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05 異世界の一日

今回少し短いです。

そして初めての予約投稿。

吸血鬼(以降シン)が名前を得てから二日、心なしかシンの足取りが軽い今日この頃、シン達の間で問題が発生しつつある。それは――――


「ご主人様、そろそろ水浴びしないと私達が辛いよ~」


という問題である。ここは森の中、森とは言っても異世界であるがゆえ、また開発が進んでいない場所も多くあるために、前の世界では樹海と呼ばれる規模の木々の集まりが森と呼ばれている。

故にクローディアの精霊魔法――その時々の環境に合わせた属性しか使用することが出来ないが、環境さえ合ってしまえば特殊な魔法も行使できる魔法――によって森に存在する樹木の精霊に案内されながら進んでいるとはいえ、成長した木々の根が絡まり合ってもはや地面なのか樹の根なのか分からなくなっている道なき道を進むのはかなりの重労働だが、クローディアは吸血姫になった影響で身に付けた身体能力で、獣人二人は種族特性とでも言うのかかなりの筋力と柔軟さを兼ね備えた高い身体能力を誇っていた。村の中では弱いと言っていたディアーチェも前の世界のアスリート並みの身体能力はあった。

そうして森の中を進む中で分かった事はフェニーチェは筋力と瞬発力に、ディアーチェは柔軟さと持久力に優れていると言う事である。


獣人同士の闘い(・・)は基本的に正々堂々、己の力同士をぶつけ合うものだ。だからこそ筋力と瞬発力に優れているフェニーチェは村の中では上位の実力者だったのだろう。


だが数えるのも馬鹿馬鹿しいほどの闘争にその身を委ね、数え切れない戦場を渡り歩き、幾千、幾万の戦争を経験し、結果として無数の命を吸った吸血鬼は知っている。ルール無用、残虐非道な行いなど当たり前、闇討ち裏切りが誉め称えられるような、本物の命の奪い合いでどんな相手が厄介か。


それは『疲れない相手』だ。より正確にいうのならば、疲れた様子を見せない相手。殺しあいの恐怖というのは通常の恐怖とは訳が違う。

相手を殺さなければならない恐怖、自分が死ぬかもしれない恐怖、血を見る恐怖、もし手が滑って武器を取り落としたら、地面の凹凸で躓いたらという些細なミスに対する恐怖、そしてこの殺しあいが終わっても、すぐに別の殺しあいが始まるかもしれない恐怖。


様々な恐怖が混ざりあう戦場では、感じる疲労は倍なんてものではない。持久力の無い者から死んでいく。

序盤戦は良いだろう。まだ体力が残っているからある程度は動けるが、それも二日で終わる。三日後には足がふらつき始め、それが恐怖と緊張を煽りさらに悪化する。

戦争というのは蹂躙するか即時降伏でもしない限りまず間違いなく長引く。それも一月単位でだ。そんな状況下でどんな人材が生き残れるかと言ったらそれは継続戦闘能力に優れた者だ。


シンの背中でバテながら水浴びを要求するフェニーチェを見ながら自分が弱いと思っていたディアーチェにその話をすると


「私、頑張って強くなります!」


と鼻息荒く宣言していた。因みに獣人といってもフェニーチェ達は猫が二足歩行をしているような猫:人が8:2のような猫人族ではなく人に猫耳と尻尾、多少鋭い爪を持った猫:人が2:8の人猫族だ。前に来る動物の方に比重が傾いているらしい。


まぁそんなことよりも先ずは水が無ければ始まらないと言うことで、現在川のある方向に向けて進んでいる最中である。シンの宝物殿にも多少は水が入っているが何しろその種族柄、飢えは血液で満たせば良いという考えだったのであまり保管していない。精々二十リットルあれば良いという量である。一般的な風呂一回で使用する水の量が約五十リットルだとすればこの少なさが御理解頂けるだろうか。

吸血鬼は水分を取らなくても平気なのでシンとクローディアは除外(クローディアはまだ喉の渇きに耐えられるほど吸血鬼の本能を制御できないのでシンの血を飲んでいる)するとしてフェニーチェとディアーチェだけでも毎日歩けば汗をかく。必然、水分補給が多くなり水がどんどん減っていく。

疲れによりペースも段々落ちている事から持ってあと二日、距離にして八十キロといった所か。


樹の上から襲ってきた六匹の腕が異様に長く、太く発達した猿のような魔物を血界や思考加速を使用することもなく、それどころか目を向けることもなく宝物殿から取り出した六本のナイフのうち三本をナイフの長さと同じ位の高さ、十センチほど宙に投げあげ、バテたフェニーチェのしなやかで健康的に焼けた太股を支えている左腕とは逆の右手の親指と人差し指の間以外の全ての指の間にナイフを挟み、手首の返しのみで投擲されたナイフは三匹の猿の首の後ろ、背骨に軽く傷を入れる位の浅くもなく、深くもない、かといって主要な血管を切り裂いた訳でもない斬撃を繰り出したシンは、宙に投げたナイフがまるで吸い込まれたかのように丁度ナイフ一本分のスペースがあった先と同じ指の間にナイフが収まったのを感覚のみで理解し、再び手首の返しのみで投擲。

やはり同じような傷を未だ空中に居る残りの猿達に付ける。


この間僅かに零コンマ八秒という神業である。


攻撃を受けた猿達はナイフによって若干体勢を崩し、着地して再び襲い掛かろうとして気付く。先ほどまで意のままに動いていた自分の身体が、ピクリとも動かない事に。

そして体勢が崩れたまま動くことのできなかった猿達は二十メートルほどの高さにある枝から降りた勢いのままに地面に頭から落ち、グキョッという音を立てた後、ピクピクと痙攣して動かなくなった。


シンが行った事は単純。ナイフで首の後ろに集中している神経系を切った、ただそれだけの事である。ナイフを無駄に痛めず、相手を確実に行動不能にする。

とはいえ言うは易し行うは難しとはよくいったもので、普通は無理である。


だが化物と呼ばれ、歩く理不尽と化している彼には『普通』などあって無いようなものだ。針の穴を通すような妙技も、限られた人しか実現不可能であろう神業も、非常識な絶技すら、ことごとく有り余る時間にかまけて出来るようにした男がシン・クロノスという吸血鬼なのだ。


因みになぜ銃を使わなかったのかと言うと三人娘が銃声によって耳を痛める可能性があったからだ。

ヤツメウナギもどきの時はゲタグルスが出現したショックで気にならなかった様だが、鹿を狩った時に『銃声が大きすぎて暫く音が聴こえなくなった』と言っていたのでサイレンサー(サプレッサー又は消音器ともいう、銃声を小さくする取り外し可能の外部アタッチメント)を作るか三人娘が居ない時にしか使わない事にしたのだ。


それと名前を決めた後に銃を解体した所、中々興味深い事が分かった。

銃は定期的に部品を掃除しないと火薬の煤や埃が溜まって暴発や送弾不良などの動作不良が起きて使い物にならなくなるのだが、なんとこの銃は銃口と薬室、バネの可動域以外には本来コストダウンと軽量化のためにあるはずの空洞が無かったのである。


これでは埃や砂が入って動作不良に陥ることもなく、火薬も聖句で代用していて、神秘の炎は煤や煙などが出ないので、『この銃はメンテナンスフリーである』という結論に至った。


更に、銃から弾倉を外して六発の弾丸を抜くと、現れたのは弾倉内部にビッシリと敷き詰められた聖句と何らかの陣であった。


(サイズと材質、硬度の指定と爆発付与、等価交換の聖句か。陣が何を表しているのかは知らんがよくもまぁこんなところにこれだけ緻密に刻めたものだな。)


シンが銃内部を見てみると弾倉と接触する部分に同じような聖句が刻まれていた。


(弾丸なら弾倉内部の聖句だけで事足りる。ならなぜこんな場所にも刻み込まれているんだ?)


そこでシンは等価交換の聖句を見つけ、試しに魔力を流してみることにした。

結果、現れたのは銃に収まった弾丸を満載した弾倉。それを見てシンは即座に弾倉を八個ほど作り、腰のポーチやコートの内側等に仕込んだ。


こうして普段から『弾丸が切れたら再装填をする』という行動を見せておけばもし敵対する、もしくはしている者にシンが銃で攻撃する所を見られても弾丸が切れたら攻撃出来ないと思わせることが出来るからだ。


油断は容易に隙を生み、殺し合いになったときに死ぬのは隙を晒した方だ。だからこそシンは相手に隙を作らせるために幾重にも罠を張り巡らせる。


そんなこんなで二日が経ち、現在に至る。


「精霊さん達によるともうすぐ着くらしいのですが……」


クローディアが使う精霊魔法だが、世界に普遍的に存在するという精霊に語りかけ、その恩恵として魔法の現象を引き起こすものらしい。精霊は勝手気ままな性格らしく、そんな存在を相手に語りかけ、恩恵を受けなければならないという発動方法の為か、精霊魔法の使い手には温和な包容力が高い人物が多いらしい。


シンが血界を使っても見ることが出来なかったため、所謂棲んでいる次元が違う存在、それこそ悪魔や天使等に近い存在なのだろうと彼は考えている。


そして歩き続ける事一時間程か。急に視界が開けたと思ったら次に目に飛び込んで来た光景は煙を上げ、様々な色の火をその煙突のような細長い金属製の巨大な筒から吹き上げる、六十メートルはあろう高い外壁と底の見えない幅二百メートルはあるだろう堀に囲まれた要塞都市という言葉がピッタリの代物であった。


(確か科学は中世程度だと神は言っていた筈だが、これはどうゆう事だ?)


シンが困惑していると


「要塞都市バルガド? 私達こんな所まで運ばれて来てたんだ・・・」


「ウソ……バルガドってあのバルガド? じゃあここってミソロフィア大陸じゃないの?」


「でもお姉ちゃん、私達船になんか乗って無いよ? 大陸間の移動には空船に乗らないといけない筈でしょ?」


「いえ、確か私達が捕まった三日ほど後に馬車に黒い幌が掛けられて二日程そのままだった時がありますよね? その時に馬車ごと積み荷として空船に載せられたのでは?」


「空船? 何だそれは?」


「私も構造はよく知らないのですが、理族の中でも開発力が高い普人族の研究機関と、魔族の中でも魔法の扱いに長けたエルフと手先が器用なピグミー族、金属を扱う事に長けたドワーフ族が研究、開発して理族の中でも筋力に優れた巨人族に建造を助力して貰って百年前に完成した魔導推進機関を動力とした空飛ぶの事です。昔は大陸間の移動には二十隻以上の戦艦による大艦隊で半月かけて海を渡ってやっと隣の大陸に着くという位だったそうですよ。それでも一隻か二隻は確実と言って良いほど沈んだと両親が言っていました。」


「それだけ知っていれば十分過ぎるだろう。なるほどなるほど、魔導推進機関……か。しかし隣の大陸まで船で半月とはな。結構近くないか?」


中世の飛行船の技術に魔法が合わさって更に進展したのだろうとシンは考えたが船で半月で隣の大陸は中世の、それも戦艦にしては些か短い気がするので尋ねた所、三人娘から何を言っているの? という顔を返された。


「兄さん、半月ですよ? いくら永く生きているとは言っても時間感覚はしっかり持って下さいよ。」


「ご主人様って結構天然だったの?」


「お兄ちゃん、私はうっかりさんなお兄ちゃんでも大好きだから大丈夫だよ?」


その時、シンは気付く。ここは『異世界』だったと、そして自分が考えた推測が正しいかどうか確証を得るために三人娘に問う。


「なぁ、この世界の一年って何日だ?」


「はい? 七百三十日ですよ?」


「一月は何日だ?」


「え? 三十日だよ?」


「一日は何時間?」


「うん? 四十八時間だよ。どうしたのお兄ちゃん? そんな当たり前の事聞くなんて。」


これで分かった。この世界の半月は七百二十時間、つまり三十日間。前の世界の一月がこの世界では半月で、一年は七百三十日で恐らく二十四ヶ月だ。

では細かい部分はどうか。


「いいか、今から俺の質問に正直に答えろ。いいな?」


「う、うん……どしたのご主人様そんな難しい顔して。」


「よく分からないけどお兄ちゃんに聞かれたら私は何でも教えてあげるよ?」


「兄さん? もしかして……」


クローディアは気付いたようだがシンは構わず質問を続ける。


「一時間は六十分で一分は六十秒、これは間違いないか?」


この質問には全員肯定した。


「では次だ、」と言おうとしたその時、


「おい貴様ら! ここで何をしている!」


という声と共に十人程の抹茶色の服にグレーの帽子、黒い靴という統一性のある服装の男女に包囲された。


(いつの間に……考え事をしていると周りが疎かになる俺の悪い癖か。二千年前はこんなことは無かったのだが、俺も鈍ったな)


ともあれ抵抗の意思はない事を示す為に両手を上げ、三人娘もそれに倣う。


「俺達に抵抗の意思はない。武器を下げてくれないか」


「断る。都市の裏側にある外壁の外で何やらコソコソと相談する四人組を信用できると本気で思っているのなら、一度治療院へ行く事をお薦めするぞ。」


答えたのはこの中で最も強いであろう三十代半ばといった容姿の男だった。赤髪赤眼のその男の言い分は正しい。故にシンはこう返す


「あぁ、それは確かにこの上無く怪しいな。分かったよ、詰問所にでも尋問室にでも連れていけ。ただしこの三人には手を出すなよ、彼女達は俺のものだ。」


「ほう、ただの野党や山賊という訳でも無いらしい。良いだろう、着いて来い。タップリと話を聞かせてもらおう」


こうして彼らは要塞都市バルガドの中に入ったのだった。

最近のこの手の小説で四万字も書いて初めて到着した場所がいきなり都市って中々無いと思います。

どうしてこうなった……。

※読者様方でお気付きの誤字・脱字、表現の誤用等ありましたら感想欄にて指摘して頂けたらサクッと訂正致します。

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