戦友へ送る言葉
ミオとの一件が終わった翌日。
琉星はミオを連れて北亀エリアを歩いていた。
「お兄様お兄様、何でそんなに疲れた顔をしているの?」
「はぁ……そう見えるか?間違いなく今朝の騒動のせいだな……」
「んん?」
首を傾げてうぅん、と唸るミオ。
その本気で悩んでいそうな表情に、改めて溜息をついてしまう。
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今朝方、琉星は妙な窮屈さを感じて目を覚ました。
身体の両端を壁に押さえつけられている、いや、何か柔らかい物が密着している感覚。寝起きで力で出なかったので、首を回して見てみると、そこには……。
「……お前ら、何してんの」
リュアとミオが、それぞれ琉星の腕に纏わりつくように引っ付き、甘い吐息を首筋に吐き掛けていたのである。
「何って、私はお兄様の奴隷でしょ?寝起きのご・奉・仕」
ミオは楽しそうに笑っているが、リュアは真っ赤な顔で動揺している。
「わ、私は止めました!止めた、んですけど……何というか、そのぉ……場に流されてしまった、というか……負けたくなかった、というか……」
この娘は一体何を言っているのか。
負けたくなかったのは、身体をプロレスばりにホールドすることなのか。
どちらにしても、寝起きのせいでテンションが上がらない。いや、ここはリア充の様にヒャッホー!とかはしゃいでもいい場面なのかも知れないが、気恥ずかしさのせいで大騒ぎが出来ずにいた。
「……何かよく分からんが、起きたから離れてくんね?」
「えぇー!?ヤダヤダ!!寝起きは性欲が増幅するんだよ?今の内にもっとやるべきことやらないと駄目じゃん!ね!?楽しもうよ朝立ちを!」
「オイ馬鹿辞めろ」
テンションの高鳴りから衝撃発言を口にしたミオを睨むと、反対側から良心的な言葉が返ってくる。
「せ、性欲とかはしたないですよ!何ですかやるべきことって!?朝立ちって!?」
「お前もそれを口にするな」
わざとやっているのだろうか。
呆れつつ怒りを露わにしてリュアを睨むと、立て続けに反対側の変態が面白がった声を挙げた。
「おやおやぁ?リュア知らないのぉ?こんな美少女が二人くっ付いてるんだよ、男なら発情すること間違いなし!!つまり!!世の人誰もが羨む極上のご奉仕が出来るってことなんだよ!!」
「んなっ!?なん、ですって……そんな……そんな輝かしいことが、出来るんですか……!?」
「反応すんなよお前止める側からいきなり鞍替えんな、歯止めが効かなくなるだろうが」
琉星の腕に引っ付きながら胸元に顎を乗せ、当の本人そっちのけで話を進める。
ミオが次に視線を向けたのは、琉星の股下。
「ほらぁ、あそこあそこ」
「あそこ……?」
「ちょ!?おまっ……むぐっ!?」
それはマズいだろ!と口を挟もうとすると、ミオが口を塞いできた。
更に横目で見てから、ニヤリと超良い笑顔。
「リュア、手出して?」
「へ?」
「いいからいいからぁ。今のうちだから、ね?」
「……は、はい」
異様な雰囲気に呑まれ始めたのか、息が荒くなるリュア。身体が密着している為、彼女の速い心拍が肌を通して伝わってくきた。
少し震えるリュアの手首をミオが握り、ゆっくり、ゆっくりと股下へと持っていく。
「むぐぐぅっ……!」
琉星は悩んだ。このまま身を任せるか、抵抗するか。
彼女達がやろうとしていることは、言うなれば男子として悦ばしい行為。相手は楽土きっての美少女なのだから、これは貴重な体験となるのは間違いない。だが、常識的によろしくないという事実もある。
まさに天使(反抗)か悪魔(快楽)か……。
「むぎぃぃぃぃっ……そぉこぉまぁでだぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」
無理である。
散々迷った結果、全力で抵抗したのであった。
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その後リュアは、少し考えたいことがあると言って別行動を取ることになった。
一先ず、最近出没している通り魔に注意するようにと伝えてから別れた。
「これから一応俺の保護下に入る身として、今後はこういったことは辞めてくれ」
「えぇ~、ご奉仕したい~」
わざとらしく口を膨らませる。
だが、これ以上好き勝手言わせていては今後に支障が出る可能性が高い。なので、彼女の小さな頭を鷲掴みしてから、釘を刺しておく。
「ぴぁッ……!?」
「分かった、な?」
「は、はーい!りょ、了承しましたお兄様!」
一瞬大きく震えるが、直ぐに強張ったまま笑顔になって大きく手を挙げて返事を返した。
昨日からの話し合いの結果、幾ら言ってもミオが引き下がらない為、彼女を保護対象として仮の主従契約を結ぶことになったのだ。現時点で一人の主人に対して、主従契約を結べる奴隷は一人のみとなっている。
それ以外に契約を結ぶことは認められていないが、保護下としての面目ならばもしかしたらと思い、あの真武の元へと向かっていたのだ。
「にしても、あの堅物が許可出してくれんのかな……」
「何がっすか?鳴継さん?」
気さくな口調で二人に話しかけてきたのは、バンダナを頭に巻いた青年、万右衛門だった。
ポケットに片手を入れながら、もう片方の手を振って近寄ってくる。
始めに指差して反応したのは、ミオだった。
「あ!あの時の商人!」
「ん?あんさん、誰です?」
「お礼を言った方が良いのかな……お兄様、どう思う?」
琉星はニヤリと笑ってから一言だけ返した。
「そうだな……“返すんだった”っけな」
「えっ?」
「それよりもどうっすか?今そこでアルヴァと飯を食ってるんですよ。あんさん方も一緒に……」
「おいっせぇぇぇぇぇッッ!!」
万右衛門が傍まで近づいてきたところで、琉星は足に力を込めて跳ぶ。
万右衛門の腹に向かって渾身のドロップキックを叩き込んだ。
「ぶごほぉぉぉぉぉッッ!!?」
身体をくの字に折り、地面に叩きつけられる万右衛門。即座に詰め寄り、その胸ぐらを掴んで鬼の形相を突き付けた。
「てめぇこの野郎……なに人様の奴隷にうかがわしい資料渡してくれちゃってんですかコラァァッ!」
「んえぇッ!?リュアさんもしかしなくても本当に本人の前で実践しちゃったんすかぁ!?あれ程鳴継さんには内密にって言ったのに!!」
「よぉし覚悟しろよ?セメントで全身固めてから海に沈めてやるからな?」
「いっけねぇぇ!!今のは口が滑りました!!後生ですから見逃してくだせぇッ!!」
「うるっさいわこの変態商人がぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」
胸ぐらを掴んだまま反転すると、遠慮も欠片もない一本背負いで再び地面に叩きつける。
万右衛門は痙攣しながら声を滲み出し、ミオに刀で突かれて遊ばれていた。
「つーんつーん、商人さん大丈夫?あのね、私半年前にあんたに商品として売られてた美少女。あの時は私をお兄様に売ってくれてありがとう!」
「へ、へへへ……どう、いたしましてっす……ってお兄様!?ちょっと鳴継さん、それってどういうことっすか!?新手の羞恥プレイですか!?そこら辺ちょっと詳しく教えてくださ……」
「ミオ、そいつ斬っていいぞ。ていうかこれ主人命令、叩っ斬れ」
「はーい!」
琉星は背を向けつつ呆れ顔で命令を出す。
するとミオは笑顔のまま刀を引き抜くと、心地良い返事を返した。
「えぇぇぇッ!?そりゃないっすよちょっと!!あんさん、今お礼言ったのに斬るだなんてそんな無慈悲な……」
「はいドーン!」
「あ゛ぁぁぁぁ゛ぁぁぁぁッ!!」
背後からはミオが楽しそうに刀で風を切る音が聞こえる。万右衛門がどうなるのかは知ったことではないが、今は振り向いている暇はなかった。
琉星の前に立ち塞がっているのは、戦隷士時代からの戦友であるアルヴァだったからだ。
「……よぉアルヴァ、二ヶ月ぶりか?」
「……あぁ」
「ちょっと、不機嫌な感じ?」
「二ヶ月前からだ」
「そっか」
「……あぁ」
相変わらずの口数の少なさ。たった三言の会話で、アルヴァの心情は察知出来た。彼は今尚、琉星のことを裏切り者として見定め、激しい憤りを感じているのだ。
無表情の中にも燃える闘志を見せつけるアルヴァが、強く拳を打ち付ける。
それを見た琉星はポケットに手を入れた。
出会った時から全く同じだ。互いの意見が合わなかったら最後、決着は血と血の交わり合いで全てを決める。誰よりも戦うことに誇りを持っている、奴隷としてではなく、アルヴァの戦士としての誇りだ。
「その右目の包帯はハンデとでも言うつもりか?」
「お前にハンデ有りで勝てるなんて思い上がってねぇよ」
次の瞬間、琉星が視線を落としたと同時にアルヴァが地を蹴る。
「────《剛槌》」
引かれた左腕がみるみる内に肥大化。
全長一メートル程度にまで大きくなると、巨腕を上から琉星目掛けて振り下ろす。
琉星はすかさずポケットの中から手を出した。
その手に握られていたのは、手のひらサイズのメジャー。
「相変わらず容赦ねぇな……《不壊》!」
ものさし程度の長さにまで目盛りを伸ばしてから、ルダの力で硬化させる。即席で完成した鉄棒を使い、アルヴァの巨腕をいなして回避。
地面に落ちた衝撃で、凄まじい轟音と共に大きなクレーターが生まれた。
その音で、ようやくミオと万右衛門が二人の開戦に気付く。
「え?え、えぇ!?お兄様何でいきなり戦ってるの!?」
「ふぃぃ、何とか逃げ切りましたぜぇ……そんでもって相変わらず喧嘩っ早いことですなぁ。あんまり騒ぐと総督会が駆け付けてきまっせ?」
初めは驚いていたミオだったが、激しいやり合いを見ている内に顔色が変わってきた。
「……何で?あの二人、知り合いなんじゃないの?なのに、全く手を抜いてないよ。遠慮も、慈悲も、戸惑いも一切感じられない。むしろ互いに本気で殺そうとしてる……」
「へぇ?感情を読み取ることが出来ますか。いやいやその通り、あの二人に手加減は一切ないっすよ。あんさんの言う通り、そこにあるのは相手を殺すという鬼気迫った殺気だけ」
「どうしてそんな……」
「無駄なことするのか、っすか?その考えこそこの楽土では無駄、命取りだと思いやすがね。でも、あの二人は違う。ああやって感情をぶつけ合わないと、分かり合うことが出来ない。そう考えてるんっすよ。変わってますよねぇ」
相手を蹴落としてでも賞金を稼がなくてはならない楽土において、手加減が命取りになるのは分かる。
だが、感情をぶつけ合うことが、結果的に分かり合うことに繋がる理論は、正直理解出来なかった。
そもそも、感情をぶつけ合うという意味が、全く分からない。己の心情を曝け出すなんて、それこそ危険な行為としか考えられない。
「あんたも同じ口なわけ?」
「まさか!あっしはただの商人っすよ。ただ、あの二人の生き方、考え方が他と違って珍しいんもんで、面白いからつるんでるだけでさぁ」
「……お兄様は好きだけど……やっぱり、理解できないなぁ……」
笑顔が取り柄とも言える、ミオの表情が妙に沈み、哀愁漂う雰囲気を滲み出す。
直後、琉星とアルヴァの決闘に決着が着いた。
琉星の右真横に、アルヴァの剛槌が落ちる。
地の破片が飛び散る中、アルヴァは琉星を睨み付けてきた。
「世の裕福な屑どもは、俺たちを金をばら撒く犬としか見ていない。だから俺たち戦隷士は、例外なく主人登録をした屑どもが嫌いだ。死んでもあいつらと同じ土俵に入るものか。だが、お前は俺たちの思想を裏切り、あろうことか奴らの仲間入りを果たした」
「……!」
「これが裏切り者と呼ばずに何だと言うのだ……今のお前に、戦隷士としての誇りはもう無いというのかッ!?」
アルヴァの剛槌が水平に素早く動き、真横に立つ琉星の体を巻き込んだ。常人を超えた力で振られた鉄槌が、琉星の右腕を押し潰し、潰れた右目を更に圧迫する。
声すらも挙げられない強烈な激痛に、意識が飛び掛ける。
だが、琉星は全力で地を踏みしめ、ギリギリで押し止まった。
「戦隷士の誇り……?」
「あ?」
酷く朦朧とする意識の中、最も痛む右目を抑えつつアルヴァを睨み返す。
「確かに主人登録をする連中にマトモな奴はいねぇよ。それは分かってる。だけどよ、俺はお前の言う戦隷士の仲良し同盟だかに入ったつもりもねぇ」
「……!」
「俺たちの思想?戦隷士の誇り?一体何処の宗教家だよお前らは。そんな小せぇ考え方の元で戦っているんじゃねぇだろうが……自分の自由を勝ち取る為に、命を懸けて殺し合っているんだろうがッ!!」
張り上げた大声に呼応するように、右目の痛みが更に増す。
それはまさに天啓。
理屈もない引っ掛かりだ。
直後、アルヴァの剛槌に目をやると、左手に握られたメジャーを強く握り締めていた。
「お前らが俺のことを裏切り者と罵ろうが、命を狙おうが関係ねぇ!!俺は俺の道を行く……前に広がる道をこじ開けられるのは、俺だけなんだよッッ!!」
誰にどう言われようが、琉星は自分の道を行く。
固めた決意と共に、琉星は剛槌を左手で殴り付ける。
「ぐっ!」
“不壊”により限界を越えた一撃に、剛槌は大きく弾かれるも、アルヴァは直ぐに体勢を整えた。
しかし、そこでアルヴァの身体にある変化が訪れる。
「あぐぁッ……何、だ……身体が……!?」
突如、アルヴァの剛槌が元に戻り、腕を抱えて膝を着いたのだ。まるで、風船から空気が抜けるように、溜め込んでいた力がなくなってしまった様に。
何が起きたのかは琉星本人も分からないが、ようやく戦いの場に幕が下りる。
アルヴァは息も切れ切れの琉星を見上げながら、突然引っかかる言葉を口にした。
「まさかと思うがお前……自分の主人の背中を追いかけようって、思ってるんじゃないだろうな……?」
「……俺が、レジダプアを……?」
そう呟いた琉星の右目から包帯が解け落ちる。
この二ヶ月間、寸分たりとも開いたことがなかった右目が、薄っすらと開いていた。
するとその中から、普通とはかけ離れた物体が露見される。
黒目部分が大きく変型し、十字架の形になっていたのだ。
だが、それに気付く前に強烈な痛みが走り、反射的に右目を手で押さえつけ、その場でうずくまってしまった。
「うっぐっ、ぅぅ……!何なんだ、よ……これ、はぁ……!」
レジダプアに対する謎の感情と、右目の痛みで頭がおかしくなりそうだ。
事態は収束した。
しかし、その場に突然乱入してきた男の存在で、更なる混乱が琉星を襲う。
「おやおや、これは世間的に言う修羅場か?これだから奴隷なんていう方々は野蛮、意地汚ないだ、とかいわれるんだな?」
「……!お、お前は……!」
見覚えがあった。
スーツ姿で、ブクブクとだらしなく太りきった年配染みた見た目の男、偉華坂國彦だ。
この異様な雰囲気の場へ気軽に乱入してくる辺り、流石は奴隷や戦隷士ではなく、主人としての風格だと即座に理解する。
彼の隣には、黒髪の一房をサイドアップでまとめた忍者らしき風格の少女が立っていた。
「ヌシが、鳴継琉星か」
「……何の、用だよ……」
「おっと、自己紹介が遅れたか。ワシの名前は偉華坂國彦。アジア帝国一派日本国の軍事大臣だ」
「日本国……軍事大臣……!?」
今更過ぎる自己紹介だったが、彼の風格と言葉に呑まれる様に、全身に緊張が走った。
日本国、アジア帝国と言えば、BRP所属の戦争過激派国。楽土に来る普通の主人とは違う。世界にとって強い重要性を持つ人物だ。
それが、この偉華坂國彦だというのだろうか。
「驚いているところ申し訳ないんだが。貴様の連れてる“紫姫”は、元々ワシら日本国の所有物だ」
「……ッ!!リュア、が……日本国の所有物……!?」
不気味な笑みをより一層深く滲み出し、彼は一国の命運を担う大きな人物故の発言を口にした。
「────返してもらうぞ?ワシらの“戦争物質”をなぁ?」




