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03 伝承の真実

結局あの後三人娘は泣き疲れたのか吸血鬼の腕の中で眠ってしまった。


(退屈をもて余して外に出て、棺桶見付けて信じて無かった神に会い、気が付けば異世界で馬鹿デカイ蛇にここ五百年は見なかった奴隷ときたものだ。

売られるとも言っていたし商売として成立しているということか。ならば大国と呼べる国が一つか二つはあるはずだな。まぁ植民地という発想までは無いだろう。あの蛇みたいな怪物が普通に出る位だ、奴隷なんざいくら居ても片っ端から喰われてお仕舞いのはずだ。)


吸血鬼は別に奴隷制度に対する義憤や見知らぬ人間のために何十年も掛けて奴隷制度撤廃なんて事をする気は一切無い。それが異世界ならば尚更だ。


(科学と魔法が混じった世界だ。奴隷制度に限らず生活様式や建築法、法律も異なるだろうな。だが問題ないだろう。

百年も住めば慣れる。それに、三人娘に当てられたか? 心無しか精神的に若返ったような気がするな。

昼間に久々に体を動かしたせいか? 少々昂っているようだな)


吸血鬼は三人娘を亜空間宝物殿から取り出したキングサイズのベッドに寝かせ、見張りに自身の眷属を召喚する。


(来い。駒犬(こまいぬ)


駒犬。文字通り駒のように使い捨てにされる事が前提の犬型の眷属である。犬とあるが犬型なだけで身体中に口が存在する正に悪魔の眷属とでもいうべきものだ。


因みに吸血鬼は鑑定の技能以外を研究しようとは考えていない。理由は単純。既に研究し尽くしているからだ。


異世界に送り込まれた際に神から贈られた技能は鑑定のみ。他の技能は吸血鬼が前の世界で自ら手に入れた力だ。


吸血:対象の血液を飲む事でその者の魂を己の器に取り込む。

取り込んだ魂は器に微弱な影響を与える事がある。


完全再生:超速再生の上位互換。肉体が100%消滅しても再生する。

再生に掛かる時間はどの部位でも肉体の欠損率(%)×三秒。自動発動。


黄泉帰り:器となった者が死んでも器に存在する魂を身代わりにして肉体に器の魂を留める。自動発動。


思考加速:事象への思考活動が一定以上になると発動可能。知覚速度の増大効果あり。最高倍率は現在五百六十倍。


身体完全制御:自身の肉体を完全に掌握した者のみが取得する、身体系技能の終着点。肉体の強化だけでなく、身体の動きに制限や負荷を掛けることも可能。


亜空間宝物殿:古の悪魔の欲望と力が合わさり、変性して生まれた技能。所持者が保管したものの中から望む物を望む時に望む場所からだす特殊な技能。だが使用には莫大な精神力を必要とする。


全言語完全理解:あらゆる言語を修めた者が至る境地。どんな言語だろうと意味があるならば理解することが出来るようになる。自動発動。


眷属召喚:所持者の存在格よりも低く、使役した眷属を召喚する技能。自身より存在格が上のものは召喚できない。


吸血鬼は黄泉帰りや亜空間宝物殿に対する詳細等は知らないが使い方と、自身が出来る事はしっかりと理解している。


故に己の技能の確認等はせずとも出来る事は変わらないのだから必要ないと考えている。あるいはそれが慢心であったとしても、やはり吸血鬼に己の技能の詳細を知る術は無い。


鑑定とは、『ものの状態を知る事のできる力』であって、決して『知りたい事の情報を提示する力』では無いのだから。


ともあれ吸血鬼は異世界の血のように赤い月と前の世界ではもはや見る事は叶わないであろう満天の星空を見上げ、夜の草原を闊歩する。


彼は天の川のない星空を眺めながら以前いた世界での吸血鬼に関する伝承が生まれた時代を思い出していた。





その昔、誰かが言った。

『吸血鬼は闇に紛れて人々の血を吸う悪鬼であり、血を吸う事で紅い目になる。吸血鬼は存在することそれ自体が悪である』と。


それを聞いたどこかの信心深い……いや、狂信的に神は慈悲深く、神の元では全てが許されると本気で信じた神父は


『吸血鬼が悪魔の使徒であることは明白。ならば吸血鬼には主の祝福を授かりし聖なる十字架こそが唯一の弱点なのである』


と言いながら千年後には先天性白皮症、俗に言うアルビノだと診断されたであろう十歳ほどの少女の前に少女の腕程もある銀色の先の鋭く尖った十字架を出した。


忌み子として育てられた少女は十字架をどうするのか、何故自分が縛られ十字架にくくりつけられたかを悟った。泣きながら暴れる少女を前に神父は言う。


『見ろ! 祝福を受けた十字架を恐れているぞ! やはり主の力こそ吸血鬼に対する切り札なのだ!』


そう高らかに、誇らしげに語るが、しかしその少女を見る目はゴミを見るようなものであった。


そして神父は何の躊躇いもなくその巨大な十字架……否、()を少女の左胸に突き刺した。


心臓を貫通し背中まで貫いた十字架の杭は多量出血を引き起こし、栄養失調状態だった少女の命を容易に奪う。少女は吐血しながら、ある老人の事を思い出していた。


唯一自分に優しくしてくれた名も知らない老人に迷惑がかからないように、彼の妻の形見だというニンニク畑には近付かなかったけれど、今頃は綺麗な花を咲かせているのだろうかと老人の事を想いながら、その瞳から光が失われていった。


少女の命の灯火が消えた時、神父は恍惚としながら叫ぶように宣言する。


『見たか!? この悪魔は血を吐いたぞ! 今まで吸われた血の!! 命の証だ!! やはりこいつは悪魔だったのだ!!』


教会が絶大な武力と権力を握っていたこの時代、神父の言うことに疑問を持つものは誰一人として居なかった。


更に不幸だったのは少女が金属アレルギーを持っていたこと。純銀製の杭に触れた左胸と背中の傷口の周辺はひどくかぶれており、アナフィラキシーショックも引き起こしていたのだ。


だが当時の人類にそのような知識があるはずも無く、少女の銀によって爛れた死体は神父の言葉の信憑性を上げた。


また、少女は生まれつき陽の光を長い時間浴びると肌が焼けたように赤くなったり、ニンニク畑に近付かなかったことから、吸血鬼は日光とニンニクに弱いのではないかという推論もでた。


結果、様々な尾ひれが付き、こんな伝承が出来上がる。


曰く、吸血鬼に対抗するには神に祝福された十字架が必要。


曰く、吸血鬼を殺すにはその心臓に杭を打ち付けなければならない。


曰く、吸血鬼は陽の光に弱く、特に朝日の光を浴びると燃え尽きて灰となる。


曰く、吸血鬼はニンニクには近付かないため、ニンニクを吊るしていれば安全である。


そして吸血鬼狩りは激化していき、吸血鬼達もなりふり構わなくなり、人だけでなく家畜や野生の動物の血も吸った。


だが彼等は結局知り得なかったのだ。血を吸い、魂を取り込めば、その魂は器である自分たちにも影響を及ぼす事を。


結果として力に固執し、動物の血まで吸った吸血鬼達は理性を衰退させ、下等種――ヴァンパイア――として本能のままに人を襲うようになり、その質と数を急激に減らしていった。


当時の真祖の吸血鬼たる彼はなにをしていたのかというと、傍観である。彼は他の吸血鬼達が人と争っているのを観ていただけだ。


もし吸血鬼達が初めの少女を救うことができていたら、もし吸血鬼達が動物の血ではなく、人の血だけを力ではなく生きるために求めていたら、もし吸血鬼達が……


だが、いくらたられば(・・・・)の話をしたところで意味はない。吸血鬼達は動物の血を吸った時点で、吸血鬼としての節度も誇りも捨てたのだ。


中には不老不死の力を得たいがために妻や子供の血と引き換えに吸血鬼に成りたいと願った者も、それを引き受けた者もいた。


ともあれ、こうして吸血鬼の血は衰退し、間違った伝承だけが残ったのだ。


「杭は抜けなければいつかは死ぬかもしれんがな。」


確かに杭を心臓に打たれたまま放置されれば心臓が再生できずに血流が止まり、脳死するたびに命を減らす。


だがそれは体を蝙蝠や霧に変える事すらできないほど血が薄くなった吸血鬼か獣に堕ちた下等種ならば、の話だ。


永年に渡って命を吸い続けた本物の吸血鬼を殺すのは通常不可能に限り無く近い。


「だがここは物理法則を完全に無視した魔法が普遍的に存在する世界。今までの常識は完全に捨て去るべきか。……あの三人が起きたら魔法や結局聞けなかったステータスについても訊くべきだな」


こうして異世界初日の夜は更けていく――――


「ん? ……何故俺は、あんなどこもかしこも戦争だらけだった時代の事なんか思い出していたんだろうな?」


少し不思議そうにそう言う吸血鬼は、しかしどこか愉快気に小さく笑っていた。




――――もしかしたら、彼があの時代の事を思い出したのは、これから彼が歩む道が、どこかの神の言った通りに刺激に満ち溢れたもので、彼が心の何処かでそれを感じていたからなのかもしれない。 






――――――――――――――



翌日、三人娘の中で最も早く起きたのはフェニーチェだった。


「んむぅ? ふあぁ~~」


という何とも可愛らしい欠伸をして猫のような伸びをした彼女は寝惚け眼をその健康的に焼け、スラッとした細さを持つ人差し指で擦るとその二重瞼をパッチリと開きキョロキョロと周囲を見渡す。

そしてその視界に吸血鬼を入れると、


「おはよー! お兄さん!」


と、元気良く挨拶し、こちらに来ようとして――――


ギシッ


「へ? うにゃあ! へぶ!」


「うぐっ! なっなに?敵襲!!?」


「ほへ? うにゃあ!!」


ベッドのスプリングの効いたマットレスに足を取られてそのままクローディアの上にダイブした。

フェニーチェに目覚ましダイブされたクローディアは、敵が襲ってきたのかとダイブしてきたフェニーチェの腹を蹴り飛ばすかに見えたが、その間にはいる黒い影。


彼はクローディアが放った右足を受け止めるのではなく、くるぶしに左手の掌を添えるように受け流し、右手でフェニーチェの腰を優しく引き寄せるとクローディアの蹴りはフェニーチェが吸血鬼に引き寄せられるのとは反対方向に吸い込まれるように放たれた。


直後、クローディアの右足から発生した風はクローディアの眼前二十メートル程の範囲の草花を吹き飛ばし、地面を露出させて土埃を立てた。


呆然とする二人。勿論その二人とは、吸血鬼と未だに目覚めない眠り姫ではない。


「お早う、二人共。昨夜は良く眠れたかね?」


だがそんな二人にはお構い無しに吸血鬼はベッドに腰掛け、朝の挨拶を二人に告げる。


「大丈夫か、フェニーチェ? クローディア、お前はまだ吸血姫に成ったばかりだ。力加減を覚えるまでは俺と一緒に寝た方が良いな。」


と事も無げに言うが思春期真っ盛りの少女に言ったら前の世界では牢屋にまっしぐらである。そして案の定――――


「へ?……そっそれって……」


と言いながら赤面するクローディア。完全に勘違いをしている。花も恥じらう乙女の顔である。

だがあえて言おう。チョロいと。こんな何万年も生きている男がそんなに女に飢えている訳がない。

いや、むしろ性欲が残っているのかどうかすら疑問になるレベルである。


「何でクローディアが兄さんと子作りするんだよ!?」


フェニーチェまでも勘違いしている。そして色々とド直球である。


「何を言っている? 吸血鬼が子作りなど出来るはずが無いだろう。」


そして約二名にとっては衝撃の事実である。


「ねぇ、それ本当? お兄ちゃん?」


…………訂正しよう。一名追加だ。


「ん? 目が覚めたのか、ディアーチェ。良く眠れたか?」


「うん。とっても気持ち良かったけど……質問に答えて? お兄ちゃん。お兄ちゃんとの子供が出来ないって……本当?」


色々と言葉遣いが危ないディアーチェが吸血鬼の背中に自らの年齢の割にはかなりの質量を誇る胸を押し当てる。


だが不沈艦の如し吸血鬼は微塵の動揺も見せず、


「何だお前ら揃いも揃って。まさか俺の子供を産みたいなんて言うまいな?」


という質問を返した。完全にセクハラである。

そもそも何故にクローディアと寝ると言っただけでこんな状況になっているのか、もはや収集不可能である。


「そっそれは……」

赤くなるクローディア


「産みたい!!」


ド直球のフェニーチェ


「私も……」


赤面しながら見詰めるディアーチェ


そして吸血鬼が口を開こうとした瞬間、前後左右の地面から()が襲い掛かって来た。――――が、遅い。


吸血鬼はディアーチェを背中にくっ付けたまま立ち上がりもせずに左右のホルスターから銃を抜くと左右の口に目を向けることもなく正確に照準を合わせてその引き金を引いた。


――――――――――――――――


クローディアは吸血姫に成ったばかりだ。だからこそ、吸血鬼と呼ばれる種族がどんな力を持っているのかを知らない。


故に彼は、クローディアが初めて吸血姫として力を使うのは命の危機の際に無意識にその力を振るうだろうと考えていた。そしてそれは正しかった。


彼女は前後左右から鋭い牙が幾重にも円形に並んでいる口が迫って来るのを見て、無意識に吸血姫としての力を使った。


そして色褪せたやけにゆっくりと時が過ぎ行く世界で、彼女は確かに見た。

数えるのも馬鹿らしい無数の骸骨を従えた彼が、歓迎の言葉を口にするのを。


――――――――――――――――


引き金を引くのと同時に感じたのは亜空間宝物殿を使う際に感じるのと同質の感覚。直径十六ミリの弾丸が拳銃内部にレールのように刻まれた長さ二十六センチの螺旋の軌道に沿って回転射出される。


弾丸が発射されると同時、思考加速によって三倍に引き延ばされた知覚速度と吸血鬼特有の緩かな時間感覚中、彼はその目を見開いた。


(神化祝福儀礼の銀の弾頭だと!?)


そう、発射された弾丸が銀の輝きを放ち、淡い金の光を放つ聖句が刻まれているのが見えたからだ。



――――――――――――――――



吸血鬼は神を信じていなかった。いや、もっと正確に表記するのであれば神『は』信じていなかった。ではそれ以外の――――例えば天使は?


彼にこの問いを投げかければ、こう返答するだろう――――――「信じている」と。


だが天使とは、神秘側に存在しているがとても理に寄っている存在なのだ。こっくりさんのような降霊術に近く、しかし風水のように様々な条件や要因が絡まりようやく力の片鱗を世界に顕現させるようなとてつもなく低効率な存在。それが天使というものだった。


しかし片鱗といえどもその力は神秘に他ならず、奇跡を顕現させる方法として三千年ほど前から研究され続けてきたが、顕現する奇跡の数は膨大で、その上何が奇跡の要因なのかも一向に解明されず、停滞していた。


だが今から六十年前、当時二十歳の青年が見習い神父として世界でも有数の宗教国の聖教会へやって来た。青年の名はバラトニーチェ・シルウェスター。プログラム言語学で博士号を受けた後の教皇であり、神……正確には天使の奇跡を聖句を刻むことによって引き起こす事を可能とし、対吸血鬼用の兵器としてグール、ゾンビに当たれば灰となる「アッシュ・トゥ・アッシュ」の神化祝福儀礼を開発した、奇跡の人である。


――――――――――――――――


(何故あの小僧が開発した兵器が神から渡された武器にあるのかは知らないが、まぁいい。あって困ることはないだろう。それよりも……)


色褪せた世界で銀の弾丸がヤツメウナギのような口に向かって行くなか、彼は確かに感じたのだ。

一つとして自分以外の魂を持ち得ない、産まれたばかりのか弱い吸血鬼が、本物(・・)の吸血鬼しか知覚し得ないこの世界に飛び込んで来たのを。


(良いぞ、最初に使った力がこれとはな。認めよう、クローディア。お前は今、この瞬間に本物の吸血姫になったのだ。)


そして彼は紅い瞳を愉快そうに細め、正面と背後の口に照準を定め、されどその視線は気圧されているように固まっている吸血姫を真っ直ぐに射抜き、歓迎の言葉を口にする。


『ようこそ、吸血鬼の世界へ。』と。



直後、絶対時間基準では常識はずれな速度で行われた前後左右への抜き打ちは、銀の大口径弾を敵のど真ん中に命中させ、弾丸の規格外の威力をその身にうけたヤツメウナギもどきは、新たな本物の吸血姫の誕生を祝う祝砲の如くその頭を爆散させ、血の雨を降らせた。





だがこの四体だけでは終わらない。

野生の動物が群れで襲ってきて、しかも散発的な攻撃ではなく同時にかかって来た。更に四方から襲って来たことから考えて統率が取れている。では群れの頭は四方から急襲しても対処されたならどうする? 退散か? 否。相手が油断した所を確実に仕留める。ではその手段は?

答えは――――


(真下か!)


吸血鬼の対応は速かった。右腕にフェニーチェを、左腕にクローディアを抱えるとディアーチェを背中に乗せたまま後方に向かって跳躍した。


「来い。闇鴉(やみがらす)


更に空中で眷属を召喚する。


直後、地面が爆ぜる。そして凄まじい速度で立ち昇る影。現れたのは黒く艶のある装甲と、節のような継ぎ目を持つ長い体を有し、口に先ほどよりも一回りほど大きいヤツメウナギもどきをくわえた――――――――巨大なムカデだった。

悲報

まだ転移したところから動いていない

(・_・)エッ......?


※アルビノの人が吸血鬼に間違われた史実なんてものは一切ございませんのでお間違えの無いようにお願いいたします

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