肩に手を置き、耳元に口を近づけてから掠れた声でこう言った。

「ごめんなさい……喋ること、禁じられているから……」

「え?あ、ちょ、おい!」

 それだけ告げると、少女は振り向くこともなく、そのまま路地裏を走り去ってしまった。

 彼女の後ろ姿が見えなくなるまで凝視していたが、彼女が居なくなると、途端に緊張が抜けた様に溜息を吐きながら地面に腰を下ろした。

 何故、こんなにも緊張していたのだろうか。

「喋ることを禁じられている、か……あの子も奴隷、それか戦隷士ってわけか?まぁ、どちらにしても……」

 主従関係を結んでいる奴隷は、主人の命令には絶対服従しなければならないのが規律だ。

 あの紫髪の少女も、恐らく誰かと主従関係を結ぶ人物なのだろう。

 その主人から、喋るな、と命令されて、主人が居ない場所ででも忠実に守っているといったところか。

 しかしエリア44に限らず、この地は無法者ばかりがいる場所だ。誰もが獣みたいに獲物を狙っているし、主人に使われる奴隷は死んだ顔をした奴が殆どである。

 それなのに彼女は……。

「あんな笑顔見せるやつ……初めて見たな……」

 少なくとも、琉星には見たことがないものだった。

「にゃ~」

 琉星の足元に、彼女が撫でていた猫が歩いてきたのを見て、手を伸ばして撫でようとする。

 だが、猫は警戒した様に唸りながら何処かへ走り去ってしまった。

 その姿を見て、再び落胆。

「……はぁ、人間に狙われるだけじゃなく、猫にまで嫌われるかぁ……メッチャ気が滅入るなぁ」

「本当だよねぇ。しかもその割には進んで面倒ごとに乱入したりするから、主人の私も酷く面倒というか?愚か者というか馬鹿者?馬鹿者というか最早単細胞的な?」

「行動が単純って言いたいのかよ。まぁ、別に反論するわけでもねぇけど……って主人ッ!?」

 背後から聞き慣れた女の声が聞こえて、座ったまま振り返る。

 すると、真後ろには車椅子に座って笑顔を見せる人間の姿があった。その人間は微笑みながら、琉星に手を振ってくる。

 全身を白いローブで覆い隠し、白い髪が小さく揺れる高貴な様を見ると、こんな無法地帯に相応しい人物とは思えない。声は女のもので、中性的な見た目をしている。それがまた、その人物の不思議な雰囲気を強く際立たせていた。

「やっほほーい、琉星クン」

「やっほほーい、じゃねぇよこの馬鹿主人がッ!!何で唐突にこんな無法地帯に来ちまったんだよ!!お蔭でメッチャ面倒臭い奴らに絡まれちまっただろうがよぉ!!」

 彼女は琉星の物言いに、わざとらしく頬を膨らませた。

「主人に対して馬鹿とは何事かな従者の分際でぇ。君はこの偉大なるご主人様『レジダプア』に対して礼儀ってものがなってないよ?」

「そのふざけた名前が既に馬鹿だって言ってんだよこの馬鹿!!」

「あぁ!また馬鹿って言った!しかも名前のことまで馬鹿にした!いーけないんだ!」

「やかましいわ!!どう考えてもそれって偽名だろうがよ!!そんなに馬鹿にされたくねぇんなら本名ぐらい名乗ってみやがれ!!」

 すると、レジダプアは口元に指一本を立ててから、いやらしい笑みを浮かべる。

「……フフ、私の名前か……君自身はどう思う?」

「あんた、絶対に口を割ろうとしてくれねぇよな」

 出会った時からそうだった。

 この地で右も左も分からない琉星の前に突然現れ、戦隷士としての戦い方や賞金の稼ぎ方を教えてくれた。

 だが、自分のことについては一切話そうとしない。

 彼女について分かっているのは、偽名としか思えない『レジダプア』という名前と、自由奔放な性格をしていることだけだ。

「そういう君こそ、あまり私の許可なしに大金使うのは辞めてくれないかな?前なんて、例の商人から奴隷を一人買い取って更に生活資金まで渡していたでしょ?」

「うっ……!なんでそれを……」

「あのねぇ?主従関係を結んだ上では、奴隷が稼いだお金は全部主人が管理する形になっているの忘れたの?どれだけ君がシラを切ろうと、所持金を確認すれば嘘か本当か即座に分かるんだからね」

 そう言いながら、レジダプアは車椅子を琉星の前に移動させると、んっ、とハンドルを背中越しに指差してきた。

「いつものお願い、押してちょーだい。そうすればお金の無断使用はチャラにしてあげる」

「……はいはい、どうせ俺たち奴隷は主人の命令には逆らえませんよーっと」

「ムフフ、うん、よろしい」

 呆れ顔で車椅子のグリップを掴んで、ゆっくりと前に移動を始める。

 奴隷が主人の命令に逆らうことは重罪を意味する。

 しかし、例え主人が、奴隷に靴を舐めろとか、自殺しろといった命令をすることも許されるのだ。

 そういった意味では、レジダプアは他の主人とは違って、奴隷に有効的だということが見て取れる。

「で?あんたはなんでこんな無法地帯に来たわけ?主人が奴隷も護衛も連れずに一人でさ」

「知り合いに会いに来たんだよ。ちょっとした自慢話をしにねー」

「自慢話?」

「そうだよ、なんせ今日は、君の記念すべき楽土脱出の日なんだからね」

 レジダプアは振り向きつつ、ニカっと笑顔を見せた。

「……あんた、本当に変な主人だよな」

「君には言われたくないかなー?この不良奴隷さん?」

 奴隷の自慢話を嬉しそうに話す主人なんて聞いたことがない、と再び呆れる琉星だったが、その脳裏にはあの紫髪の少女の姿が強く焼きついていた。恐らく、もうこの『楽土』では会うことがないだろうと、少しの後悔を抱きつつも。

 遠くから波の打ち付ける音が響き、空からはカモメの声が聞こえる。

 ここは太平洋のど真ん中に創立された、海上巨大人工都市『楽土』。

 世界の貧困者達が、自らの命を懸けて賞金を稼ぎ、人生を逆転させる為に足を踏み入れる地獄の都市だ。

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