自.
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死んだ体が重たく感じるのは、体を支えていた糸が、死ぬときに切れてしまったから。
動かない体よりも動く体のほうが軽く感じるのは、動く体には無数の糸が繋がっているから。
それはまるでマリオネットのよう。
糸が切れるまで人は、誰かに操られているんだ。
死ぬということは、糸から開放されることなんだ。
そう。僕は、僕たちは――。
1/自.
窓から差し込む光は、光のくせして薄暗い。そろそろ一雪降りそうだ。ねずみ色に染まった空を、僕は頬杖して眺める。
椅子から腰を持ち上げて、窓に近づく。視線を下に移してみると、畳まれた傘を持った何人かが、ちょうど校門から出ていくところだった。楽しそうになにかを喋っている。あの人たちは、ついさっきまでこの教室にいた人たちだ。僕に声をかけることなく、楽しげに教室から出ていった人たちだ。
スカートに皺ができていた。鬱陶しい。
外の光よりも、ここの蛍光灯の光のほうが強そうだ。ねずみ色の空は、どんよりとして動かない。
先ほどまで僕が座っていた席は、今日学校を無断欠席した子の席だ。元から出席点のよくない子だから、彼女の欠席は、珍しいということではないけど。
白い粒が、投げつけられるように宙を流れていた。雪だ。降ってきた。
もう帰ろう。教室に一人だけ、ぽつんと立っている僕はそう思いつく。
帰り道を行く間に、雪は横殴りになっていた。傘はもう役立たず。スカートの皺なんて考えていられない。大袈裟に捲くれあがってしまわないように、手で押さえていないといけない。それほど雪は激しくなっていた。雪というよりも吹雪だ。
やっとのことで近くのアパートの敷地内に入る。塀に背中を預けて、一呼吸置いた。それでも雪が殴りかかってくる。僕はアパートの階段を上った。背中を雪に押されて、しっかりと手すりを握っていないと転んでしまいそうだ。
逃げ込んだ二階では、風は溜まり込んだように穏やかだった。穏やかなわりには、冷たかった。鋭い冷気が、渦を巻いて頬を切る。
直線状に扉が並んでいた。僕の近いほうから順に、二〇一号室、二〇二号室、二〇三号室……。一番奥にまで視線が向かってから、僕の目は二〇二号室にふと戻る。雪から逃れるために咄嗟の思いで入ったアパートだが、二〇二号室の扉に、見覚えのある文字が掲げられていた。
「各務」
表札のその二文字を、僕は小さく読み上げる。ふりがなはふられていなかった。階下を走る風の音が、僕の声を奪い去っていく。
それは、今日学校を休んだ子の苗字だった。珍しい苗字だから、もしかしたら、その子の家なのかもしれない。
二〇二号室の木製の扉は、静かに佇んでいる。ねずみ色の空も相まって、まるでその扉は、何十年も前に暗闇に置き去りにでもされたようだった。
吹雪が大きくうねる。階下一面は真っ白になっていた。吹雪が収まるまで、ここを出ることはできない。
そんな暴風の中、はっきりとした音がした。それは二〇二号室の扉からだった。寂れた音が耳をくすぐり、扉が開いた。
中から顔を出した人は、僕の知っている人ではなかった。ぼさぼさした髪が、その人の目を隠している。髪から鼻が覗いている。二十歳ぐらいの男だった。
男は少し驚いたような声を漏らす。扉を開けて、目の前に僕がいたからだろう。
「あの……なにか」
男が僕に声をかける。男は分厚いコートを羽織っていた。どこかに出かけるつもりだったのだろう。この吹雪の中。
「いえ、なんでもありません」
「ひどい吹雪ですね。このアパートの方ですか」
男が僕にきく。この男の人は、アパートの住人を把握していないようだ。最近は誰もそうなんだろうけど。僕はちょっとだけ考えてから、「いいえ」と答えた。雪がやむのを待っているんだと付け加える。
「そうですか……。なんなら、雪がやむまであがりませんか。そこは寒いでしょう」
「え、いいんですか」
「まあ、なにもありませんが」
吹雪はやみそうにない。僕は二〇二号室にあがらせてもらうことにした。部屋の中は、静かで、暗かった。
湿った靴を脱ぐ。




